【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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ハセやんはどうしたらいいと思いますか?

Vtuberにとって激動の三月が終わり、激動の四月がやって来た。

先月末に発売されたお隣さんのボイスは、まだVのボイスに新鮮味があるからかそこそこ売上が良く、金を貸した俺としてもホッとするところだ。

ただ、ひとつ問題があるとすれば……

その売上を、俺が把握してしまっているところかもしれない。

 

「どうですかぁ? 売れてる?」

「いや自分でも把握しといてくださいよ……」

「いやぁ……うちが見てても何が何やらで……結構売れてるのかなぁ? としか……」

 

椅子に座った俺の後ろから、パソコンの画面を覗き込んだお隣さんは、先月よりも伸びた髪に手櫛を通しながらそう言った。

俺の部屋の、俺の机の上にあるノートパソコン。

そこに表示されているのは、売上等が表示されている通販サイトのサマリー(じょうほう)画面だ。

その通販サイトというのは、誰でもデジタル商品や同人誌を販売する店が開けるプラットフォームであるBoth(ボース)

当然ボイスの売上が表示されているという事は、これは俺のアカウントページじゃなく、彼女のもの。

何の契約も結んでない俺が、彼女名義のアカウント名とパスワードを知っているというのは正直言って大問題だ。

大問題なのだが……ぶっちゃけこのアカウントからして、彼女のメールアドレスと口座を使って俺が作ったものだった。

 

「ネットの金銭のやり取りは全部記録が残りますから、どんぶり勘定だと確定申告の時にえらい事になりますよ」

「いやや~、ハセやん怖いこと言わんといて~」

 

後ろから肩をニギニギされながらそう言われるが、まさか確定申告まで俺に頼る気じゃないだろうな?

なんだか日ごとに懐かれていっているような気がするが、遅くとも半年後ぐらいには俺は俺で就職してるんだぞ。

まぁでもさすがにその頃には、税理士が雇えるぐらいの金はできてるか。

 

「……ていうか去年の確定申告はどうだったんですか?」

「うちも一応調べたんですけど、(儲けが)二十万円以上からでしょ? 去年は多分一万円行ってないかなぁ……」

 

そんなものか。

たしかに彼女が活動を始めたのが去年の末、登録者が増えたのも今年に入ってからか。

二月に始まり、これから劇的に伸びていく事務所(はこ)である『いちばんち』。

そこの看板的存在となるVtuberも「最初は給料数万円だった」と言っていた記憶がある。

この時期のVは話題性と数字の割にあんまり金にならないのだ。

数百万円のスパチャを貰えば世界一位になれた時代……と言えばその清貧さがわかるだろうか?

……いやまぁ数百万円でも狂ってると思うけどな。

 

「とにかく、どうしますか? 一応今月末に五十万ぐらい入ってくる計算ですけど、これで何します?」

「んー、ハセやんはどうしたらいいと思いますか?」

「設備投資かなぁ……」

 

お隣さんの使っている家電量販店で買ったというノートパソコンは、正直言って酷い性能だ。

ギリギリ配信ソフトが動いているだけで、ゲームなんかをやれる余地が全くない。

というわけで、パソコンを買い替えるのは当然として……

これからもボイスをやっていくなら、流行りのASMRが録れるようにバイノーラル(とくしゅな)マイクなんかを買ったほうがいいと、そう伝えた。

 

「まぁでも、飯田(おとなり)さんが必要だと思ったら、迷わずそれに使った方がいいですよ。飯田さんのVtuber活動ですから……」

「……じゃあ、そうします」

 

とはいえ、実際に金が入って来るまでは取らぬ狸の皮算用だ。

 

『みんなボイス()うてくれてありがとう! え、次のボイス? 出す出す! 他のグッズもなぁ……出したい! マネと要相談や!』

 

お隣さんは生放送に精を出し、コツコツと登録者を増やした。

先月三万人半ばだった登録者は、Vtuber全体のバブル的盛り上がりによって今月に入って急増。

月半ばには五万人を超え、誰かの動画に枚方(ひらかた)カノンの名前が出たとかで、また急増して六万人を超えた。

とにかく視聴者はVtuberの可能性を追いかけ、Vtuberは必死でやれる事を増やそうとする、そういう時期だ。

そしてこの時期の、まだ海の物とも山の物とも分からない個人勢にとっての五十万円は、稼げる事がわかっている後の時代の五十万円とは、全くわけが違う。

ボイス一本五百円、それを三本で千五百円。

手数料を引かれても、四百人近くが買ってくれないと稼げない額。

きっとVtuberにとって、とんでもなく大きな自信になる額だろう……

そしてもしかしたら「二度とこんなには稼げないかもしれない」と、そう思ってしまうような額かもしれない。

 

「今日下ろしてきました」

 

その五十万円が、目の前にあった。

お隣さんは、意外と薄く見えるその白封筒から、何度も数えて十万円を抜いた。

多分、俺への借金返済の分だろう。

彼女に貸した金は締めて九万とちょっと、しまったな……細かいお(さつ)はあっただろうか?

俺が財布を取り出すと、彼女は不思議そうな顔で俺の事を見た。

そして、手に持った金をこちらへ手渡した。

 

「はい、ハセやん」

「えっ?」

 

手渡されたのは、四十万円が入った白封筒の方だった。

 

「いやこれ、飯田さんの分じゃ……」

「必要だと思ったから」

「え?」

「必要だと思ったら迷わず使うようにって、ハセやんが言ってたから……」

 

再三言うが……俺は枚方(ひらかた)カノンのファンではなかった。

もっとお淑やかな子が好きだったし、もっと文化的な子が好きだったし、もっとギークな感じで、もっとしっかりした、自立した子が好きだった。

たしかに、たしかにそうだったはずだ。

だが、俺はお隣さんのあまりのポンコツさに惑わされて……完全に忘れていたのだ。

眼の前にいる女は、元チャンネル登録者数、百万人超えの女。

仮初の身体と口先で人を惑わす魑魅魍魎たちの、トップオブトップに手を掛けかけた女だ。

不安そうな上目遣いでこちらを見る彼女の、その言葉とその行動、そしてその魔性は……

俺の中にあったはずの何かを完全にぶち壊し、俺の人生ごと、その器の中に巻き取ろうとしていたのだった。

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