【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
フルネームは
本人から下の名前で呼べと言われたので、今後はシュシュさんと呼ぶ事にする。
そんな彼女に見込まれた俺は、四十万円の入った封筒を机に置いて、一晩悩んだ。
これを渡すという事は、俺に一緒に仕事をしてくれという事なんだろう。
だが、未来の知識があるとはいえ、ズブの素人の自分に果たしてやれるのか?
そして、好きだったVtuberを仕事にして、自分は幸せになれるのか?
そんな事を考え、考え、考えて……
翌日、普段より一時間早く向かった職業訓練校の職員室で、俺は担当の先生に卒業を申し出た。
「そうか、長谷川さん、CADオペ向いてると思ったんだけどな」
「すいません、先生には色々お世話になりました」
「仕事はもう決まってるの?」
「はい、芸能関係です」
「そう、華やかな世界に縁があったんだね」
ちょっと心配そうな顔の先生が言う通り、これは
前周では、二十九年生きて死ぬまで、得る事のできなかった縁。
してきた仕事を誇る気持ちはあったけど、会社勤めの中で誰かから本当に必要とされた事なんて一度もなかった。
あの四十万円は……そんな俺の無念を、丸ごと晴らしてくれるものだった。
「やれるだけやってみるか」
そう呟きながら、ピカピカの制服を着た学生たちが行き交う駅の前で缶コーヒーを啜る。
彼らのようにフレッシュじゃないけど、彼らのように希望にも満ち溢れちゃいないけど……
心の底には、不思議な納得感があった。
これはチャンスなんだ。
死んだように生きた一度目の人生の後、なんとなく拾ったこの二度目の人生を、もう一度きちんと生き直すチャンス。
二度目というのが良かったのかもしれない。
駄目で元々、そう思えたから。
四十万円の使い道はすぐに決まった。
この名前は、前の周の
もちろん俺はお飾りで、本当の権力者は
彼女の叔母さんが持っている、今よりも五万円も高い部屋を借りて住所を移し、そこを代表者住所に。
そしてそこの管理人さんに郵便物の転送だけをお願いし、今後はあまり近づかない事にした。
正確な日付は忘れたが、代表者住所が隠せるようになるのはもっともっと後のはず。
それまでは謄本を取れば、名前と住所がバッチリ抜かれてしまうのだ。
「心配しすぎちゃいます?」
なんて言ってシュシュさんは笑うが、全く心配しすぎではない。
前周では自分で代表取締役をしていた彼女は、一回大阪の実家に住所を移していた時期があった。
その時に謄本を取っていたアンチがいたせいで、後に彼女の生家は悪い意味での観光地になってしまうのだ。
とにかく対策というのは、いくらしてもしすぎるという事はない。
それは、外側から見える社内体制についても同じ事だ。
「え、株式ですか……? ハセやんに全部面倒見てもらうのは駄目なんですか?」
「力関係はちゃんとしておかないと、叩かれる原因にもなりますから……」
うちの会社の株式は51%をシュシュさんが、49%を俺が引き受け、対外的には
これなら、いつでも彼女の意思で俺をクビにできるってわけだ。
ぶっちゃけ俺は退職金代わりに5%も貰えれば十分、と思っていたのだが……
やたらと粘ったシュシュさんによって、49%に決まったのだった。
これらが四月から五月にかけて行われた、
節税的にも、コンプライアンス的にもベターだと判断しての動きだった。
『ほんでまぁ、うちの社長があんじょうしてくれはったから、今後は色々と動いていける事になりそうやわ。え? うち? うちは社長の上、会長! ンナハハ!』
そんな配信を隣の部屋で見ながら、俺は彼女のモデレーターとして暴言コメントを削除したり、粘着しているような奴をブロックしたりしていく。
男と組んだり、起業してみたり、明らかに他人と違う事をやっているからだろうか?
もう既に
とはいえこういうアンチは移り気なもので、別のVtuberが炎上すればそちらを攻撃しにいくようになるだろう。
マジで人気のないVにはアンチすらつかない、そのうち法的手段も取っていくつもりだが、今のところは有名税だと思っておこう。