【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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えっ? これ以上?

公園に藤の花が咲き誇る五月、俺は資金繰りに苦しんでいた。

 

「社長~、大丈夫~?」

「大丈夫だとは思うんですけどねぇ……」

 

俺は後ろから肩をニギニギされながら会計ソフトに様々な数字を打ち込み、できる範囲で枚方(ひらかた)カノンの今後の活動における最善手を練る。

うちの主要商品であるボイスの新作はすでに収録済みで、四月末にすでにリリース済み。

だが本格的に金が入ってくるのは今月の二十日以降で、それまでは配信サイトからの広告収入が命綱だった。

 

「無理やったらほんまにええんやけど……」

「いや、シュシュさんのやりたい事を叶えるための会社ですから」

 

そんな中、後ろのボスから出された要望は「オリジナル曲をリリースしたい」というもの。

一月にとあるVtuberがリリースしたオリジナル曲を聴いて、自分もやってみたくなったらしい。

今はまだオリジナル曲を出しているVも少なく、当然確実に目立つ事ではあるが……

いかんせん当座の金が心もとなく、即断即決で動くのも難しい状況だった。

 

「まずはボーカロイド曲の歌ってみた(うたみた)動画で練習してから……ですかね。その間に俺の方で、曲を作ってくれそうな人と連絡を取ってみるっていうのはどうでしょうか?」

「たしかに練習はせなあかんわな。うんうん、そうしよそうしよ」

 

とにかく、今うちの会社には枚方(ひらかた)カノンの配信とボイスという商品しかないのだ。

これからのVtuberの上昇気流に置いていかれないためにも、急いで新たな商品を用意する必要があるのは確かだった。

とはいえ無い袖は振れないので、やれる事だけでもやっておこうと動き出したわけだが……

俺もずっと雇われだったからわからなかったのだが、いざやってみるとなると、仕事というのはいくらでも作れてしまうものだった。

 

『え、喉終わってる? いやねぇ、うち今実は歌の練習してんのよ。近々歌の動画上げるから、期待しとってな!』

 

お隣でそんな配信が行われている中、俺は新しく開設した『㈱カノンボール公式@枚方(ひらかた)カノン』というSNSアカウントから、ゴリゴリに営業を行っていた。

自分でも名前を覚えているような、恐らくこれから大成するであろう作曲家さんやボカロPにDMを送って、楽曲制作の見積もりを依頼しまくり。

枚方(ひらかた)カノンのファンアートを片っ端からリツイートしながら、これはと思うファンアートには配信サムネなどでの使用許可をお願いしていく。

合間を縫っては歌みたのためにカラオケ音源の公開されている曲をリストアップし、その片手間にカノンの配信を見て悪質なコメントをブロックする。

ユーザーから質問が来ればそれに答え、シュシュさんが「細かい作業は苦手」といって投げ出した動画の編集をし、行政書士の先生からメールが届けば返信をした。

ちなみに、この行政書士の先生からのメールなのだが……

これはなんとこれまで何の契約も存在していなかった、枚方(ひらかた)カノンの著作権についての相談のためのものだった。

さすがに、口約束だけでデカい金額を動かして仕事をするのは怖すぎるからな……

キャラデザをしてくれたイラストレーターの先生と協議し、改めて著作権の譲渡と著作人格権の不行使に関する契約書を作成する事になったのだ。

いかにも初期Vっぽいエピソードだなとは思うが、実際当事者になってみるとこんなにおっかない事はない。

そういうシュシュさんの個人時代からの積み残しのタスクも多く、五月中旬はちょこっとだけ忙しくなったのだった。

 

「ハセやん、ちゃんと寝れてます? 昨日からSNS動きっぱなしですけど……」

「あー、もう朝ですか……今日は昼から出るので、もうちょいやったら仮眠入れます」

「えーっと……あっ! あたし、ご飯でも作りましょか? お腹すいてる?」

 

ほぼ引きこもって仕事ばかりしているような状況を見かねたお隣さんに心配され、カップ焼きそばを差し入れされたりもしたが……

ぶっちゃけ前職基準でいうと、終わりが見えていて自分が頑張ればなんとかなる仕事なんてのは、チョロい部類だった。

自分で寝る時間を選べるし、人々の感情の海の中を必死に泳がなくてもいいしな。

とにかく、そこそこに頑張りながら、お隣さんの歌みた動画を収録しに行って投稿してみたり……

オリジナル楽曲を作ってくれそうな作曲家さんと話し合いをしたり、イラストレーターの先生と契約を交わすついでに夏用のイラストの見積もりをお願いしたりしていると……

ボイスの売上の支払日が来て、ドカッと金が入ってきた。

バブルのおかげで登録者数が八万人になったおかげか、シュシュさんにコツコツとボイスの宣伝をしてもらったおかげかはわからないが、ボイスの売上は一気に四百万円超え。

これだけあれば、来月はだいぶ自由に動く事ができるはずだ。

その事実に、俺はひとまず社長として胸を撫で下ろした。

そしてとりあえず、二十万円の現金を引き下ろす。

そこからお隣さんと自分に生活費として、十万円ずつ分けて封筒に入れた。

最初の給料だし、せっかくだからと手渡しをする事にしたのだ。

 

「はい会長、お給料です」

「ありがとうございます!」

 

なんかいつの間にか会社の会議室のようになってしまった、アパートの俺の部屋。

俺の寝床である、セコカン時代から使っている寝袋の上。

もう定位置となったそこに、自室から持ち込んだピンク色の座布団を置いて座ったシュシュさんへ、俺は封筒に入った十万円を手渡す。

それを彼女はなぜか相撲取りのように、手刀で心を書きながら受け取った。

そんな彼女の前に、もう一個作っていた封筒を出してゆらゆらと振り、今度はあぐらをかいた自分の膝の上にそれを置いた。

 

「こっちは俺の分、シュシュさんと同額いただきますね」

「えっ? ハセやんめっちゃ頑張ってくれてるのに、同じ額?」

「もっと儲けたら増やしますよ、シュシュさんの給料もですけど」

「えーっと、あとのお金は……?」

「使えるだけ商品制作に使おうと思っています」

 

Vtuberはこれから爆発的に伸びていく。

コンテンツ制作(せつびとうし)に金を使えば使うほど、今後の収入が増えていくと思っていい時期だった。

 

「商品制作っちゅうたらあれ、オリジナル曲とかですかね?」

「それも含め、一気にぶち込みます。こっから夏の終わりまで、めちゃくちゃ忙しいと思ってください」

「えっ? これ以上?」

 

もうすぐ夏が来る、つまり夏休みもやって来る。

日本中の学生が暇になる……とんでもないボーナスタイムに向けての準備が、今まさに始まろうとしていたのだった。

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