【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

19 / 74
指こう? ピース!

「社長的には、これから僕って何をやったらいいと思いますか?」

「やっぱ今ならPUBGじゃないですか? ゲームはやっぱり定番ですよ。あとこれから夏休みキッズが増えるので、夏休みに合わせてマイクラのサーバーも立ち上げますし」

「マイクラいいですね! 僕もぜひ参加させて頂きます」

 

メガネをかけた落ち着いた長身の優男である、白衣頼(はくいらい)の中の人は、そう言ってから麦茶のペットボトルを呷った。

今日は本社(アパート)の防音ブースで、朝から彼のボイスの録音をやっている。

動画サイトの収入を得るには、収益化条件を達成しなきゃいけなかったりで時間がかかるので……

手っ取り早く稼いで貰うために、新人たちにはすぐにボイスの収録を打診したのだ。

関東組の二人は二つ返事で了承し、先に録音に来た綾辻香真(あやつじかじん)の分はすでに編集段階に入っていた。

関西の賢獣は、地元で撮るか一回東京に出てくるか考え中との事だった。

 

「あとはそうですねぇ、頼さんは朝とか得意ですか?」

「まぁ苦手じゃないですけど……」

「なら朝配信とかいいですよ。今朝はライバルも少ないですし。出勤前や出勤中って、みんな憂鬱じゃないですか……その時間に明るい話題を提供できれば、固定客が付くと思います」

「ほうほう、ちなみに何時ぐらいがいいですかね……?」

「やるなら六時半から八時半ぐらいの間で一時間とかかなぁ。ああいうのって習慣にするのが大事なんで、それこそ毎日やれるぐらいの負荷じゃないとキツいですからね」

 

俺がそう言うと、彼は顎に手を当てて少し考えてから……コクコクと頷いた。

 

「いいですね、早速明日からやってみようと思います」

「おっ、即断即決ですね」

「この業界、日進月歩ですから。モタモタしてたら置いていかれそうで……」

「その感覚、大事だと思います」

 

2016年の末にツシマアイが切り開いたVtuberの世界だが、後の事を知っていれば2018年の7月デビューでも十分にアーリーアダプターだ。

やっぱりこういう世界へ初期に飛び込んでくる人っていうのは、バイタリティがあるものだな。

その後保健医は無事にボイスを撮り終え、翌日から始めるつもりの朝配信について色々ネタ出しをしてから帰っていった。

この一期生のボイスだが……

大阪で一人で録るか東京に出てくるかで迷っていた賢獣は、結局録音のために大学が夏休みに入るのを待って東京に出てくる事になった。

新幹線代がないという彼女に、今月の公式配信出演分の金を前払いする事にはなったが……

これでなんとか今月中に、三人分のボイスを販売開始できそうだった。

 

 

 

 

月半ば、蝉の声が本格的にうるさくなる時期。

クラファンで資金を集めて依頼したカノンの3Dモデルが納品され、俺とシュシュさんは前におばあさんが住んでいた部屋をトラッキング部屋に改装する事になった。

 

「これ(HMD)は無線にできへんのかな? こないだ無線の奴出たんちゃいました?」

「あっちはトラッキングができないんで。そのVIVE Proもそのうちに無線化キットが出るって噂ですよ」

 

シュシュさんは頭にVRゴーグル(ヘッドマウントディスプレイ)を被り、手にはゴーグルのコントローラー、関節にはモーショントラッカーをつけて部屋の真ん中に立っていた。

そんな彼女の頭からは、天井のフックに繋げたコードが伸び、その先はケースにキャスターと取っ手を取り付けた配信用のPCに繋がれている。

技術者がいないため全てありもので構成されたこのシステムは、演者の身体の動きをPC内の3Dモデルに投影するためのもの。

部屋の角には、中心に向けて設置したセンサーが中から光を発している。

それがHMD(ヘッドマウントディスプレイ)と全身に装着したモーショントラッカーの動きを捉える仕組みだから、専用の部屋が必要だったわけだ。

 

「とにかくやってみましょう」

「はーい」

 

シュシュさんが手足をぎこちなく動かすと……

壁に設置した大画面モニターの中で、枚方(ひらかた)カノンの3Dの身体がおおむねその通りに動く。

 

「おー動いた動いた」

「えっほんま?」

 

シュシュさんがそう話すと、リップシンクにより3Dカノンの口元が喋っているように動く。

 

「リップシンクOKでーす」

「これ、うちはうちの事見えへんのかな?」

 

シュシュさんは首を下に傾けたり、顔の前でバタバタと手足を動かしたりしている。

今彼女のHMDには一人称視点の映像が映っているので、どうやら自分の姿が見えないようだ。

 

「切り替えますよー」

「あっ、見えた見えた!」

 

俺の方でカメラを操作してあげると、彼女のHMDにも正面からのカメラ映像が映し出されたようだ。

ガーリィな部屋の中にいる3Dのカノンがチョコチョコと身体を動かすたびに、腕はスカートを貫通したりしているが、身体自体は特に破綻したりはしていないようだ。

よしよし、とりあえず大丈夫そうだ。

背景は今は適当にフリーのものを使わせてもらっているが、こういうのにも凝りだすと無限に金が飛んでいくんだろうな。

 

「イェーイ! 指こう? ピース!」

「そうそう、表情も変えてみてくださーい」

「どうですかー!?」

「いいっすねー」

 

シュシュさんの手元のコントローラーの操作により、3Dカノンは笑顔を浮かべ、その頭の横に両手でピースを添えている。

なんとも間抜けな姿だ、録画しておこう。

 

「ちょっとダンスとかしてみてくださーい」

「フゥー! USA! US……いたっ!」

「コード気を付けてくださーい」

 

ケンケンしながら後ろに下がろうとした彼女は、天井から伸びているコードに身体を引っ掛けてしまったようだ。

コードの取り回しは要改善だな。

とはいえせっかく動いたので、何本かダンスをしてもらったり、媚び媚びな感じの動きで視聴者へのメッセージを言ってもらったりした。

これらは全て、クラファンのリターンの進捗報告としてバッカーに送られる事になる。

箱が動き出した事もあって、枚方(ひらかた)カノンの登録者数は節目の十万人にほぼ届きかけ。

十万人の達成、銀盾ライバー化と共に、3Dお披露目配信を行う事になるだろう……

なんて考えていたら、シュシュさんが夜の生配信でその事を言った途端ににわかに登録者が増え始め、その日のうちに十万人を突破してしまった。

……鉄は熱いうちに打つもの、記念配信だって熱いうちが鉄則だ。

結果として、俺は急ピッチでの3Dお披露目配信の準備に、しばらく奔走する事になるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。