【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
2018年8月。
業界情勢は完全に戦国時代に突入していた。
「釈迦に説法になるかもしれないけど、皆さんにも一応現在の業界事情について説明しておきます」
四部屋のうちのアパートの、シュシュさんの部屋の反対側の角部屋に当たるトラッキング室。
そこに集まった社員三人とインターン一名の計四名を前に、今日は業界情報共有のための会議が行われていた。
壁面モニターに表示された資料の隣に俺が立ち、皆はパイプ椅子に座っている。
社員三名は女性二人、男性一人の組み合わせ。
普段はリモートワークをしてもらう予定だが、今日は顔合わせがてら会議を行うという事で会社に来てもらったのだ。
ちなみに、トップの
彼女は人見知りを発動したのか、一通り社員たちに挨拶をしてからは自室に引きこもって
「まずこの業界勢力図を説明しておきましょうか」
そう言って俺が最初に指したのは、いくつもの企業名とそこの所属ライバーの顔が表示された図の頂点部分。
「まず一番手が、この業界の始祖にしてVtuber四天王の一人に当たる『ツシマアイ』。彼女の登録者数は現在一人だけ突出していて、すでに二百万人超えをしています」
「今ってそんなに登録者いるんですね」
「Vtuberの入口ですよねぇ」
まぁ業界一番手についていちいち説明する必要はないとは思うが、一応説明しておく。
このレベルになると、もうライバルという感じもない。
この時期はまだまだツシマアイこそがVtuberであり、Vtuberとは半ばツシマアイの事であるからだ。
ちなみに四天王というのは初期に人気を集めたV五人で、この時期一人を除いた全員が企業所属だった。
「企業との案件、TV出演、芸能人や超人気Yotuberとの絡み、リアルイベントや大規模コラボの開催予告など、ツシマアイさんはVtuber界を切り開いてきた人物ですね」
「私もツシマアイから入ってこの事務所に応募しましたよ」
「うちも次があるならツシマアイのマリカ大会出場したいですね~」
社員たちはそう言いながらキャッキャしているが、俺の記憶通りならたしか次はないはずだ。
でもうちももう少し人が増えたら、全体でのゲーム大会をやってもいいかもしれないな。
さて、スライドに戻って、俺はその他にも四天王には企業が運営するVtuberが二人いて、それぞれに数十万人の登録者を擁している事を説明。
その話の中で出てきたのが、今はVtuber事務所を作っている勢力の『ピリオドスペース』。
「『ピリオドスペース』は、
「クロちゃん英語ペラペラなんですよねぇ」
「クロちゃんが表紙の雑誌買ったなぁ……」
「クロちゃんもテレビ出てますよね」
「あー、見ましたそれ」
皆が言及しているトップの『電動姉貴クロ』は登録者数四十万人超え、下のライバーも人気がある人はもう登録者数は数万人を超えている勢いだ。
「次に、こちらも多数のライバーを擁する
「ここ、雪乃さんがめちゃくちゃ面白いんですよねぇ」
「ニゴニゴでめちゃくちゃ人気になってますねーっ」
「結構ライバーの感じとか、うちと空気似てますよね?」
「たしかに、言われてみれば一番近いかもしれないですね」
みんなが言っているのは、多分男女混合デビューをやっている大規模事務所がここぐらいだからだろうな。
そしてなんと『いちばんち』は、巻き戻った俺より年若い社長が学生起業で立ち上げた会社。
さっき言ったように超物量投入型で、今年の二月から八月までに、すでに三十人以上のライバーをデビューさせている事務所だ。
ここのトップである『雪乃糸』さんは現在登録者数二十五万人で、その下のライバーもその後を追うようにガンガン登録者数を伸ばしてきている。
前周の記憶通りなら、これから化け物のように伸びていく事務所だった。
「次、こちらも去年から運営していた『そらのくも』さんを看板にした事務所で『ウルトラライブ』ですね。こちらは今のところ女性しかデビューさせていないようで、『ピリオドスペース』と方向性が似ています。女性ライバーと男性が絡むのを嫌がる視聴者も多いので、箱のライバーを女性で固めるのはこれからの正攻法になりそうですね」
「あー」
「なるほど」
「なるほどですね」
なんだか社員の歯切れが悪いのは、そのまんまVに絡んで相手を燃やした経験のある男性が眼の前にいるからだろう。
「登録者十五万人超えの『そらのくも』さんが引っ張っている事もあって、今年の六月にデビューした一期生はかなり数字が伸びているようです。こちらも有力企業ですね」
この『ウルトラライブ』は将来化け物みたいな伸び方をする会社で、いずれ『いちばんち』と覇権を争う存在となる。
他にも男女混合プロジェクトである『ゲーミングチーム』があり、こちらも登録者十五万人超え。
次は……と、いきたいが、ここから先を数えていたらもうきりがない。
俺は別のスライドに移動して、登録者数順に三十チャンネル分ほど、名前と概要だけを説明していった。
いちいち説明していられないぐらい、現在はいくつもの企業運営の箱やVtuberが出現し、その下には数え切れないほどの個人Vtuberがひしめいているのだ。
まさに業界は成長期、Vtuber戦国時代に入ったばかり、そんな状況だ。
そんな中で、我がカノンボールの状況はというと……
『えっ!? 二十万人行った!? ありがとありがとありがと~!! またお祝いせなあかんな~!!』
そんな配信が会長の部屋から聞こえてきて、全員がその場で顔を見合わせ……静かに拍手をした。
3D配信のおかげか、それともオリジナル曲のMVが最近公開されたおかげか、はたまた動き出した箱のマイクラサーバーでの配信が人気を博しているおかげか。
カノンボールのトップである
そしてその下にいるライバーたちが一ヶ月目の活動で出した数字も、決して悪くないもの。
保健医が八千人、新聞部が二万二千人、賢獣が五万人。
毎週末の公式生配信が行われるたびに登録者は増え続けているし、夏休みにマイクラ放送を見に来たキッズたちの登録バフもデカい。
さらに言うと、ボイスや楽曲配信の売り上げもあって、今のところ経営は全然黒字なので心配はない。
そんな話をみんなにして、俺は会議の締めの質疑応答に移った。
「というわけで、大まかに業界の情勢を話すとこんな感じなんですけど……何か質問ありますか?」
「はいっ」
ファストファッションブランドのパーカーを着た
「どうぞ」
「カノンボールは、これから業界でどう生き残っていく予定ですか?」
「いい質問をしてくれました。次の会議で話そうと思ってたけど、ちょっと話しておこうかな」
俺がそう言うと、全員が居住まいを正して聞く姿勢に入った。
「まずうちの方針は、ホームランを狙わない事」
「な、なるほど……」
「これからのライバー業界はシナジーの世界に入っていって、一人がホームランを打つだけで勝てる世界じゃなくなると思っています」
「…………」
「なので採用では、いくら面白くても群れに馴染めない人材は避けます。そういうのは会長一人で十分」
その話に、経理担当の女子社員がなんとも言えない顔で頷きを返した。
その隣で、エンジニアの男性社員が控えめに手を上げている。
「どうぞ」
「では、今後の事業展開としては攻めより守りという感じですか?」
「そうですね、守りは大切です。炎上や失敗は一番怖いものです。特にライバーに無理をさせたり不義理を働いたりすると、Vtuber事務所なんて一瞬で終わると思ってください」
「は……はい」
俺も前周では、ライバーの告発による事務所の衰退なんかを目の当たりにしてきたのだ。
年末から炎上した現場に収監されて、年越して家に帰ったら推しが契約解除になっていた衝撃は忘れられない。
「じゃあ、今後は慎重に採用を行って、ゆっくりライバーの数を増やしていくという認識でいいんでしょうか?」
「そうですね、皆で力を合わせてコツコツヒットを量産して、気づいたら勝っているぐらいの感覚で行きたいと思っています」
そう言いながら俺はパソコンを操作し、次の会議で使おうと思っていたスライドを表示した。
「せっかくなので、もうちょっとだけ詳しく今後の展望を話しますね。まず十月に、追加で三人から六人のライバーをデビューさせます。これはマストです」
「えっ、十月ですか?」
「はい。それと十一月に
「えっ、えっ、十一月ですか?」
「社長!」
社員が手を上げているが、とりあえず切りのいいところまで説明してしまおう。
「リアルイベントでは、カノンのオリジナルCDとTシャツやパーカー、タオルなどのグッズ、それと過去の限定ボイスをまとめたCDも販売します。売りまくりましょう」
「しゃ、社長!」
「リアルイベントに先駆けて、今週中に一期生全員の3D化クラファンを走らせます。もちろんこれは達成せずとも3D化します」
「社長~!」
「それに伴い、三人にオリジナル曲を収録して頂きます。歌を出す事については全員前向きで、楽曲もストックがあり、作曲者の許諾も得ています」
「…………」
「それと社内に出版部を立ち上げます、これはしばらく部長を私が兼任しますが……
「……あの……すいません、ちょっといいですか……」
気がつけば、
さすがに一気に話しすぎたか……
どうもみんな、情報の咀嚼が追いついていないようだな。
その時間を作るのもかねて、俺はさっきからずっと手を上げていた
「どうぞ」
「こ、これで
「もちろん、いちばんちに比べたら全然守りです」
たしかあそこの事務所は、今年中に七十人以上のライバーをデビューさせるはずだ。
しかもそのうち二十人は、海外展開の外人ライバー。
攻めて攻めて攻め続けて、最終的に株式上場まで登っていくのが『いちばんち』と『ウルトラライブ』。
これからその二社の起こす嵐に巻き込まれて死なないためには、守るためにでも全力で動き続ける必要があったのだった。