【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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後でうちにも貸してぇな

九月に入り、ネット中がキッズで溢れるフィーバータイムは終わった。

そして全員が登録者数を伸ばした中、保健医こと白衣頼(はくいらい)が覚醒していた。

 

『今日の打ち手の一人目は、カノンボールの保健室の先生こと白衣頼さんです!』

『生徒のみなさん始めまして、白衣頼です』

『今日は元医者の麻雀を皆様にお見せしてもらいましょう』

『好きな役は平和(ピンフ)です、よろしくお願いします』

 

今日も……というかここ一ヶ月ぐらい、保健医はマジでいろんなVtuberの配信に呼ばれまくり。

初動が一番悪かった事が嘘のように、今は一気に登録者数が六万人を超えていた。

その同期の綾辻香真(あやつじかじん)は現在登録者数三万二千人で、賢獣ラムダは十一万人。

まさか前周で結果を出していた香真(かじん)の中の人をぶっちぎるとは、少しも思っていなかった。

 

「先生めっちゃ凄いよねぇ」

「医者のバイタリティを舐めてましたね」

 

夜八時、吉沢さんも帰った後の共用スペース。

俺とシュシュさんは晩ごはんの回鍋肉を食べながら、白衣頼(はくいらい)の配信を視聴していた。

白衣頼(はくいらい)は夏の始まりに、ちょうどこの場所で俺が提案した翌朝から、毎朝の配信を律儀にこなし続けた。

それだけではなく、毎日複数回行動の配信を長時間続け、企業勢男性Vと朝活という物珍しさで見に来てくれていたファン層を完全に固め切ったのだ。

まぁでも、それぐらいならいるっちゃいるってレベルなのだが……

その毎日やっている朝枠に、ある日わけのわからないゲストを連れてきたのが飛躍の転機となった。

 

『えー私、奥多摩アルティメット医療センターで内科部長を務めさせて頂いております、無林(なしばやし)です』

 

なんて言って、有名な無料イラストサイトの医師のイラストをアバターにして現れたその人物は、保健医の元上司だったらしい。

彼は熱中症と脱水症についての解説と、たぶん何度もコスってるであろう医療現場の滑らない話をして、保健医の元医者時代のエピソードを交えた雑談をして帰っていった。

『リアル医師登場』という切り抜き動画やネット記事にもなったこの配信により、保健医は一気に数字を伸ばしたのだ。

そんな福の神のような珍客に、俺は保健医を通じてとあるお土産を送りつけた。

それは、使いやすく加工した白衣頼(はくいらい)のイラスト素材だ。

様々な注意喚起なんかにも使えるように、病名と対策を空けたテンプレートなどもいくつか作り、登場したキャラの下には小さく名前、そして右下にはきちんと【©2018 カノンボール】と入れておいた。

こういうのはセコカン時代にアホほど作らされたからな……昔取った杵柄というやつだ。

ついでに同じ形で保健医の熱中症対策と脱水症対策のスライドを作り、一応中身は本人にも確認してもらって、カノンボールの公式サイトやSNSでも配布する。

あと穴開き素材やイラストについては『医療関係者に限り利用可能』として公式サイトで配布しておいた。

もしこれから本当にコロナが来るなら、損にはならない一手だろうからだ。

 

「そういやハセやんはもうあの本読んだぁ?」

「読みましたよ、意外としっかり下調べされてて良かったですよ」

「そうなんや、後でうちにも貸してぇな」

「電書で買ったんで、このパソコンごと貸しますよ」

 

本というのは雑誌の事で、男性向けのサブカル系情報誌だ。

ネットで結構話題になった『リアル医師登場』の配信を見て、他のVとは違う動きに興味を持ってもらえたようで……

白衣頼(はくいらい)は元医療系Vtuberとして、サブカル雑誌に取り上げられる事になったのだ。

Vtuber特集の中の一人だったらしいが、2018年のこの時期に雑誌に載るのは結構凄い事だったりする。

雑誌に載ってから更に人の流入が加速した部分もあるので、まだまだVtuberは世の中に知られ切っていないという事。

とはいえ何でもお墨付きのあるものが好き、という層はいるもので……

雑誌に掲載されたV、それも元医療者という安心材料は、そういう層を取り込むための大きなプラスになったようだった。

 

 

 

所属が順調な伸びを見せ、次に投入する第二期生たちの準備が整い始める中……

『カノンボール公式』チャンネルから一人、特別枠のVtuberがデビュー? を果たした。

そのVは枚方(ひらかた)カノンの2Pカラーのようなカラーリングで、男性とも女性ともつかない中性的な見た目をしていた。

 

「こんにちは、カノンボール広報担当Vtuberの大筒(おおづつ)ボーラーです」

 

誰?

いきなり新人デビュー!?

え? ハセやん……!?

社長やん

男かぁ

 

「この放送は社内研修です、未経験者による配信のため、お聞き苦しい点などあるかと存じますが……緊張感のある研修とするため、あえて本番環境にて配信させて頂きます」

 

研修!?

楽しそう

あ、Vtuberごっこって事?

このガワで研修用にしちゃうのか……

ハセやん真面目やね

 

大筒(おおづつ)ボーラーは広報と研修を担当するため、今後も時々声や設定等が変わる事がございますが、どうぞ温かい目で見ていただけましたら幸いです」

 

どゆこと?

何やってんの?

ハセやんって誰?

この子可愛いね

男? 女?

告知なかったんですが……

今後別の人も入る可能性があるって事?

 

「さてさて、男でしょうか女でしょうか? そうですね、別の魂が宿る事もあるかと存じます。その時も今の私のように拙い生放送をする事になるかと思いますが、ぜひとも温かく見守っていただけましたらと存じます」

 

さて、俺がいきなりこんな配信を始めたのには、いくつか理由があった。

まずVtuberのLive2D技術というのは、パッと見変わっていないようで、実際は日々アップデートされまくっている技術なのだ。

そういう技術やその他様々な配信技術のテストベッドのためのキャラが、デッドピーマン氏作の大筒(おおづつ)ボーラーというキャラクターだった。

そんなもんわざわざデビューさせて配信する必要なんかないだろ、とも思うかもしれないが……

これはいくつかの理由があってそうしている事だった。

 

「そうですねぇ、やはり自分たちが取り扱っているVtuber、ひいては配信者というものがどういうものなのかというのは、こうして実際に経験してみないとわかりませんから。本格デビュー? 難しいですねぇ、こうして話していても白衣頼(はくいらい)先輩のようになれる気は全くしませんから」

 

まぁ自分が売ってる物の事知るのは大事よね

ハセやんなら銀盾いけるよ

デビューしたらいよいよ過労死だろ

先生めちゃくちゃ伸びてるもんな

 

まず、コメントでも言ってもらえていたが、自分たちの売っている商品をきちんと理解するためだ。

Vtuberがこちらを舐める分には対処のしようもあるが、社員がVtuberを舐め始めたら問題は深刻だからな。

ただでさえVと事務所のパワーバランスは微妙な均衡の上に成り立っていて、その上でファンの同情心は常に演者側に注がれているのだ。

Vtuberは発信力で飯を食う化け物なのだ、いつどんな瞬間にだって、そこに火をつける事ができると思いながら接しなければいけない。

後もうひとつは、これも半分は商品理解と同じかもしれないが……

うちの社員たちの未練を消してしまうためだな。

今うちにいる社員たちは、みんな元ライバー候補。

ぶっちゃけ、今いる三人はライバーとしてはマジのマジで才能がないのだが……

それでも、元気に活動するライバーを見て『本当なら自分もあそこにいたのに……』と思ったりする……かもしれないのだ。

そういう気持ちが爆発して、シゴデキ人材に夢を叶えるために辞められても困っちゃうからな。

なら、研修として一回体験してもらった方がいいし、よしんばそれで配信にハマっても、うちは副業OKだ。

なんならうちで得たノウハウを活かして、個人Vとして活動してもらっても全然いい。

難しいとは思うけど、そういう抜け先(・・・)があるのとないのとでは人生全然違うからな。

 

「えー、話しているとあっという間に時間が過ぎますねぇ。開始から十五分が経ちましたので、大筒(おおづつ)ボーラーだけが使える特殊スキルを使わせて頂きます」

 

スキル?

いきなり何

ハセやん喋り上手いよ、Vtuberとかやってみたら?

建築現場小噺面白かった

定期的にやろ

 

「それではスキル『テレフォン』を使ってみましょう、ラムダさーん」

『はいはーい、おっ、新人さん?』

「そうなんですよー、大筒(おおづつ)ボーラーと申します、よろしくお願いしますね」

 

ラムダ出てきた

召喚スキルか

初配信の開始十五分で銀盾ライバー召喚する新人は無法すぎるだろ

豪華だなー

 

『ていうか社長じゃん!』

大筒(おおづつ)ボーラーですぅ」

『社長! 僕のぬいぐるみもっと量産して! ずっと売り切れじゃん!』

「マネージャーに言ってくださーい」

『社長がマネージャーでしょ』

 

ハセやんライバーのマネージャーまでやってんのか

ハセやん休んでくれ

でもぬいぐるみは量産して

あれ一瞬で売り切れたよな

帰ってきてストア開いたら賢獣グッズ全部なかった

 

研修とはいえ、素人の配信を見ていても視聴者は苦痛なだけだろう。

なので、配信開始から十五分経ったらライバーを呼べる仕組みを作っておいた。

ライバーたちは後でこの配信をネタにしてもいいし、ミラーリングしながら実況してもいい。

とはいえ二度三度と続くと新鮮味も薄れるもの、そうなると視聴者も集まらなくなるだろうから……

どうせ三十分だけの生配信だし、その時は社員みんなで一旦仕事を止めて、新人の研修を見るような文化を作ったほうがいいのかもしれないな。

という事で始まった大筒(おおづつ)ボーラー企画だったが……

結局社員の三人がチャレンジした時は、公式チャンネルであるが故にガンガン来るコメントにしどろもどろで、全員が「早く十五分経ってくれ」と思っていたらしい。

「見るのとやるのじゃ全然違いますよね」なんて、しばらく社内チャットで話題になっていたのだが……

吉沢(デッドピーマン)さんは冒頭十五分を余裕で回し切り、残りの十五分で白衣頼(はくいらい)を面白おかしく転がしていたので……

個人的には改めて「(V)の世界って、マジで才能なんだな……」という感じになったのだった。

 

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