【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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ああ~っ……逃げ道がない~っ……

十月。

カノンボール二期生となる、異世界の王国をコンセプトにした六人組がデビューした。

姫、宰相、宮廷料理人、宮廷画家、騎士、道化師という組み合わせで、最初から全員に関係性を持たせての出発となる。

ちなみに中の人の前周知識人材は二人だけ。

姫の中の人となる、本来ウルトラライブからデビューしていたはずの女性。

それと騎士の中の人となる、大規模コラボ企画(ストグラ)への参加で声を知っていたストリーマーの男性だった。

なんせ現在は各社バリバリ人材確保を行っている時期、そうそうこぼれ球はやって来ないのだ。

それでも二期生には、元教員女性、ガチ飲食ボーイ、昔一瞬商業誌で漫画を描いていた女性や、既婚子持ちの元お笑い芸人の女性など、バラエティ豊かな人材が揃っていた。

まぁ、そちらはいい。

社員の一人に二期生全体のマネージャーとしてついてもらい、俺もその補佐をしながら活動してもらう事になったからだ。

デビューしてしばらくは必死に数字を伸ばす時期、3D配信もないし案件もないから運営にかかる負荷もたかが知れている。

それよりも問題は、カノンの方だった。

 

「ひぃーっ……ひぃーっ……ハ、ハセやん……どうやった?」

 

派手なジャージを着たシュシュさんが、生まれたての子鹿のように震えながらそう尋ねる。

俺は座ったまま、そんな彼女の目を見ながらダンススタジオの鏡を指差した。

 

「もう一本行きましょう」

「もう無理やってぇ!」

 

ライブを前にしているというのに、シュシュさんの体力のなさがマジで限界ギリギリだったのだ。

ダンスは普通に覚えられているのだが……ほぼ一年間家から出ずに配信生活をしていたからか、とにかくスタミナと筋肉が一切ない。

最初はマジで、三キロぐらい歩いただけで筋肉痛で倒れていたからな。

 

「ライブでぜえぜえ言ってたら恥ずかしいですよ」

「でもダンスは録画なんやろ?」

「そのダンスを最後まで踊り切るための体力も足りてません。ライブもう来月ですよ?」

「上手い人に撮ってもろたらええやん……」

「そんなんすぐバレますよ、視聴者だって馬鹿じゃないんですから。ほら、先生が待ってますよ」

「うえー」

 

ダンススタジオでのレッスンに向かう会長の付き添いは、俺しかできない仕事だ。

というか他の社員はみんなテレワークだし、二期生のうち二人の(ママ)を担当した吉沢さんは色々タスク詰まってるしな。

 

「ハセやんもう堪忍してぇなぁ、もう無理やて」

 

とうとう床に寝転んで駄々をこねながら、シュシュさんは俺の膝にすがりつく。

こんだけ喋って動けるなら、まだまだいけそうだ。

体力作りを始めた頃は、二、三本練習で踊ったらマジで完全に身体動かなくなってたからな。

 

「まだ二本ぐらいいけますね。ラストスパートですよ! 会長」

「ぬあーっ!」

「はーい飯田さーん、こっち来て! あとちょっと、頑張りましょう!」

 

なんだか最近ヌルっと俺に敬語を使わなくなったシュシュさんを、先生の元に送り込みながら……

俺は俺でスタジオの隅であぐらをかいて、膝の上に置いた7インチのUMPCでチャットを打ちまくる。

社長になって良かったなと思うのは、好きな機材を使える事だ。

何キロもある社用ノートPCを、毎日毎日ヒィヒィ言いながら運ぶのは本当にしんどかったからな。

 

「背筋背筋!」

「ひぃーっ!」

 

チラリと視線を画面から上にズラすと、軽快な音楽に合わせてシュシュさんがモタモタと踊っている。

これ、間に合うんだろうか……?

一応来月の頭には都内のスタジオを予約してあって、そこで一期生を含めた四人で集まって一気にダンスを撮るつもりなんだけどな。

まぁ、実際間に合わなくてヘロヘロなら、それはそれで仕方がないか……

今残っているカノンファンは、そういうほつれを許容できる人たちだろうし。

 

「死ぬーっ!」

「死にませーん」

 

ライブ一ヶ月前、まだまだ仕込み中の毎日。

俺は会長の悲鳴をBGMにしながら、今やれる仕事を進めていったのだった。

 

 

 

たっぷり汗を流した後の、そこそこ評判のいい個室居酒屋。

俺はそこで灰のように燃え尽きた会長を前に、のんびりとビールを飲んでいた。

フレックスだからな、別にいつ飲んだっていいのだ。

 

「シュシュさん、お刺身来ましたよー」

「あい……」

 

ヨロヨロと刺し身を食べ、ハイボールを飲んだシュシュさんは、その場に崩れ落ちていた灰から机に突っ伏す軟体生物になり……

煮付け、唐揚げ、モツ煮と、カロリーとアルコールを摂取していく事によって、一時間ほどでようやく人の形に戻ってきた。

 

「ぶっちゃけ他のみんなはどうなわけ?」

「ダンスですか? 順調らしいですよ、先生が言ってましたけど」

「順調って、どれぐらいいけてんの?」

「完璧すぎないのがいいなら、もう本番いけるって言ってましたけどね」

「えっ!? ……まぁ、一曲だけやからね……」

「いや二曲ですけど」

「まぁまぁまぁ、そんぐらいは誤差やん……」

 

相変わらず、ふわっとしか計画を把握してないな……

ライブ前は、アパートで念入りにリハーサルした方がいいかもな。

 

「もうチケット全部売れてるんですから、シュシュさんもここはなんとか我慢して、頑張ってくださいよ」

「席なんぼやっけ? 千席?」

「いやスタンディングなんで二千席です」

「二千人もほんまに来るんかな?」

 

ハイボールのグラスを顎につけながら、彼女は不安げにそう聞いた。

 

「普段もっと多くの人の前で生配信やってるじゃないですか」

「生配信とイベントは違うやん、当日客一人もおらんかったらどないしよ……いや、その方がええか……」

「全員欠席してもオンライン配信もありますから、結局やる事になりますよ」

「ああ~っ……逃げ道がない~っ……」

 

初めてのライブを前にして、なんだかナーバスになっているようだ。

シュシュさん本番に激強だから、なんだかんだで二時間喋りっぱなしになると思うけどな……

 

「まぁまぁ、元気だしてくださいよ。まだ一ヶ月前ですから」

「ハセやんは緊張せぇへんの?」

「してますよ」

 

俺は裏方だから、とは言わない。

ただ俺はもうそこら辺の調節が馬鹿になっているだけだ。

どんだけ嫌だろうが苦しかろうが、誰かがやり切らないと工程は前に進んでいかないのだ。

そのマインドで人の感情の嵐のど真ん中に立ち続けていたら、刃物でも出てこない限りはそうそう緊張しなくなってしまった。

とはいえ、シュシュさんにもそれを求めるというのは酷というもの。

俺は彼女に、酒のメニュー表を差し出した。

 

「シュシュさん、今日はタク使うんで何飲んでもいいですよ」

 

逃げられない不安は、酒で流してしまおう。

それが責任ある大人に許された、唯一の逃げ道というものだ。

 

「えっ? ほんま? ほな萬寿飲んでええ?」

「どうぞどうぞ、いくらでも」

「タコ唐も頼んでええ?」

「何でも頼んじゃってください」

「ハセやんは? お酒」

「じゃあ俺はビールおかわりで」

「すいませーん! 萬寿と、ビールと、タコ唐、あとたこ焼き、あとこれ何……? あ、カニの甲羅焼き? 美味しそうやなぁ、ほなこれも」

 

シュシュさんがダンスレッスンの後の楽しみにしていた居酒屋。

そこで好き放題に飲み食いをした俺たちは、豪華にタクシーでアパートまで帰った。

こんな贅沢をすると、なんだか自分が偉い人になったような気分になるが……

泥酔すると何を言い出すかわからない会長を連れているのだ、必要経費だと思っておこう。

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