【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
準備準備の十月が終わり、あっという間に十一月がやって来た。
先月は『いちばんち』や『ウルトラライブ』と並んで、将来Vtuber人気の一角を担う箱である『VeeeSports』と『しろくま学園』がデビューした。
いよいよキャスティング完了という感じで、これで今後のV業界の大箱がだいたい揃った事になる。
動きたての『VeeeSports』や『しろくま学園』よりはマシだが、うちの『カノンボール』はやはりライバー人数的にも裏方の規模的にも小箱感がある。
そもそもが前周では2020年に登場する箱だったしな。
とはいえ、小箱といえど激動の2018年を走ってきた『カノンボール』。
その集大成とも言えるファーストライブが、もうすぐそこまで迫っていた。
「という事で、当日は諸々よろしくお願い致します」
「どうもどうも、こちらこそよろしくお願い致します」
都心からちょっと離れたライブ会場の担当者と最後の打ち合わせを終わらせ、俺は同行してくれた吉沢さんと共に最寄り駅へと向かって歩く。
十一月の昼に吹く風はスーツの上からでも心地よく、仕事なんか放ってどこかのカフェのテラス席でのんびりしたい気分だった。
「社長、来る時話した家系ラーメン食べに行きましょうよ」
「おっ、いいね」
挨拶のために就活用のスーツを着てきてくれた吉沢さんは、今日は朝からラーメンを楽しみにしていたらしい。
ライブの総合MCも引き受けてもらったし、そんぐらいはいくらでもご馳走するけどね。
「しかし、観客二千人ですかぁ……想像もつかないなぁ」
「大丈夫だよ、前のカノンの二十万人記念配信なんか同接二万いってたんだから」
「そんなにですか? ヤバいとこで喋ってたんだなぁ」
とは言いつつも、彼女にそんなに緊張した様子はない。
やはり本来ならば将来絵師としてもVとしても数字を出し、箱のトップにまでなるはずだった女。
凡人とは肝の据わりが全く違うようだ。
そんな、めちゃくちゃすごい女である
ぶっちゃけ俺は、彼女をこの先ずっとうちの会社のいち社員で留められるとは思っていなかった。
彼女ぐらい能力があれば、何でも自分でやった方が金になるし、やりがいもあるだろう。
せいぜい俺にできるのは、独立時に揉めない事と、できるだけソフトに旅立ってもらう事ぐらいだ。
「……吉沢さんは、Vtuberに関わってみてどう? 将来自分でもやってみたいとか思う?」
「え? Vをですか? いや、うーん……やってもいいんじゃないかなぁとは思いますけど」
「きっと向いてるよ、吉沢さんぐらいの器量があれば箱だって作れるかも」
予防線を張っておくような会話に、我ながらちょっと気持ち悪さを感じていたのだが……
返ってきた彼女の反応は、意外なものだった。
「え? 箱っすか? いや、それはないかなぁ……」
「そう?」
不思議に思いながらそう聞き返すと、彼女はちょっと気まずそうな顔でこう答えた。
「箱作るって事は、社長と同じ役割をするって事でしょ? 私、それはちょっとできそうにないですもん」
「そっか」
なんだか、もしかしたら俺は彼女の前でちょこまか働きすぎて、社長というものへの夢をなくさせてしまったのかもしれないな……
まぁでも、俺も多分年齢通りの経験値しかなかったら、箱の立ち上げなんてとてもできなかったはずだ。
めったに家にも帰してもらえず、ひたすら何でもかんでもやらされた七年の経験が今の俺を作っていた。
「まぁV……やるとしても、個人的にお絵かき配信するぐらいかなぁ……」
「いいんじゃない? 喋りも絵も上手いから、吉沢さんなら人気出ると思うよ」
「そうですかねぇ」
照れながら頭を掻く彼女に先導され、俺たちは昼過ぎの閑散としたラーメン屋で飯を食い、そのまま現地で解散した。
吉沢さんはこれから行きたいところがあるらしく、俺は俺で別の打ち合わせが入っていたからだ。
ともかく、ライブまではあと一週間を切り、社内はこれまで以上に慌ただしくなっていた。
「ひぃーっ、めちゃくちゃ来とるやん!」
「ちょっと静かにしててくださいよ、今ベルト締めてますから」
会場の大きな控え室、そこは今電子の要塞と化していた。
壁際には大量のモニターが設置され、そこには会場や待機列前のカメラから引っ張ってきた映像が表示されている。
今日のために一緒に準備してきた外部のエンジニアによって結界のような装置が立てられ、その中に一期生を含めた四人が
それぞれ胸にはピンマイクがついているが、離れたところには歌用に反響を抑制するボーカルブースとゴツいマイクを用意してあった。
「うわーっ、緊張してきた! 先生、なんか緊張ほぐすツボみたいなのないの?」
「それそれそれ! 先生ーっ! お願いーっ!」
「そういうのは勉強してこなかったんだよねぇ〜っ」
結界の中では先にフィッティングの終わった
なんだかんだ全員しっかり緊張してそうだな。
『タオルとペンライトがラスト一箱でーす、TシャツはあとSだけ、バッグが……バッグは売り切れ』
耳に差し込んだイヤホンにはそんなスタッフ用無線が飛んできていて、物販の盛り上がりを伝えてくれる。
売れ残っても先行予約分に回すだけだと大量に持ってきたのだが……どうやらそれでもグッズが足りなかったようだ。
「そういやさぁ、待機列の実況配信の方どうなってんだろ?」
「二期生の? あー、たしかに開場一時間前からやるって言ってたもんね。もう始まってるかぁ」
「こちらでつけまーす」
「あっ! ありがとうございます! すいません」
一期生のそんな雑談を聞いていたスタッフが、私物のスマホで配信をつけてくれた。
小さいその画面に映っていたのは……
カノンボール二期生がやってくれている、カノンボールFES待機列実況配信だった。
『こんにちはー! 眼鏡のお兄さん! カノンボール二期生の
六人いる二期生たちのうちの予定が合った三人も、今日は会場に駆けつけてくれていた。
彼らは開場前の空気を盛り上げる配信者として、スタッフが持って移動するノートパソコンの中から客に絡んでくれている。
カメラの映像は強めにぼかしてあるし、プライバシーもまぁ大丈夫だろう。
『生配信中』という旗も持たせてるし、映りたくない奴はそもそも顔を隠すだろうしな。
ライバーたちのフィッティングを終えた俺が、トイレに行くために廊下に出ると……
そこではシューッ! という、風船から空気が抜けるような音が響いていた。
その音の元にいたのは、ほぼ二頭身の
Vtuberのライブは、どうしても巨大LEDビジョンへの投影頼りになる。
その間舞台の上でも観客を盛り上げる役目を担うのが、この着ぐるみだった。
「テストでーす、無線聞こえてますかー?」
着ぐるみの横にしゃがむスタッフが無線機にそう尋ねると、俺の付けているイヤホンからもその声が聞こえる。
着ぐるみのカノンはその問いに対し、上半身を大きく動かして親指を立てるポーズをした。
中からも「オッケーでーす」という声が小さく聞こえる。
ちなみに中に入っているのは、プロの着ぐるみアクターさんだ。
左右の脇をスタッフに固められた着ぐるみが廊下を進んでいくのを見送ると、控え室の方から「ハセやーん!」と俺を呼ぶ声が聞こえる。
「はいはい、なんですかー?」
部屋の扉から頭を突っ込んで聞いてみると、そこではシュシュさんがピンマイクの頭を持ってアタフタしていた。
「ちょおこれ! 抜けてもうた!」
「えー? これ抜けたんじゃなくて引き千切れてますよ、だから紐は服の中に通してって言ったじゃないですか」
「ハセやんがやってくれへんからぁ……」
「だから、それをやったら会長相手でもセクハラになるって言ってるじゃないですか……」
本来はフィッティングも女性スタッフに任せたかったのだが、みんなそれぞれの持ち場があるからな……
次のFESがあるなら、もっと人を増やしてからやりたいところだ。
「あー、トラッキング室、主役がピンマイク引きちぎりましたー、予備お願いしまーす」
「すいませーん……」
本番の魔物もさっそく訪れ、大盛況のカノンボールFES。
その幕開けまでは、あと数十分を残すだけだった。