【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
「またじょーしとラインやってんの? いまはユッコとヤオコー行く時間でしょ?」
「ちょっと待ってねー、大人には色々あるんだよー」
なんだろうか、三月にあのアパートに移ってからずっと隣で暮らしていたからだろうか?
実家に戻ってから、なんだかシュシュさんから来るメッセージが止まらなくなっていた。
別に何か用があるというわけでもなく『どんな感じ?』とか『ご飯食べた?』とか、ひたすら何でも聞いてくる。
「結局じょーしはかのじょなの?」
「はいはい、違う違う」
「怪しいなあ、かのじょできたらきちんとユッコに言うんだよぉ」
「言わない言わない」
「えー、なんでぇ?」
なんだか俺も、どうもシュシュさんとの関係がよくわからないところがある。
もちろん彼女でもないし、友達って感じともまた違う。
隣人関係……ではあるんだけど、それだけではなくて。
上司と部下……でもあるんだけど、それだけではなくて。
あえて言葉にするならば、夢追う仲間と、俺は思ってるんだけど、あっちはどうなんだろうか?
ポコンと、姪と繋いだ手と反対側のポケットに入れたスマホから音が鳴る。
『帰ってきたらデニーズいこ』
もうこのメッセージは二回目だ。
俺は思わず天を仰ぎ、腕を引かれて横を見た。
「もうピッピにしときなさい、マナーわるいよ」
そう言いながら、姪はスマホの横のボタンを押すジェスチャーをする。
「そうするわ」
俺はスマホをマナーモードにして、ポケットに仕舞った。
なんでかなぁ……どっからこうなったのかなぁ……
結局三日間、彼女が寝ている間以外にメッセージが途切れる事はほとんどなかった。
これなら、アパートでじっとしてた方が楽だったかもな……
そう思いながら、俺は休暇を終えて会社へと戻ったのだった。
俺が休みの間に、シュシュさんが超ダウナーに行った生配信で『ハセやんは実家に帰って子守りしとる』という発言をしたせいで、ちょっとコメントが盛り上がったりしたようだが……
ともかく三日の休みの間、業務上はなんとか平穏無事に終わったようだ。
社員たちにも一日ずつズラして休みを取って貰ったおかげで、休んでいる間も特別何かが滞ったわけでもなく、変わったわけでもなく……
わけでもなく……
と行きたいところだったのだが……
なんだか知らないが、帰ってきた俺の椅子の後ろには……
「ハセやん、コーヒー飲む?」
「いや、大丈夫です」
「そ、そっかぁ」
俺の肩をニギニギにしながら、そんな事を延々と聞いてくる。
なんか、久々に単身赴任から帰ってきた親父の後ろをついて回る子どものような感じだが……
俺がいなかったのはたったの三日だぞ?
なんかちょっと依存されてるかも、っていうのは前から感じていた事ではあるが……
別に彼女とは男女の仲ってわけでもないのに、こんなに懐かれる理由はよくわからない。
……こんな状態で、あんな話をして果たして大丈夫なんだろうか?
とはいえ、今は2018年の12月目前。
今話さなければ時期を失する。
シュシュさんの挙げた目標に最短距離で近づくために、それだけは避けなければならなかった。
そんな俺の話とは、はっきり言って金の話。
ライブはぶっちゃけ、ウハウハだった。
箱代が百万ちょっと、に対してチケット代が六千円×二千人で一千二百万。
そしてオンラインチケットが四千円もするというのに、なんと視聴者数が一万二千人もいたのだ。
これで、チケットだけで売り上げは六千万近くになる。
更にグッズが売れまくり、ついでに過去に出していた曲の再生も回りまくり、購入数も増えた。
撮影していた映像をBDにすれば、まだまだ儲けが出るかもしれない。
ぶっ……ちゃけ。
総登録者数五十万人超えの箱を運営しているというのに、俺はちょっと舐めすぎていたのかもしれない。
何がといえば、Vtuberのファンの熱量というものをだ。
ぶっちゃけ、最初は二千人も人が集まらないと思っていたし。
ぶっちゃけ、オンラインチケットなんて販売しても、二千人ぐらいしか見に来ないと思っていた。
ぶっちゃけ、グッズの事前予約にあんなに注文が入るなんて思っていなかった。
ぶっちゃけ、ぶっちゃけ、ぶっちゃけだ……
Vtuberがマジで盛り上がるのは2020年からで、それまでは逆にあんまりマネタイズに向かない業界だとすら思っていたのだ。
そこにきてのこの爆益だ。
そりゃあ、ライブイベントをバンバン打っていた上の箱はデカくなるわけだ……
という話は一旦置いておいて、この何千万という金は、俺に素朴な欲を抱かせた。
俺の持っている物と引き換えにして、
そして十二月初週。
深夜まで続いた生配信が終わり、二人きりの共有スペース。
そこで俺は、その話を切り出した。
「シュシュさん、俺を見込んで金を出してくれませんか?」
「え? うん」
と、何のためらいもなくそう言った彼女に、俺は頭を掻きながら書類を差し出した。
俺は社長だが、別に絶対権力者ってわけじゃない。
会社から資金を引き出すなら、それなりの形ってものがあるのだ。
「これが株式譲渡契約書、他諸々の書類です。これで株を戻すんで、買い取りって形でお金を頂きたいんですけど……」
「え? どういう事?」
「シュシュさんも俺も、給料もボーナスも社員とたいして変わらない額しか貰ってないわけじゃないですか?」
「うん、うん」
全然分かってない感じの彼女に、俺はもう一度書類を差し出した。
「そんな中社長の俺だけ多額のボーナスを貰うってのはアレなんで、形として俺の持ってる49%のカノンボールの株式を買ってほしいんですよ」
「な、なんで? お金なんかもろといたらええやん」
「他の社員もいるのにそういうわけにもいかないでしょう。会計士と弁護士の先生も、今の稼ぎなら株の買い戻しで一千万ぐらいは大丈夫だと仰っていたので……それだけ、お願いします」
俺が頭を下げると、シュシュさんは焦ったように「なぁ、なぁ」と声を上げた。
「別にさぁ、株なんかええやん。お金もさぁ、ハセやんの好きにしてくれたらええんやし」
「そういうわけにはいきませんから。会社のお金は、シュシュさんが集めた社員みんなで稼いだものなんです。だから俺の好きにできるものじゃないんです」
「でも……株はさぁ、持ってたらええやん」
「この形がいいと思うんです」
俺が更に頭を下げると、シュシュさんはぽつりとこう零した。
「ハセやん、辞めんの?」
「いや、それは考えてないです。今お金が必要なだけなんです」
「……ハセやん! 辞めんといてぇ……」
大きな声に思わず頭を上げると、シュシュさんは半泣きになっていた。
……俺がこんなに強情に金を求めている目的は、この2018年の12月に底を打つビットコインだ。
このビットコインは2019年の6月に五倍の値段に跳ね上がる。
その事を、俺はよく覚えていた。
あれは結構大きな現場での事……
朝礼に同僚が顔を見せず、半ギレしながら電話をかけてみると「年末に買ったビットコインで億ったから辞めるわ」とだけ言って音信不通になったのだ。
その言葉を二度と忘れられないレベルで元請けからも下請けからもキレられ、俺の仕事はめちゃくちゃになって一ヶ月家に帰れなかった。
その憎きビットコインに、俺の貯金の三百万と、できれば会社から借りた一千万を全額突っ込む。
上がってから戻せば、コロナに向けてのスタートダッシュを加速できる。
なら会社の金でやりゃいいじゃん、と思うかもしれないが……
そんな事言えるわけがない。
ビットコインは普通の投資じゃないんだ、誰がどう見たって何の言い訳も効かないギャンブルだ。
絶対上がるから、会社の金使わせて?
そんな事を言う奴を社長にしている会社があったら、俺なら絶対入らない。
でも俺は知っている、俺だけがこの先の高騰を知っているのだ。
カノンボールの目標はデカい。
ドーム、自社ビル、テレビにアニメだ、普通にやってたら間に合わない。
十一月と同じようなライブを何回かやって、いくらかは稼げるかもしれないが……
その後はガンガンデカくなる『いちばんち』と『ウルトラライブ』に全部持ってかれて終わりだ。
俺にアドバンテージがある期間は、あとたったの六年しかない。
そして業界が急激に伸び始めるまでの時間は、そのうちのたった一年だけ。
その準備のために、たとえ五千万でも……あるとないでは全く結果が違ってくるはずだった。
「……ハセやんはこのお金、何に使うの?」
「……ギャンブルです」
俺はそう言って、再び頭を下げた。
投資とは言わない。
この時期のビットコインは……いや、俺が知っているビットコインは全て投機の対象だった。
「ギャンブル? パチンコとか?」
「そのようなものです」
「ギャンブルに使うから……一千万欲しいって事?」
「そうです」
「それって、勝ち目ある?」
「…………」
頭を下げたままの俺が、その問いに答えあぐねている間、しばらく静寂が続いた。
もちろん「勝ち目はある!」と言い切りたいが……
この先世界が絶対に前周と同じになるなんて事は、俺はどうしたって言い切れなかった。
だから、だからの一千万なのだ。
駄目でもギリギリ屋台骨にヒビが入らず、俺の手元にあるいつか何かの火種になりかねない株式もカノンに集まり、最悪でも俺の首だけで済む額。
そう考えての、無言の無心だった。
そんな耳が痛くなるような静寂の中……ズッと、大きく鼻を啜る音が聞こえた。
そして、肩をポンと叩かれる。
ゆっくりと顔を上げると、シュシュさんがこちらを見ていた。
笑顔を浮かべて、俺の瞳を覗き込んでいた。
「殺生やわ、ハセやん」
「え?」
「一人で行こて……そらないでぇ」
「何がですか?」
彼女は笑顔のまま立ち上がって、俺の手を引いた。
そしてそのまま、無言で自分の部屋の中へと引いて歩いていく。
久々に入る、ゴチャゴチャしたシュシュさんの部屋。
その中の、服を入れてある積み上げ式の収納の真ん中に、彼女は手を突っ込んだ。
「はいこれ」
「え?」
「ハセやんにあげる」
引き出された手の中に入っていたのは、二本の判子だ。
会社を作った後、俺が彼女に預けていた、代表印と銀行印。
これが人手に渡ると会社終わりますから、絶対になくさないでと言った、その判子。
それを手渡した彼女は、にっこりと笑って俺を見た。
「ほんま殺生やで、ハセやん」
「いや、これ……」
「こういう時は……ちゃんとうちも連れてってくれんと」
「いや、そういう問題じゃ……」
「うちも行く、一緒やから……」
「…………」
「な? ハセやん。一緒に地獄に落ちようやぁ」
そう言って笑う彼女の瞳は、ドロドロと渦を巻いていた……
それは、俺が一度も人から向けられた事のないような……
深い深い、情念の渦だった。
え……そういう事?