【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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もぉー! そんなんええって!

関係が変わってからの二日ほど、シュシュは完全に俺の背中にべったりで……その後は大阪への突発旅行。

その間も俺はチョコチョコ仕事をしていたが、カノンは生配信をサボっていた。

明日には毎週定番の公式番組もあるのに、さすがにこの状態ではいけない。

という事で、今日からお互いに公私をきちんと分けて完全復帰という事にした。

十代の子供じゃないのだ、仕事はしっかりしないといけないからな。

そして俺が休み明けにまずやるべき仕事は、吉沢さんへの説明だった。

 

「というわけで、プライベートの話で申し訳ないんだけど、そういう事になったのでお伝えしておきます」

「そう、ですか……」

 

職場の人間にプライベートな話題を振る事の是非については、色々な意見がある事と思う。

特に上司同士の色恋沙汰なんて、話された方からすればハラスメントすれすれだ。

とまぁ、世間的にはNG寄りな事は知りつつも、なんだかんだそう簡単にはいかないもの。

うちぐらい小さい会社だと、たとえ空気だけだとしても伝わるものははっきりと伝わってしまう。

それなら、最初から話しといたほうがいいんじゃない? となったわけだ。

 

「まずは、おめでとうございます。ってこれ、社長に言うべき言葉かどうかはわかんないんですけど……」

 

俺から報告を受けた彼女は微妙な表情を浮かべてそう言いながら、右手に持ったままのペンをクルクルと回す。

 

「え? なんで?」

「ぶっちゃけ? 個人的にはですけど、良かったですよ。社長が会長に愛想尽かして辞めちゃう事が一番怖かったんで」

「え? いや、そもそもこないだまでは付き合ってなかったんだから、そんなのあり得なくない?」

「いやいや……え?」

 

吉沢さんはなんだか驚いたような顔をしてから、ちょっとだけ視線を彷徨わせ、自分の机に液晶タブレットのペンを投げ出した。

 

「いやー……あっ、お腹減ってないけど、ご飯行ってきまーす」

「あ、はい」

 

ちょうど昼時だったからだろうか、彼女はそのまま食事に行ってしまった。

なんか釈然としないけど、まぁいいか。

他のメンツはテレワークだし、しばらくは大丈夫だろう。

そう思っていたのだが、関係の変化は根本からすぐにバレた。

 

『会長が変になってますけど、なんかありました?』

 

そんなチャットが、その日の夜に数件届いたのだ。

慌てて、シュシュさんの復帰後一発目の生放送をつけてみると……

 

『え? 何もないよほんま、いやー、まぁー、えへへへへ、まぁねー。え? 何もないない、まぁねー、へへへへへ、まぁまぁまぁ』

 

そこではふにゃふにゃになったカノンが、マジで何の中身もない放送をやっていた。

カノンボールの全員を集めての年末スマブラ大会を行うため、その練習枠のはずだったのだが……

発売されたばかりのスマブラの画面はほったらかしで、コメントと絡みながらエヘエヘ笑っているだけだ。

どうやら「機嫌良さそうだけど何かあった?」とコメントで聞かれてから、ずっとこうらしい。

 

何あったの?

言ってみ言ってみ

スマブラ大会に向けての練習はいいんかい

酒飲んでる?

何これ

ずっとふにゃふにゃしてる

 

明らかに様子のおかしい放送に、コメントも困惑気味だ。

とはいえ、これはよくない。

隠されると暴きたくなるのが人というもので、コメントの追求は次第に鋭さを帯びていく。

 

え? ハセやん関係?

ハセやんに聞くぞ

なんかいいことあった?

なんで機嫌いいのー?

車買った?

 

『ハセやんは全然関係ないよぉ〜、何もない何もない、まぁね、まぁまぁまぁ』

 

休み何やってたの?

俺も酒のも

4日も休んだの前風邪ひいた時以来じゃない?

病気とかしてない?

大丈夫?

 

『大丈夫大丈夫、休みはねぇ〜実家よ実家。年末年始忙しいから早めにね、まぁまぁ、まぁねー』

 

男できた?

もしかしてハセやん実家連れてった?

えぇ? マジで何よ?

いいこと? 悪いこと?

え? スマブラ配信じゃないの? 今何やってるの

カノンがおかしくなってる

いつもやろ

 

だんだん推理が貫通し始めてるな……

Vが思ってる以上に視聴者はVの事を見ている。

顔を晒していなくても、感情の揺れぐらいは簡単に伝わってしまうものだ。

何かクリティカルな指摘があっても否定をするのは簡単な事だが、基本的にどんなものでも嘘は悪手だ。

となると、ここは気逸らしの計でいくか。

そう考えながら、俺はカノンに向けてチャットを送った。

 

『えーっと、あっ、えーっとねぇ……いい事あったっちゃあ、あってぇ。これ言ってええんかわからんのやけど、セカンドアルバムの話が進んでます』

 

おお!

マ!?

セカンド!?

めっちゃ楽しみ!

セカンドアルバムそんなに嬉しかったの?

誰に曲貰うの?

そりゃ嬉しいだろ

俺も嬉しい

なんか他にあったんじゃない?

 

社内機密を一つ漏洩させる事で追求の矛先を躱し、なんとかその場は乗り切った。

とはいえ、この調子だと公式番組でも何があるかもわからない。

生放送が終わった後、二人でしっかりと膝を突き合わせて話し合い。

原因「浮かれていた」

対策「しっかりする」

というどうしようもない対策会議を経て、翌日の公式番組を迎えた。

そこでも、後輩たちに『セカンドアルバムおめでとう』と祝われながらも若干ふわふわしていたが……

なんとか週が明ける頃には、普段の生放送のテンションにまで持ち直せていたのだった。

 

 

 

そんな騒がしい日々を乗り越えて迎えた、十二月某日。

ずっと見張っていたビットコインが、ついに四十万円を切った。

 

「どう?」

「買えたっ!」

「ほな、あとは上がるまでほっとくだけ?」

「そうだね、半年ぐらいかな?」

 

後ろからシュシュに肩をニギニギされながら、俺は大金をビットコインにぶち込んだ。

その総額、二億円。

今年のうちの稼ぎから、運転資金と税金を抜いたギリギリの額である五千万。

そこにレバレッジ四倍をかけた全力パンチだ。

会長と社長と経理担当だけが知る、外したら会社が普通にぶっ飛ぶ危険極まりない賭け。

この負けたら負けた分だけ借金になるレバレッジは、自分ひとりだけなら絶対に選べなかった選択肢だった。

 

「やっちゃったなぁ」

「大丈夫大丈夫」

 

そう言いながら首だけで後ろを向くと、シュシュはヘラヘラ笑いながら抱きついてきた。

色々な感情が暴風雨のように俺の心を巡る中、ただ触れ合った部分だけが暖かかった。

俺も前周で競馬とか株とかやってたら、もうちょっといい感じに資金調達ができたんだけどな。

とはいえ、できる事しかできないのが人生というものだ、仕方ない。

そう考える俺の腹を、ぽんぽんとシュシュの手が叩いた。

 

「もうハセやんには何もできへんのやろ? ほな半年忘れとこ」

「……うん」

 

気楽なもんだ、とは思いつつも……

その言葉でちょっと気が楽になる自分も、あんまり変わらないのかもしれない。

まぁでも、今日はさすがに眠れそうにないな。

 

「……シュシュ、今からどっか行かない?」

「え!? 行く行く!」

 

どこに行くかとも聞かない彼女と勢いのまま家を飛び出し、タクシーを拾って繁華街へ。

年末に向けて浮かれる夜中の町を飲み歩き、カラオケで下手くそな歌を歌い、投げ慣れないダーツを投げた。

次はどこへ行こうかと、右手にしがみつくシュシュを伴ってフラフラ街を歩いていると……

彼女が急に腕を引いてきた。

 

「ハセやん、帰る前に風呂入っとこ」

「え? ここらへん銭湯ある?」

「もぉー! そんなんええって!」

 

そうして風呂のある施設でスッキリして、始発電車で朝帰り。

若さと体力、酒と女は、他の何物にも代え難く。

大博打で縮みきった俺の心臓を、すっかり癒やしてくれた……

そして俺は徹夜のまま、昨夜のヒリつきなどすっかり忘れて、イベントがすし詰めの十二月の通常業務に戻ったのだった。

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