【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
あっという間に2019年の10月がやって来た。
俺はもう光陰矢の如しとはこの事、といった感じの忙しい毎日を過ごしていた。
私生活では、防音性が高くて、回線が太くて、家賃が高い二馬力向けの物件に引っ越し。
お盆にはシュシュを連れて実家に帰った。
「あのぉ、私も何かやりましょうかぁ?」
「シュシュちゃんはいいのよ、ゆっくりしてて」
「そうそう……あ、シュシュちゃん。晩はハンバーグ食べに行くけど、お肉大丈夫?」
「あっ、大好きですぅ……」
シュシュは台所に行って母と義姉の手伝いをしようとしては、そんなふうに優しくされながらも……
「シュシュ、コーちゃんはカプリコすきなんだよ。ヤオコーでかってきて」
「え? ハセやんそうなん?」
「好きじゃないよ、ユッコが好きなだけ」
「そんなことないよぉ、ちっちゃくて色んなあじが入ってるやつがすきなんだよ。かってきて」
「え? ハセやんどっち?」
「うそうそ、行かなくていいよ」
「シュシュは気がきかないね? そんなんでじょーしとやっていけるの?」
「う、うあぁ……」
「大丈夫だよ、シュシュには上司いないから」
居間で姪っ子と仲良くしようとしては、無茶振りを受けてヘロヘロになったり。
晩飯を食べて酒を飲む頃には、うちの親父と車トークでめちゃくちゃ打ち解けたりしていて……
まぁお互いに、そう悪い印象は受けなかったんじゃないだろうか?
一方仕事の方では、この時期はもう毎日がお祭り騒ぎだ。
八月にデビューした、賢獣プロデュースの獣四人組の五期生である『ケモケモズ』というグループ。
本来『いちばんち』と『ウルトラライブ』からデビューするはずだった魂を二人ぶち込んだ彼らが、全てを過去のものにする勢いで国内外に向けてバズり散らかしていたり。
「一期生の地味な人」こと
個人勢出身を集めた三期生の動きのおかげで、彼らの古巣である『配信品質向上委員会』が『カノンボール』の下部組織としての性質を帯びるようになり、頻繁に大人数ゲームコラボが行われるようになったり。
『カノンボールインディーズ』からは、小粒ながらもさっそく二次創作ゲームがリリースされたり。
『カノンボールミュージック』ではライバーを歌手に宛てたファンメイド楽曲が作られ始め、
マジで月刊誌を一冊作れるぐらいの作家陣が集まったおかげか、ここにきて『カノンボール出版部』が急激に社内での存在感を示し始めたり。
とにかく、伸び盛りの業界ならではの怒涛のようなニュースが無限に押し寄せてきて、本当に退屈しない日々だった。
よその箱では引退者も出始めているが、うちのライバーは大人中心の採用で、会社もちゃんと彼らが稼げるように動いているからか、幸い今のところまだ引退者は出ていない。
内側では小さい問題はちょこちょこあるが、外から見ればマジで順風満帆の箱に見えるだろう。
とはいえ、本当に順風満帆の会社なんてそうそうあるわけがない。
うちにもこの十月に、放っておけば
『社長、四期生の
「えぇ、なんで話すかなぁ……」
『
いよいよマスクの備蓄が一旦の限界に近づき始めていたところで、ライバーの口からその事についての不安が漏れてしまったらしい。
確認してみたところ、社員が面白がってマスクのギチギチに詰まったフロアを見せ、生放送でそれをそのまま話してしまったようだ。
別に桜花さんが燃えそうってわけじゃないけど、アンチは大喜びで『大失敗』と断じ。
ファンの間でも『カノンボールの金回り大丈夫?』という感じの空気にはなっているようだ。
余計な事を言った吹奏楽部系Vの桜花さんには、もう一回コンプラ研修を受けてもらう事にして……
彼女には悪いけど、この状況はちょっと利用できそうだな。
そう考えた俺はこれ幸いと、社内外に向けてひと芝居うつ事にした。
一部の口さがないファンの間では「マンネリ」とか「人気ライバーの時間を搾取している」なんて言われてる日曜の公式番組。
そのエンディングの後、俺はボーラーの中に入って視聴者の前に立っていた。
記者会見風のセットで、周りには二号以下のボーラーたちや、公式番組に出演してくれたライバーが並んで野次を飛ばしてくれている。
「お恥ずかしい話ではありますが、困っています。当社ライバー
『どういう事だー!』
『事務所が倉庫になってるじゃないかー!』
『福利厚生にマスクを含めるなーっ!』
『ありがたいぞーっ!』
先生だけ反応が違うぞ
失敗しない男ハセやんに初黒星を付けた
新人が事務所行ったらめちゃくちゃ積み上げてあってビビったって言ってた奴か
フロア三つぐらいマスクで埋まってたって言ってたな
社長は説明責任を果たせ
ケモケモズのマスクも作ってくれ
「元々、公式通販の在庫の件でご意見を頂いていた事もありまして。今や生活必需品に近く、消費期限も長い不織布マスク。これであればいくら作ってもいいだろうと慢心し、大量の在庫を抱えてしまったのは私の責任です」
『在庫があればいいってものじゃないぞー!』
『ぬいぐるみを作れぬいぐるみをー!』
『何百万人にマスク売るつもりだー!』
『マスクなんかいくらあってもいいですからねぇ』
色気出しちゃったんだね
買うもの一つもないと悲しいから、マスクだけでも在庫残そうって気持ちは嬉しいんだけどさぁ
先生さぁ……
商売って難しいよなぁ
記者の中にサクラいる?
夏にマスク作っても売れないよ
ドンマイドンマイ、腐んないから大丈夫
そんで本題は?
「経営的には全く問題はありませんが……私がマスクを作りすぎてしまった事により、関係各所にはご心配をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」
『言葉だけかーっ!』
『誠意を見せろっ!』
『ケモケモズのマスクも作ってって視聴者が言ってるよ!』
『手洗い石鹸の在庫が切れてるぞー!』
まぁ普通に考えて今作っといて花粉症の時期に売るつもりだったんだろうしな
マスク謝罪がトレンド入りしてる
別に流行りものってわけじゃないし、ちょっと値引きすればそのうち捌けるやろ
そもそもアンチが鬼の首取ったように騒いでただけだしな
まぁでも今期は赤か?
「という事で、今月行われるカノンボールハロウィンパーティーにて。物販でグッズを購入された方お一人につき一箱、マスクをプレゼントさせて頂きます!」
『えらいっ!』
『もう来場者全員に配ろう!』
『これは嬉しい!』
『これからインフルエンザの季節ですからね、これは嬉しいですねぇ』
うれしいような……
もう三箱ぐらいあるけど、まぁあって困るものじゃないし……
せっかくだし親戚に送るべ
すっかり粗品扱いになってしまったマスクくん
ハセやんも割高のマスクなんかなんで売れると思ったのか
そんな茶番を挟んで、経営的には大丈夫だけどマスクの件は自分の失敗だとアピール。
これでちょっとはコロナの時の大量在庫の目くらましに……なってればいいなぁ……
まぁたとえコロナが来なくてマジ失敗になったとしても、儲けは減るが安売りしたり寄付したりして捌いてしまえばいい。
失敗は失敗だが、不祥事とか不義理とかの後を引くようなものじゃないからダメージは金だけだ。
そもそも元手はギャンブルで稼いだ泡銭だしな。
しばらくは原料倉庫の方にマスクを積み上げていって、ライバーにはちゃんと減ってる感を出しておけばいい。
そう考えながら、俺は久々のボーラーとしての登板を終えたのだった。