【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

50 / 74
おっきなったら頼むで!

『あーあー、聞こえてる?』

 

アクリル板で各席が区切られた、窓全部開けっ放しの軽バンの中。

すでにファンが回って膨らんでいる、枚方(ひらかた)カノンのエアー着ぐるみ。

その中のスピーカーから、シュシュのそんな声が聞こえる。

 

「大丈夫でーす、そっちから外見えてる?」

『何となくは見えてるわ、ほな行こかぁ』

「はいはい、田中君は大丈夫?」

 

俺がそう尋ねると、着ぐるみの中からカフェのバイトスタッフである若い男の声が返ってくる。

今日着ぐるみの中に入っているのは、カノンではなく別人。

シュシュは家にいて、こっちとはビデオ通話で繋いでいるのだ。

 

「オッケーでーす」

「じゃあ行きます、先導するからついてきてー」

「はーい」

『はーい』

 

一足先に車から降り、反対側に回ってカノンの着ぐるみを降ろす。

そして業務用カメラの電源を入れ、よちよちと歩いてマンションのエントランスに向かうカノンの姿を撮影していく。

 

「社長、ボタンいいすか?」

「あいよ、押すよーっ」

『はーい』

 

俺はマンションのエントランスにある呼び出し機に部屋番を打ち込み、ちょっと離れてカノンにカメラを向ける。

 

『はーい』

『カノンボールカフェの宅配ですぅ』

『えっ!? カノンちゃん!? たぁくん! たぁくん! ちょっと来て! ちょっとちょっと! カノンちゃん来てるよ!』

 

着ぐるみのカノンがインターホンに映ると、向こうからはなんだかバタバタしたような音が聞こえてくる。

そしてさっき対応してくれた大人の声とは違う、高い子供の声が『キャーッ!』と響いた。

 

『カノンだぁ! なんで!?』

『ロコモコ丼頼んだやろ? 今日はカフェの手伝いしてる日やから届けに来てん』

『ほんとぉ!? か……』

 

そこでインターホンが切れた、通話時間切れだな。

俺がカノンの正面を撮りながら反対の手で数字を入れ直すと、またすぐに通話が繋がった。

同時に自動ドアが開く。

 

『どうぞー』

『……ノンがねぇ……来てる……もの……』

『お邪魔しまーす』

 

後ろでかすかにはしゃぐ子供の声が聞こえるインターホンを離れ、マンションの中へ。

エレベーターに乗って届け先の階に向かいながら、カノンの手に商品の入った保温バッグを持たせる。

そしてエレベーターが開くと、その前にはマスクをつけて目をキラキラ輝かせた、小学校低学年ぐらいのキッズが待っていた。

 

「カノンだぁ!」

「たぁくん、カノンちゃん(エレベーターに)挟まれちゃう」

 

親に窘められてちょっと引いたキッズは、しかしすぐにエレベーターから降りたカノンの足元に再度纏わりついた。

もちろんその絵も、バッチリカメラにおさめていく。

 

「カノンなんでうちに来たの?」

『今日は配達員のバイトしとんねん』

「(綾辻)キングダムは行かなくていいの?」

『キングダムは今鎖国しとるから、東京のもんは入られへんねん』

「そうなの!?」

 

キッズに案内されながら目的の家にたどり着き、俺が保温バッグの蓋を開け……

カノンがはしゃぐ彼に、ビニール袋に入った商品を手渡す。

 

『たけおはちゃんとご飯食べとるか?』

「うん! 昨日生姜焼き食べた!」

『ええやんか! うちも後で食べよかな』

「えっとねぇ! マヨネーズつけると美味しいよ! あとねぇ!」

 

大興奮のキッズとしばらく話をしてから、家の前の廊下で記念写真を撮影。

 

「はいチーズ」

『はいチーズて!』

「キャハハ!」

 

最後に最高の笑顔のキッズのカットを頂き、撮影協力のお礼のマスク一箱を渡してマンションからおいとまをした。

 

『めっちゃウケてなかった?』

「凄かったっすねぇ」

「子供は今一番退屈してるからねぇ」

『この仕事めっちゃええわー』

「僕らもなんか嬉しいっすよ」

 

店に戻る車の中、エアーを切ってシワシワになったカノンの着ぐるみの中の田中くんと、通話を繋ぎっぱなしのカノンとそんな話をする。

ちなみに、この遠隔システムは単純明快だ。

中にいる田中くんに、スマホをクリップするネックバンドをつけてもらっているだけ。

カノンはそのカメラで演者と一緒の穴から外を見て、声は元からあるスピーカーシステムにスマホを繋いでいる。

さすがに身バレ防止のためにも、中に本物のライバーを入れるってわけにもいかないからな……

 

『今日あと何件あるんやっけ?』

「昼二件、夜三件」

『結構あるなぁー、田中くんも運転の子も大丈夫?』

「大丈夫っすよ!」

「大丈夫でーす」

 

まぁ今のカノンボールカフェ、テイクアウトの客が激減して割と暇だしな。

こういう状況でもウーバー(はいたつ)を利用して稼げてはいるが、せっかく店があってスタッフもいるのにそればかりではつまらない。

……という事で考えたのが、この着ぐるみ宅配サービスだった。

もともと宅配サービスを利用していたユーザーに、過去に取っていたアンケート情報を元に撮影オファーを出したのだ。

うちは宅配サービスやテイクアウトのオマケとして、一食に一枚、個包装のマスクをサービスしているからな。

その兼ね合いで家族構成とか、子供の有無とかのデータもあるというわけ。

もちろんこの着ぐるみ宅配サービスは、これから常にやるってわけじゃなく……

やってもいい演者がいる時に、公式配信用動画の撮影を兼ねて行うものにしようと思っている。

ぶっちゃけクリスマスに来る、サンタ服着たピザ屋の拡張版みたいなもの。

社会貢献にもなるし、動画ネタにもなるし、演者も生で客と触れ合えるし、どうしても常よりシフトを減らさざるを得なくなったスタッフの仕事にもなる。

これは結構、利用者にも身内にもいい影響が出る試みなんじゃないかと、そう考えていたのだが……

実際に一番劇的な反応が返ってきたのは、その動画を流した公式配信のコメント欄だった。

 

『カノンははいたつの人になったの?』

『今日は助っ人や!』

『みーちゃんもカノンと一緒に助っ人したい!』

『みーちゃん、ご飯いっぱい食べてなぁ、おっきなったら頼むで!』

『うん! うん!』

 

俺もう駄目だ、こういうの弱いんだよ

正直この企画神企画だと思う

子供の頃こんなのあったら絶対一生思い出に残る

カノンボールにしかできないよこんなの

ハセやんはこのためにカフェ始めたのかな?

カフェっていうか着ぐるみが大事だろこの場合

子供が一番気の毒だよなぁ、いきなり家に閉じ込められてさぁ……

 

そんな感じのコメントがめちゃくちゃ来る事になったこの企画。

この場面の切り抜きが海外でバズったりして、なんだかちょっとした思いつきとは言いにくい反響が来た。

その影響か、カノンボールカフェのSNSのフォロワー数も爆増。

逆の意味でのバイトのシフトの心配をしなければいけないぐらい、デリバリーやテイクアウトの客が増えたらしい。

最初は会長であるカノンと、社員であるラムダを軸に始まった企画だったが……

最終的には、どんどんこのライバーデリバリー企画に手を挙げる演者が増え。

延々と続くコロナ禍の中、週替わりで様々なライバーの着ぐるみがキッズを喜ばせる長期企画になっていくのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。