【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
五月に入り、緊急事態宣言からそろそろ一ヶ月が経とうとしている頃。
テレビ局の番組制作が、色んな面でいよいよ行き詰まってきたらしい。
『綾キンなんですけど、結構いい素材溜まってきましたんで……一旦、綾辻キングダムへの道という形で放送させてもらっていいですかね?』
そんな連絡が来て、急遽綾辻キングダムの放送が決まった。
建国宣言からの第一回、緊急事態宣言発令からの綾辻さんの農地開拓やアウトドア生活が、一時間にギュッと詰まった映像になるそうだ。
一旦今撮れている分だけで放送し、緊急事態宣言が明けてからやる予定の綾辻キングダムも引き続きやるという事なので、これを承諾した。
そのついでとばかりに夕方のニュース番組で流れた、うちの着ぐるみ宅配サービスの映像。
この時は、これに悩まされる事になるとは全く思っていなかった。
『コロナ禍の中、ユニークなデリバリー方法で子どもたちを楽しませている飲食店があるようです』
そんな紹介のされ方で、局イチオシのラムダが子供を喜ばせているところがテレビで流れ。
その翌日から、カノンボールカフェは大変な事になった。
まずテレビ効果で、テイクアウト注文やデリバリーを頼んでくれる客が増えたのはありがたい事だ。
そして配信サイトでの各種の再生数がググっと伸びたのも、ありがたい事だ。
しかし問題は、その先にあった……
『えらい事になってますよ社長』
「たしかにこれはちょっとやばいかもね、会議で対策考えようか」
サポセン担当の社員が、狼狽してそんな電話をかけてくるぐらい……
メールやフォームからの『着ぐるみデリバリー』への問い合わせが殺到するようになったのだ。
そしてすぐにカフェの店長を含めた幹部を招集し、オンラインで開かれた会議。
そこでは思いもよらぬ方向に、社員の意見が向き始めたのだった。
『
『東京もなんとかなると思います。バイトの子もカノンボールが好きで入ってきてるわけですし、シフトを増やしてもいいと言ってくれてます』
『大阪も大丈夫です』
現場から出たのは、まさかの『着ぐるみデリバリー』の正式サービス化提案。
緊急事態宣言中とはいえ、カノンボールカフェの現場は現状でも結構忙しい。
そんなカフェの店長たちをそちらの方向に向かせたのは、間違いなくファンの声だった。
『着ぐるみデリバリー』動画の好評と、それを羨むファンの子供たちの悲痛な声が、彼らを動かしたのだ。
『俺もう、この状況で断り続けるのは心が痛いっすよ』
『子供らのためですよ、社長』
うちのカフェは電話番号を公開していないから、現場の混乱はそこまでなかったが。
それでもカフェの店舗に直接来て、真剣に店員に頼み込んでくる親御さんなどもいた。
テレビでの放送時にも「撮影のための特別なイベントです」テロップを出してもらっていたのだが、そんな事は子供にはわからない事だ。
テレビを見て、動画を見て「よその家には楽しそうな着ぐるみがご飯を持ってきてくれているのに、うちは来ないの?」という気持ちになってしまうのは、痛いほどわかる。
コロナ禍の今、世の中は暗く、我慢我慢の時期だ。
うちに連絡をしてくる親としても……
無理を言っているのは承知の上で、ただ子供を喜ばせたい一心なのだと思う。
だからこそ、それは
『やりましょうよ、着ぐるみデリバリー』
『うちにしかできないですよ、こんな事』
『社長も
たぶん……他にもうちと同じような事ができる会社はいくらでもあるだろう。
だがまさに緊急事態宣言の出ている今現在、それをやっているのはうちの会社ぐらいなのだ。
そこに社会的責任があるとは言わないが、ここで動かなければ感情的に尾を引く気もする。
だからこそ、俺は悩んだ、社員たちも悩んだ。
食事休憩まで挟んでの白熱した議論の末に、俺は責任者として一つの結論を出したのだった。
「ハセやん、(
「よくはないんだけど、仕方ないよなぁ……」
ファンサービス推進派のシュシュが、腕を組んで満足気に頷いているのは……
ひとえに『着ぐるみデリバリー』サービスの特設が決まったから。
そして、割り切り派の俺が頭を抱えているのは……
どうあがいても、これからしばらくは赤字が出続ける事になったからだ。
幹部会議で過半数を占めた
現実派は「そんな事のためにライバーを拘束するのは無理だし、儲けも出せないからありえない」と切って捨て。
結局、
「ボーラーちゃんもカノンボールのキャラやし、子供らも嬉しいって」
ここで言う、最小限の損。
それはライバーではなく、カノンボール公式キャラクターの
まず、この事業で儲けは出ない。
本来一人でできる
だが特別料金も取れない、そんな事をすればイメージ戦略として逆効果になりかねないからだ。
なのでうちが受ける損は、人件費と他経費ってところ。
そしてなぜ配達に向かうキャラクターが、
この慈善事業に、正規ライバーを付き合わせるのはありえないからだ。
ライバーは個人事業主なのだ、こういう事で甘えてはいけない。
それに何万人もの視聴者からの期待を背負っている彼らを、一対一のビジネスに長期間従事させるのはファンへの裏切りだ。
そこをいくと、
しかもそのほとんどは、元々演者になるつもりで応募してきた社員なのだ。
『俺、中の人やりますよ』
『あたしも、全然やります! あれなら終業後にでも!』
『暗い時代を明るくするのがエンタメじゃないですか、やりたいです!』
会議中も、そんな台詞が社員の中からガンガン出てくるのは、ある意味都合が良く、ある意味都合が悪く。
とにかく、俺はこれを突っぱねれば今後の社員のモチベにも関わると考え……この業務に関わる諸々の損を飲み込んだ。
その結果として、総合的な判断での、
そしてこれもまた、ちょうどいいのか悪いのか……
ちょうど東京大阪福岡、全てのカノンボールカフェでサービスが行える数だった。
「ハセやんも子供のファンは大事にせなあかんって言うてたやん、損して得取れやろ?」
「まぁそうなんだけど……損してもいい! っていう姿勢は絶対に良くないんだよね。これも緊急事態宣言の間だけだから、ギリギリやれる事だし」
「なんでぇ? ずっと続けてもええんちゃう?」
「会議でも言ったけど、全く採算取れないから。こういうのが常態化したら会社潰れるよ。ファンが喜ぶ事をするのと、会社が損をする事は違うから……慈善事業はこれっきり」
そう言いながら、リビングの椅子にもたれ掛かって天を仰ぐと……
俺の耳から
そしてシワの寄ったその眉間のちょっと上に、つるりとした彼女の顎が乗っかった。
「でもなぁ、子供らはみんな喜ぶと思うんよ。おっきくなって、他に楽しい事いっぱいできてもさぁ……
「……痛いよ、デコがさぁ」
俺はそんなロマンチストからの体罰を受けながらも、しばらくゆっくりと休憩し……
シュシュが入れてくれたコーヒーを一杯飲んだあと、プレス向けの文章を打ち始めた。
会長は俺が苦悩する事の何が楽しいのか、その画面を見つめながら、後ろでずっとこちらの肩を揉んでいたのだった。
発表当初は「
結局蓋を明けてみれば、そもそもこのサービスを頼む人にはVtuberを知らない層が多かった事もあり、何の問題もなかった。
『チャイム押すよー』
とある大阪のアパートの二階。
バイトが中に入り、社員が声をつけるボーラーがチャイムを押すと……
家の中から、バタバタと小さい足音が聞こえてきた。
「はーい! ……あっ! すごっ! ゆうきー!」
「何ーっ? わっ! 誰!?」
『カノンボールのボーラーちゃんでーす』
「なんでうちに来たんですか?」
ドア半開きで子供が見つめる中、ボーラーは手に持った袋を揺らす。
『ブリトー持ってきました、ブリトー頼んだ人ー』
「あーっ! 宅配の人! はいはーい! うちでーす!」
「ブリブリィ!」
袋を受け取った姉弟は、ボーラーの正体がわかったからか安心したようにはしゃぐ。
『二人は
「そうでーす! こっちがな、ゆうき!」
「ブリー!」
『ブリトー食べた後は何するの?』
「マイクラ!」
「今なぁ! お城作ってんねん!」
『凄いじゃん! どんなお城?』
「ブリブリうんこ城!」
「ちゃうやろ! シンデレラ城!」
なんだかんだ、ボーラーの宅配を受けた子どもたちは、ちょっとした非日常に大喜びだった。
一部着ぐるみの迫力に泣き出してしまう子がいたりもしたが、基本的には大成功。
撮影OKのご家庭で撮影させてもらった動画は、カノンボール公式にショート動画として上げられ……
それは結構な人気コンテンツとして、緊急事態宣言が明けるまで続いていくのだった。