【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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それならまず、ハセやん探すかな

ずっと家に籠もっていたはずなのに、五月は本当に忙しかった。

いよいよスタッフが足りなくなったカフェについて、店長と一緒にリモート環境でのリクルート方法を構築したり。

ライバーや玉チルがガンガン打ち出していく、勢い任せの企画群が成立するように手伝ったり。

千葉のキングダムの今後について、テレビ局や王様、そして弁護士の先生と相談を重ねたり。

いよいよ政治家の目にまで留まるようになった白衣頼(はくいらい)について、オーバーワークを少しでも軽くする取り組みを彼のマネージャーと頑張ったり。

そんな目が回るような日々を過ごしているうちに五月の終わりが近づいてきて、東京の緊急事態宣言は明けた。

俺はそのタイミングで、全社員を集めてカノンボールとしてのコロナ対策ガイドラインを発表する事にした。

 

「人が二メートル以内にいる場所では絶対にマスクを外さないこと、これはマストです」

『えーっ、顔見て喋りたいなぁ』

『食事とかどうするんですか?』

「仕事での会食は会社でNGが出てるという事で、できるだけ避けて。プライベートで行くなら覚悟して行って下さい。どのみちかかる時はかかりますから、かかった時は隠さずにすぐ教えてくださいね」

『はぁーい』

『でも社長、撮影の時はどうせ後でVの顔貼り付けるんですよね? わかんなくないですか?』

「私はこれからのマスクは、ビジネスで言うところのスーツと同じになると思っています。感染がどうこうというよりは、マナーですよマナー。どうせ隠すと思って油断してたら、撮影班からバレますよ。マナー違反をする人にはみんな厳しいですから」

『うへぇ……』

 

こんな状況だ、社会は急速にこれまでと形を変えていく。

いや、適応していくと言ってもいい。

その適応が終わるまでのしばらくの間は、混迷期とも言える時期。

コロナにかかった人が村八分にされたり、よそのナンバーの車がある家が嫌がらせを受けたり。

誰でもコロナにかかるとか、人それぞれ事情はあるとか、そういう理屈が通じる世界ではなくなる。

みんな不安なのだ、理屈じゃ収まらないのだ。

 

「理屈抜きです、今だけは私と白衣頼(はくいらい)を信じてください」

 

俺がそう言うと、画面の向こうからはしばらくの沈黙の後……

 

『わかりました!』

『社長と先生の言う事聞いてたら間違いないっすよね』

『了解です!』

 

そんな、沢山の返事が返ってきた。

俺の記憶の中でも、これから数年は暗く、困難な時代だ。

だが……カノンボールの皆となら、なんとか乗り越えていけるはずだった。

 

 

 

そう決意を固めたのは良かったが、まぁ、そうトントン拍子にはいかないもの。

気をつけていたってコロナ感染者は出たし、ライバーは大炎上もしたし、引退者だって出た。

それでもトータルで見たら、いい五年間だったんじゃないかと思う。

綾辻キングダムと白衣頼(はくいらい)の活躍のおかげで、テレビで一期生の冠番組も持てた。

その縁でカノンボール出版部が出していたケモケモズの漫画のアニメ化もできたし……

案件は企業や医療系からのものどころか、時々政府からも頂けるようになり、営業部は今や一番忙しい部署だ。

マスクや消毒液などの日用品を売る事業も、生産数を絞りながらも未だに続いていて、白衣頼(はくいらい)はロイヤリティでキャンプカーを買った。

シュシュの悲願だったドームライブも、2023年から3年連続で打つ事ができた。

そして昔に五千万円で買ったグラボ会社の株。

あれが現在三十億円とかいうとんでもない額に値上がりをしていて、今なら自社ビルだって選び放題。

なんだかんだと、会長の夢を全部叶えつつの……

本当に、あっという間の五年間だった。

そう、五年だ。

今はコロナが始まった2020年の、5年後の2025年。

今年は、巻き戻る前の俺が生きていた年だった。

 

「…………」

「どないしたん、朝からムッツリして」

「ムッツリー」

「なぁ、パパどないしたんやろなぁ?」

 

あれから、家庭内でもなんだかんだ(・・・・・・)あった。

うっかりでき(・・)ちゃって、慌てて籍も入れて。

そんで、そんなシュシュの近況は演者(ほんにん)のうっかりミスであっさりバレた。

そもそも、根本的に隠し事ができない女なのだ。

結婚も妊娠も早々にバレ、これはカノンボールの歴史史上、一番の大炎上を引き起こした。

引き起こした……はずだったのだが。

そこも色々と紆余曲折があり、なぜか現在の枚方(ひらかた)カノンは、前周の数字を遥かに超えた百五十万人の登録者を保っている。

こればかりは、やはりうちのおしゃべりモンスターの才能という他ないのだろう。

 

「なぁなぁパパ、なんか心配あるんやったら言うてみぃや」

「言って言ってぇ」

 

膝の上の娘と、背中にもたれかかる妻にそう言われながら、俺は時計を睨んでいた。

現在は、2025年6月25日の11時55分。

俺はこの日の昼休憩(しょうご)前にダンプで轢かれて死んだのだ。

もしこの人生に三周目があるとしたら、きっと巻き戻り地点はここになるだろうと考えていた。

俺は目を閉じ、膝の上の娘を抱きしめる。

 

「なにぃ?」

 

そんな事を聞きながら抱きつき返して来る娘の背中を、ぽんぽんと叩く。

なんで二周目があったのかもわからないが、三周目なんかまっぴらごめんだった。

きっとそこには、シュシュも、娘も、七年間共に走ってきた仲間たちもいないのだ。

あの社員寮でまた一人で目覚める事になったら、きっと俺はその絶望に負けてしまうだろう。

だから神様、俺をここから動かさないでくれ!

 

「お願いします…………」

 

そう願った俺の願いを、粋な神様が叶えてくれたのか……

そもそも二周目なんてのは最初からなく、全ては俺の妄想だったのか。

ピピピピピピピピ! と、俺のポケットのスマホからアラームが鳴った。

十二時だ。

どうやら俺はまだ、この世界で生きていていいらしい。

ピッとアラームを止め……

俺は後ろのシュシュに頭を預けて、長く息を吐いた。

 

「パパほんま、今日はどしたん?」

「……たとえばさ」

「ん?」

「……たとえばママが、いきなり若い頃にタイムスリップして……そこから、はいやり直しって言われたらどうする?」

 

なんだろうか、気が抜けたのだろうか?

言わなくていいような事を言っているような気がするが……

俺はなぜか、つい彼女にそんな事を聞いてしまった。

 

「え? それってパパと出会う前って事?」

「まぁ、そうかな」

「うーん……それならまず、ハセやん(・・・・)探すかな」

「え?」

「いつの話なんかはわからんけど……うちとハセやんとマイク一本あったら、だいたいの事はなんとかなるやろ? せやから、ハセやん探す」

 

それは、いつだったか……俺が大バクチを打とうとした時に、枚方(ひらかた)の実家で彼女が言ってくれた言葉だった。

あの時の思い出が胸に蘇り、不意に目に涙が滲む。

 

久遠(くおん)も! 久遠もー! 一緒ー!」

「くぅちゃんもな、せやな! 長谷川家再集合や!」

「絶対!」

 

俺を挟んで盛り上がる、うちの家族たち。

その間で、俺は本格的に止まらなくなってきた涙を袖で抑えながら、娘を更に強く抱きしめた。

そうだよな、久遠も一緒だ。

なんなら、先生も、賢獣も、王様も、他の皆も……全員もう一度探そう。

 

「え!? パパ泣いとるんか?」

「どしたのー? だいじょぶー?」

「ん……なんでもないよぉ」

「どしたん? なんかあった?」

 

後ろからシュシュの体重がかかり、顔の横から聞こえる焦ったような声と共に、ニギニギと肩を揉まれる。

声の方に目を向けると、元お隣さんのヤバ女と目が合った。

子供が生まれてからインナーカラーを入れるのをやめたヤバ女は、昔と全く変わらない瞳でゆるっと微笑んだ。

築七十年、平屋風呂なし、確実に再建築不可なわけがわからない場所に建っていて、トイレ台所共用。

馬鹿みたいに安くてボロく、ボール紙みたいに壁が薄い、あのアパート。

その、告知事項付きの部屋から始まった……

この女との、とても一言では言い表せない、大変だけど幸せな関係。

 

「シュシュ」

「ん?」

「俺、幸せだよ」

「な……何よぉパパ? ピザ取る?」

「ピザーっ!」

 

どうやらその関係は、これからもまだまだ続いてくれるようだった。




一気に時間飛びましたが、ここで完結とさせて頂きます。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
元々、コロナには踏み込む気がなかったのですが……
勢い余ってつい踏み込んでしまい、十二万文字の予定が十五万文字になってしまいました。
そのうち年表かwiki形式で各キャラクターや企画のその後を書けたら書きます。
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