【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
翌日から、俺はギターの練習をし始めた。
サーバーの親切なみんなが教えてくれた解説サイトを参考にコードを覚え、そのコードで簡単な曲を弾き語る事を目標として動く。
とにかく拙かろうが何だろうが形として出さないと、ギターの練習をしている間Vtuberとして止まってしまうからだ。
止まったVtuberほど怖いものはない。
今伸びているVtuberに共通している勝ち筋は、箱とか個人とか性別とかじゃなく、まず動いている事だ。
中から人がいなくなったVtuberの抜け殻に熱くなってくれる人はそうはいないからな。
俺が応援してたVtuberもいつの間にか動画が止まって、月一だった配信もやらなくなってSNS更新も途絶えてフェードアウトしていったな……
そんな悲しい事を考えながら、俺はギターの弦をしゃらんと撫でた。
「最初はコード一回弾きでいいって言ってたよな」
これまで意識した事もなかったのだが、ギターの弾き方には色々あるらしいのだ。
『コード*1』という、いわゆる歌の伴奏に使われる和音。
これを弾くだけでも様々な手法があるらしく、勉強した今ですら正直全然わかっていない。
俺がやるのは、その中でも一番簡単な方法だ。
ボ……ビ……ペ……チャ……ピーン
左手で握ったギターのネック、指板と呼ばれる平らな板の上に複雑に指を乗せて固めた『コード』。
それを、右手に持ったプラスチックの破片みたいなもの*2で、上から下に弦を撫でて鳴らす。
これを小節*3のはじめに一回だけやる。
もちろん、その後は数秒後に来る次の小節のはじめまで無音だ。
なんとも寂しい伴奏だが、伴奏は伴奏。
これを歌いながら一曲分通すのに、俺は五日の期間をかけた。
通しでできるようになったらそれを録音して、気分が上がっているうちにすぐに動画として上げる。
すると幸先のいい事に、初挑戦の弾き語り動画に即コメントがついた。
アカペラ?
「えっ?」
どうやら、ギターの音が小さかったらしい。
たしかに、俺もイヤホンで聞いていてギターの音小さいなとは思っていた。
だからできるだけ大きく弾いたのだが、やはり歌いながらだと十万円のマイクでも拾い切れないのだ。
しかし、こういう時って他の人はどうやっているのだろうか?
俺は早速、その疑問を『なんでも挑戦委員会』のチャンネルで質問してみた。
『ギターの音ってどうやって動画に入れたらいいんですかね?』
『どしたー?』
ノット・キング・コール
『おうがさん買ったのってエレキだよね?同録?別録?』
『多分同録です、弾き語りなので』
ノット・キング・コール
『インターフェース側でギターのゲイン上げてみたら?』
『ギターのゲインってどう上げたらいいですかね?』
『インターフェース何使ってるのー? 2chある?』
『とりあえずマイクは繋がってます』
ノット・キング・コール
『え?ギターは?』
俺は知らなかったのだが、どうやら俺の目の前にあるパソコンにマイクの音を取り込むオーディオインターフェース*4という箱は、パソコンにギターの音を取り込む箱でもあったらしい。
俺の相手をしてくれた、知識がありそうなお二人がこちらのあまりの無知さに困っていたところ……
すぐに社員さんがチャットにシュバって来て、懇切丁寧にギターの繋ぎ方を教えてくれた。
『ギターの接続に関してはこんなところですかね……あとの設定はシールドを買ってからですね』
『ありがとうございます、本当に助かりました』
ノット・キング・コール
『おうがさんまさかアンプはおろかシールドも買ってないとは……』
『ああいうのってライブする時に使うプロ用のものだと思ってました……』
『最初はわかんないよねー』
どうやら俺が持っているギターは、音を大きくするアンプとかに繋がないと人に音が伝わらない楽器らしい。
自分で弾いてる分には結構大きい音がしているから大丈夫だと思ってたんだけど、普通はマイクに入るほどの大きさじゃないのだとか。
買う時に店員さんにはアンプ*5を勧められたんだけど、家で大きい音は出せないからって断ってしまったんだよな。
とはいえ、色々教えてもらった事でかなり解像度が上がった。
「とりあえず、ケーブルを買おう」
どうもエレキギターというのは『シールド』と呼ばれるケーブルでオーディオインターフェースに繋ぐことでデカい音で録音できるらしく、更にアンプとかエフェクター*6を使って音をロックにするといいらしい。
いくつか提案までしてもらえたから来月の給料日*7に買おうと思う。
しかし凄いぞ『配信品質向上委員会』は、どんどん月謝の元が取れていっている気がする。
それからも、俺は五日とか三日とかの練習期間をかけながら、弾き語りの動画を何本か出しながら2019年の4月を過ごした。
そしてゴールデンウィークを目の前にして『なんでも挑戦委員会』にて、一つの目標を設定した。
それはクオリティはともかく、絶対に一日一曲を作るというもの。
持ち曲を作るという俺の目標に向けて、ようやく直接足を進めたというわけだ。
『今日から毎日、一日一曲作曲していきます』
『おおー』
『前言ってたやつ? やるじゃん』
十津川扇
『すごくね?』
ノット・キング・コール
『すげすぎ』
とはいえ、弾き語りと作曲は全くジャンルが違う。
弾き語りができるから作曲ができるわけではなく、作曲ができるからといってギターの弾き語りができるわけでもないからだ。
もちろん俺には音楽の知識もないし、楽譜も書けない。
じゃあなんでそんな無謀なチャレンジに踏み出したのかというと……俺には師匠がいたからだ。
このお二人が、音楽の経験者で色々と教えてくれたのだ。
このお二人から、ダイアトニックコード*9の理屈やJPOPで頻出する定番コード進行など……
作曲にピンポイントに使える知識を色々と教えてもらい、実際にコードに乗せて思いつきの歌を歌ってみて、これならいけそうだと思えたのだ。
『ありがとうございます!頑張っていきます!』
ノット・キング・コールさんには、とにかくパワーコードを弾いておけば下手なのはバレないとアドバイスをもらい。
理論という確たるコンパスもなしに意気揚々と作曲の海に漕ぎ出した俺は、ここからしばらく、受難の航海を続ける事になるのだった。