【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
俺は毎日、日記を書くように曲を書いた。
「今日は残業……いや、今日は残業」
ギターをコードをかき鳴らしながら、節回しを考える。
「新人だらけで仕方がないな。でもおかげで焼肉弁当半値で380円……380円……380円……こっちのほうがいいかな」
マジで毎日やらなきゃいけないから、晩酌も抜き、Vtuber活動以外の遊びも抜きだ。
「できた! タイトルは……半額弁当。通して歌ってアップして、弁当食って早く寝よう……」
毎日やるから一番しかない、数十秒とか一分ぐらいの曲。
それをVtuberのガワで歌って、撮って出しの動画にして配信サイトに投稿。
そんでそのURLを『なんでも挑戦委員会』のチャンネルにペタリ。
『今日の曲です』
『おつー』
特に曲の内容への反応なんかない。
当たり前だ、内容がないんだから。
師匠たちは「作曲はギャンブルだ」と言っていた。
なら初心者の自分は、そのスロットマシンのリールを愚直に毎日回し続けるしかないのは道理だろう。
「終わった終わった」
とにかく、今は毎日続ける事だ。
そして、出すからには入れないといけない。
師匠たちにも言われた事だが、人間入れた分以上には出てこないのだ。
俺はサブスクリプション式の音楽サイトに金を払い、通勤時間や作業中などに、ヒットチャートや有名らしいアルバムなんかを片っ端から聴き続けた。
こんな付け焼き刃で役に立つんだろうか?
そう思いながら、風の吹かない毎日を必死に過ごす。
とはいえ、上手くいかないギターも作曲も苦痛というほどではなく、なんだかんだ毎日がふわっと楽しく。
まるで中高の部活の日々のように、目まぐるしく時間が過ぎていくようだった。
「
「えっ? やってますやってます」
「そうなんだ、やっぱロックな感じ?」
「いやー、そういうのは難しくて、弾き語りです」
「へぇーっ、今の子も弾き語りとかやるんだねぇ、俺の頃なんかさぁ……」
会社の隙間時間にエアギターでコードの復習をしていたら、部署内にその情報が広まって、先輩との会話の種になったりもした。
ギターという楽器のチョイスが良かったんだろうか、意外と自分も昔やっていたという人が多かったのだ。
「かぐや姫って知ってる? 家にあれのレコードしかなくてさぁ、あの頃はモテたくて兄貴のガットギターで必死に練習しててね」
「聴いたことないんで、今日帰りにでも聴いてみます」
「おっ、サブスクってやつ? やっぱ若いねぇ~」
そんな話をしていて、なんだか気を良くしたおじさんに昼飯を奢ってもらったり。
いつの間にか会社ではすっかりギターキャラになってしまって、ちょっとだけダルく感じるところもあるような気もするが……
以前よりも、いろいろな人から気安く話しかけて貰えるようになったし……
Vtuberをやっている事は話せない以上、会社の周りの人からの「毎日さっさと家帰って何やってんだ?」という疑問をかわす目眩ましができたのは、よかったのかもしれない。
そういう暮らしを一ヶ月続け、六月に入った。
一応『#毎日作曲チャレンジ』と題して歌を配信サイトに上げてはいたんだけど、反応はほとんどゼロ。
「何やってるんだろう? これなら普通にVtuber活動してた方が良かったんじゃないか?」なんて、自分でも思わないでもないが……
とにかく、やると決めた事をひたすらやるというこの生活。
一見しんどそうにも思えるが、意外と精神的には楽なものだった。
思えばこれまでのVtuber活動って言ったらもう、マジで試行錯誤の連続だったからな。
『はじめまして、
そう産声を上げて生まれてからというもの、Vtuberとして伸びるために色々な企画を考えては、それを必死こいてやって来た。
再生数が伸びない事に悩み、絵や動画のクオリティの低さに悩み、見つけてもらえなさに悩み、SNSでのいいねのつかなさに悩み……
いつかブレイクスルーが来るはずだ、今歩いてる場所が悪いだけなんだ、俺はすぐにカノンボールのライバーと同じ場所に行くんだと、目をギラギラと輝かせて悶々と暮らす日々。
とにかくやればいいだけの弾き語り暮らしは、そういう焦燥感とはちょっとだけ距離のある生活だった。
今俺は前に進んでいる、とりあえずはそう胸を張れる日々というもの。
それは意外にも、俺にキツさよりも安心感を与えてくれたのだ。
「まぁでも、全く伸びてないのに安心しちゃうって事は……底辺の水に体が慣れちゃったって事なのかな」
休日前の深夜二時。
久々の雑談配信を終え、カップ焼きそばを食べながらそんな独り言をこぼす。
今日の視聴者は八人。
たまたま見てくれたって人もいたし『なんでも挑戦委員会』の仲間もいた。
普段あげている自作曲への感想もコメントで貰った。
八人、八人だ。
多分この数字が、今の俺にふさわしい数字……いや、そうじゃないな。
多分俺レベルの雑談配信なら、八人も見てくれるっていうのは出来過ぎなぐらいなんだろう。
今なら、素直にそう思えた。
「八人かぁ。八人ねぇ……楽しい……夜会のゲストは八人……ゲストはぁ……いや、ゲストの皆さんがぁ……いやいや、小さいホール……こっちだな。小さいホールは満席でぇ」
一ヶ月もやっているから、こうしてどんな気持ちでもすぐに曲にしてしまうようになった。
頭の中で歌詞の骨組みができたらギターを持ってきて、曲にして、動画を撮ってそのまま上げる。
そうすると、翌日になってからコメントがついた。
「おっ」
自分の事が曲になるってはじめてかも。何かの登場人物になれたみたいで嬉しい
嬉しいのはこっちの方だ。
反応が貰えるという事は、誰かに自分の存在を認知して貰えるという事。
底辺Vtuberにとって、他者からの認知ほどありがたい事はないのだ。
言うなれば、まるで自分の歩いてきた場所に明かりを灯してもらえるような……
いや、自分の軌跡に明かりを灯す、自分の過去に明かりを灯す……いやいや……
「自分のぉ……いや、歩いてきたぁ……いやいや、道標がぁ、かな……道標がぁ星に照らされてぇ……こっちだな、録音しとこ……」
一人っきりの会社のトイレの中で、俺はぶつぶつとそう呟いた。
最近は、ギターを持っていなくても、イヤホンをしていなくても……
ふとした事がきっかけで、頭の中で自然とメロディが響くようになっていた。
それは仕事中だろうと、電車の中だろうと、お構い無しだ。
いつだって鳴り響き、口に出したり録音したり、形を定めるまでは鳴り止まない。
生活に支障をきたすってほどじゃないけれど、昨日は営業車に一人で乗っている時に思わず歌を口ずさんでしまってヒヤッとした。
営業車っていうのはドラレコで録画されてるからな、チェックでもされたら赤っ恥だ。
「こういう時俺も楽譜が書けたら、黙ってメモっとくんだけどなぁ……」
音楽教室にでも通うかなぁ、なんて事を呑気に考えていたのだが……
そうなってから一週間も経たないうちに、その症状は更に悪化した。
『俺をさっさとお前の中から出せ』
まるでそう言われているかのように……
頭の中で、音楽が鳴り止まなくなってしまったのだ。
目で見た文字から発生したダジャレのような曲から、思考から発生したなんだかシリアスな曲まで、出しても出しても湧いてくる。
これがいい曲ばかりなら『自分は天才だ』と自惚れられるのかもしれないが、マジで全部しょうもない曲ばっかりだ。
耐え難いというほどではないが、正直ちょっと疲れてしまうところもある。
気づけば、曲の事を考えないために、貪るように人の曲を聴くようになった。
「勘弁してくれぇ……」
そして深夜三時、眠れないベッドの中、俺は扇風機の風を受けながら天に祈るようにうめいた。
一日中頭の中に曲が流れ続けていると、本当に脳が疲れるのだ。
脳がヘトヘトに疲れていても、なぜだか眠気はなかなかやってこない。
結局その悶々とした気持ちは、曲を録音する事でしか晴らす事はできず、俺は常にいつでもすぐ手の届く場所にギターを置くようになった。
気づけば、これまではノルマを埋めるようにやっていたはずの作曲に、逆に急かされるようになっていた。
最初の頃は一日一曲を必死こいて絞り出していたはずなのに、だんだんと気温が上がっていくにつれてその数は加速度的に増え。
本当は一週間に七曲でいいはずの曲は三十曲を超え、俺はその中からことさら気に入ったものだけを表に出すようになっていた。
そして七月上旬のある日。
何を投下しても、もう「おつ」としか言われなくなっていた『なんでも挑戦委員会』のチャンネル。
そこから、珍しく反応が返ってきたのだった。