【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
『今日の曲です』
『おつー』
特命社長
『昨日ひぼたんがおうがさんの曲歌ってたね』
『えっ? マジですか?』
俺の曲を?
歌う?
頭にいっぱい疑問符を浮かべながら、俺は『
三日と開けずに配信を行っている彼女のページには、俺もまだ見れていなかった昨日のアーカイブが残っていた。
『雑パラ』
つまり雑談パラダイスと銘打たれた、いつもの彼女の生放送。
その時間は一時間と少し。
俺はワクワクしながら、そのアーカイブの再生ボタンを押した。
『おつー、ねぇねぇ聞いて。今日ね、お昼にスタバ行ったんだけどさぁ……』
浅黒い肌のギャルっぽい造形のVtuberである彼女は、生放送が始まった瞬間マシンガンのように言葉を紡ぎ始める。
いつまでもたどたどしいままの俺と違って、彼女はもうしっかりと『配信者』だ。
その隔たりは、歌に全力投球したせいで百人いた登録者が減って九十人を割った俺と、そろそろ四千人に届こうかという彼女との間に分厚く立ちはだかっているように思えた。
そんな『なんでも挑戦委員会』の出世頭たる緋牡丹さんの動画を聞きながら、ピコピコと反応するDiscordの方も追っていく。
『え? どの曲?』
特命社長
『シャキシャキ』
『え? どれだろ……何日前?』
『ここやで、トントン
https://…
雑パラ!!』
『おっ、ありがとう』
パトレもん
『カフェインの曲か、たしかに耳に残ったよねー』
俺の歌動画の再生回数は、毎日十回とか十五回とか。
特に誰からも反応もされていなかったから、誰も聴いていないと思っていたが……
意外とこのチャンネルの人は、ちゃんと聴いててくれたんだな。
「あざっす……あざす」
思わず、そんな言葉が口を突いて出た。
人が自分の動画を見てくれるというのは、曲を聴いてくれるというのは……
そして、存在を認知してくれるというのは。
全然、全く、当然のように、なんにも当たり前じゃない。
一本数分の俺の曲動画。
その一再生の向こうには、生身の人間の数分間があるのだ。
動画を投稿すれば何万再生当たり前の上澄みVtuberたちの世界を見ていると、そういう感覚も麻痺してしまいそうになるが……そうじゃないよな。
十再生、たいしたものだ。
登録者八十七人、できすぎだ。
『でさぁ、もうそのお婆ちゃんが犬散歩してんだか犬に散歩されてんだかって感じでさぁ……』
パソコンのスピーカーから流れる緋牡丹さんの声を聞きながら、俺は久々に冷蔵庫のチューハイを開ける。
そしておつまみの柿の種チョコを持ってデスクに戻ると、ちょうどチャットが進んでいた。
『あー、ここか。
https://…1886
雑パラ!!』
どうやら歌が入る時間を貼ってくれたらしい。
生放送は後で最初から見直す事にして、とりあえずそれをクリックする。
そして動画の時間が飛んだ先では、緋牡丹さんが変な顔で固まっていた。
『はいただいまー、昨日マジ延々
どうやら飲み物を取りに行ってたらしい彼女が戻ってくると、トラッキングが回復して固まっていた顔が元に戻る。
多くのVtuberが使っているLive2Dという技術はカメラで表情の動きを追跡して、その通りに絵をアニメーションさせてくれるものだ。
だからトラッキングが外れた時にこういう挙動になるのは、Vtuberの配信ではよくある事だった。
『やっぱコーヒーだわ、コーヒーしか勝たんて。目がシャキシャキぃ、頭バキバキぃ』
そして彼女がなんとなく口ずさんだ曲は、たしかに俺が投稿した曲だった。
たしかタイトルはそのまんま『カフェイン中毒』だったはずだ。
『え? 変な曲? おもろいっしょ? 目がシャキシャキぃ、頭バキバキぃ、仕事テキパキぃ、飯はいらないぃ』
配信内でも俺の曲を歌う彼女を面白がってくれているコメントが散見され、なんだか自分の中の自尊心がググーっと上がった気がした。
『これ? おうがさん。えーっと、なんて読むんだっけ?
彼女がそう紹介してくれたおかげか、
俺は彼女の配信アーカイブに『やったー』とコメントを残しておいた。
素直な気持ちだ。
そんな事をやっている間に、Discordにも本人がやって来たようだ。
『ん? あたしの話? あー、おうがさんの歌かぁ』
『ありがとうございます!』
『面白かったからなんか頭に残ってさぁ、つい歌っちゃった』
ノット・キング・コール
『俺ももっかい聴き直してみよ』
『おうがさん毎日投稿どんぐらいやってんだっけ? もう二、三ヶ月ぐらい続いてない?』
パトレもん
『すごいよねー』
『すごくね?』
『すげすぎ』
『ありがとうございます! このチャンネルのおかげです!』
『名前読めなくてごめんねー』
『大丈夫です!』
みんなとそんなやり取りをして、俺はふわふわと嬉しい気持ちのまま床についた。
人から認知されるって、やっぱりいいなぁ。
ンフンフ笑いながら眠り、上機嫌のまま会社に行き、ちょっとお高いステーキ肉を買って家に戻る。
そしてパソコンを開くと、Discordに通知があった。
珍しい、メンションだ。
①と赤く強調表示されていたのは『なんでも挑戦委員会』のチャンネル。
相手は師匠である
『https://…
変な歌を歌う黒ギャルV』
メンションされていたのは、様々なジャンルのVtuberを総合的に扱っている大手切り抜きチャンネルの動画。
その動画は俺の歌を楽しそうに歌う緋牡丹さんの切り抜きで……
概要欄には元配信のURLと、俺の動画のURLが貼ってある。
「マジかよ」
思わずそう言葉が口に出た。
押しも押されぬ底辺Vtuberである
その俺が他のVtuberの人気に乗っかった形とはいえ……
人気Vへの登竜門である、切り抜き動画へのデビューを果たした瞬間だった。
『おめ!』
『おめあり!』
『ありがとうございます! 緋牡丹さんも歌ってくれてありがとう!』
しかし、さすがは俺の百倍以上の登録者数を誇る切り抜きチャンネルだ。
『カフェイン中毒』の動画の再生数はすでに俺の全ての過去動画の数字を超え、今もなお回り続けていたのだった。