【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
結局切り抜きチャンネルに取り上げられたカフェインの曲は三日をかけて再生数三千を超え、堂々たる俺の代表作となった。
なったのだ。
なったはいいが、それだけだった。
俺のチャンネルの登録者数の増加は十人。
十人増えるというのは凄い事だが……
本当にありがたいと思う反面、心の底では当然「なんだそれだけか」と思っている自分もいた。
「うまい話ってのはないもんなんだなぁ」
今日作った歌は『バズって凹んで』という曲。
今の俺の率直な気持ちだ。
損したってわけじゃないんだが、バズっていうものに夢を見すぎたのかもな。
「いや、違うな」
俺はそう口に出して、すぐにその考えを否定した。
これはそもそも、俺にバズに耐えうる地力というものがなさすぎたのだ。
バズって人目に触れても、中身がなきゃあ数字は伸びない。
そんなものは、至極当然の話だった。
「…………」
結局、やるしかないのだ。
中身を手に入れる事でしか、この問題を解決する道はない。
この日から、俺はますます作曲に打ち込むようになった。
平日は三曲、四曲。
休日は朝から晩まで作れる限り。
絞って絞って、絞り粕になるぐらいまで自分を絞った。
もう曲にするような事なんかないよと、そう思ったところで……
ふと、音を絞ってつけっぱなしだった配信サイトの画面が目に入った。
そこにいたのは、カノンボールの始祖、
『せやから、そういう事してたらマジで怒られんねんて! え? そう、ハセやんに』
かすかに聞こえるその声は、いつも通りの元気な声で……
精も根も尽き果てた俺の耳を、軽やかに通り過ぎていった。
「怒られて……怒られて……」
いつもの癖で、俺は膝の上にあったギターの弦を撫でた。
カノンなら、ハセやんから怒られながらも底抜けに明るい進行がいいかな。
単純明快なスリーコードを掻き鳴らしながら、俺は呟くようにカノンの事を歌った。
「責任の行方はぁ……いつでも……曖昧で。あなたの言葉に身を委ね……幸せの形を……唇でなぞる」
そんな、ある種ロマンチックな……自分に対してはとうてい出てこないような言葉が次々に口をついて、はたと気がついた。
「あー、そっかぁ……歌って別に自分の周りの事ばっかりじゃなくってもいいんだ」
そんな歌づくりの初歩も初歩であろう事柄に今更気づいた俺は、自分に呆れながらもカノンの歌を書き切った。
タイトルは『両輪』だ。
ハセやんとカノンは外から見ていても眩しいぐらいの関係というか、まさしく相棒という言葉が相応しい二人。
俺にもハセやんのような人がいたら、Vtuberとしてもっと違うあり方があったのだろうか?
そんな事を考えながら、歌動画にして投稿する。
「さーて、どうかなぁ……」
俺としてはちょっと冒険というか、普段と違う方法論で作ったこの曲。
そんな動画に、俺が思っていた以上の反応を示してくれた人間が二人いた。
そのうち一人は、俺にとって師匠の一人に当たる
『今日の曲です』
『おつー』
パトレもん
『偉大なる乙』
十津川扇
『絶大なる乙』
いつも通りそうやって『なんでも挑戦委員会』チャンネルで投稿報告をした後、風呂に入って寝る準備をしていると……
日が変わる寸前に、珍しくカレンさんから感想のような言葉が来ていたのだ。
『なんかおうがさん、一皮剥けたね』
『え!? ありがとうございます!』
これは正直、めちゃに嬉しい言葉だった。
今日の曲は、たしかに俺としても一枚壁を破れたような感じがあったからだ。
そんな師匠からの嬉しい言葉を反芻しながら、幸せな気持ちで床に入り、この日はぐっすりと眠った。
そして翌日。
俺としては異色というか……珍しく抽象的な歌詞となったこの動画は、
俺はそのたしかな手応えにニコニコしながら仕事をしていたのだが……
その手応えを更に補強するような、激しい反応を返してくれる人が、カレンさん以外にももう一人いた。
それは他でもない俺にとっての、直近のキーパーソン。
紛れもなく俺にとってのディーバである、浅黒い肌の
『おうがさん昨日のこれあたし歌っていい? てか夜にでもちょっと話せん?』
そういうメッセージが届いたのは、投稿から翌日の昼。
ちょうど出先の牛丼チェーン店で食事をしていた時の事だった。
「えぇ……?」
ちょっと困惑しながらも、嬉しさ半分で『歌も話も、もちろんいいですよ!』と了承を伝えたのだが。
それに対して返ってきたのは、更に意外な言葉。
『じゃあ二十時ぐらいに会える? たしかおうがさん東京だったよね?』
「えっ?」
リアルで会うのか? いきなり?
男の俺はいいけど、推定女性の
『おうがさんが都合いい駅でいいよ。あたし職場渋谷で、十八時ぐらいにはフリーになってるから』
俺みたいな相手にホイホイ個人情報を渡してしまう彼女への心配感はあれども……
同じチャンネルを走る仲間で、再生数まで伸ばしてくれた恩人でもある
そんな彼女と会う事に、俺側の問題などあるわけもない。
『承知致しました!』
『承知て! 仕事か!笑』
当然すぐに承諾し、俺は急いで会社に戻って仕事を片付けた。
七月の外回りの後だ、一応ロッカーに置いていた替えのシャツに着替えてから向かう。
……そして二十時。
待ち合わせ場所になった、新宿駅のペンギン像前。
そこに立っていた俺の事を、チラチラと見ている人がいた。
一応手にジャスミン茶を持っておくと伝えていたので、もしかしたら
話しかけようかと迷っている間に、相手から声がかかった。
「すいません……おうがさんですか?」
「あっ、
どうやら、
「あー、どうもはじめましてー、
「いえいえこちらこそはじめまして、いつもお世話になっております」
なぜかお互い頭を下げながらそんなやり取りをした相手は、金のメッシュの入った黒髪をポニーテールにまとめた、ジップのパーカーを羽織った活発そうな女性。
黒のレギンスを穿いた足はショートパンツに包まれ、その先にはカラフルなスニーカーがあった。
「おうがさんは仕事終わりそのまま?」
「そうですね、
「あたしも仕事終わりだよー」
普段仕事で会うビジネスルックの女性たちとは全く違う彼女だったが……
なんとなく、不思議とドギマギするような事もなく話す事ができた。
落ち着くと言ったら失礼だろうか?
現実の彼女からも、どこか普段のVtuberとしての
俺はなぜだか、そういう感覚を覚えていたのだった。
「いやほんとさぁ、いきなり呼び出しちゃってごめんね?」
「いやいや、それはいいですけど……今日って結局、何の話でした? 歌?」
「えっとねぇ……」
彼女はにこりと微笑んでそう言いかけながら……
なんだかフンフンと頷きながら、俺の頭からつま先までをじっくりと眺めた。
「……へぇーっ、おうがさんって、そのまんまなんだ」
「えっ? そうですか?」
最後に俺の顔をじっと見て、苦笑するようにそう言った彼女に、俺は思わずそう聞き返す。
現実の俺は、ド派手な髪色の
「もうごはん食べた?」
「あっ、まだです」
「じゃあ食べながら話そっか、店どこでもいい?」
「もちろんもちろん」
「じゃ、行こ」
彼女はニコニコしながら足早に街へと歩き出し、俺も早足で、その小さな背中を追ったのだった。