【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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【玉チル】底辺Vtuber奮闘記8

なんだか迷いなく歩く緋牡丹(ひぼたん)さんが連れて行ってくれたのは、ハイボールが200円未満で飲めるタイプの飲み屋。

良くも悪くも、庶民として非常に落ち着くチョイスだった。

 

緋牡丹(ひぼたん)さん、新宿はちょいちょい来るんですか?」

「あー結構ねー、あたし渋谷のホールで働いてんだけどさぁ、渋谷で飲んだりするとやっぱ常連に見つかったりするんだよねー」

「へー、ホールってなんですか?」

「え? パチンコ」

「あー」

「おうがさんあんまやんなそうだよねー」

 

ニコニコ笑いながらそう言った彼女は、迷いない口調でビール二杯を注文してこう続けた。

 

「結構給料いいんだよねー、ほら、ボイトレとかの月謝も払わなきゃだし。やっぱさ、いつかは養成所とかも通いたいじゃん」

「なるほど」

 

緋牡丹(ひぼたん)さんは声優志望だし、特になんの展望もない俺とは違って色々考える事が多いようだ。

 

「でさー、養成所ってのもピンキリなわけよ、色々調べてるんだけどさぁ」

「そうなんですか?」

 

そんな話をしている間に運ばれてきたビール。

手に持ったそれを、彼女は俺に突き出した。

チンと音を鳴らして杯を合わせると、緋牡丹(ひぼたん)さんは一息でその一杯目を飲み干した。

 

「あー、夏はビールだねー」

「そうっすね」

「すいません! ビールと枝豆、あと刺身七点盛りね! ……そういやゴッドイーター3出たけど、おうがさんは?」

「あー、ゴッドイーターですか? 実は通ってなくて……」

「ふーん、じゃあモンハン派なんだ」

 

そんな滑り出しで始まった他愛もない話は、二杯、三杯と運ばれてくるお酒のお陰でとめどなく続いていく。

 

「今度さぁ、また消費税上がるじゃん」

「あー、そうなんですよねぇ……」

「なんか上がそれでめっちゃバタバタしててさぁ、前から決まってたんだからさっさと決めとけっつーの」

「うちも結構バタバタですよ」

「おうがさん何してんだっけ?」

「マテリアル系です」

「えーっ、なんか頭良さそー」

「いやいや、営業ですよ。売ってるものの事は最低限ぐらいしか……」

 

そうして酒杯を重ねながら、他愛のない話をしていたのだが……

二人ともいい感じに酒が回ったところで、彼女はようやく本題を切り出した。

 

「それでおうがさん、歌なんだけど」

「あ、それそれ、今日はその話でしたよね」

 

緋牡丹(ひぼたん)さんはじっと俺の目を見て、にっこりと微笑んでこう言った。

 

「おうがさんの曲はね……いいね、いいよ」

「あっ、ありがとうございます」

 

こうして真っ直ぐ褒められるとジンと来るところがあるというか、素直に嬉しいものだ。

だが、彼女からはそう見えなかったようで、緋牡丹(ひぼたん)さんはちょっと唇を尖らせて続けて言った。

 

「いやいや、ありがとうじゃなくてね、本当にいいからね」

「いやいや、ありがとうございますでしょう」

 

真剣な顔で言う緋牡丹(ひぼたん)さんに、俺は照れながらもそう返す。

まだまだ自分なんか、未熟という言葉では済ませられないぐらいに未熟だとは思うが……

こうして誰かから認めてもらえるという事は、本当に、本当に嬉しい事だった。

 

「あの曲さぁ、両輪。あれってカノンちゃんとハセやんの曲でしょ?」

「えっ? あ……一応、はい、そうなんですけど……よくわかりましたね」

 

言われてびっくりした。

あの曲には特になんの固有名詞も入れていないからだ。

 

「わかっちゃうんだよねぇ。だから言ったじゃん、おうがさんの曲ってねぇ、いいんだよ。わかりやすい」

「わかりやすいですか?」

「難しい事言わないでしょ? 情景優先っていうかさ、あたしみたいなバカでもさ『ああこれはこういう曲なんだな』ってすぐわかるっていうか」

「バカなんて事はないと思いますけど……」

「かしこなら声優志望だってV活動だってもっと上手いことやってるよぉ」

 

そう言いながら笑い、緋牡丹(ひぼたん)さんはハイボールの入ったグラスを傾けた。

 

「とにかくさ、あたしめちゃくちゃあの曲気に入ったんだ。シャキシャキの曲みたいな形じゃなくてさ、今度はちゃんと歌わせてよ。あたし玉チルっていうかカノチル(カノンチルドレン)だから、もうめっちゃエモく感じてさぁ」

「それはいいですけど、えーっと……こういうのってどうしたらいいんすかね?」

「許可くれたら……あーそっか、あとオケ貰えたら嬉しいかな」

「オケですか」

「そっ、オケ」

 

緋牡丹(ひぼたん)さんが言っているのは、つまりはカラオケのオケを用意してくれということだろう。

ギターで弾き語りをしているだけの俺にいきなり飛び込んできた、超難易度のその依頼。

だが、曲作りをしている者の端くれとして、『何でも挑戦チャンネル』の仲間として。

そして緋牡丹(ひぼたん)さんに乗っかって切り取り動画デビューを果たした者として、それを断るという選択肢はなかった。

 

 

ということで俺が頼ったのは、これまた『なんでも挑戦チャンネル』。

そこに常駐している、俺の師匠の一人である檸檬堂(れもんどう)カレンさんにだった。

 

凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)

『というわけで、オケを作るための機材についてご相談できないでしょうか?』

 

もう一人の師匠であるノット・キング・コールさんは浮上していなかったので、先にカレンさんに相談させて頂いたわけだが……

即レスで返ってきたのは、嬉しい承諾の言葉だった。

 

檸檬堂(れもんどう)カレン

『いいよ。あー、じゃあ明日空いてる?』

 

凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)

『土日休みなんで大丈夫です! 時間も何時でも!』

 

てっきりネットショップのおすすめ機材のURLでも送ってもらえるのかと思っていたのだが、更に返ってきたのは予想外の言葉。

 

檸檬堂(れもんどう)カレン

『じゃあねぇ、お茶の水に十一時、十万円だけ握りしめてきて』

 

えっ、オフで会うのか?

なんか申し訳ない気もするけど、せっかく師匠が言ってくれているのだから、甘えてしまおうか。

 

凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)

『いいんですか!? お茶の水ですね、承知いたしました』

 

檸檬堂(れもんどう)カレン

『あそことアキバ回ったら機材関係なんでも揃うからねー。おうがさん立川でしょ? ちょい遠いけどまぁ一日で全部揃うから』

 

「……えっ?」

 

リアルで声が出た。

実際は立川の隣の市だが、なんでカレンさんが俺の住んでいる場所を知っているんだろうか?

いや、自分で言ったのか……?

不思議に思いながらも、俺は翌日午前の電車に飛び乗ったのだった。

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