【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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【玉チル】底辺Vtuber奮闘記9

「おっす」

 

翌日の御茶ノ水駅前、俺は印代わりのボールペンを胸の前に携えて立っていた。

そこに気さくに手を上げて話しかけてきた人は、びっくりするぐらい派手な格好で……

そしてその派手さが全部ぶっ飛ぶぐらいに、とことんまで美形な女性だった。

 

「カレンさん……ですか?」

「そっ」

 

ダウナーな目つきでこちらを見つめるカレンさんは、金の差し色の入った真っ青な髪をしていた。

髪色に合った、水色と白のビッグシルエットの肩出しジャージを着て、下はセットアップになっている半ズボンに、ごっついブーツ。

俺を値踏みするような視線を送る、その垂れがちな目の外側、整った眉の上には……

ドキッとするぐらい鋭い、銀色のピアス(スタッズ)が光っていた。

 

「へー、おうがさん、まんま系なんだねー」

 

笑みを浮かべながら俺の全身を見つめて、カレンさんはそう言って笑う。

 

「えっ? まんま?」

「そっ」

 

緋牡丹(ひぼたん)さんにも言われた気がするが、俺がまんまってどういう事だろうか?

目の前にいる、まるで現実世界に飛び出してきたVtuberみたいなファッションのカレンさんと違って、俺なんかマジで普通の人間だと思うんだが……

 

「じゃ、ちょっとエクセルシオールでも行こうよ。暑いからさぁ」

「あっ、もちろんです」

 

俺より頭一つ背の低いカレンさんに先導されて、駅前から移動する。

そんな彼女の背中には、まるで天使のようなリュックが揺れていた。

 

「おうがさん、これあげる」

「えっ? ノートパソコンですか?」

 

そして喫茶店の中で、俺はそんなリュックから出てきた銀色のノートパソコンを手渡されていた。

 

「あたしLogicしかわかんないから、おうがさんもこのマックブック使いな」

「ロジックってなんですか?」

「DTMソフト、一緒のソフト使った方が色々教えやすいでしょ?」

「あ、なるほど……ありがとうございます。それで十万だったんですね」

 

十万円を何に使うのかと思っていたら、このノートパソコンに使うという事だったのか。

俺がポケットから財布を取り出すと、彼女は顎先で整えられたショートカットを左右に揺らした。

 

「んーん、あげる。十万は他に使うから」

「えっ? いやそんな、駄目ですよ、払いますよ」

「これ四年落ちだから、別に大丈夫だよ。んでさぁ、その代わりにちょっとお願いあんだよね」

 

そう言って、カレンさんはカフェオレをストローで吸いながら、じっと俺の顔を見つめた。

 

「なんでしょうか……?」

「10月の27にM3あんだけどさ、おうがさん売り子やってくんない?」

「M3って?」

「同人イベント、音楽の」

「あーっ、なるほど、日曜ですね。大丈夫ですよ」

「じゃ、それその時のバイト代って事で」

 

彼女はにんまりと笑って、マリンブルーに塗られた爪でパソコンを指さした。

 

「それはさすがに貰いすぎじゃあ……」

「うーん……そう思うならさぁ、おうがさん、それで長く音楽続けてよ」

「えっ?」

 

カレンさんは口の端を曲げて笑いながら、顔を斜めにして俺を見る。

 

「音楽やるって言って、いきなりおうがさんぐらい続く人っていないからさ。そんぐらいは仲間への先行投資だよね」

「せ、先行投資ですか……」

「そっ。DTMもVtuberもさ、マジで口ばっかりの雑魚だらけだから。先輩としてはね、優秀な新人にはいい顔しときたいわけ」

「いや、雑魚だらけって……そんな事はないんじゃあ……?」

 

俺がそう言うと、カレンさんはなんだか嬉しそうにニヤッと笑った。

 

「ほんとにそう思う? あのサーバーにいて」

 

そう尋ねる彼女に、俺はとっさに何も返す事ができなかった。

たしかに、そうなのだ。

わざわざ会費を払って『配信品質向上委員会』にいながら、ほとんど活動という活動をしていないVtuberは想像以上に多い。

デビューしてからの一ヶ月ほどは精力的に活動をしていた人も、数字が伸びないまま活動期間だけが二ヶ月三ヶ月と続くと、どんどん活動頻度は減っていく。

最終的には月イチ配信や動画投稿というペースに落ち着いたりするのだが……

実際はそれすらまだマシな方で、人によってはデビューしてからの配信が最初の二、三回だけで、後はSNS活動だけという形になったり、それもせず表向きには生死不明になったり。

いや、Vtuber界全体を見渡せば、配信サイトでのデビュー配信や動画投稿すらせず、SNS活動だけやっているような人も結構な数がいるのだ。

それがVtuber(・・・・・)なのかと言われれば、なんとも即答し難いところがあるが……

実際、今はもう本来の自分とは違うアバターを使ってネットで活動すれば、それだけで世間からは「ああVtuberなんだね」と認識されるのだった。

そういった事まで含めて考えれば、はっきり言って俺の属する『なんでも挑戦委員会』にいる人たちというのは、活動量的には完全に上澄み。

 

「…………」

 

活動頻度の低い人の事を、悪しざまに言ってしまうのはどうかとは思う。

しかしカレンさんの言っている事自体は、一言に否定するのは難しかった。

 

「あたし、ほんとの雑魚とは絡む気ないんだ」

 

そう言って、カレンさんは舌を出して笑う。

その舌先には、耳と同じようにスタッズが光っていて……

微笑みながらも、その(やいば)の切先のように鋭い視線に「お前は違うよな?」と、そう問われている気がして、なんだか背筋がきゅっと伸びた。

 

「前も言ったけどさぁ、おうがさんはマジで一皮剥けたよ。あれだけ毎日続けてるだけでも百万点なのにさ、最近はだんだん歌に中身もできてきてる」

「そ、そうですか? ありがとうございます」

「おうがさんって、ほんとにこの活動ではじめて音楽やるんだよね?」

「まぁはい、音楽の授業で歌った事ぐらいはありましたけど……」

 

俺の返事に、彼女はカフェラテのストローを咥えながらニッコリと笑った。

 

「いいねぇ、いいねぇ、才能あるねぇ」

「そうですか? 自分ではあんまりそうは思いませんけど」

「そんな事ないよ、あたしが保証するって」

「いやいや、もし才能があったら、こんなに苦労してないっていうか……」

 

俺は後輩に気を使ってくれたのであろうカレンさんのヨイショに、恐縮しながらそう答える。

だが、そんな曖昧な返事をしたのが悪かったのだろうか……

眼の前の師匠の表情に、なんだか面白くなさそうな感情が生まれた気がした。

 

「……ふーん」

 

カレンさんは唇を尖らせながらそう言って、Vの字にした右手の人差し指と中指を見つめ、まるで何かを握るかのようにそれを動かす。

 

「おうがさんは、自分の事そういう風に思うんだ」

「えっと、一応……はい」

 

せっかく褒めて貰ったのに、謙遜しすぎたかな……

そう思っていると、彼女は見つめていた指の先を、俺の顔に向けた。

 

「おうがさんさぁ」

「はいっ」

 

端正な顔の女性が急に真顔になると、とても怖いもの。

俺は背筋を伸ばしすぎて弓なりになり、師匠はこっちに突きつけた人差し指の先をゆらゆらと揺らした。

そして、そのマリンブルーに塗られた爪が、左から右に流れ、そのまま上に走る。

 

「今の自分を音楽制作者として見て、世界で上から何パーセントぐらいの順位にいると思う?」

「えっ、せ、世界でですか……?」

「そう、世界で」

「パーセントですよね……?」

「そう、自分より上に何パーセントの人が乗っかってると思う?」

 

そう言われて、ようやくカレンさんが言っている事を理解できた俺は、思いついた答えを率直に口に出した。

 

「99パーセントぐらいですかね?」

 

その言葉に、向かい側の美女は真っ白な指先を交差させてバツを作った。

そして、にわかには信じがたい言葉を俺に向けて放ったのだった。

 

「逆ー」

「へ?」

「逆だよ逆。下が99%。おうがさんは上位1%だよ」

 

彼女はニコッと笑いながらそう言い、そのままこう続けた。

 

「おうがさん、自分の才能自覚したほうがいいよ。普通の人はね、そもそも苦労(・・)なんかできないよ」

「えっ?」

「普通の人はやろうと思っていきなり曲なんか作れないし……作れたとしても、それを一ヶ月も二ヶ月も毎日毎日続けられないから」

「え、でも……やってやれない事はないんじゃあ……」

「理屈の上ではやれるからって、やってる人いる? そんなの、ほとんどいないんだよ。音楽制作者の98%は『たまにやる』連中か『昔やってた事がある』連中。そんでその下に、膨大な数の『いつかやろうと思ってる』っていう音楽制作者ワナビーの連中がいる」

 

ゴクン、と自分の唾を飲み込む音が聞こえた。

 

「『とにかくやる』っていう、そのおうがさんの才能、もし買えるなら何千万でも出すって連中はいると思うよ。それぐらい、実行と継続って難しいの」

「そう……なんですか」

「そうだよ、だから『なんでも挑戦チャンネル』のみんなはさ、キツい事やってるおうがさんの事応援してるんだよ」

 

カレンさんは机の脇に置いていたお古のパソコンを、指で差しながらそう言った……

自然と、俺の視線もそちらへ動く。

銀色の、アメリカ製のノートパソコン。

なるほど、そう言われてみれば、これはたしかに先行投資。

音楽家としての先輩であるカレンさんから、無茶苦茶なフォームでも同じ道を歩こうとする新人(おれ)へのエールなのだ。

そう考えると、先程の謙遜しすぎた俺に、彼女がムッとした気持ちもわかるような気がした。

 

「なんか、弱音吐いちゃってすいませんでした……ノートパソコン、ありがとうございます。大事に使います」

「別に気にしてないよ。お礼は継続で」

 

彼女はそう言って汗をかいたコーヒー容器を見つめながら、俺に向けて立てた人差し指と中指をピコピコと動かした。

継続、継続かぁ……それが一番キツい事、多分わかって言ってるんだよなぁ。

とにかく、これまで生来の負けん気だけでなんとなくやってきた毎日投稿。

そこに、初めて自分の気持ち以外の事情が……

眼の前のカレンさんからの期待というものが、重く乗っかった瞬間なのだった。

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