【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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【玉チル】底辺Vtuber奮闘記12

一週間の修行期間はあっという間で、いつの間にやら七月も終わりかけ。

元々の目的であった緋牡丹(ひぼたん)さんの曲を作る事について、俺のレベルアップは正直全く追いついていないと思っていたのだが……

次のレベルアップを図る俺に対して、なんと師匠の檸檬堂(れもんどう)カレンさんの方から待ったが入った。

 

「とにかく今のレベルでできるものでいいからさ、一回作ってみなよ」

 

平日夜のおしゃれな焼き肉屋。

向かいの席で焼酎を飲みながら、師匠は網の上の肉をじっと見つめながらそう言った。

会社の昼休みに緋牡丹(ひぼたん)さんの曲について相談していたら「今から用事で出るから、夜暇だったらここおいで」と呼び出されたのだ。

そこで相談の続きをした俺に対して「いいから作れ」というカレンさん。

俺はそんな彼女に対して、頭をかきながら言葉を続けた。

 

「……でも、そんなんでいいんですかね? あんまり自信ないんですけど」

「自信なんてのはやってからつくもの。最初から持ってるわけないじゃん」

「そ、そういうもんですか?」

「そっ。そもそもおうがさん、そういうの気にするタイプじゃないと思ってたけど?」

「はぁ……まぁ……」

 

そう言われると、なんだか自分が考えなしの馬鹿だと言われているような気になるが……まぁそれは当たらずとも遠からずか。

いつになく真剣な目で肉を焼く師匠が言っているのは、いつも通りにやれという事だ。

……思えば俺の人生、いつでもそうだ。

当たって当たって、砕けなければ、そのうち通る。

勉強も部活も就活も、いつでもそうやって、みっともなくクリアしてきたのだ。

もちろんVtuber活動だって、そうやってきた。

その先に緋牡丹(ひぼたん)さんがいるからといって、格好つけようとするなという事だろう。

 

「じゃ、まぁ……いつも通りにやってみます」

「それでいいよ。そんで次誰かに頼まれた時に、今回よりちょっとでも上の物出せたら上等だね」

 

カレンさんはじっと肉を見つめながらそう言って、茶色に色づいたそれを綺麗な箸の使い方でタレ皿へ移した。

タレ皿の脇にはたっぷりのおろしにんにくがあり、彼女はそれを肉に載せるようにして口へ運び、キュッと焼酎を呷る。

 

「おうがさん、食べないの?」

「あっ、いただきます」

 

俺もカルビを網に載せ、レモンサワーを口に含んだ。

白抜きのブラックレターで『HARDSTYLE』という文字が入った黒のロンTを着たカレンさんは、網にタンを載せながら俺の方を見た。

 

「……まぁ、おうがさんが不安なんだったらさ」

「えっ?」

「10月のM3でCDでも出してみたら?」

「CDですか?」

「そっ」

 

そう言ってから焼酎を飲み切り、カレンさんは店員呼び出しボタンを押した。

 

「結局本番に勝る練習ってないからね。毎日の投稿じゃ緊張感保てないなら、別のパッケージにしてみればいいじゃん」

「その、CDってどう作るんですか?」

「どうって、曲作ってCDに焼くだけ? そんでさ、うちのスペースで一緒に売ったらいいじゃん」

「な、なるほど……」

 

CDってあのCDだよな?

レコード屋に並んでるあれだよな。

俺の曲がCDかぁ、CDねぇ……

 

「なんか、ミュージシャンみたいですね」

「そうだよ? あっ、赤霧島、ロックで」

 

店員さんにお酒のおかわりを頼んでから、カレンさんは机についた肘の先の手の甲に顎を乗せ、俺の顔を見た。

赤のカラコンの入った目はなんとなく真剣さを帯び、その外側には今日はスタッズではなくリング型のピアスが光っている。

 

「おうがさん、今日ずっと何言ってんの?」

「えっ?」

 

師匠の口元が大きく開き、赤と白の錠剤型のピアスがついた舌が踊る。

怒っているのか、呆れているのか、読みきれない声色だった。

 

「レベル上げとか言って、悠長に悩んでる暇あんのって事? おうがさん、カノンボールFESに出るんでしょ?」

「……あっ、はい!」

「ちゃんと目標があんならさ、レベルはともかく、もし呼ばれたらいつでもイケるようにしとかなきゃいけないでしょ?」

 

彼女はそう言って、箸を持った手の人差し指で俺を差した。

 

「なら、おうがさんはもうプロのミュージシャンのつもりでいないといけないんじゃないの? 自分の事いつまでも素人だと思ってても、何も得るものないと思うよ」

「えっ……はい」

 

言われてみればその通りだ。

実際の実力は一回置いておいてもだ。

目標がプロの舞台と決まっている以上、俺が自信なさげにしていたところで、得をする事なんて何もないのだろう。

 

「Vtuberでもミュージシャンでもさ、ネットで活動する上で自認とか自称って思ってるより大事だよ。よくわかんない存在に仕事振る人っていないから、実力ない人にも振られないけど」

「じ、自認ですか……」

「そっ」

 

自認、自認かぁ……

 

「ちなみに……なんですけど、たとえばカレンさんの自認って何ですか?」

「あたし? あたしは編曲のギャラで焼き肉食ってるミュージシャン」

 

そうだったのか。

特にSNSのプロフィールには編曲の仕事の事は書いてなかったから、ボカロPとしての実力を見て裏で依頼されてるって感じなのかな?

しかし『音楽制作にやたらと詳しいボカロP』という認識だった彼女に、その情報で急にディティールが出てきた気がする。

なるほど、自認とか自称は大事かもな。

自認、自認かぁ。

凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)はVtuberである』という自認。

いや、ここははっきりと、自信と言うべきだろうか。

俺はそれを育てきらないうちに、作曲家に乗り換えてもいいものなんだろうか。

そもそも……

 

「作曲家って、俺レベルが自意識過剰じゃないですか?」

「客観クソ喰らえだよ。ロックスターになりな、おうがさん」

 

酒を飲みながらこっちを見る師匠にそう言い切られて、俺は目をつむった。

カノンボールFESに出たいという、叶いそうにもない夢。

その夢をもう少しだけ見ていたいという一心で始めた、ギターと歌。

そこまではいいだろう、チャレンジする事は誰にだってある。

だがそれが高じて、音楽で大した成果も出していない……

それ以前にVtuberとしては、本当に何ひとつ数字を出してない人間がだ。

ちょっと何ヶ月か作曲の勉強をして、一瞬だけ話題になっただけで、いきなり作曲家(づら)で看板を上げるのだ。

 

「作曲家か」

 

酒の入った頭で考えてみても、はっきり言って激イタだろう。

カッコ笑いじゃ済まない、正真正銘のイタい奴だ。

 

「…………」

 

だが、それがどうしたっていうのだ。

そもそも、俺はイタい、最初からだ。

自分で作ったアニメのキャラクターの中に入って、人前でなんにも面白くない事喋って。

挙句の果てに、その名前は凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)だ、誰にも読めない。

そんなVtuberになった時点で、普通の人間である平山(ひらやま)夕弦(ゆずる)としての恥とかプライドとかは、全部捨てたつもりだった。

だが、それでも活動を続けているうちに、いつの間にか『Vtuber凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)』としてのプライドも育っていたんだろう。

だからたぶん俺は音楽に対して、これまで半身で関わっていたのだ。

他に何も持っていないくせに、作曲なんてVtuber凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)の一要素に過ぎないのだと、そう思いたがっていたのだろう。

だが、それは理想だ。

理想の中の俺は、枚方カノンのように生配信でドッカンドッカンウケを取って、白衣頼のように人から頼られて、一度ライブのステージに立てば、歌って踊って大活躍。

そういうVtuberに……なりたかったんだろう。

だが現実の俺、凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)は全く違う。

生放送には人が来ない、喋りも全然上手くならない、動画を上げても低クオリティで、配信品質向上委員会でもなかなか話に入っていけない。

どうしようもない、登録者百人足らずの、いてもいなくても変わらないようなVtuberだ。

だが俺は多分、それでもだ、それでもこの期に及んで……そんな状況でも小さい小さいプライドに足を取られて。

今周りにいてくれるその百人の人たちから、配信品質向上委員会の人たちから、そして自分自身から、自分がどう見られているかなんて事を気にしてしまっていたのだ。

 

「……登録者、九十四人かぁ」

 

スマホで開いたのは、自分のチャンネル。

気がつけば、もう二ヶ月近く生放送もしていない。

Vtuberとして何も成していないうちに、勢い込んで、いっそ逃げ出すように新しい事(さっきょく)を始めて。

結局そっちでもろくな曲も出していないのに、いきなり自称作曲家か。

笑える展開だ、激イタだ。

きっとVtuberとして活動を始める前の自分なら、こんな俺を鼻で笑っただろう。

凸天虹(とってんこう)王臥(おうが)としてもがき出した頃の自分も、笑っただろう。

自分がカノンボールのライバーたちとは決定的に違う種類の人間なんだと気づいて絶望した時の自分も、もしかしたら。

 

「カレンさん、俺って本当に才能あると思います?」

「あるよ」

 

自分以外の人が、自分の才能を信じてくれる。

それよりも頼もしい事が、この世にあるだろうか?

 

「ありがとうございます。俺、作曲家を名乗ってみようと思います」

 

自信はない、確信もない。

だけど、どうやら目的地には、細く長く、道だけは続いていてくれるらしい。

 

「SNSのプロフィールに、作曲家って書いてみました」

「いいね、その調子。ついでにさ、メールアドレスとかも書いといたら?」

 

肉を貪りながらそう言う師匠に当てられて、俺は『連絡はこちらまで』とメールアドレスも書き加えた。

もう後戻りはできない、俺はこれからVtuber兼、作曲家なのだ。

 

「それでどうする? M3の話だけど、おうがさんもCD出してみる?」

 

師匠からもう一度聞かれ、俺はすぐに頷いた。

 

「せっかくの機会ですし、やってみようと思います」

「いいね!」

 

とにかく、何でもやってみよう。

いけるとこまで、やれるとこまで。

たとえ緋牡丹(ひぼたん)さんへの提供や、もしかしたらM3までにだ。

作曲家として格好がつかないクオリティの曲しか出せなかったからと言って……

客観的に見てイタいけど、そりゃもう激的にイタいけど、別に死ぬわけじゃないのだ。

汚名もイタさも、もしかしたら評価も、全部自分で背負っていくしかない。

ネットの海に個人勢Vtuberとして漕ぎ出すという事は、そういう事なのだ。

 

「とにかく、やってみます。緋牡丹さんの歌も、CDも。なんならカノンボールFES出場も」

「いいじゃん! やろやろ! あっ、すいませーん! メガハイ!」

「僕もメガハイでお願いします」

「飲むねぇ~」

 

俺と師匠は二人ともメガハイボールを頼み、再び乾杯の音頭を取った。

この先のやることが再び明確に決まった今、その決意への景気づけだった。

 

「ウェイ! おうがさんの作曲家としての大成を願って、かんぱーい」

「ありがとうございます! 乾杯!」

 

そして俺は一息にメガハイボールを飲み干し、一気にフラフラに。

カレンさんはかなりお強いようで、平気な顔でケロリとしていた。

 

「そんでさぁ、おうがさんってどこ住んでんの? 終電は?」

「終電まだまだいけますよぉ……」

「そうなんだ。遅くなって彼女さんとか怒らない?」

「そんなんいないっすからぁ……大丈夫ですぅ……」

「そうなんだ。家族とかは? 一緒に住んでないの?」

「一人暮らしなんでぇ……」

「そうなんだ」

 

彼女はスマホで何かを確認しているようだが、あっちは終電が近いんだろうか?

俺も今から帰れば22時か。

明日は早いけど、ちょっとぐらいDAWを触れるかな。

そう考えると、酒の勢いもあってか、急にやる気が湧いてきた。

 

「ね、ちょっと休んでく? 近くにちょうどいいとこが……」

「いや、すいませんけど、やっぱり今日は帰ります! せっかくやる気貰ったんで、今日のうちにでも緋牡丹(ひぼたん)さんの曲に手つけてみます」

「……そっか」

「今日はありがとうございました!」

 

俺は彼女にそう言って手を振り、やる気満々で家路についた。

そして家に帰ってからは、いい気分で追加のビールを飲みながら作業をし……

翌日確認したDAWのファイルは、聴くに堪えない雑音のギターリフで埋められていたのだった。

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