【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】 作:関係ないよ
「すぐに出せ」と師匠である檸檬堂カレンさんから言われていた、
なんだか緋牡丹さんの方がリアルで忙しくなるとかで、お盆休み後の八月十九日まで期間が空いた。
まぁ、それは仕方のない事だ。
リアル優先、それが当たり前だ。
とはいえせっかく時間ができたのだからと、俺は彼女のために何曲か候補を用意する事にした。
一曲だけ出して「どうしてもこれは嫌……」という曲だったら申し訳ない。
何曲かの中から選んで貰えば、一曲ぐらいはOKなのがあるだろう。
そう考えて、動き始めたのだが……
どうも、おかしい。
何がおかしいって、俺がおかしい。
「……やべー……」
何故か、何をしていても全く落ち着かなくなってしまったのだ。
やってもやっても、焦りだけが募る。
曲を書いても書いても、八月十九日という締め切りを思うと、一曲も使える曲がないような気がしてしまうのだ。
作曲家。
作曲家宣言が、悪かったのだろうか?
本当は別に、作曲家を名乗ったからと言って、決して何かが変わるというわけではない。
MMOのジョブじゃないんだから、作曲家を名乗ったって急に曲のレベルが上がるわけでもない。
当然の事ながら、作曲家ですと看板を上げたところで勝手に仕事の依頼が来るわけでもない。
だが作曲家Vtuber
現状の自分への焦りのレベルが、間違いなく上がっていたのだ。
プライドは捨てる、何でもやると頭で考えたところで、人は自意識からは逃れられないのだ。
現状を受け入れると決めたって、腰を据えてやると決めたって、人間はどうしたって格好のつく方に流れようとしてしまう。
そういうものだった。
「あー……もう朝になっちゃったよ……」
気がつけば、俺の生活習慣は破綻しかけていた。
リアル優先だと、頭ではわかっているのだが……
気がつけば、夜更かし徹夜は当たり前。
趣味でやっているはずの活動のために、会社員としてのクオリティが犠牲になり始める。
とはいえ配信品質向上委員会の中に、それを咎めるような人間はほとんどいない。
アマチュアでもプロでも、Vtuber活動をしている人というのは、そもそも生活習慣がぶっ壊れている人が多いからだ。
「…………」
朝は混雑する電車の中、吊り革にしがみつきながら爆睡。
昼休みは営業車の中で、社用と私用の二台のスマホでアラームをかけて爆睡。
帰りは電車のシートで、カバンを抱き枕にして爆睡。
そして家に帰ると、まるでPCの中にいる妖怪か何かに引きずりこまれるかのように、
面白い、面白くない、金になる、金にならない、そんな事は度外視だ。
ただ昨日の自分よりも先に、先週の自分よりももっともっと先に。
ゴールに待っていてくれる緋牡丹さんと、その時の自分を失望させないためだけに、ピアノロールを叩いた。
とはいえ、そればかりではVtuberとしてまずいと……たまには楽曲制作の様子を配信してみたり。
もう生活の隙間に作曲をやるのではなく、作曲の隙間に生活をやる暮らし。
今や完全に、順序は逆転していた。
「それで……どうでしょうか、気に入った曲はありましたか?」
盆明けの鳥貴族。
四人詰めのテーブルの向かいの席に、俺のディーバは座っていた。
「全部」
「え?」
「お盆の間に送られてきた曲全部、全部すっごい良かった」
金のメッシュの入った黒髪の彼女は、キラキラと目を輝かせながらそう言った。
「マジですか?」
「マジマジ」
彼女はやって来た店員に笑顔のままグラスを手渡して、ビールもいっぱいと言ってからまたこちらを向いた。
「強いて言えば……おうがさんの曲って毎日どんどん良くなっていってるから、一昨日の曲が一番気に入ってるかな」
「ありがとうございます!」
一昨日の曲か……二曲あるんだけど、どっちだろうか?
とはいえ、気に入ってくれたというのならひとまず安心した。
全部没、という展開も想像していたからだ。
俺が安堵のため息を飲み込むように、ビールに口をつけると……
向かいの
「最近の歌に入ってる
デモボーカルとも呼ばれる仮歌、それは相手に曲のイメージを伝えるための、まさに仮に入れるボーカルだ。
今回のように男が女性の曲を作る場合は、キーを下げて入れたり、頑張って裏声で入れたり、メロディをピアノで入れたり、ボーカロイドで入れたり、身近な人に頼んだりする。
そしてここ一週間ぐらいの仮歌は、俺の裏声を見かねた身近な人が入れてくれていた。
「檸檬堂カレンさんです。ほら『なんでも挑戦委員会』によくいる」
「カレンさん?」
「あの人って、人と交流するんだねぇ……」
「え? 普通によく喋る人ですけど」
スピードメニューのトマトスライスを食べながら、彼女は「ふぅん」と呟く。
「結構通話とかしてるの?」
「いや、普通に飲みとかで……」
俺がそう言うと、一瞬彼女の表情が固まった気がしたが……すぐにいつものにこやかな笑顔に戻った。
トマト冷たかったかな? 俺も食べてみよう。
「ふぅん、そうなんだぁ」
「そうなんすよ、作曲でもマジで色々教えて頂いて……そうだ、今度M3っていうイベントにCDを出させてもらうって話もあって」
「CD?」
「結構曲も溜まってきたんで、一回形にしとくのもいいのかもなって」
「それっておうがさんが歌うの?」
「多分そうなりますけど。ただやっぱり、あんまり歌には自信がないんで……」
元々違和感はあったというか、DTMをやるようになってより強く思うようになったのが、自分の歌声が好きじゃないという問題だった。
そもそも
その自意識が拭えない以上、自分はやっぱりシンガーソングライター向きじゃないのかもなぁとふんわり考えるようになっていた。
「まだ使ったことないんですけど、一回ボーカロイドとか使ってみようかなとも考えてて……」
そう言ってからねぎま串を頬張ると、向かいの
「ね、ね、おうがさん」
「はい?」
「そのCD、あたしが歌ったげようか?」
「えっ!?
そう聞くと、彼女は店員呼び出しボタンを押しながら首を横に振る。
「んーん、何曲でもいいよ。全部歌ったげる」
「えっ?」
「おうがさんの歌、めちゃくちゃいいからさぁ。誰も歌わないなら、あたしが全部歌いたい」
「マジすか?」
再度尋ねると、彼女はアーモンド型の目をこちらに向けて頷いた。
「マジっす」
そう言って微笑んでから、
「あ、メガハイください。あとハツと皮」
「あっ、こっちもメガハイで」
店員さんが空いたグラスを持って去っていくと、彼女は何やらニコニコと微笑みながら、座り方を変えて机に肘をつく。
そして俺に顔を寄せて、まるでひそひそ話でもするかのようにこう言った。
「あたしもさ、一回CDって出してみたかったんだ。ね、おうがさんさえ良ければ、そのサークルあたしも交ぜてよ」
「え、全然いいですよ。ていうかほんとにいいんですか? 歌ってもらっちゃって」
「もちろんもちろん」
彼女はそう言いながら、スマホを操作してチャットアプリの画面を開いた。
「トークルーム作ろ、サークルでしょ?」
「あっ、はい! えーっと、まずフレンドにならないと……」
こんないい事ばっかりあっていいんだろうか?
こんなにめでたい事はないとばかりに俺は飲み過ぎ……
二軒目に行こうと
気がつけば
チャットアプリに入っていた