【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【進行中】   作:関係ないよ

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【玉チル】底辺Vtuber奮闘記15

「おっ、なんかこぢんまりとしてんなぁ」

「だから安いの」

 

レコーディング経験者の二人がそんな感想を漏らしたレコーディングスタジオは、たしかに狭かった。

ビルの地下にあるそのレコスタは、リハーサル(れんしゅう)スタジオの一角にあり、他の部屋からの演奏音がかすかに聞こえてくるぐらいの環境だ。

防音扉で廊下と隔てられた六帖ほどの空間は、デスクに備え付けられたPCと音楽ミキサー、それとソファとテーブルでぎゅうぎゅう詰め。

その先には、もう一枚の防音扉で更に狭いレコーディングブースが繋がっていて、その中にあるのはマイクスタンドとギターアンプ、それと譜面台ぐらい。

それでも、ブースの中に入って分厚い扉を閉めれば、外の音は全く気にならないのだった。

 

「凄いですねぇ」

「凄いよねぇ」

 

俺と緋牡丹(ひぼたん)さんが狭いスタジオ内を見回してキョロキョロしていると、カレンさんは備え付けのPCからケーブルを引っこ抜きながら苦笑した。

 

「スタジオちょっと改造してProToolsだけ置きましたって感じだけどね」

「いやでも上等上等、ボーカル録りだけなら全然いいんじゃない? ちゃんと扉に窓もあるし、狭いけど逆にやりやすいかもよ」

「普通はもっと広いんですか?」

「そっ。バンドが録音するならドラムセットがいるでしょ? 場所によってはグランドピアノとかもあったりするから」

「へぇーっ」

「コントロールルームももっと要塞みたいになってたりするよ」

「へぇーっ」

 

カレンさんとノットさんのそんな説明に、俺と緋牡丹(ひぼたん)さんは感心の声を返すしかない。

たしかにブースに三人も入ればぎゅうぎゅうなこのスタジオで、バンドの録音をするのは大変そうだった。

 

ともかく、そんなスタジオでのレコーディング作業は恙無く進んだ。

そもそもの予定がボーカルレコーディングだけで、ギターはサブ目標だったからというのもあったかもしれない。

俺が持ってきたマックブックを師匠が機材に繋いでくれて、すぐに録音を開始する事ができたからだ。

ボーカルのレコーディング作業自体も、経験者が二人も付いていてくれると特に詰まるような事もなくスイスイと進んでいく。

もちろん、俺に歌の良し悪しを判別する能力がまだなく、俺発のNGが一切なかったのもあるだろう。

 

『あー、ちょっともっかい歌ってもいいですか?』

「あっ、はーい!」

「いいよーいいよー緋牡丹(ひぼたん)さんやる気じゃん。もう何回でも歌っちゃってー」

「あーい。……んでね、おうがさん、宅録でもレコスタでも歌録りやってくならミキサーとかストリップって案外大事になってくるから、ちょっと操作覚えとこっか」

「はいっ、お願いします」

 

リテイクといえば、そんな緋牡丹(ひぼたん)さん発のものが何回かあったぐらいで、想像の三倍ぐらいスムーズにレコーディングは進んだ。

最長六時間を見込んでいたレコーディングは準備を含めても二時間半で終わり。

あとの時間はデリバリーで頼んだピザなんかを摘みながら、親睦会を兼ねたギターレコーディング挑戦会になった。

 

「ノットさんはマーシャルのセッティングってどうしてるんですか?」

 

俺はブースの中でギターのチューニングをしながら、アンプの位置を動かすノットさんにそう尋ねた。

 

「あー、俺はねぇ……ギターで組んでた頃はサイド(ギター)だったから、正直ジャズコのが得意なんだよねぇ」

「そうなんすか?」

 

ジャズコっていうのはなんとなく聞いたことがあるけど、多分アンプの種類だろう。

ノットさんは位置を調整し終わったアンプのヘッドに肘を置き、その天面をポンポンと叩きながらニヤニヤと笑った。

 

「……でもまぁねぇ、どんなアンプでも最高の音にしちゃう神器があったからねぇ」

「神器!? なんですかそれ」

 

俺がそう聞くと、彼はなんだかさらに笑みを深めながら、部屋の隅に置いてあったトートバッグを拾い上げる。

そして、その中からタワーレコードの黄色い袋を取り出した。

 

「実はそれさ、今日おうがさんにプレゼントしようと思って持ってきてんだよね」

「えっ! マジすか!? いいんですか?」

「いいのいいの、俺も高校の軽音の部室で拾ったやつだし」

 

そう言いながら、ノットさんは袋からそれとケーブルを取り出し、俺のギターとマーシャルの間に繋いだ。

……それは漆黒のボディを持つ、長年の酷使でボディがハゲハゲのコンパクトエフェクター。

オレンジで書かれている文字はMETAL ZONE。

なんだか、見るからにハードそうなやつだった。

 

「はいっ、神器メタルゾーン」

「やると思った」

 

ブースの入口から見ていたカレンさんに呆れたようにそう言われ、ノットさんは何が面白いのか爆笑している。

 

「ていうかこれってノットさんが前に薦めてくれたやつですよね?」

 

俺がギターを始めたばかりの頃、ノットさんがこれを買えと薦めてくれたのだ。

あの時はギターのローンがあって買えなかったけど、一応調べて……

なんだか評価がきっぱり、上と下に分かれた機材だなぁと思った覚えがある。

 

「そうそう、俺のオススメ、みんなのオススメ」

「……まぁおうがさん、一回音出してみたら?」

 

カレンさんに言われてギターのボリュームを上げてコードを鳴らしてみると、アンプから飛び出したのはなんとも言えない音だった。

……なんだか一段引っ込んだようなところでキメの細かい轟音が鳴っているような、そんな感じ。

その音に首をひねっていると、レコーディングルームの分厚い扉が空いて、トイレに行っていた緋牡丹さんが戻ってきた。

 

「え……なに? なんか壊れちゃった?」

「プッ! グッ……フヒッ……」

 

その言葉に、ノットさんは身悶えしながら笑い……カレンさんは苦笑い。

まぁなんとなく、難しい機材なんだなって事は俺にもわかった。

とにかく、せっかく貰ったのだからと、ノットさんに使い方を聞いていくうち。

いつの間にか、ノットさんが俺の曲でお手本を見せてくれるという事になった。

 

「えぇーっ? マジでやんのぉ? 俺だいぶブランクあんだけどなぁ」

 

そう言いながらも、やけにいそいそとギターを持ったノットさんは、じっくり時間をかけながらサウンドチェックを行っている。

俺たちはブースの外から、窓越しにそれを見つめていた。

 

「ノットさん、せっかくだから録音していいですか?」

『え!? それなんか恥ずかしいなぁ……いや久々だからね、ギター弾くの』

「えーっ、いいじゃないですか! プロの凄いとこ聴いてみたーい!」

「ていうかもう録音押したー」

『えーっ? マジでブランクあるんだけど』

 

なんだか困った風にそう言いながらも、いざ曲が流れ出したらもう……ノットさんの演奏は圧巻の一言。

一発録りだというのに迷いなく、かつ何のミスもなく、まるでプロのギター入りの原曲があるかのように俺の曲を弾き切った。

 

「……すごっ! ノットさんめちゃくちゃ凄いっす!」

『はーっ! ミスったわー! やっぱブランクあるからなーっ!』

「えっ!? 全然ミスなんかわかんなかったっすよ!」

『ん? そう? んー、ブランクがなー、指全然動かなかったなー』

「ウザ」

 

カレンさんにそう言われながらも、ノットさんは左手の指を蜘蛛のように動かして目にも止まらぬ速弾きを繰り出す。

 

「でもギターはマジで上手かったぁ、凄いんだねーノットさんって」

 

緋牡丹さんからはそう言われ、ノットさんの指は止まらない。

今度は指板の上を右手の指で突っついて音を出し始めた。

 

「ノットさん! 良かったらこのギター、このまま使ってもいいですか?」

 

絶好調なノットさんに俺がそう聞くと、彼は急に真顔になって『えぇ? マジ?』と答えた。

やっぱちょっと、虫が良かったかな……

ノットさんは元とはいえプロだもんな、失礼な事を言っちゃったかもしれない。

 

「やっぱ駄目ですよね……すいません、あんまり凄かったんでつい……」

『あ、いや……それは別に……ただ……ちょ、ちょっとさっきのやつ聴いていい?』

「あっ、はい」

 

さっきのトラックをPCから流すと、ノットさんはヘッドホンに手を当てて神妙な顔でそれを聴き、人差し指を立てた。

 

『ちょっとさぁ、もっかい、いい?』

「え?」

『ギター撮り、ちょっともっかい頭から』

「いいですけど」

 

俺がそう言うと、ノットさんはさっきよりも更にじっくり時間をかけてアンプとエフェクターを調整し、ストラップの長さを入念に調整した。

 

『オッケー』

「じゃ、じゃあ……行きます!」

 

そこからのノットさんは圧巻だった。

ワンテイク目よりも明らかに音数が多く、傍目からもとんでもなく難しそうなフレーズをバリバリ弾きこなし……途中で躓いた。

 

『あっ!』

「あーっ……でもめっちゃ凄いじゃん! ノットさん!」

「凄かったです!」

『ちょ、もっかい!』

 

もちろん、当然、こちらとしては何回だってOKだ。

もう一度曲が流れ出すと、ノットさんはまたとんでもないギターを披露し……さっきとは別の場所で躓いた。

ノットさんはギターを持ち上げてストラップを身体から外すと、そのままアンプに立てかけた。

そしてブースから出てくると「ちょっと椅子借りてくる」と外へ出ていった。

 

「あーあっ……」

「ノットさんめっちゃ上手いっすねぇ」

「ほんとだよねぇ」

 

俺と緋牡丹(ひぼたん)さんがそう言い合う中、カレンさんは時計を見て「ヤニ」と言って出ていった。

時間はまだ二時間半を残している、俺も後でちょっとギターを録ってみよう。

そう思っていたのだが……

 

『もっかい』

『ちょ、もっかい』

『もっかい』

『わりっ、もっかい』

『これ最後っ』

『やっぱこれが最後』

『ラスワン』

『最終テイク』

 

ノットさんの怒涛のリテイクが続き、時間はどんどん過ぎていく。

途中からはカレンさんはコンビニでお酒とおつまみを買ってきて、緋牡丹(ひぼたん)さんと一緒に飲んでいた。

そしてスタジオがあと一時間半となったところで、じっとりと汗をかいたノットさんがブースから出てくる。

 

「ノットさん!」

「……ちょ、一瞬練習してくるわ」

「えっ?」

 

そして、ギターを持ってレコスタの外に消えた。

 

「バンドマンってこうだから」

「そうなの?」

「そっ。こんなん終わんない終わんない」

 

いつの間にかその間に緊張感のなくなったカレンさんと緋牡丹(ひぼたん)さんが、ソファでそんな話をしているところに、俺もパソコンから離れて合流する。

頂いてからなかなか口をつけられなかったぬるいビールを飲み、冷たくなったピザをつまんだ。

 

「断言しよっか、一番いいの最初のテイクだよ」

「えっ? 今練習に行きましたけど」

 

カレンさんは輪っかのピアスがついた舌をべっと出して、疲れた感じで首を傾けて肩を落とした。

 

「ダメダメ、疲れると逆に上手くいかなくなるんだよね」

「あーっ、でもなんかわかるかもそれ」

「そういうもんですかぁ?」

 

俺たちがそんな話をしている間にも猛練習をしていたらしいノットさんは、戻ってから一時間もがきにもがいたが……

最終的に、カレンさんの予言の通り、一番良かったのは最初のテイク。

この日、結局俺のギター録りは全くできなかった。

なんとなく、レコーディングの何たるかというのは、ちょっとだけわかったような気がしたのだった。

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