【書籍化】告知事項(隣人がVtuberです)【26年8月17日発売】 作:関係ないよ
書籍版はタイトルが変わって「隣人がVTuberです VTuber黎明期に死に戻ったリーマン、大手事務所を作る」となります。
めちゃくちゃ書き下ろししましたので、手にとっていただけたら嬉しいです。
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連絡は驚くような速度でやってきた。
某大物関西弁VTuberこと
それと同時に、Discordのメッセージが届いた。
そのメールの送信者は
俺が所属している『配信品質向上委員会』を運営する、カノンボールの社長だった。
特に納期も書かれていない依頼文を不思議に思いながらも、即前向きな返事を返すと……
Discordへ爆速でチャットが飛んできた。
『弊社の
『歌手が同じでよろしければ、十日以内やれます』
すでに、棚橋他の剣道部員たちには連絡済みだった。
バイト代一人一万円出すと言ったところ、数日後の週末には剣道部全員が集まりそうな勢いだ。
当たり前に赤字だが、もうこれはそういう問題じゃなかった。
俺は確信していた。
きっと、これが俺のカノンボーラーだ。
今この時のために、牙を研いできた。
今この時のために、七転八倒してきた。
今この時のために、みっともなく涙を流した。
この日のために、この瞬間のために、この仕事のために生まれてきたのが、
『やれます、任せてください』
この日からサウンドチームは、再び慌ただしく動き出した。
『大太鼓レンタルできるとこ見つけたよ。つーか友達んちのフロアタムだけど』
『ありがとうございます!』
『その太鼓ってこないだのレンタカーに乗る? ハイエースにしたほうがいいかな?』
『つーかおうがさん今日歌詞デッドだよ。やっぱ三曲はキツイんじゃないの?』
『大丈夫です! 仕事中に練ってきたんで!』
そう、今俺が用意しているのは三曲の校歌だ。
カノンボール甲子園の出場校は四校。
そのうち校歌を依頼されたのは
だが、それでは片手落ちだ。
どうせやるなら、四人全員の校歌を作りたい。
もちろん頼まれていない事だ、採用されるかどうかはわからないが……
もし採用されれば、どこが優勝しても絶対にカノンボールの花の本番の大舞台で俺の音楽が流れる事になる。
それは俺の夢だ、新しい、できたばかりの俺の夢。
頑張るだけで手が届くんなら、頑張らない理由なんかない。
もう何十曲も作ってきた校歌作りだ、曲のストックは十分にあり、だいたいの歌詞の作りも頭に入っている。
歌を歌ってくれる予定の後輩たちもやる気満々。
三曲一気にレコーディングする環境は、完全に整っていた。
……そして十日後、カノンボール甲子園の本戦がやってきた。
『さぁさぁ皆さん始まりましたカノンボール甲子園! 司会はこの私
『草野球おじさんこと
そんな挨拶から始まった生放送を、今俺たちサウンドチームはカラオケボックスで聞いている。
配信が映されたボックスのモニターを全員で見つめ、飲み物を片手に押し黙っていた。
「…………」
配信中には未だ四人の選手は登場せず。
解説による企画の説明が進められる中、カラオケボックスには独特の緊張感が漂っている。
隣の歌声がかすかに聞こえてくる中、誰かが姿勢を直した事による衣擦れが嫌に大きく聞こえた。
そうして待つこと数分、いよいよ俺たちが待っていたシーンがやって来た。
『それでは入場して頂きましょう。まずは
その言葉と共に、歌が流れ始めた。
『国見仰げば緑は青く淀の流れに雲は行く
強く激しく
『やーっ! どうもどうもどうもーっ!
「よっしゃーっ!!」
思わず立ち上がって、叫ぶ。
画面では次の高校の監督が入場を始め、その校歌も同様に流れ始めていた。
掟破りの三曲納品、苦笑しながらも長谷川社長に受け取って貰えたのは良かったのだが……
実際流れるかどうかは、生放送を見てみないとわからないという状況だった。
最悪は優勝高校の一曲しか流れないかも、と、そう考えていたわけだ。
だがどうだ、俺たちは賭けに勝った。
あのカノンボールの大イベントで、俺たちの曲が大々的に流されたのだ。
「しゃーっ!!」
「やったー!!」
「すんげぇ!!」
四人でもみくちゃになりながら、ハグをし合う。
もう終わりでもいいかも……と一瞬そんな事が頭によぎるぐらい、濃密すぎる日々だった。
いっそ気が遠くなりそうな幸せにボーッとし始めている俺の頭を、カレンさんの言葉が現実に引き戻した。
「あっ、ちょっと待って待って待って! もしかしたら四人全員入場したら名前出るかも!」
「えっ、嘘っ!」
「ちょっちょっちょっ静かに」
「…………」
また静かになったカラオケボックス内に、俺の作った校歌が響き渡る。
騒いでいた間に、ちょうど入場する監督は四人目の
もし名前が出るとするならば、この後か、この配信のエンディングだった。
『はいっ、四人の監督の入場が終了しましたっ』
『なおバックで流れていたそれぞれの高校の校歌は、楽曲制作系VTuberユニットVTuber Sound Teamによる制作との事です。これめーっちゃいいですね』
「いよっしゃああああ!!」
「しゃっ! しゃっ! しゃっ!」
「やったーっ!!」
「最高ーっ!!!」
あのカノンボールの公式配信、それもお祭り企画にだ。
俺たちの名前が思いっきり出たのだ。
俺たち配信品質向上委員会にとって、それはどんな事よりも誇らしい……まさに偉業とも言える事。
机に置いていたスマートフォンもポコポコと震え、ちらりと画面を見てみれば、そこには配信品質向上委員会の皆からのお祝いのメンションが大量についているようだった。
「お酒頼もう! お酒!」
「乾杯しよっ! 乾杯!」
「最高すぎるだろマジで!」
カレンさんが手元のタッチパッドからお酒を注文すると、ボーッとしている間に四杯のお酒が運ばれてきた。
そしてもはや魂が抜けかけている俺の前にコップが回ってきて、俺はみんなにバンバン肩を叩かれる。
「おうがさん! 乾杯乾杯! 音頭取って!」
「今のお気持ちはどうですか?
「最高以外ないでしょ!」
音頭を取る……
そう考える事で、幸せでボーッとしていた頭がようやくちょっと動き出したような気がした。
俺は目の前にあるレモンサワーのコップを手に取って、みんなの顔を見回した。
改めて、俺は素晴らしい仲間に恵まれたのだと思う。
思えばこの縁を与えてくれたのもカノンボールだ。
全員、カノンボールが運営している配信品質向上委員会で出会ったのだから。
「僕はカノンボールに魅せられてVTuberになりました。言わば……カノンボールチルドレンのようなものだと思っています」
「カノンボールチルドレンおもろ」
「いいじゃん!」
「俺もそうっ!」
そんな三人からの反応に若干の照れを感じながらも、俺はレモンサワーを片手に言葉を続けた。
「そんなカノンボールに感謝を、そして皆さんとの出会いをくれた配信品質向上委員会に感謝を。乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!!」
四人で酒杯を打ち合わせ、コップを逆さにするようにして酒を飲んだ。
カノンボールに、
そんなサウンドチームの宴会は、カノンボール甲子園が終わってからは店を変え、始発が走り出すまで続いたのだった。
そんなカノンボール甲子園の一週間後の10月27日に予定されていた、同人音楽イベントM3。
元々カレンさんの売り子として参加する予定で、自分のCDも出してみたらと言われていたこのイベント。
その前日の26日の土曜日この日、俺は急ごしらえの自分のCDを携えて、都内のとある喫茶店にやって来ていた。
受験よりも、試合よりも、生配信よりも緊張する身体を、ギクシャクと動かしながら店の扉を開けると……
そこには、一人の青年が待っていた。
「
「あっ、どうもありがとうございます」
差し出された名刺を受け取りながら、俺は頭を下げた。
そう、相手はあのハセやんだ。
M3に参加しますという俺のSNSの投稿を見て、すぐにダイレクトメッセージで連絡を取ってくれたのだ。
「先日はうちの企画でお骨折り頂き、本当にありがとうございました」
「いえ、僕も大変いい思い出になりましたので」
そんな表面的な会話をしばらく続けてから、俺は持ってきたCDを彼に差し出した。
「ありがとうございます。早速拝聴させて頂きます」
彼はそう言って、バッグから取り出したCDプレイヤーにディスクをセットし、イヤホンをつけた。
今日ここにやって来た目的は、別に挨拶や世間話のためじゃない。
彼に、カノンボールの社長に、俺のCDを聴いてもらうためにやって来たのだ。
ハセやんは先日のイベントでの楽曲提供を踏まえて「ぜひ俺のCDを聴きたい」と言ってくれた。
俺はそれに対して「すぐにでも」と答え、イベント前日に急遽この対面が成立したというわけだ。
そして、明言はされていないが……
ハセやんとの対面の先にあるのは恐らく、カノンボールインディーズというカノンボールの独自レーベルだろう。
当然、箸にも棒にもかからない可能性はある。
大いにある、ありすぎるかもしれない。
だが、こうしてチャンスを与えてもらえたという事が、俺はただただ嬉しかった。
俺たちサウンドチームが企画楽曲の一発屋で終わるか、それともカノンボール陣営に正式に食い込めるのか。
カノンボールに憧れたカノンボールチルドレン、その集団からすれば、どちらだって夢のような話だ。
それが一夜の夢で終わるのか、それともこの先に繋がっていくのか。
その答えが、今目の前にいる男の中にあった。
「…………」
カノンボール甲子園に全力投球したおかげで、
以前サウンドチームのみんなで録音した時の曲だけが入った、五曲入りのミニアルバム。
それをじっと聴くハセやんを、コーヒーを飲みながら見つめる。
そして永遠にも感じられる二十数分が経ち、彼は耳からイヤホンを外した。
「ありがとうございました」
「……どうでしょうか?」
「……まず、この一曲目がいいですね。激しいギターの入っている曲です」
形式的なお世辞など一切抜きに、ハセやんがそう言って曲名を指差したのは、ノットさんがギターを吹き込んでくれた曲だった。
正直言って他の曲とはクオリティ的にさほど変わりなく、プロであるノットさんのギターのおかげで格が上がっているような、そんな曲。
俺の実力だけでできた曲ではない。
ハセやんは他の曲にも感想をくれたが、どれもうまくハマっていないような感触で……
結局、彼が最後に話をくれたのも、一曲目だった。
「もしこの一曲目だけでよろしければ、ぜひ当社のカノンボールインディーズに……」
「やります!」
だが、その皆で作り上げた一曲目だからこそ。
俺は確信を持ってそう言う事ができた。
この曲であれば、自信を持って世に出す事ができる。
そう思えたからこそ、迷う事はなかった。
「……そうですか、ありがとうございます。それで、できればこの方向で何曲か……」
「やれます!」
そしてさっそくの依頼にも、ひるむ事はなかった。
サウンドチームの仲間たちがいれば、どんなオーダーにだって応えていけると思ったからだ。
「……そうですか。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。カノンボールがあったから、頑張れました」
俺はそう言って、頭を下げていたハセやんよりもより深々と頭を下げた。
本当に、心からの感謝だった。
ここまで走ってこれたのは、その道の先にずっとカノンボールがいてくれたからだ。
俺は「頭を上げてください」とハセやんに肩を叩かれるまで、ずっと頭を下げていた。
そして翌日に迎えたM3。
ハセやんから「別に販売してもいいよ」と言われたCDの売上は振るわず、三十枚作って数枚捌けただけ。
それでも、カノンボールインディーズ入りを控えたサウンドチームは、全員がお祝いムードだった。
イベント終わりには全員で飲み会に向かい、前後不覚になるまで酔った俺は……
気づけばノットさんの家のソファで眠っていた。
カノンボール甲子園を乗り越え、契約も決まり、絶好調のサウンドチームはその後も活動を続け。
四人で生配信企画を行い、休日にはレコーディング、たまに集まっては飲み会をやったりと楽しいばかりの毎日。
そうしてカノンボールからの俺の曲のリリースも、あっという間に決まり……
歌い手にも気に入って貰え、なんとハセやんの一存で、年末にある第三回カノンボールFESのセットリストにまで入った。
演者じゃないけど、カノンボーラーも歌えないけど。
俺は、俺たちは今、たしかにカノンボールだった。
まさかこの後すぐにコロナ禍がやってきて、これがコロナ前最後のリアルイベントになるとは露とも知らず……俺たちは幸せを噛み締めた。
そして、コロナ禍の中。
私生活は様々に変わったが、俺たちの活動はそんなに変わらなかった。
カノンボールに楽曲提供をしたという箔はつき、登録者数だけは桁違いに増えたが……
そんな事で増えた視聴者が、定着するようなわけもなく。
自分一人で配信をやっても、視聴者はいいとこ数十人。
サウンドチームで配信をやっても、千人を超える事なんて本当にめったにない。
だが、そんな事はどうだってよかった。
『じゃあ、配信始めるよ。おうがさん声大丈夫?』
「大丈夫ですよ、始まってからもっかい音量バランス取りますね」
『よろー』
『てかコロナで嫁も俺もずっと家にいるからめっちゃマリカ上手くなってんだよね、圧勝したらごめん』
『じゃっ、始めまーす』
『はーい』
「おねがいしまーす」
夢を叶えた後も、VTuber活動は終わらない。
伸びなくても、面白くなくても、それでもいいのだ。
輝くだけがVTuberじゃない。
もがき、苦しみ、それを楽しんでいく我々のような存在も、存在していい。
それがVTuberというものの奥深さ、懐の深さなのだから。
「こんばんは、
ネットの海に、そう話しかける。
次からハセの話に戻ります。