雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第102話

 富竹は1人、場末のビジネスホテルに身を潜めていた。

 

 既に調査部の岡一佐には連絡を入れてある。次の定時連絡──朝の9時を予定している──の際に自分の安否が確認出来なければ、直ちに番犬部隊を派遣して頂きたいという旨を、だ。

 

 山狗や鷹野からの連絡が殺到しているであろうことも、富竹は理解していた。以前滞在していたホテルには、連絡が来ても「外出中」と誤魔化して欲しいと伝えて、それらの全てを無視している。

 

 予算のことで不審な点があるということは既に通告済みだが、それだけでは、当然番犬部隊は動かない。

 もう一つ、核心に迫るような手かがりが必要なのだ。

 

 そして、その目星はついている。H173のことだ。数日前に入江と相談した結果、2人の共通認識としては、鷹野がH173を違法に所持しているという疑いがあるのは一致した。

 

 しかし、雛見沢を離れて興宮のホテルに潜伏している現状、富竹はその証拠を見つけられていない。入江に接触することも考えたが、それで彼や自分が怪しまれては、却って悪手になる。

 

 もしも番犬部隊が派遣されれば、古手梨花の安全は保障される……しかしそれと同時に、鷹野三四に何かしらの処罰が降る。

 

 富竹は、鷹野が何かしらの悪事を働こうとしているという確信を持ち、悲しく思っていた。

 自分が、追い込まれた鷹野さんから相談してもらえるような、そんな関係性を築けていたのなら……そんなふうにはならなかっただろうに。

 

 そんな後悔を胸に、報告用の資料作成を続けていた。

 

 

 

 

 

 9時の定時連絡はつつがなく終了した。

 

 定時連絡を終えた富竹は、あとは岡一佐からの折り返しの連絡を待つのみだ。こうなれば、外をほっつき歩くわけにもいかない。ただ、ホテルの自室にて、天井を眺めて過ごすだけだ。

 

 自分が伝えた情報を元に、上がどう判断するか。富竹は、上が動いてくれるかは五分五分だと感じていた。

 

 自分の主観を出来るだけ抜きにしても、鷹野さんは怪しい。出てはならないところから資金が出ているのは確かだ。

 

 疑いはそれだけではない。訓練で、薬莢一つを回収できなければ大騒ぎになる自衛隊において、悪戯な発砲が許されることは断じてあり得ない。

 部隊の性質上、指揮官の裁量で銃器の使用が認められている山狗でも、無断で発砲することや、山狗の武力を市民に振るった上でその後の報告を怠ることなど、当然禁じられている。

 

 牧野雄星から伝えられた実力行使も、おそらく事実。であれば、それを認めたのは鷹野に違いなかった。

 

 富竹が思案しながら天井を眺めていたその時、誰かが忙しなく廊下を走る音が聞こえた。

 

 このホテルは、壁が薄い。廊下で談笑する喧しい声や、夜には外の繁華街の喧騒もそのまま聞こえてくる。安い料金に見合って、あまり快適な部屋ではなかった。

 

 富竹は強烈な寒気を感じた。最悪の想像と、古手梨花から告げられた自らの末路を、頭に思い浮かべた。

 山狗が自らの居場所を見つけ出し、身柄を拘束しようとしているのではないか、ということだ。

 

「もしや、山狗が……?」

 

 富竹は、"東京"が手配したホテルを抜け出していた。

 

 誰にも行先は伝えていないし、ここ2、3日は一歩もホテルから出ていない。食事は全て出前を取っている。顔を合わせたのはホテルのスタッフと、あとは飲食店の従業員ぐらいのものだ。

 

 間違っても山狗に見つかるようなわけはないはず。

 

 しかし、富竹は不安を拭えなかった。閉め切った窓の、黄ばんだカーテンの隙間から外を見た。

 

 狭いホテルの駐車場には、一台のバンが止まっていた。スモークが施された窓からは、誰が乗っているかは見えない。

 

 富竹は、自分の額から汗が流れ落ちるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだ!探せ!探せ!」

 

 作業服の男たちは、ある古いビジネスホテルに押しかけた。何台もの車がホテルの前の狭い駐車場に乱暴に停められ、周囲は騒然としていた。

 乱暴にドアを開けて、玄関へと雪崩れ込む。

 客も来ない日曜の昼下がり。ホテルのフロントをしていた男は、眠そうな目を見開いて男たちを見た。

 

「どうも、ホテルモデラートです。ご予約は……」

 

「我々は警察だ!このホテルに凶悪な犯罪者が滞在しているという情報が入った。マスターキーを貸してもらおう」

 

 作業服の男は、冷酷な目で受付の男を睨みつけた。その冷たい目つきと着古した作業着が、警察関係者のものだとはとても思えなかった。

 

 受付の男は突然やって来たイレギュラーに慌てながら、いつか見たマニュアルを思い出した。

 

 確か……警察が来て、監視カメラの情報を提供したり、客室の鍵を貸し出す際には、事前に支配人に連絡が入って、責任者の承認がいるはずだ。

 

「わ、わかりました。今日の責任者を呼びますので、少々お待ちください……」

 

「いいから、早くしろ!鍵の場所はわかってるだろう。責任者とは話がついている!」

 

 作業服の男たちは、その場を離れて上司を呼びに行こうとするフロントのスタッフを引き止め、高圧的な態度で迫る。

 

 スタッフは、自分を睨みつける男の目を、恐る恐る見た。

 その目は、明らかに堅気のものではない。

 

 すぐさま引き出しの鍵を開けて、じゃらじゃらと沢山の鍵がついた束を渡した。

 

「わ、わ、わかりましたっ。ど、どうぞ、お使いください……」

 

 先頭にいた男は、ふん、と鼻を鳴らして階段へと走っていった。それに続いて、何人もの男がホテルのフロントを通り過ぎる。

 

 額に冷や汗を流すスタッフの前に、その隊列の一番最後の男が立ち止まる。警察らしからぬ、灰色の髪の毛を長く伸ばした、すらっとした優男だった。

 

「ご協力感謝します。……うちの人間が荒くてすいませんね。あとで謝礼は弾みますから。じゃっ!」

 

「は、はぁ……」

 

 訳がわからないという様子のスタッフを置いて、その男も階段へと向かう。

 

 ホテルの外には、既に何台も山狗の車両が到着していた。それが四方を囲み、周辺は物々しい雰囲気に支配される。山狗による、富竹の捜索が始まった。

 

 

 

 

 

 

 富竹が運転し、圭一、魅音、レナの3人が乗る車が、間一髪のところで路地を抜けていった。

 

 先ほどまで富竹がいたホテルには、何台もの車両が向かっていた。言わずもがな、それが富竹を探す山狗のものだ。

 

 ハンドルを握る富竹の手が、汗ばむ。フロントガラスを含む窓にはスモークが張られているが、真っ直ぐに運転席を直視されれば誰が運転しているかはわかる。

 

 富竹は簡単な変装をしてはいるが、顔を知る人間に見咎められれば、調査部の富竹だと悟られてもおかしくはない。今の所、誰にもつけられてはいなかった。

 

「おいおい、物騒な連中だぜ。あと数十分も遅かったら、間に合わなかったかもな……」

 

「やっぱり、梨花ちゃんを狙ってるっていうのは本当みたいだね」

 

「あぁ、彼らは間違いなく僕を確保しにきたはずだ。……山狗にも、僕の居場所は告げていない。奴らはどうして僕の居場所を……」

 

「逆探知じゃないですか?どこからかけるかわからなくても、かけた先から、どこの電話でかけたかを調べることは出来る」

 

 魅音が冷静に告げる。

 

「そんな!調査部に、山狗の息のかかった人間がいると……?もしかして、君たちも逆探知で僕の居場所を?」

 

 魅音は、へへ、と悪戯っぽく笑って答えた。

 

「いやぁ、もっとアナログです。富竹さん、食事は出前取ってたでしょ?この辺りの飲食店は園崎家と繋がりのあるところも多いからね。私が声をかけたらすぐに情報は集まったよ」

 

「……流石だね」

 

 富竹は冷や汗をかいて言う。出前を呼んだのも数回で、ほとんど顔を晒してはいないのに……。

 

 このあたりで何をするにしても、それは全て園崎家の知るところ、というわけだ。

 

「魅ぃちゃん、あとどれくらいで着きそう?」

 

 後部座席のレナが、落ち着いた顔で魅音に問う。

 

「もうすぐ。ほら、あそこだよ。見える?富竹さん、あそこの事務所の手前に、車を停めて」

 

「あ、あぁ。分かったよ。……ちょっと、緊張するね」

 

「緊張してるのは俺の方ですよっ!魅音、本当に俺が言わないとダメか?」

 

 富竹に、圭一が険しい顔で言う。彼は、事務所にしばらく富竹を匿って欲しいという大事な説得の役割を任されていた。

 

「もちろん、私も説得はするよ。でも、昨日お母さんに電話した時には、説得には圭ちゃんを連れてこい、って言うからさ……」

 

「ふふふ、魅ぃちゃんのお母さん、何を期待してるのかな。……かな?」

 

 魅音は照れたような顔で黙り込んだ。圭一は訳が分からないままだった。緊迫した空気の中、レナはただ1人ニコニコと笑っていた。

 

「あ!降りる前に、富竹さん」

 

 魅音が慌てた顔で富竹に言った。

 

「な、なんだい?」

 

「……その女もののカツラ、外しといたほうがいいよ」

 

 緊迫した状況にも関わらず、一同は笑いに包まれた。

 

 富竹は、部活の罰ゲームで使われる、女装セットを着せられていたのだった。

 

 

 

 

 

 変装をやめた富竹は、車を不穏な雰囲気の建物の前に停めた。その建物の入り口では、2人の若者が彼らの到着を待っていた。

 

 圭一たちは緊張した顔で車を降りた。魅音は、部活で見せるのとはまた違う、園崎家の次期当主としての顔で、その若者に相対した。

 

「お疲れ様です!次期当主!話は聞いてます!」

 

「はい、ご苦労様です。彼らが客人です。これから、母のところへ通します」

 

「はい。茜さんはもういらっしゃっています。では、こちらへどうぞ」

 

 言うまでもなく、若者たちは園崎組の人間だった。

 

 富竹は荒事には慣れているが、それでも暴力団の事務所に入るのは初めての体験だった。

 自分としても緊張を隠せないのだから、説得を任されているこの子達はもっとだろう。

 

 そんなふうに考えた富竹が隣を見ると、予想通り圭一は青い顔をして、震えていた。それに対して、レナは驚くほどに平然としていた。

 

「れ、レナ……どうしてそんなに落ち着いてるんだよ?」

 

「えへへ、何でだろ?レナにもわかんないな。でも、緊張することなんてないよ。圭一くんが、正直に話せば、きっとわかってくれるよ」

 

「そ、そうだな……ここまで来たら、やるしかねぇ。俺がみんなを救う!そのために、何としてでも魅音のお母さんを説得してやるぜっ!」

 

 大きな声を出した圭一を、事務所にいた大人たちがじろじろと眺める。しかし、圭一は平気だった。堂々と歩いて、茜が待つ事務所の応接室に向かっていく。

 

 魅音も、そんな圭一の姿を見て安心した。

 

 自分の家のことを知られたら、幻滅されるかも、怖がられるかも、という思いは最後まで拭えなかった。しかし、今の圭一を見ていると、自信が湧いてきた。

 

 

 

 一行は、応接間に案内され、いかにもヤクザらしい真っ黒の本革のソファに腰掛けた。富竹は別室で待機ということになり、交渉に挑むのは魅音、圭一、レナの3名だった。

 

 向かい合うのは、和服に身を包んだ2人の男女。1人は髭を蓄えた壮年の男性で、和服のところどころから傷跡が垣間見えた。もう1人は美しい妙齢の女性で、赤い簪と、紫色の耳飾りが印象的だった。

 

 その女性が、圭一に問う。

 

「娘から、ある程度話は聞いているよ。それで……どうして、部外者をしばらくこの事務所に匿わなくちゃならないっていうんだい?」

 

「それが……全てが解決するまで、詳しい事情は話せないんです。でも、村の人たちのためなんです」

 

「ほぉ、詳しい事情も話せないのに頼み込んでくると来た。それなら、あんたの家にでも泊まらせてあげればいいんじゃないかい?あの広いアトリエに、人を1人匿うぐらい簡単だろう?」

 

「ち、違うんです。彼は重要な人物で、村の命運が彼にかかってるんです。それに、今雛見沢に向かうのは危険で……」

 

「雛見沢が危険だって?一体何が起こってるんだい?」

 

 圭一の言葉の隅を突き、睨みを効かせる茜。

 

「それは……」

 

「そんなあやふやな言葉で、何かに追われてる知らない人間を、あたしらの建物に匿うなんざ、無理な話よ。帰りな」

 

 冷たく言い放ち、立ち上がる。

 

「お、お母さん!話が違うよ!」

 

「あたしは何も約束をした覚えはない。魅音、あんたはあくまで園崎家の次期当主でしかないんだ。あんたにはまだ、園崎組を動かす権力はないんだよ」

 

 冷たい顔の母親が、魅音にそう告げる。魅音は返す言葉がなかった。頭の中は、軽いパニックに陥った。

 

 話はすでについている、と婆っちゃからは言われていたのに……このままでは、富竹を捜索する人間が事務所前に停めてあるバンに気づいてもおかしくはない。そうなれば、園崎の人間もただでは済まないかもしれない……!

 

 一行が沈黙に包まれる中、突如としてレナが口を開いた。

 

「じゃあ、魅ぃちゃんのお母さんにはその力があるんですか?」

 

「あぁ、勿論あるよ」

 

「それはどうして?園崎組の組長は魅ぃちゃんのお父さんですよね。あなたはその配偶者でしかない」

 

「そりゃあ、夫だからね。責任者がいないときは、その次に偉い人が代行をするのさ。魅音は学校で委員長をしてるだろう。学校に委員長代理、みたいな役職はないのかい?」

 

「なら、魅ぃちゃんのお母さんの次に偉いのは魅ぃちゃんですか?」

 

「まぁ、そうなるだろうね。それがどうかしたかい?」

 

 そこまで話を聞いて、圭一はニヤリと笑った。額には、冷や汗をかいている。目は泳いでおり、手は震えている。しかし、覚悟は決まっていた。

 

「へっ、わかったぜ。話は簡単だ!あんたをぶっ飛ばせば、この場で一番偉いのは魅音ってことになるんだな。やってやろうじゃねぇか!」

 

 茜は、目を丸くしてその言葉を聞いた。そして、ニヤリと笑った。

 

「あんた、その言葉の意味が分かってんのかい?先に、あんたから殺してもいいんだよ?」

 

「やってみな。俺の死と引き換えに、雛見沢のみんなが守れるなら本望だぜ」

 

 圭一は、少しも引かなかった。茜は嬉しそうな笑みを浮かべて、言った。

 

「あっはっは!とんだ命知らずもいたもんだね。興宮の鬼姫とは私のこと。今のうちに、自分の体とお別れの挨拶をしときな!」

 

「あんたこそ。その、何たらの鬼姫、っつー称号も、魅音に渡しなっ!」

 

 圭一も立ち上がる。レナも、落ち着いた顔で立ち上がる。

 

 魅音は、覚悟を決めた顔で言った。

 

「母さん……いえ、園崎茜!私、園崎魅音は、園崎家当主代理として、命じます。今すぐに園崎組の力を私たちに貸しなさい。あなたと、あなたの部下たちの命。私が預かりますっ!」

 

「一丁前みたいな口を聞くねぇ……この、小娘がぁっ!」

 

 言うが早いか、茜は側にあった日本刀を鞘から引き抜いた。それは、紛れもなく本物。人を容易く両断できる、人殺しの道具だった。

 

 茜はそれを、魅音に向けて振るう。今にも魅音を殺さんとばかりのその勢いたるや。圭一とレナは、親友が殺されたのではないかという恐怖で、魅音のことを見れないほどだった。

 

「あんた、実の娘に何しやがるっ!」

 

 圭一が言いながら、魅音の方を見る。まさか、首が胴体から、離れていませんように、と。

 

 幸い、刀は首に届く寸前で止められていた。

 

 そして、ほんの数センチで殺されるところだった魅音は、不敵な笑みを浮かべて拳銃を構えていた。

 

 狙いを実の母の眉間に定めて、引き金に指をかける。

 

 周りはざわついた。中には、自分の持つ武器に手をかけるものすらいた。茜の隣に座る男も、流石に驚いたような表情になった。

 

「私だって負けてないよ。何てったって、あんたの娘なんだからね……!」

 

 周囲から、射殺すような目で見つめられたとしても、魅音は少しの怯懦も見せなかった。むしろ、この危機的状況を楽しんでいるかのように、母そっくりに笑うのみだった。

 

 しばらく沈黙が続いたあと、茜は日本刀を鞘にしまった。魅音もそれに応じて、銃をしまった。

 

 そのあと、茜は大きな笑い声を出した。

 

「ふっふっふ。あーはっはっはっは!冗談。冗談だよ、全部。魅音!あんたも成長したし、いい友達を持ったね。レナちゃん。いつも話は聞いてるよ。うちの子と仲良くしてくれてありがとうね!」

 

「こちらこそ。魅ぃちゃんは本当に可愛くて、良い子で……私の、大事な親友なんですっ」

 

 レナは少しも驚かず、にっこり笑って答えた。

 

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいね。それで……君は圭一くんって言うんだったね」

 

「え、えぇ……」

 

「若いのに、大した度胸だ。気に入ったよ。私の娘で良けりゃあ、持っていきな!この子はもうあんたのもんだよ!」

 

「え、あ、え?えーっと……」

 

 あっけに取られる圭一と、少しの間呆然とする魅音。そして、顔を真っ赤にして慌てる。

 

「お、お、おかーさんっ!な、な、な、なに言ってんのさっ!わ、私と圭ちゃんは、そういうんじゃなくて……っ!」

 

 先ほどまでの当主代理の顔から、ただの恋する乙女の顔になった彼女を見て、みんな笑った。

 

 笑いが落ち着いてから少しして、茜は魅音に問いかけた。

 

「魅音。事情は、母さんから聞いてる。そして、結構ヤバいヤマだってのもね」

 

「うん……ありがとう」

 

「"人の命を預かる"ってのが、どういう意味だかはわかってるね」

 

 真剣な表情をした茜が、魅音の目を鋭く見つめる。魅音も目を合わせて、深く頷く。

 

「……分かってるつもり。私は、園崎家のみんなの命と同時に、雛見沢の人たちの命も預かってる。覚悟は、出来てる」

 

「ふっ、良い顔をするようになった。……あんたは、優しい子だ。ヤクザの跡取りとしちゃ、甘すぎるぐらいにね……」

 

「そ、そうかな……?」

 

 茜は頷いた。そして、何かの決意をしたように、深く息を吸い込み、吐き出した。

 

「あぁ。……だけどね。そんな甘いところがあるからこそ、あんたは跡取りに選ばれたんだよ」

 

「え、選ばれた?私が姉だから、でしょ?」

 

 素っ頓狂な顔をした魅音に対して、茜は笑い飛ばすように言った。

 

「はっ、そんな訳あるかい。私たちは、あんたが入れ替わっている時を見計らって次期当主を選んだのさ。これから先の時代、あの子の苛烈で冷酷な性格は当主に向かない。みんなを引っ張って、誰よりも人情に厚くて、甘いあんただからこそ、園崎家の次期当主たりえるのさ」

 

「え、あ……ほ、ほんと?」

 

 魅音の目に、不意に涙が浮かんだ。

 

 彼女には、当主継承の儀式の日、自分の姉にねだって入れ替わってもらったという過去がある。結果、魅音は詩音として、詩音は魅音として生きることになった。

 

 あの時、私が鯛の刺身を食べたいなんて言わなければ、あの子はきっと辛い目に遭わずに済んだ。

 一生背負うはずだったその負い目が、予想もつかないところで、少し軽くなった気がした。

 

「あの子には、不便を強いた。あんたにも色々と苦労をかけただろうね……2人とも、本当に済まなかったと思ってる。でも、これも組織を守るためってことさ……詩音にも、話はするよ」

 

 茜は、遠い目をして、ぼそりとつぶやく。その顔は、園崎組の実力者のものではなく、双子の娘を持つ母親の顔をしていた。

 

「うん、うん……」

 

「……ほら、富竹さんだったかい?入ってきな!」

 

 程なくして、大柄な男がペコペコしながら入ってきた。しばらくの間、園崎組の事務所の一室を使わせてもらうことになった。

 

 

 

 

 昼過ぎに行われた次の定時連絡にて、番犬部隊を雛見沢に派遣、実力行使をすることが決定した。

 番犬部隊の派遣を耳にした段階で、一部の山狗たちは、武装解除ののちに投降を申し出た。

 

 雛見沢に向かうのは、少数の部隊のみ。全ては、政権を揺るがしかねない陰謀を引き起こした、鷹野三四を無力化するためだった。




独自解釈です
もしかすると、魅音が絶対の意思で鯛の刺身を食べたがったのかもしれません
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