雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第103話

 ピンポーン、という音が、日曜日の診療所の事務室に鳴り響く。

 

 休日でも診療所に人がいることは、村の中では周知の事実だ。休日に急患が来ることは、そう珍しいことではない。

 

 とはいえ、こんな忙しい時に来るとは!

 

 その音を聞いた鷹野は、苛立ちに顔を歪めた。

 

 彼女は今、焦っていた。本来の予定では富竹は今夜殺すつもりだった。しかし、調査部から疑いがかかる中で、今日の朝には彼の身柄を確保するために動き始めていた。

 それが今、富竹は行方不明。一度は逆探知によって居場所を割り出したのに、山狗が急行した時、そこにはもういなかったというのだ。

 

「誰!?確認して!」

 

 東京との連絡に追われ、あちこちに謝罪と催促の電話をかけていた鷹野が声を荒げた。

 

 そのヒステリックな罵声を自分に向けられたくない何人かの山狗は、束の間、その対応を押し付け合うように顔を見合わせてから、監視カメラを見た。そこには2人の男女がいた。

 

「ええと……若い男女です。中高生ぐらいの……」

 

「誰なのよ、こんな時に!一体何の用事!?応答して帰らせて!……ええ、仰るとおりです。いつ頃返答ができるかは、ええと……はい、はい……」

 

 部下に怒ったり、上司に謝ったりと忙しい鷹野を尻目に、その山狗はそそくさとインターホンに応答しに向かった。

 

 そして通話口に向かって、語気を強くして発言した。

 

「どなたですか?今は、大変立て込んでおります」

 

「僕は北条悟史といいます。入江先生に、普段から雛見沢ファイターズの活動でお世話になっています。今日の綿流しのことと、雛見沢ファイターズのことで、入江先生に確認がしたくて……」

 

 通話口からは、爽やかな若い男の声が聞こえてきた。

 

「今は診療所は開けていません。また日を改めてください」

 

「えっと、電話もしましたけど、ずっと通話中で繋がらないんです。診察して欲しいわけじゃなくて、話をしたいだけなんです。入江先生も忙しいですか?ほんの数分で話は済むんですが……」

 

「ええ、入江先生も今はご多忙です。お引き取りください」

 

 山狗は冷たく言い放つ。

 

「それはどれくらいかかりますか?僕たち、ここで待たせてもらってもいいですか?どうしても祭りが始まる前に確認を取らないといけないんです」

 

 しかし彼はなかなか引き下がらない。山狗は意外にも強情な通話相手に苛立ちを隠せなかった。

 

「……ち、少々お待ちください!」

 

 

 

 

 山狗が下がった後、悟史と詩音は、苦笑しながら顔を見合わせた。

 

「ち、ですって。ひどいです。私たち、ただ数分監督に会わせて欲しいだけなのにっ!」

 

「あはは……仕方ないよ。忙しいんだもん。しばらくここで待たせてもらおう。この暑さだとしんどいけど、夕方には祭りに合流してくれるはずだしね」

 

「そうですね。じゃ、日陰もーらい!」

 

 詩音は診療所の日陰のもとで座った。悟史もそのそばに腰を下ろす。詩音は、悟史の方に頭を預けた。悟史は、その詩音の頭を優しく撫でた。

 

「監督、何してるんだろうね。今日の祭りにも出席してくれるはずなのにね」

 

「ま、面倒なことに巻き込まれてるってのは、真実みたいですねぇ」

 

 詩音はそう言って周りを見渡す。

 

 私は魅音と同じ遺伝子を持っているが、性格までまるっきり同じではない。こういった荒事には、多分、お姉よりも自分の方が向いている。

 

 そんな自負が詩音にはあった。自分を助けてくれた友人たちの危機ともなれば、詩音は文字通り、命をかけて戦ってやるという気概を持っていた。

 

 詩音は自分たちの姿を監視カメラで見られていることには気づいていた。彼女はあくまで普段通りを装うが、その心の中は静かに戦いを待つ、軍人のようだった。

 

 

 

「鷹野三佐。インターホンを鳴らしたのは、入江二佐に用がある村の人間のようです」

 

「何の用?いいから追い返しなさいよ!」

 

 苛立ちを隠さない鷹野に、山狗は面倒臭そうな顔で返事をした。

 

「今日の祭りのことと、野球チームのことで相談があるとのことです。入江所長の手が空くまでしばらく待つと言っていますが……いかがいたしましょうか?」

 

「……面倒な奴らがいるわね。そいつらは入江先生とどんな関係なの?」

 

「野球チームのマネージャーとキャプテンで、入江先生に対して、今日中にしなければならない相談があるとのことです。数分で終わる、とは聞いています」

 

「そう……北条悟史くんと園崎詩音ちゃんね。ちっ、園崎家に異変を嗅ぎつけられたら面倒だわ。仕方ない。所長に速やかに勝手口に行くようにと伝えなさい」

 

「承知致しました」

 

 山狗の1人が立ち上がって、所長室に向かった。

 山狗はノックをして所長室に入る。所長室には入江が退屈そうな顔で座っていた。

 

「お疲れ様です。どうしましたか?件の用途不明金のことで東京から連絡が?」

 

 鷹野が計画の実行のために奔走する中、機関の運営は鷹野の仕事だということで、入江はセキュリティルームを出て行かされた。

 入江の身柄も計画の遂行には不可欠である。入江は適当な理由を伝えられて、診療所を抜け出すことは許されなかった。

 

 その結果、手持ち無沙汰なままで所長室に放置されている、というわけだった。

 

「いえ。入江所長に用があると言うお客さんが来てますので、対応をお願いしたいのです」

 

「私に用事ですか。どういったご用件です?」

 

「詳しい話は伺っておりませんが……北条悟史さんと園崎詩音さんの2名です。祭りのことと、野球チームのことで相談があるとのことです」

 

「悟史くんたちですか。……確かに頼んでいたことがありました。ありがとうございます」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 入江は立ち上がって所長室を出た。その山狗もそれに付き従って、共に勝手口の方に向かう。

 

 あれ。あなたもついてくるんですか?入江はそんなセリフが口から出かかったが、言うのをやめた。

 

 考えればわかる。自分が、鷹野さんに怪しまれているのだ。

 

 所在がわからない富竹さんの分まで、自分に追及が来るのは想像に難くない。もう、危険は迫っている。……2人を、帰さないと。危険な目に遭うのは、自分だけでいい。

 

 入江はそんな覚悟を胸に、勝手口の扉を開けた。そこには、悟史と詩音の2人がいた。

 

「はろろーん!監督、なんだか疲れた顔してますね。おはようございます」

 

「おはようございます、監督」

 

 いつもと変わらない様子の2人が、入江に挨拶をした。

 

「ええ、おはようございます。お二人は元気そうですね。今日の祭りにも来てくれますか?」

 

「もっちろん!2人で夏祭りデートと洒落込みますよ。ね、悟史くん?」

 

「うん。えへへ、ちょっと恥ずかしいね」

 

 悟史はそう言って優しく笑った。詩音は冗談めかして言った言葉がこんなにもまっすぐ受け止められると思っていなかったのか、赤面した。

 

「あはは……ま、楽しんでください。で、どんなご用件ですか?」

 

「そうそう、それなんですけど。監督、車の鍵持って来てください」

 

「え?どうしてです?」

 

「いいから。監督の車の中に、大切なものがあるんですっ」

 

 入江は困って、山狗の方を見た。これで鍵を取りに行って、裏切り行為と取られるのは困る。

 

 山狗も何のことかよくわかっていないようだったが、怪訝な顔で小さく頷いた。車の鍵を取ってくるぐらいでは目くじらは立てられないようだった。

 

 入江は少し急いで車の鍵を取りに戻り、勝手口の扉をもう一度開けた。

 

 そこには、先ほどと同じく悟史と詩音が立っていて──先ほどの山狗が体を地面に投げ出して気を失っている姿が目に入った。

 

「えぇっ!?こ、これは!?どうしたんですか!?」

 

 手にスタンガンを持った詩音が、真剣な顔で答える。

 

「監督、詳しい話は後で。その白衣、貸してくださいっ!」

 

 有無を言わせぬ勢いの詩音に言われるがままに、入江は白衣を脱ぐ。悟史がそれを受け取った。

 

「あ!そこのポケットに私の車の鍵が……」

 

「承知しました。お任せください、入江さん。これを!安全運転でよろしくお願いします」

 

 物陰に、あまり見覚えのない大男が立っていた。黒いスーツに真っ黒のサングラスをかけた、強面の男だった。

 

 監視カメラの死角になるような位置に、彼は堂々と立っていた。

 

「ほら、監督、行きましょう!」

 

「詩音さん、ご武運を。私の方も、用事を済ませ次第合流します。悟史くん、入江さん。詩音さんが危ないことをしないように見てあげてください」

 

 黒いスーツの男、葛西は詩音から差し出された白衣を手に取り、自分のスーツの上着を脱いで悟史に渡した。

 

 入江は詩音に言われるがままに、3人が乗って来たのであろう黒い高級車に乗り込む。

 

「ええと、エンジンは……」

 

「大丈夫ですよ、監督。ここです。……落ち着いて。高い車の方が運転しやすいってもんです」

 

「何で詩音がそんなこと知ってるのかな……?」

 

「あははは!乙女の秘密ですっ。あ、監督。念のため、これ着けてください!」

 

 詩音はサングラスを入江に手渡した。入江はやはり状況が飲み込めていないままだが、言われた通りにそれを着用した。

 3人は黒い車に乗って、一路、目的地へと向かった。

 

 

 

 

「ふっ、詩音さんも、人使いが荒いもんです」

 

 葛西は、入江の白衣に着替えて、入江の車に乗り込んだ。

 

 そして白衣を着た時に、彼は妙な感触があることに気づいた。違和感のある場所を少し探ると、何か硬いものが服の中に埋め込まれている。

 

「発信機か……都合が良い」

 

 葛西は表情を一切変えず、車にエンジンをかけた。

 

 バックミラーを見る。診療所の中から、何かを不審に思ったのか、作業服の男が出てくるところだった。

 

 すぐに、地面に横たわる同僚に気づいたその男は、葛西が乗る入江の車のエンジンがかかっているのに気づくと、血相を変えて中へ戻った。

 

 葛西は車を急発進させた。

 ミラーには中から複数人の男たちが現れて、それぞれ車に乗り込んだ。追ってくるつもりだ、とわかった葛西は、速やかに想定していた逃走ルートに向かった。

 

「成程、そこそこ大きなヤマらしいな……」

 

 そのハンドル捌きは正確無比。直線は驚くようなスピードなのに、カーブでもスピードを落とさないままで綺麗に曲がる。彼が乗っているのがただの乗用車だとは思えないほどだった。

 

 後ろから追ってくる何台かの車との距離は離れる一方。

 

 これなら簡単に撒ける。距離を離したところで白衣を捨ててしまえば、相手はもう一度自分を捕捉することすら難しいだろう。

 

 葛西がそう思った矢先、ミラーに驚くようなものが映り込んだ。

 

 後方の車の助手席の窓から身を乗り出した男は、消音器付きの短機関銃を持っているのだ。

 

 ──撃ってくる気だ。自分も、銃に対して素手で対抗できるわけはない。運転手を狙うつもりなら、無傷では済まない。

 

 葛西は身を屈めて、弾丸を避ける体勢をとった。

 

 窓越しに聞こえてくる、スパパパパ、と気の抜けるような音と共に、弾丸の雨が放たれる。それは入江の車のリアウィンドウに着弾し、ガラスが割れる。

 そして、車内には不快な揺動が断続的になり始めた。タイヤをパンクさせられたらしい。葛西は理解した。

 

「ふん、一流ではないな」

 

 その葛西は過去の経験から判断した。もっとヤバいヤマに関わったこともある。

 あの時、海の外で出会ったマフィアの男と比べれば、赤子の遊びのようなものだ……彼は、自らの数えきれない修羅場を、ほんの束の間思い出して、もう一度ハンドルを確かに握った。

 

 詩音さんや悟史くんは、上手くやっているだろうか。葛西は自分のことは気にもせず、他人の心配をした。

 

「ま、早く片付けて合流しましょうか……」

 

 葛西はアクセルを踏み込んだ。パンクしているはずの入江の車が、それに応えるように加速した。

 

 

 

 

「おい!どうしてあの車は止まらないんだ!?タイヤがパンクしてるんだぞ!?このままじゃ村を出られちまう!」

 

「クソ!入江所長に、サブマシンガンで車を蜂の巣にされても真っ直ぐ走れる胆力があったとは……!」

 

「だが、発信機もついてる。あれが本人に違いはない!」

 

 入江の車を追いかける山狗は、車中で冷や汗を流していた。

 

 もしも入江を取り逃すようなことがあれば、怒鳴られるだけでは済まない。彼が今まで山狗として働いて来た数年の中で、最も責任が重い時間だった。

 

「生死問わずとは言われてるが、こんなことでまさかRPGを持ち出すわけにはいかん。……村の境に回り込んでいる部隊はどうなってる?」

 

「先ほど配置に着いたとのことだ。スパイクトラップで足を止め、キルゾーンに到着し次第射殺という手筈になっている」

 

 入江の車が診療所を出てすぐ、別働隊が車を先回りしていた。雛見沢から村の外へ出るルートは数少ない。入江の車の向かう方向からして、街へ出れる場所は1箇所だけだった。

 

「よし。なら、俺らは追い立てるだけで良いわけだな」

 

 山狗はタイヤがパンクし、最初よりは追いやすくなった入江の車を追う。

 もうすぐで待ち伏せ場所に到達する。そうなった時が所長の最期だ。

 

 山狗たちはそうたかを括って、まずは追い続けることにした。そこで、連絡が入った。

 

「こちら鳳1。入江所長の追跡はどうなっている?かなり時間がかかっているぞ。首尾を報告せよ」

 

「はっ。こちら白鷺9。入江所長を乗せた車は興宮市内に向かっています。村の境で待ち伏せて身柄を確保する予定です」

 

「鳳1、了解。くれぐれも失敗は許されない。可能なら生け捕りだが、最悪の場合は口封じすることも厭うな……」

 

 小此木からの連絡に覚悟を決めて、山狗は目の前をふらふらと走る乗用車を睨みつけた。

 

「予定の地点まではもうすぐだ。準備しろ!」

 

 しかし山狗の予想は外れ、乗用車はキルゾーンに入る手前の畦道で急ブレーキをかけた。

 

 山狗たちは好都合だと言わんばかりに後ろから車をぶつけた。入江の車は隣の田んぼに突っ込みそうになって、ギリギリで踏みとどまった。

 

「こちら白鷺9!車が停車した。我々も降車して身柄の確保に向かう!」

 

 待ち伏せている部隊からの返事も聞かず、山狗は車を降りた。

 もうどうなっても走れそうにない状態の入江の車に、ホルスターの拳銃に手をかけながら一歩一歩近づいていく。その時、不意に運転席の扉が開いた。

 

 中から、男が出てくる。その男は身長が高くて、白衣を着ていて──

 

「おい!テメェら、何処に目をつけて運転してんだ?あぁ?」

 

「え、えっ!?」

 

 出て来た男は入江所長ではなかった。

 シャツに赤いネクタイを合わせ、黒いサングラスをかけたその男は、入江京介には似ても似つかない。

 

「どこに目をつけて運転してんだ、と言ってる。俺が何処の誰か知ってのことか。テメェら、何処の組の差し金だ!?」

 

「え、えっと……」

 

「俺はもう引退した。そんなことも分からずに車を穴だらけにしてくれたってか!?」

 

「す、すみません。あの、人違いで……」

 

「人違いで許されるなら、警察はいらねぇ。テメェの車を貸せ」

 

 山狗の男が着用するトランシーバーから、声が漏れた。

 

「白鷺9!応答せよ、白鷺9!追跡はどうなっている?こちらからは姿が見えない。入江所長は?」

 

「おい!誰と、何の連絡を取ってる?切れ」

 

「こ、こちら白鷺9。み、民間人の妨害によって入江所長の追跡は困難」

 

 葛西に恫喝された山狗は、震える手でトランシーバーに一言だけ呟き、電源を落とした。

 

「入江所長?診療所の入江先生が何だって言うんだ?詳しく聞かせてみろ。おい!車に残ってる奴も出てこい」

 

 葛西は一歩ずつ山狗に近寄る。

 

 山狗は拳銃を持っていたが、それを出せば本当に殺されると思った。

 目の前の男は、間違いなく自分よりも格上だ。楯突くことはできない。それに、もう入江所長は取り逃がした。この男と張り合う意味はないのだ。

 山狗に、出来る行動は一つだった。

 頭を深く下げて謝った。

 

「す、すみませんでしたっ!命だけはっ!どうか!」

 

「命はとらねぇ。ただ、どういうことかは、詳しく話は聞かせてもらおうじゃねぇか……」

 

 葛西はゆっくりと山狗に近づき、その首根っこを掴んだ。

 

 一台の車両が、踵を返して村へと戻っていった。

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