雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
相当しんどかったです。皆さんもお気をつけください
大石が去って、少し時間が経つ。入江診療所の作戦室は、未だに慌ただしい雰囲気のままだった。
計画の遂行に必要な3人の身柄は、どれも確保出来ていない。鷹野を除く作戦室の人間は皆、諦めムードだ。
3人の身柄を確保したとしても、それで本当にクライアントが納得するとは限らない。探せ探せとうるさい鷹野の言葉にうんざりしながらも、淡々と指示をこなしていた。
そんな中、作戦室の端の方にいた小此木は、難しい顔をして黙り込んでいた。そこに、先ほど帰ってきたばかりの灰色の髪の男が小声で言う。
「小此木さん。……もう、潮時じゃないっすか?」
「あぁ……まぁ、そうだな」
灰色の髪の男の言わんとすることを理解して、小此木は頷く。
「もう動き出さないんで?今ならまだ……」
「あぁ。だが……敗戦の将の務めってのがある。まだ、やることが残ってんのさ」
「ふ、あんたも不器用な人だ。俺も、ついて行きますよ」
灰色の髪の男も、不敵に笑う。
「……よし、郭公に連絡しておけ。内容はこうだ──」
そんな会話があって、しばらくしたあと。
小此木はある無線連絡を聞いて、静かに笑った。
「……いい。三佐に伝えろ」
もはや山狗の無線連絡は、先に小此木を通してから鷹野に伝えられていた。
連絡員の山狗は、小此木の許可を得た上で鷹野に恐る恐る告げた。
「鷹野三佐。Rを捜索する部隊から、連絡が」
「何!?やっと見つかった!?」
「はい。ただ……」
言いづらそうにする山狗。鷹野は苛立った顔で続きを急かした。
「ただ、何なのよ。早く言いなさい!」
「見つかったのは神社の境内、だそうです」
「はぁ?どういうこと。詳しく説明しなさい」
怪訝な顔をする鷹野。
「神社の境内で、牧野雄星が突発的な催し物をやっているとか。そして、そのステージの近くで、古手梨花が発見されたとのことです」
「……ち!人目があって手は出せないということ?自分に監視がついていることは把握しているというわけね」
「仰るとおりです。……いかがなされますか」
鷹野は少し考えた。古手梨花は、もちろん重要だ。しかし、本来の作戦では、一番最後に必要になる人間。34号マニュアルが実行されるか曖昧な、今の段階で殺すことは出来ない。
「富竹、入江の身柄が確保出来ない限り、作戦は決行できない。Rには監視だけつけて、とにかく他の2人を探しなさい!」
「承知しました。では……」
「俺が行きましょう」
山狗を遮って、小此木が言った。
「小此木……あなたが行くほどの事なの?」
「もしも古手梨花の身柄が確保できれば、他の2人の居場所も掴めるかもしれません。三佐、俺たちは追い詰められているんです。チャンスを掴むには、こちらから仕掛けないといけません」
鷹野は唇を噛み締めた。
入江と富竹につながる手がかりは、どんどんなくなっていく。
入江は診療所を出てから行方不明。車で移動していることは確かで、まだ村の中にいることも確かだが……間違いなく、追っ手がいることは伝わっているはず。
追った山狗の証言では、発信機も外れているとのことだし、この村を虱潰しに探すのは骨が折れる。
富竹も同じだ。電話での逆探知で、1時間ほど前まではビジネスホテルに滞在していたことは分かっている。しかし、いつの間にかそこを抜け出し、もう行方がわからない。
鷹野は、自分がどんどん詰みの状況に向かっていることを実感していた。
自らが向かうという小此木の提案に、鷹野は黙って頷いた。
神社の境内の真ん中、特設ステージの上に雄星はいた。
「今日は、俺の突発ライブに付き合ってくれてありがとう!祭りの前の余興だとでも思って、好きに騒いでいってくれよ!」
祭りの実行委員たちは、雄星と梨花の申し出を認めた。
祭りが始まる夕方まで、しばらく突発ライブをする、というその発案は、祭りの余興代わりとして、歓迎を持って迎え入れられたのだった。
まだ祭囃子も流れていない昼間に、急遽持ってきたアンプからギターの音が流れる。その音に、祭りの準備をする大人たちが少しずつ集まってくる。
雄星は、小さな体でエレキギターを掻き鳴らす。
彼らの役割は明確だった。祭りの境内で催しをすることで他人の目に晒されているうちなら、山狗も手出しをすることはできない。それを逆手にとった陽動作戦というわけだ。
前日の作戦会議の見立てでは、入江と富竹を確保しない限り、鷹野の計画は進まない。
村人全員を殺すようなことができない以上、目撃者がこれほどまでにいる状況では、梨花を強引に攫うことは不可能だ。
かといって、監視をやめさせるわけにもいかないはず。彼らの陽動は、入江と富竹の捜索へと向かう山狗の数を減らすために、ここに釘付けにする目的なのだった。
雄星のすぐ後ろには、梨花と沙都子がいる。その近くには、赤坂がついている。
何が起こったとしても、みんなが守ってくれる。自分は、自分の役割を果たすだけ。
そんな思いを胸に、彼はオアシスの『ロックン・ロール・スター』を歌っているところだった。
今夜、自分こそがロックンロール・スターだと叫ぶ彼のその顔に、疑念や躊躇い、恐怖などはなかった。
「次は、ビートルズの、『カム・トゥギャザー』!そこの、公良村長!意味はわかりますか!?」
「えぇと、何だったかなぁ……?」
「直訳すると、『一緒に来い』なんて野暮な感じですが……『団結する』という意味もあるんです。さぁ、みんな一緒に歌えっ!」
彼は観客席を指差し、大きな声で歌う。体を捻り、大袈裟なパフォーマンスをする。
この1週間ほどの、不安や恐怖を、全て歌に乗せて飛ばした。
雑踏の中で、赤坂は静かに周りを警戒していた。
赤坂の役割は至って単純。雄星が催しをする間、不審な人物がいないかを探り、彼らの身を守ることだった。
刹那、赤坂の目は、人目を忍んで歩く作業着の男に向いた。
数多くの実戦経験を積んだ赤坂の目には、その静かな足取りは、とても堅気の人間のものには思えなかった。
静かに神社の裏手へと抜けて行こうとするその男を、赤坂は呼び止めた。
「ちょっと、そこのあなた。こちらに何か御用ですか?」
びくりと肩を震わせ、少し驚いたような表情で赤坂の方を見た男。鷲鼻に尖った耳で、厳つい見た目をしていた。
「え、ええ。ちょっと頼まれごとですんね」
「それはどんな?」
男は照れ笑いをしながら、自らの懐を探った。
「町内会さんの方から頼まれとるんですわ。私は小此木造園の小此木という者ですんね。えーと……名刺をお渡ししますんね」
そして──視界外から、勢いの乗った回し蹴りをお見舞いした。
……やったか?
小此木は、その確かな手応えに勝利を予感しながらその男を見た。その男は無表情のまま、右腕を使って蹴りから自分の首を守っていた。
「これがあんたの名刺か?」
「な……!」
小此木は、その男の顔を見た。その男は、5年前の最後の実戦相手。大臣の息子を救出しに雛見沢に来た、公安の男だった。
「ふ……その顔。思い出したぜ。あの時の青二歳が、随分成長して帰ってきたらしいな」
「まさか、お前はあの時の……」
赤坂の方もそれに気付き、目を見開く。5年前から、全ては繋がっていたことを悟ったのだ。
嬉しそうな顔で、小此木が口を開いた。
「あん時は、殺しちゃならんという指示だった。だいぶと手加減してやったが……今度はそうもいかねえぜ」
「御託はいい。さっさと来い」
冷たく言い放つ赤坂を見て、小此木は好戦的な笑みを浮かべた。
「へ、お喋りは好みじゃねぇか。いいぜ、やってやろうじゃねぇか……」
お互いに拳を構える。
先手を取ったのは小此木だった。
ルール無用の軍隊格闘技を身につけた彼は、素早く身を捻り、赤坂の懐に入って、鳩尾を目掛けて膝蹴りを放った。
赤坂はそれを間一髪のところで避けると、カウンターの一撃を小此木の顔面に振るう。小此木はその勢いを腕を使っていなした。
それに応じて小此木が左でフックを放つと、赤坂も半身を引いてそれを躱わす。互角の攻防だった。
「へへ……あんたは空手か?」
「そう言う貴様の動きは、人を打ち倒すためだけのものだな」
「当然だ。型に嵌った空手なんかとは、比べ物になんねぇよ」
小此木の言葉に、赤坂は冷たく返した。
「あぁ、比べ物にならん。空手とは、心を養うもの。自らの拳で人を打つとは、どういうことか……暴力だけを鍛えてきた貴様には、一生わからん事だ」
「何を……」
「お前の拳は軽い。お前が拳を握る意味が、私よりも軽いからだ」
赤坂は、小此木を見つめて言い放つ。
「言ってくれるじゃねぇか……吠面をかかせてやるよ」
男同士の戦いが、神社の裏手で始まった。
梨花と沙都子は、ステージのそばからは引き上げてきて、祭りの控え室として用意された、古手神社の社務所の一室にいた。
古い箪笥や鏡台が置いてある畳張りの和室で、2人は寄り添って座っていた。
「梨花、きっとうまく行きますわよね……」
「もちろんなのです。出来ることは全てやった。あとは、みんなが良い報告をしてくれるのを待つだけなのです!」
2人がそんな会話をしている時、外で話す村人たちの声が聞こえてきた。
「あぁ、そうなんよ。裏手で、すごい喧嘩が始まっとって……」
「怖いんねぇ。警察、もう呼んだんかいなぁ?」
「大石さんがすぐに来てくれると言うとったんね」
そんな会話を聞いて、2人は顔を見合わせた。
「きっと、赤坂さんですわ!梨花を追ってきた誰かが……」
「赤坂は大丈夫なのです。赤坂なら、山狗なんかに負けたりはしないのですよ」
「うん、そうですわね。梨花、ご安心なさいませ。もしも他に追っ手が来ても、この控え室には私の罠が張り巡らされていましてよ。梨花には指一本触れさせませんわ!」
「沙都子、ありがとうなのです。その時は──」
控え室のカーテンに、大きな人影が影を作った。2人は話をやめ、怯えた顔でそれを凝視した。
そこから出てくるのは、見知らぬ灰色の髪の男だった。
カーテンを乱暴に払い除けるその男の背後にある窓は、静かに開かれていた。涼しい風が吹き込み、カーテンとその男の長髪を揺らした。
「だ、誰ですのっ!?」
沙都子の問いに、答えは与えられなかった。その男は、冷静に要求を告げた。
「こんにちは。酷いことはしないんで、その女の子を渡して下さい。さもないと……」
「さもないと?」
沙都子は男を睨みつけて聞いた。
男はやはり問いかけに答える気はなく、黙っているのみだった。
「梨花、お逃げなさいましっ!この男は私が……」
「あんたみたいな小さな子供に、俺を止められると?見くびられたもんだ」
男は慎重に、2人へと近づこうとした。まずは一歩、足を踏み出したところ──縄が足に絡まった。そして、足が止まったところに天井から金属製のタライが降ってくる。
「んなぁっ!?」
「をーっほっほっほ!引っ掛かりましたわね。入口の方は町内会のおばさまたちがいる。不審な人間が入ってくるとしたら、窓からしかあり得ませんわっ!」
男は転倒しそうになって、側にあった衣装棚を掴んだ。しかし、それまでもがトラップの一部。棚の引き出しから、爆竹のようなものが男の顔面に飛んで、弾ける。
「くっ……」
男は顔を顰めて、少しの間動かない。軍人というもの、火薬に怯えないわけはなかった。
とはいえ、それが単なる猫騙しに過ぎないことがわかれば、今更恐れることなど何もなかった。
「……お嬢ちゃん、遊びはこれで終わりか?なら、そろそろこっちの番だな」
沙都子に男は冷たくそう言うと、布巾のようなものを懐から取り出した。
「あれは……沙都子、あれは薬よ。あれを嗅がされると、きっと意識がなくなるはずっ!」
「そ、そんな……ま、まだトラップは沢山残っていますわ。それっ!」
震える沙都子が手元の紐を引っ張って、男の膝の高さに縄跳びの紐が張られる。
しかし男は立ち止まってナイフを取り出し、その紐を切り裂く。もう一歩2人の方へと足を踏み出した、その足元には画鋲が沢山仕掛けられていた──が、コンバットブーツを履いている男には通用しない。
男は罠を警戒しながらではあるが、ゆっくりと近づく。部屋の隅に身を潜める2人との距離は、少しずつ縮まっていく。
「り、梨花……梨花だけでも、逃げてっ!」
「逃さねえよ。小此木さんが戦ってんだ。俺が子供2人に追い返されてたまるかってんだよ」
そして、男が勝利を確信し、ニヤリと笑った時──同じく、沙都子も笑った。
「えいっ!くらえーっ!」
照明器具の上から、小さなバケツが降ってくる。ちょうど、人間の頭がすっぽり入るサイズ感のそれが、男の頭に綺麗に収まった。
当然、男は視界を奪われた状態になる。男がすぐさまバケツを頭から外した時──何かが、男の顔に吹きかけられた。
「い、痛えっ!何だこれは!?」
梨花が、催涙スプレーを男の顔面に照射していた。
毒々しい色をした霧状の液体が、男の顔面に降り注ぐ。
彼が訓練された軍人だとしても、催涙ガスの中で目を開けれるわけがない。
梨花はそのスプレーの一本分、全てを男の顔面に吹きかけた。男が痛みに叫んでも、梨花は必死でスプレーを吹きかけた。
「ごほ、ごほっ!や、やめろっ!」
男がうずくまり、のたうち回っている間、梨花と沙都子は懸命に叫んだ。
「誰かーっ!助けて下さいましーっ!」
「変な男が入ってきたのですっ!誰か助けて下さいなのですーっ!」
2人が大きな声で助けを求めると、周囲からは控え室に向かってくる足音が沢山聞こえてくる。
梨花は震える手でスプレーを構えて、男に言う。
「は、早くここから消えなさい!ここにいたら、村人があんたを殺すわよ!」
「く、くそっ……!」
まともに前も見れない今の状態で、外からくる村人の相手をしながら古手梨花を確保し、診療所へと帰ることは不可能だった。
多勢に無勢を悟り、男は目を押さえながら窓に向かい、そこから部屋を出ていった。
「梨花ちゃま、沙都子ちゃん!大丈夫かいな!?」
町内会のおばさんが、急いで2人のところへと駆け寄る。
窓から誰かが出て行った事はすぐに分かったが、それを追うよりも、今は2人を守ることが大事だと判断して、2人の様子を見た。怪我はなかった。
いろんなものが散乱してめちゃくちゃになった部屋を見て、そのおばさんは沙都子を撫でた。
「沙都子ちゃんが、梨花ちゃまを守ってくれたんやねぇ。ありがとうねぇ」
「私だけではありませんでしてよ。梨花が、そのスプレーを持っていなければ、きっと私たち2人とも、今頃あの男に連れ去られていましたわっ!」
「そうかい。梨花ちゃまも、よう頑張ったねぇ」
おばさんに頭を撫でられる梨花の手は、まだ震えていた。
男があの麻酔薬を持っているのを見た時、梨花は強い絶望感に襲われた。
しかし、逃げずに立ち向かった。自分は、もう守られているばかりではない。勇気を出したからこそ、自分は今もここにいるのだ。
ささやかな達成感を胸に、おばさんに撫でられるままになっていた梨花。
その時、外からもう1人駆け込んできた。
2人がそちらを見ると、そこには雄星がいた。
「梨花、沙都子!大丈夫?」
梨花と沙都子はその顔を見てにっこり笑って、胸を張った。
「ええ、大丈夫ですわ。私たちが、変な男を追っ払いましたのよ!」
「ボクたち2人が協力すれば、敵なんて居ないのですよっ!」
「そっか。安心したよ。……赤坂さんが戻ってくるまで、ちょっと待ってようか」
「……そうだ!赤坂さんはどうなりましたの?その、先程は誰かが喧嘩をしているなんて声が聞こえてきましたわっ!」
沙都子がそう言って少ししてから、開けっ放しの扉から人影が二つ現れた。
そこには、大石と赤坂の姿があった。
「赤坂さんの喧嘩相手なら、何処かへ逃げて行ってしまいましたよ」
「梨花ちゃん、沙都子ちゃん。危ない目に遭わせて、本当に申し訳ない。あの男がなかなか手強くてね……」
赤坂は汗をかいて、服装も乱れている。
ちょうどさっきまで、その喧嘩相手とやらと格闘をしてきたところのようだった。
「どこかで見たことがあるような顔だったんですがね……まぁ、今追うのは得策じゃありませんから。お二人とも、お怪我はありませんか?」
「ええ、傷ひとつありませんわ!」
「ボクも大丈夫なのです。雄星も、何もなかったですか?」
梨花の言葉に、雄星も頷く。
「うん。俺は、2人の声が聞こえて飛んできた。もうライブも長くやったしね。大石さんがここに来てくれたって事は、陽動役はもう十分なんでしょう?」
「そうです。我々が診療所に行った時には、すでに入江先生は逃げた後でした。興宮署にいる信頼のおける者からの連絡によると、ちゃんと富竹さんは確保できたみたいです。誰1人も、脱落していませんよ」
大石がにっこり笑いながら、語る。
「そっか……良かったです。みんな、無事なんですね」
「あとは、富竹さんが呼んでくださる『番犬部隊』とやらを待つのみですわね」
「良かった。本当に、良かったのです……!」
梨花は大きな安堵の息を吐いた。
目前にまで迫った山狗の脅威を、彼らは退けたのだった。