雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第106話

 鷹野は、追い詰められていた。

 

 終末計画のために、何としても身柄を確保しなくてはならない3名、富竹、入江、古手梨花の誰1人すらも確保できていない。

 

 一番重要な富竹は完全に行方不明。居場所を捜索する部隊は、彼が潜伏しているホテルを強引に探した。しかし、尻尾も掴めなかった。結局、最後にいたことがわかっている興宮を闇雲に捜索している。

 

 入江は、北条悟史と園崎詩音の訪問があって以来、同じく行方不明。入江の車が出ていって、それを追った実行部隊の数名とも連絡がつかない状態だ。まだ雛見沢を出ていないにせよ、所在がわからないのでは探しようがない。

 

 最後に、梨花。

 彼女の場所は結局、山狗が見つけた。神社にいるとのことだった。

 しかし、山狗たちは彼女を確保しようとはしない。

 彼らは人目のあるところにいるので、祭りが終わるまで、確保できないという。

 

 山狗たちを詰り、何とかしてここに連れてこいとは言ったものの、彼らの中で最も実力がある小此木が向かって、ここに帰ってこないのだ。その指示が受け入れられるはずもなかった。

 

 さらに興宮署にいる諜報員からは、近隣で起きた行方不明事件のために、さらに警官が派遣されるという情報が流れてきた。

 その行方不明者は興宮での重大な事件に関わっているとか。知ったこっちゃないが、とにかく、迷惑なのは間違いない。

 

 作戦決行後ならともかく、作戦の準備すらもできていない状況で、警察が辺りを彷徨いていることに、少しのメリットもない。

 いつものように警察に圧力をかけることも、今となっては難しい。東京と連絡がつかないのだから、当然だ。

 

 先ほどの電話で、告げられた。

 東京の野村氏曰く、もうクライアントは降りたらしい。

 自分と、おじいちゃんを嘲笑うように一頻り笑った後、電話は一方的に切られた。最後にかけられた声は何だったか……とにかく、向こうもいつもの余裕がなさそうだった。

 

 それからというもの、いくら電話をかけたって、野村に繋がるわけはなかった。

 

 少し前から、作戦を決行するための策を考えているのも辛くなって、作戦室を離れていた。

 1人、誰もいない所長室でコーヒーを片手に、今までのことを振り返っていた。

 

「そもそも、こんなことをしようとすることが、私なんかが、おじいちゃんの研究を継ぐこと自体が、間違っていたのかしら……」

 

 鷹野は苛立ちと、それ以上の自己嫌悪を感じていた。

 

 もう、鷹野ははっきりとわかっていた。

 

 自分は終わりだ。

 

 富竹がいないのはたまたまではなく、自分たちの計画に気づいたから。

 入江がいないのも、古手梨花がいないのも、もしかすると警察が診療所を嗅ぎ回っていることすら、全てが自分たちの計画に気づいた何者かが、計画を阻むためにしていることなのかもしれない。

 

「はぁ……」

 

 深い溜め息をついた。

 

 この先の未来も、ある程度は分かる。

 

 自分は、責任を追及され、入江機関の責任者の任を解かれる。それだけで済むはずがない。過去の犯罪のために逮捕され、全ての地位を失う。二度と雛見沢症候群なんてものが日の目を浴びることは、ない。最悪の場合、尻尾切りで殺されるかもしれない。

 

 何もしなければ、少なくともあと数年は研究を続けられた。その中で、素晴らしい発見があれば、雛見沢症候群の名前は、高野一二三の名前は後世に語り継がれたのかもしれない。

 

 でも、自分がくだらない計画に乗って、それを終わらせてしまった。今更戻ることは、できない。

 

 一二三から始まった研究を、三、四と積み上げるつもりが、今では何も残らない。全てが無かったことになるのだ。

 

「あはは……全部、無駄だったのね。私が、生まれて来なければ……おじいちゃんの研究は……」

 

 祖父の研究を終わらせたのは、私。

 

 そんな思いが鷹野の胸の中に、大きく突き刺さっていた。

 

 ふと、立ち上がった。

 

 おじいちゃんの研究を終わらせて、愛する人を殺そうとし、みんなに迷惑をかけた。ジロウさんにも、おじいちゃんにも、合わせる顔はない。これからの未来も、真っ暗だ。

 東京からの刺客に殺されるのか、裁判所で裁かれた結果、死ぬのか。

 

 それならば、いっそのこと……梨花を殺して、雛見沢を地獄に変えてやる。それで、父と自分の研究が真実だった、と、認めさせてやる。

 

 鷹野は静かに所長室を後にした。

 

 作戦室を通りがかってみると、もうそこには誰もいなかった。

 山狗は、自分が所長室にいる間に離散してしまったのだ。あれだけ頼りにしていた、腹心のような存在だった小此木ですら、もう帰ってこない。

 所詮、彼は金と、自らの野望のために従っているだけ。私の味方なんて、世界のどこにもいない。

 

 梨花を殺して、自分も死のう。

 そんな思いを胸に、もはや無人になった診療所を、静かに出た。敬愛する祖父の、スクラップ帳を懐に抱えたままだった。

 

 

 一台だけ残っていた自分の車に乗り込んだ。

 

 本来、今日の夜には富竹と2人で一緒に祭りを楽しんだあと、H173を投与し、トランクに詰め込む予定だった。

 昨日の夜、作戦の決行を心待ちにしていた自分が、今になれば滑稽に思えた。

 

「ジロウさん、どこで、何をしているのかしらね……」

 

 死ぬ前に、無性に彼に会いたくなった。

 

 しかし、彼こそが自分のことを最も嫌っているだろう。

 

 彼の命を奪い、自分の計画の一部にしようとしたことはきっと彼にも伝わっている。

 ……失望されただろう。今までの自分との時間も、全てが嘘だったと感じただろう。

 釈明したいことは山ほどあったが、それは叶わない。

 大きなため息をついて、車のエンジンをかけた。やかましい音と共に、車が動き出す。

 

 

 山へ、神社の方へと向かった。

 

 梨花がいるのは古手神社。その、特設ステージで、何やら催し物をしているらしい。

 

 あの日神を打倒することを誓った自分が、なんと愚かしいことか。

 神になど、なれるはずもない。こんなちっぽけな自分が、何をできたというのか。

 

 自分は、全ての勝負に負けた。ならば、自分の身と共に、巫女の身を生贄にでも捧げてやろう。そしてその腑を流して、罪を払うのだ……。

 

 

 神社は人でごった返していた。それもそのはず、今日は綿流しの祭り。

 

 騒がしい祭りの中で、鷹野は顔見知りの村人に何度も声をかけられる。しかし、上の空の鷹野はろくに返事も返さずに、境内の方に向かった。

 皆、一様に不思議そうな顔をして、祭りの喧騒に戻った。

 

 特設されたステージは、神社の真ん中にあった。まだまだ演舞が始まる時間ではないようだったが、何やら人が集まっていた。

 

「雄星くんのギター、久しぶりだけどよかったねぇ……」

 

「今日は、張り切っとったねぇ!声もいつもより張って、誰かに届けたいって感じだったねぇ……」

 

 内心、舌打ちをした。

 誰かに届けたい?その誰かって、誰よ。

 どうせ、古手梨花だろう……苛立ちで、顔が強張るのを感じた。

 

 その特設ステージで、梨花と共々殺してやる。

 好きな女の子と共に死ねたなら、彼も本望だろう。

 

 少し歩き、特設ステージが見えてきた頃……そこには、もう誰もいなかった。

 置いてあったものを片付けて、次の催し物の準備に移っているところらしかった。

 

 要するに……自分が手をこまねいている間に、とっくの前に古手梨花も、牧野雄星も、どこかへ逃げて行ったわけだ。

 

「はははは……あはははは……あっはっはっは!」

 

 思わず、笑いが込み上げてきた。

 

 神に挑戦した。

 その計画の全てが訳もわからないうちに瓦解し、仲間と思っていた人間からは見放され、愛した人を裏切り、最後にはひとりぼっち。

 

 人生を捨てる覚悟があるのに、女の子1人を殺すことすらも出来ない。

 なんて、哀れで、滑稽なのか……。

 

 思えば、何も残せなかった人生だった。

 両親を亡くし、孤児院に預けられ、そして……あの地獄の日々は、今思い返しても、身の毛がよだつ。

 

 思えば、あの時、自分が孤児院を脱走して捕まった後。あそこで殺されて、自分の人生が終わっていれば良かった。それなら、おじいちゃんにも、ジロウさんにも、雛見沢の人々にも迷惑はかけなかった。

 

 

 ──気がつくと、自分は賽銭箱の前に立っていた。

 

 梨花を殺した暁には、そこで腑を引き裂いてやろうと思っていたが……今思えば、何と愚かしいことだろうか。

 

 ゆっくりと、銃を懐から引き抜いた。こめかみに当てて、引き金に指をかける。

 

 死のう。死のう。死のう……!

 

 しかし、引き金は、引けなかった。

 

「……やだ、死にたくない。やっぱり、死にたく、ないよ……」

 

 もはや自分は、神の座を目指す挑戦者でも、絶対の努力で運命を捻じ曲げたものでも、何でもなかった。ただの、一人の女。

 自分の命を、自分の手で終わらせることが、簡単にできるわけがなかった。

 

 手に持った拳銃を取り落とした。慌てて拾おうとして、何度か滑った。涙が止まらなくて、拳銃のグリップに付着する。滑って、上手く手の内に収まらなかった。

 

「人の子よ。まだ、神の座を追い求めるというのか。更なる試練を経て、それでも尚。神の座に、座ろうというのか……?」

 

 鷹野は、突如として聞こえた声に顔を上げた。

 

 そこには、かつて宣戦布告をした、この神社の神。オヤシロ様。

 年若い少女の見た目ではあるが、紫の髪を風にたなびかせて、圧倒的な存在感があった。

 

「冗談じゃない。私に、神なんて……無理よ、元々から、無理な話だったのよ……」

 

「人の子よ、聞け。今こそ、神になる道を示そう。其方の手で、己の命に別れを告げるがいい。神の座に、肉の器は不要。神とは、孤独な存在である……」

 

 オヤシロ様は静かに、悲しい声で鷹野に告げた。

 鷹野は、笑いながらその銃口を見つめた。自殺すれば、神になれるというのだ。

 

「あはは……こ、これで……私の頭を、打ち抜けというの?ふふ、ははは……そんな簡単なことで、私は神になれたの?今までの努力は、やってきたことは……一体何だったの?」

 

「大勢の罪を背負い、自らを生贄に捧げて、罪を禊ぐ。それが神の役割。其方がそれを成した時、その勇気は讃えられる。其方に、神の座の末席に座ることを許すであろう」

 

「何よ、それ……責任を押し付けられて死ぬのが、神?冗談じゃないわ……!」

 

 鷹野は、駄々をこねる子供のように、首を振って否定した。しかし、オヤシロ様はそれを否定しなかった。

 

「人の世に和を求めるためには、一つの罪に一つの生贄がいる。其方が、自らの望む未来に少女を生贄としたのは、そのためではないのか?」

 

「わ、わかんないわよ。何のことだか、さっぱり……!」

 

「それがわからぬなら、所詮は其方は人の身にすぎぬ。神の座を求めたのが……って、あれっ!?」

 

 神は、明後日の方向を見てから、突然素っ頓狂な声を出して、引っ込んでいった。

 

 意味がわからないうちに、鷹野はふと気配を感じて振り返った。そこには、1人の少年がいた。

 

「鷹野さん。そんな怖い顔して、何してるんですか?」

 

「牧野くん。こっちのセリフよ。どうしたのかしら」

 

 慌てて、拳銃を背中に隠した。弾は、入ったままだ。内心で、チャンスが来た、と思った。

 

「梨花ちゃんのお見舞いっす。鷹野さんは?」

 

 呑気な顔でそう言う少年の顔を見て、鷹野は少し前のことを思い出した。

 

 前に会った時、私は彼の命を助けた。

 あの時、水商売の女が彼のことを襲っていて……彼に馬乗りになって、首を絞めて、彼を殺そうとしていた。

 

 両親を亡くした彼が、大人に暴行されているのは……自分の過去と重ね合わせたのだろうか、無性に放っては置けないと思ったのだ。

 

 あの女は、自分の偽装死体に利用するためにと、今でも診療所の地下にいる。もう職員はいなくなっただろうから、きっと腹を減らして餌が与えられるのを待っているだろう……。

 

 そのことが、先ほど起こったことと結びついた。

 

 先ほど、診療所に来た大石は深刻そうな表情で、言っていた。

 

『近くで行方不明者がいて……最後に見つかったのが、診療所の近くなんですよぉ』

 

 あの、行方不明者は……間宮律子というのは、もしかすると、あの女のことだったのでは?

 となると、それを警察に伝えたのは、この男。私の計画を阻んだのは、こいつなのだ。

 

 そこで、鷹野は拳銃の感触を確かめた。

 

 梨花を殺せなかったのは仕方がない。

 代わりに、冥土の土産として彼の命をもらおう。計画を邪魔されたのだから、それぐらいの意趣返しはさせてもらわないと。

 

 隙を見計らい、鷹野が拳銃を向けようと思った時──彼はすでにこちらに銃を向けていた。

 

 どうして彼が拳銃なんて持っているのか、それは分からなかったが……園崎家の人間とも仲がいい彼のことだ。

 それが、偽物であると断定は出来ない。

 

「動かないでください。殺したくはありません」

 

「なっ……」

 

「両手をあげて、銃を捨ててください」

 

 雄星のその目を見た。本気の顔をしていた。

 

 彼は、引き金を引く覚悟をしている。きっと、彼の恋人である梨花を殺そうとしていたことに、気づいていたのだ。

 

 両手を挙げた。

 

「ははは……!私は計画を邪魔されて、梨花も殺せず、こんな男の子1人も殺せず、あの世に行くのね」

 

「あの世に行く?怖いこと言うのはやめてください。それより、早く。銃をこちらへ」

 

「ええ、わかったわ。わかったわよ!」

 

 そう言って、銃を蹴り飛ばした。そして、その上に黒い上着を投げ放った。ちょうど2人の中間地点に上着が落ちた。上着の中から、スクラップ帳が飛び出る。

 拳銃はその下敷きになって、見えなくなった。

 

「拾いますから、動かないでくださいね」

 

 雄星はそう言って、銃の照準を鷹野に向けたまま、ゆっくり、一歩一歩を確かめるように、その上着へと近づいていった。

 

 そして、たどり着いた時……鷹野は、一気に走り出して、雄星へと迫る。彼に体当たりをして、雄星は鷹野の銃を手に、転がるようにして神社の境内に倒れた。

 それと同時に、雄星の手にある拳銃が地面に落ちた。

 

「どのみち死ぬんだから、せっかくならあなたの命を奪ってから死んでやるわっ!」

 

 鷹野は躊躇なくそれを奪い取る。そして、その銃口を雄星の方に向けて、引き金に力を込めた。

 

「死ねえええ!」

 

 引き金を引き絞るその瞬間、雄星は照れたように笑った。

 鷹野にはその意味がわからず、困惑したまま引き金を引いた。

 

 その銃から放たれた弾丸は、雄星の頭を貫通──しなかった。

 

「なんで、なんで弾が出ないのよっ!?」

 

「だって……それ、おもちゃですから。魅音ちゃんに、借りてるんですよ」

 

 その言葉で、我に帰った。

 

 やけに、引き金が軽いと思った。それに、今気付いたが、大して重みもない。

 おもちゃにしては少し重い程度。本物を持ったことのある鷹野は、落ち着けばそれが本物の凶器ではないことには気づいた。

 

「くそ、くそ……!」

 

 そして、鷹野の上着に入っていた本物は、今、雄星の手の中。

 

 雄星は慎重を期して、地面に尻餅をついたまま、その銃口を足掻く鷹野の方に向けていた。

 

「今度こそ、諦めてくれますか」

 

「ええ。とっくのとうに、全部諦めてるわよっ!早く、早く!私を楽にしなさい!」

 

「それは……聞けない相談です。だって鷹野さんは……俺の命の恩人ですから」

 

 そう言って、雄星は拳銃の弾倉を引き抜き、スライドを引いて排莢した。

 予備の弾倉は鷹野の上着にも、入っていない。となると、もはやその拳銃はただのガラクタに過ぎない。

 

「ほら、もう誰も鷹野さんを殺せないですよ。すぐに大石さんたちが来ます。ちょっと待っててください」

 

「……あなたは私の計画を阻んだばかりか、私に、この舞台の上から降りることすらもさせてくれないというの……?」

 

「俺もまだまだ子供だから、大したことは言えないですけど……何があっても、自分が死ぬまで、人生に終わりなんてないと思います。鷹野さんだって、これからの人生がありますよ」

 

「そんなこと言ったって……!私には、これしか……」

 

 絶望する鷹野に、複雑そうな表情で雄星が返す。

 

「人生って、意外とやり直しが効くかもしれないですよ」

 

「そんなわけないっ!私の人生は、もう……」

 

 遮るように、声が聞こえた。

 

「そんなことはないよ!君は、君が思っているよりも素敵な人なんだ!」

 

 その言葉は、雄星のものではなかった。

 鬼気迫る表情で、その声が聞こえてきた方へと顔を向けた。そして、その人の顔を見て、自然と口から声が溢れた。

 

「じ、ジロウ、さん……」

 

「鷹野さん。雄星くんの言う通り、君の人生はこんなところで終わったりはしないよ。今からでもやり直せる。僕と一緒に、これからの人生を歩んでいこう」

 

 富竹は、この緊迫した状況にも拘わらず、照れたような顔で笑った。

 

「ジロウさん……私は、研究のために、たくさんの人を殺したわ。そんな私が、今更……」

 

「それは誰にも許せないことだと思いますけど……鷹野さんたちの研究は、人を救ったりもしてると思いますよ。現に俺は、何回も命を救われてるし……」

 

「入江機関での雛見沢症候群の研究は、確かに数年で終了する。……こんなことがあったから、おそらくそれは早まるだろうけど……それがなんだと言うんだい。厚生省をバックにして、研究が存続出来るかもしれないよ」

 

「あー、それに。俺も昔は雛見沢症候群で苦しんでましたから。俺がロックスターになって大金持ちになったら、俺も鷹野さんに出資しますよ」

 

 呆れたように笑った。もはや、死ぬ気は失せた。ジロウさんも、手を優しく握ってくれた。

 

 そこで、神社の長い階段から、何人もが走ってくるような足音が聞こえた。

 雄星はふと、そっちを見た。そこには、自分の友人たちがいた。

 

「ちょっと、バカ雄星!なんでこんなとこにいるのよっ……!」

 

「みんな心配していましてよ。早く、戻ってきなさいましっ!」

 

 最初に現れた梨花と沙都子が、雄星に声を掛ける。それと同時に、富竹に抱かれてうずくまる鷹野の姿も見えたらしい。

 

 雄星の友人たちは、一様に厳しい表情になるが……やがて、もう鷹野に誰かを害そうとする気はないことを悟ると、みんなで雄星の方へと歩いていった。

 

「ユウ。お疲れ様。……ユウのおかげで、みんな、生きてるよ」

 

「葛西も、今は園崎家で態勢を整えてます。これ以上何か起こるなら、武器を用意しておかないと、ってね。……ま、大丈夫そうですけどね」

 

 悟史と詩音が、雄星を助け起こして言う。

 

「……俺のおかげなんかじゃない。みんなが、それぞれ頑張ってくれたからだよ」

 

「全くだぜ。……俺、初めて拳銃を見たよ。魅音の家の人、何であんなの持ってんだよ……?」

 

「ひーみーつ!悪いことはしてないはずだから、大目に見てよね。……全く。婆っちゃが知れば、めちゃくちゃ怒られるんだから。でも、みんな無事で、本当に良かったよ」

 

「そうだね。何となく思うんだけど、みんなが協力していなければ、きっと……もっと悲しい結末だったと思う。これは、みんなが信じ合った結果だよ。雄星くん。やっぱり、悩み事は話さないと、だねっ」

 

 そう言って、レナは雄星に笑いかける。雄星もそれに頷く。

 

「ああ、そうだね。レナちゃん」

 

 一通り喋ったあと、梨花は鷹野の方へと向き直った。

 梨花は、この場の誰よりも厳しい目を鷹野に向けていた。睨みつけるように鷹野のことを見つめて、ゆっくりと近づく。

 

「あんたのことは、100回殺しても許せないけど……」

 

 鷹野は緊張した面持ちでその先の言葉を待つ。

 

「でも、許してあげる。今日は、綿流しの祭りよ。あんたのどうしようもない罪だって、オヤシロ様が許してくれるわ。……ね?」

 

 梨花は、虚空に向けて微笑んだ。

 

 羽入がそこにいた。鷹野には、自分を見つめる、紫色の髪をした少女が確かに見えた。

 

 羽入は、鷹野の目を見つめ、何か言おうとした。しかし、それを雄星が遮った。

 

「鷹野さんの罪は俺たちが赦す。むしろ、俺は鷹野さんに恩があるからさ。これくらい許してトントンってとこだよ」

 

「ゆ、雄星くん……?」

 

 困惑した顔で鷹野が頷く。

 

「ほら、えーと……両親が死んだあと、雛見沢症候群を発症した時に、面倒を見てくれたでしょう?それに、刺された時も長いことお世話してもらったし。つい1週間前も、リナさんにぶん殴られた時、助けてくれたし。って、あ……」

 

 そこまで言ったところで、レナが、ものすごい顔で雄星を見つめていた。

 

「ねぇ、詳しく教えてくれるかな。リナさんが、どうかしたのかな?」

 

「え、えーと、その話はまたあとで。……何てったって、今日は綿流しだから。ややこしいことを黙ってた俺の罪も、みんなを犠牲にしようとした鷹野さんの罪も。それに、罪を自分で引き受けて、自己犠牲で済ませようとする羽入の罪も。全部、川に流すんだよ」

 

「誤魔化さないで。綿を川に流して、はじめて罪が祓われるんだよ?だから、まだ許してあげないっ!」

 

 レナが少し冗談めかして、雄星を追及する。

 そんな中、梨花はそばにいる羽入の顔を、じっくりと眺めていた。

 

「ゆ、ゆーせい……」

 

 羽入は、感極まった顔だった。

 

 羽入は知っていた。

 今まで、人間は雛見沢の地で醜い争いを繰り返してきた。時に私利私欲のために、時には疑心暗鬼のために、人は争い、血を流した。

 羽入は1000年以上の間、それを見続けてきた。

 

 人は、自らの罪を誰かに押し付けずにはいられない。そして、その罪を引き受けるのが、神である自らの役割。

 それが、長い時を生きた羽入の考えだった。

 

 しかし目の前の若者は、それを否定した。

 自らを、梨花を、友達たちをも殺そうとした鷹野のことを、赦すというのだ。

 

「だからさ、羽入。君も、神様のふりなんてしなくてもいいんだ。俺たちと一緒にあそぼーぜ。羽入を入れたら、九凶爆闘……って、これじゃ、ちょっと語呂が悪いか。十だと語呂がいいから、鷹野さんも来ますか?」

 

「くすくす……流石に、遠慮させて頂くわ。叶うことなら、私はジロウさんと」

 

 悲しげな顔で、鷹野は富竹に寄り添う。富竹は、一瞬、照れ臭そうな顔をしたあと、真面目な顔に戻った。

 

「鷹野さん……気持ちは、とっても嬉しい。でも多分、これから君は、"東京"からの審判を受けないといけない。でも、選択肢はある。君を唆した人のことを、我々、調査部に教えてくれれば……罪は軽くなるかもしれない」

 

「ええ、そうね。私の罪は、雄星くんだけに祓えるようなものではないわ。それでも……気持ちは嬉しい」

 

 そこまで聞いて、雄星はぽん、と手を叩いた。

 

「そうだ。鷹野さん、代わりに綿を流しときますよ。鷹野さん、綿を持ってないですか?」

 

「ふふ……それじゃ、これを。この帽子は、三佐である鷹野三四のもの。きっと、私の罪が詰まっている。その罪を流して……高野美代子として、もう一度正しい道を歩ませてもらうわね」

 

「任せてください」

 

 最後まで複雑な目で鷹野を見つめる梨花の肩を、優しく雄星は抱いた。

 

 その頃、神社の境内に一台の車が到着した。鷹野を護送するための、番犬部隊の車両だった。

 中から数名の人間が出てきた。彼らは、鷹野を探すために富竹と連絡を取り合っていたのだった。

 

 鷹野のことを探して、賽銭箱の近くまで来る。富竹の顔を窺いながら、鷹野に手錠をはめた。

 

「鷹野さん、行こう。君は恐らく、雛見沢症候群を発症している。お祖父さんのことも、君を唆した人間のこともある。情状酌量の余地は、きっと認められるはずだよ」

 

「ふふ、もしも私の命が脅かされそうなら、ジロウさんが守ってくれるかしら?」

 

「あぁ、もちろん。君の不安な気持ちを、慰めてやれなかった自分を恥じる。今度は、君を絶対に救ってみせるよ、鷹野さん」

 

 2人は、お互いに満足げな顔をして車両に乗り込んだ。部活メンバーたちは、その車が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。

 

 

 

 彼らを見送った後、雄星が気を取り直して言う。彼らはまだ、綿流しの祭りに参加出来ていなかった。

 

「よし。じゃあ、大変なことも片付いたわけだし。思いっきり遊ぶとしようか!」

 

「ゆ、ユウ。あんた、やばいもん持ったままじゃん……」

 

 魅音が、小さな声で言う。

 

 雄星の手には、手に余るほどのサイズの、鷹野の自動拳銃が握られていた。弾丸はその辺に捨てたままだが、このまま持っているわけにはいかない。

 

「お、おいおい……今警察が来たら、俺、これで捕まんの?あの2人も番犬部隊の人らもさ、帰る前に回収してくれよ!」

 

「あ、噂をすると大石のおじさまですわっ。ごきげんよう、ですわ!」

 

「う、うわああぁーっ!」

 

 沙都子は楽しそうな声で明後日の方向を指差す。

 雄星はその声を聞いた途端に、持った拳銃を遠くに投げる。それを沙都子が揶揄う。

 

「うっそー!ユウったら、こんなことぐらいで驚きすぎでしてよ?」

 

「沙都子、たちのわりーいたずらはやめろーっ!」

 

 雄星は祭りで賑やかな境内へと逃げる沙都子を追って走る。その顔は晴れやかだった。

 

「あははは!ようやく、戻ってきたみたいだね」

 

「うん。私たちの日常が、ね?」

 

 魅音とレナが、顔を見合わせる。

 

「だな。……そうと決まれば、部活だぜっ!今日の俺は絶対に負けねえ!何てったって、あの怖い怖い魅音のお母さんを説得したんだからなっ!」

 

「ほんとです。魅音さんを僕にください!って言ったとか……お母さんから電話で聞いた時は、流石にびっくりしちゃいましたよ」

 

「は、はぁーっ!?な、な、な、何の話よそれっ!け、圭ちゃん?」

 

「詩音、変なことを吹き込むのはやめろ!それは違くてだな……」

 

 境内から、安っぽい祭囃子が聞こえてくる。綿流しの祭りが、始まるようだった。

 まだ年若い彼らなら、国家の陰謀を乗り越えたあとでも、祭りを楽しむことは出来るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 騒がしく遊ぶ部活メンバーたちの後ろ姿を、俺は眺めていた。

 いつも賑やかな圭一は、初めての綿流しでももう村人たちに受け入れられて、楽しんでいる。

 

 喧騒の中で、俺は一人物思いに耽っていた。

 

 この世界に生まれてから、ずっと感じていた。

 俺は、この世界の人間ではない。元々この肉体に宿っていた、牧野雄星くんの命を借りて、この場所に立っている。

 前世で成し得なかったことを成すため、俺の代わりに生きるはずだった彼の分まで生きる。

 それが、一区切りついたような気がした。

 

「雄星」

 

「あ、うん。なに?」

 

 ベンチに座って、巫女服に着替えた梨花が俺に声をかける。もう夕方も過ぎて、奉納演舞が始まる前だった。

 

「今日は……いえ、今まで、本当にありがとう」

 

「どうしたの、急に改まって……?」

 

「いいえ。あなたのおかげで、私は今ここに生きている。他のみんなもそう。あなたがいない世界では、みんな、もっと辛い人生を歩んでいた」

 

 真剣な眼差しで、梨花が言う。茶化したりは出来なかった。

 

「何それ、大袈裟だよ……」

 

「真面目に聞いて。私は、あなたに本当に感謝してる。それで……伝えたいことがあるの」

 

「う、うん。それは、何かな」

 

 ……心当たりが、なくはない。

 

 片方は100年生きてて、もう片方が前世の記憶があるとしても、年頃の男女。そういう関係になるというのも、不自然ではない。

 沙都子に勘違いをされたことがあるように、俺と梨花の距離はずっと、近かった。

 

「私、あなたのことが……」

 

 俺は、梨花の目をまっすぐに見つめた。

 

 彼女は顔を真っ赤にして、目をぱちぱちと瞬かせながらも、目は決意に満ち溢れていた。

 続きの言葉を、待った。いや、俺が先の言葉を言うべきなのだろうか?

 

「はーやーくーっ!早く来ないと、圭一さんの見せ場がなくなってしまいますわよーっ!」

 

 そこで、沙都子の大きな声が聞こえた。

 

 沙都子が、3つのわたあめを持ってこっちに来た。そして、俺と梨花に、一つずつ渡す。

 

「梨花、奉納演舞の前に糖分補給ですわっ!ユウも今日は頑張ったのですもの。ご褒美を差し上げましてよっ!」

 

「さ、沙都子……」

 

 梨花は、複雑な顔で沙都子を見つめた。

 それに対して沙都子は、何のことだかわからない、と言うふうに首を傾げた。

 二人は、不思議な空気を醸し出して──

 

「梨花ちゃま〜!もう演舞が始まりますよー!」

 

 そこで、梨花を呼ぶ声があった。町内会のおばさんが、奉納演舞の準備のために呼びにきたのだった。

 

「沙都子。この借りは、必ず返しますですよ」

 

「あら、わたくし、何のことだかさっぱりですわ〜」

 

 梨花は、変な顔をしたまんまで奉納演舞に向かった。沙都子は、彼女らしくない意地悪な顔をして、ニヤリと笑った。

 

「全く。梨花は、油断も隙もありはしませんのね」

 

「そう?結構隙だらけだと思うけど……」

 

「自分からあえて隙を見せる時は、それは隙ではなくてフェイントというんですわよ」

 

 何のことだかよく分からなくて、俺は曖昧に頷いた。

 

「それで、ユウ。私、今日はユウに言いたいことがありますのよ」

 

「う、うん」

 

 今度は沙都子の番だった。

 

 彼女とも、たくさんのことを経験した。

 梨花の複雑な事情を聞いてもなお、部活メンバーの中で、一番一緒に遊んだのは彼女だ。

 そして、彼女も俺のことを慕ってくれているのは、わかる。

 

「わ、わ、わたくし、あ、あなたのことが……」

 

 沙都子は、口をぱくぱくさせて、少しずつ言葉を紡いだ。

 

「おーい!2人とも、何してんだよっ!もうすぐ梨花ちゃんの演舞が始まっちまうぜ!場所取りに行かねーと。ほら、来いよ!」

 

 そこで、遠くから、圭一の声が聞こえた。そっちを見ると、部活メンバーみんなが俺たちのことを待っていた。

 

「け、圭一さん……あとで、死ぬよりも酷い目に遭わせて差し上げますわっ!」

 

 怒った顔で、沙都子はみんなの方へ向かった。

 俺も、笑いながらそれについていった。

 

 祭りの人混みの中、俺たちは奉納演舞の特設ステージの前に陣取った。右に沙都子、左にレナちゃんがいた。

 祭りの喧騒はいよいよクライマックスになっていた。隣の人と話す声すらも聞こえないぐらいのやかましさで、俺は辟易した。

 

 その時、俺の肩が叩かれた。その方向を見ると、レナちゃんが鋭い目をして俺のことを見ていた。

 

「ねぇ、雄星くん」

 

「な、なに?」

 

「みんなから好かれるのは、別に悪いことじゃない。だけど、他の人の気持ちも、ちゃんと考えてあげないとね」

 

 レナちゃんは、悲しい顔でそう言った。何も言い返す言葉はなかった。

 

「責めたいわけじゃないんだよ。でも、結末を考えないと、きっと誰かが悲しい思いをしちゃう。そしてそれは、雄星くん次第なんだよ」

 

「う、うん……レナちゃんにも、ごめん。他の2人にも、その……気づかないふりをしてたところがあるから」

 

「そうだよね。それで……」

 

「ほら、お二人ともっ!何を辛気臭い顔をしてますのっ?梨花が出てきましたわよっ!」

 

 能天気な沙都子の声で、俺たちはステージを見た。そこには、巫女装束に姿を包んだ梨花の姿があり……そして俺には、その向かい側に座っているであろう、羽入のこともわかった。

 

 俺は寂しそうなその背中を感じ取り、思わず口にした。

 

「早くこっちに戻ってきて。祭りはまだまだ続くんだからね!」

 

 その声は、他の人たちは梨花に伝えたものだと思っただろう。でも、違った。

 俺は、まだ祭りに参加出来ていない羽入に向けて言った。

 

 彼女はきっと、振り返って、照れ臭そうに笑った。

 そして、そのあとは──俺たちのそばに。一緒に祭りを楽しんでくれた。




エピローグ挟んで完結です。
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