雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
ベアトリーチェ。その名前が口に出された途端、食堂はざわめきに包まれた。
「ベアトリーチェ……!」
「ほう、親父よりも面白そうな奴からの手紙みてえだな」
「あり得ません!この島に、そんな人間は存在しません!」
楼座や留弗夫の反応に対して、またも夏妃が声を荒げる。
「あら、そうかしら?あなたが私たちよりもお父様のことを知っているとでも?」
「ええ!もちろんですっ!私はお父様より、右代宮家次期当主の台所を任された身です。お父様への侮辱は許しません!」
「台所を任された身ぃ?何を都合の良いことを!あんたは──」
「もうやめるんや、絵羽!まだ手紙の内容はまだまだ残ってるやろ。なぁ、雄星くん。続きを読んでくれるか?」
「はい。……長年に亘り、ご契約に従いお仕えしてまいりましたが、本日、金蔵さまより、その契約の終了を宣告されました。
よって、本日をもちまして、当家顧問錬金術師のお役目を終了させていただきますことを、どうかご了承くださいませ」
「契約……?」
楼座が小さく呟き、他の親族の顔を伺った。誰1人、その言葉に答えるものはいない。
「続きに、どんな契約か書いてあるようです。
さて、ここで皆様に契約の一部をご説明しなければなりません。
私、ベアトリーチェは金蔵さまにある条件と共に莫大な黄金の貸与をいたしました。
その条件とは、契約終了時に黄金の全てを返還すること。そして利息として、右代宮家の全てを頂戴できるというものです」
「あのお父様が、こんな契約にサインするとはね」
霧江が小さく呟いた。
「何の話?蔵臼兄さん、何か知らないわけ?」
「あぁ。何のことだかさっぱりだ……!」
親族たちが騒然とする中、さらに手紙は続く。
「これだけをお聞きならば、皆様は金蔵さまのことを何と無慈悲なのかとお嘆きにもなられるでしょう。
しかし金蔵さまは、皆様に富と名誉を残す機会を設けるため、特別な条項を追加されました。
その条項が満たされた時に限り、私は黄金と利子を回収する権利を永遠に失います」
もう一度食堂が静かになって、誰かが息を呑むような声が聞こえた。雄星も緊張とともに、次の一文に目を落とした。
「特別条項。契約終了時に、ベアトリーチェは黄金と利子を回収する権利を持つ。
ただし、隠された契約の黄金を暴いた者が現れた時、ベアトリーチェはこの権利を全て永遠に放棄しなければならない。
……利子の回収はこれより行いますが、もし皆様の内の誰か一人でも特別条項を満たせたなら、すでに回収した分も含めて全てお返しいたします。
なお、回収の手始めとしてすでに、右代宮本家の家督を受け継いだことを示す“右代宮家当主の指輪”をお預かりさせていただきました。
封印の蝋燭にてそれを、どうかご確認くださいませ」
聞き終わるや否や、蔵臼が立ち上がる。
「な、何ということだ……!親父殿が、当主の金の指輪を手放されるはずがない!」
蔵臼はそう言って立ち上がった。その手は震えていた。
それは恐怖からか、怒りからか──あるいは別の理由なのか。絵羽は、その一挙手一投足から目を離さなかった。
「あぁ、兄貴。俺も信じられねえ……だが、どうやら本当のことみたいだぜ」
留弗夫が言って、手紙を綴じていた封蝋を蔵臼の方へよこした。遠目で夏妃がそれを見て、言葉を失った。
誰も、続きを促さない。
静まり返った食堂の中、雄星は小さく深呼吸をして、また続きを読み始めた。
「黄金の隠し場所については、すでに金蔵さまが私の肖像画の下に碑文にて公示されております。
条件は碑文を読むことができる者すべてに公平に。黄金を暴けたなら、私は全てをお返しするでしょう。
それではどうか今宵を、金蔵さまとの知恵比べにて存分にお楽しみくださいませ。
今宵が知的かつ優雅な夜になるよう、心よりお祈りいたしております。
──黄金の、ベアトリーチェ」
先ほどまでデザートの話で賑わっていた食堂は、一転して、自称“ベアトリーチェ”からの手紙の話題に支配された。
手紙は本物なのか。誰が、何のために用意したものなのか。
大人たちはそれぞれの疑念をぶつけ合い、声を荒げ始めていた。
これが朱志香の知る、いつもの親族会議。
朱志香は途端に美味しくなくなったスイーツを無造作に口に放り込むと、大人たちから顔を背けて、頬杖をついた。
ただ1人、楽しそうなのが真里亞。ちょこんと座った椅子の上で、跳ねるようにして喜びを表現した。親族からの目線も、彼女は気にしなかった。
「うーうー!ベアトリーチェは、いるーっ!」
「本当にいるのかな、ベアトリーチェさんは……俺も一度くらい会ってみたいかも」
真里亞に合わせて言う雄星に、物憂げな梨花が口を挟んだ。
「やめときなさい。あんたは妙なことに巻き込まれたり、変な存在に気に入られたり……どこかに連れてかれちゃうわよ」
彼女が、自らの心配をしてくれているのが伝わった。雄星も口をつぐんだ。
一方で、ベアトリーチェの存在を信じていない戦人と朱志香は、ひそひそと小声で会話をしていた。
「なぁ朱志香。本当にベアトリーチェがいて、手紙を潜ませたんだと思うか?」
「いや……多分、爺さんが使用人の誰かを使って、自分の言いたいことを手紙にして伝えただけじゃないかな。また、妙なことが始まっちまったぜ」
戦人はこの親族会議に参加するのが久しぶりで、今の金蔵がどんな状態かを知らない。
一方で朱志香は、右代宮本家の人間として、日頃から同じ屋敷で生活をしている。
黒魔術に傾倒し、かつて自分が愛した『ベアトリーチェ』を甦らせるために様々な奇行に走る、そんな気難しい祖父にはいい印象はなかった。
「大富豪の所有する孤島で、魔女から届く手紙、ですか。……ふふふ!探偵として、これは知的好奇心をくすぐられるシチュエーションですっ!」
「探偵?……ヱリカさん、探偵のお仕事をしてるの?すごいね」
「ええ、ええ。そうですとも。私は探偵。どんな謎であろうと、瞬く間に解き明かしてみせますっ!」
気をよくした様子のヱリカは、そう言ってから、自分を褒めたのが雄星であることに気づいて、敵意のこもった目線を向けた。
当の雄星はその目線に、にこやかに微笑んで返した。ヱリカはそれを無視した。
子供達が思い思いに話していたその時、絵羽が3人の客人を指さした。
「蔵臼兄さん。今日の遭難者3人は、もしかして兄さんの仕込みじゃないでしょうね。この手紙に何か関係していて、全部仕組まれたことだったり……」
「言いがかりはやめてもらおう!彼らは何の罪もない、ただの遭難者だ」
「そう。蔵臼兄さんがそう言うなら、彼らはゲストハウスにいてもらいましょうか?私たちがゲストハウスで、彼らが本館でもいいわよ?」
絵羽の言葉に同調するような形で、霧江も頷いて、客人3人の方を見た。
「正直に言って、偶然とはとても思えないわね。こんな嵐の日に船に乗るだなんて……」
一瞬、霧江と雄星は目が合った。品定めをするようなその視線に、思わず雄星は目を背けた。
「……いいや、待て!私の目線では、彼らは君たちが送り込んだ人間であるとも考えられるのだぞ。そのような一方的な言い方には賛同できない。それに、彼らにも失礼極まりない発言だろう。違うかね?」
「2人とも、落ち着くんや。彼らは何も持ってへんかったやろ。そもそも、この手紙がどういうことなんかお父さんに聞くことの方が大事なんちゃうか?」
秀吉の言葉に、皆が頷く。そもそも、金蔵はなぜそんな手紙を出してきたのか?そこが謎のまま。
秀吉の言葉に、兄弟たちも頷く。親族たちは、束の間、連帯を取り戻していた。
「ま、予想はつきますけど」
そんな中、静かな水面に一石を投じるように、ヱリカが口を挟んだ。
「何だと?」
丁寧な口調も忘れ、蔵臼の口から溢れる。その膝の上で、拳が硬く握りしめられていた。
「金蔵さんは、その手紙によって後継を選ぼうと考えていらっしゃるに違いありません」
「はぁっ?どうしてだよ!?」
平然と言い放つヱリカに、朱志香が立ち上がって吠えた。
彼女にとって、右代宮家次期当主の娘であることは、楽ではない。しかし、自らの父と自分が背負う肩書きに誇りを持っているのも、また事実だった。
「簡単なことです。これが金蔵さんの単なる謎解きなら、謎をテレビや新聞で公開すればいい。けれど、それをしませんでした。ということは、この謎はこの島を出入りする右代宮家を対象にしたものだということです」
「え、ええ……話を続けて頂戴」
絵羽が続きを催促する。しかし、今度は夏妃からも怒りが飛んできた。
「あなた、何を適当なことを!客人の分を弁えなさい!」
「いいから、話を続けるのよ」
絵羽の言葉に急かされ、ヱリカはさらに推理を続けた。
「金蔵さんが本当に円滑な当主継承を望んでいるのなら、拗れるようなことはしないでしょう。謎を解いたものが右代宮家の全てを手にする……それはつまり、謎を解いたものこそが、次期当主たりえるというわけです」
ヱリカはやおら立ち上がって、スカートの裾をちょこんと摘んだ。
胸に手をやった可憐な一礼を見せて、自らの推理に口を挟んだ朱志香のことを見つめた。
「ただ碑文がそこに存在するだけで、古戸ヱリカにはこの程度の推理が可能です。如何でしょうか?皆様方」
「何だよそれっ!?そんなの出鱈目だ!父さんを馬鹿にするのも大概にしやがれっ!」
勝ち誇るような笑みを浮かべるヱリカの方を指差して、声を荒げる朱志香。
ヱリカは余裕の態度を崩さずに、
「失礼致しました。客人の分も弁えず、過ぎたことを言ってしまいました」
「……あぁ、私も怒鳴って悪かったぜ……」
朱志香も、不承不承ながらその謝罪を受け入れる。
ヱリカの推理によって、先ほどまであった連帯は音もなく崩れた。
大量の黄金は現実味がないが、右代宮家の次期当主の肩書は現実味がある。謎を解くことの価値について、皆真剣に考えだした。
「よし、ガキども!先にゲストハウスに戻ってな。俺たちは、大切な話をしなくちゃならねぇからな。紗音ちゃん、こいつらを案内してやってくれ」
ひとまず、このまま子供達がいては話がまともに進まないのは確かだ。留弗夫はそう考えて、両手を二度叩いて言った。
「は、はい。かしこまりました!」
紗音は一拍遅れてその言葉に反応した。
デザートを食べ終えた子供達と、客人の3名はゲストハウスへと向かう。
食器の片付けも早々に、子供達が席を立つ。まだデザートが残っているものもいたが、関係はなかった。こんな張り詰めた空気では、美味しく食べられるはずもない。
食堂を出てすぐの廊下からは、外の風景が見える。もうすっかり真っ暗になった屋敷の外から、大粒の雨と横殴りの風が吹きつけた。
「こんな雨だと、借りたお洋服、濡らしちゃいそうだなぁ……」
「服は濡れてしまっても大丈夫です。ゲストハウスの方に、お着替えの準備がありますので。……あ、傘をお持ちいたしますね。気が利かず、申し訳ございません。少々、お待ちください!」
階段の近くまで案内したところで雄星が言った言葉を聞いて、紗音は困った顔になった。客人の分の傘を持ってくるのを忘れていたことに気付いた。
そう言って、紗音は使用人室へと走っていった。
一行は一旦そこで待つことになる。……すると当然、あるものに目がいく。
階段の踊り場にある、見上げるほど大きな肖像画。それに描かれているのは金色の髪の貴婦人。
それが、黄金の魔女ベアトリーチェと呼ばれる存在だった。
肖像画から目が離せない雄星に、真里亞が嬉しそうな声で問いかける。
「うーうー!ゆーせい、ベアトリーチェのことが気になる〜?」
「う、うん。こんな人、俺はまだ見てないけど……俺たちも挨拶した方がいいよね」
不思議そうにそれを眺める雄星に、譲治と朱志香が答える。
「あはは……実際に、この人が館にいるわけじゃないんだ。お祖父様に黄金を授けて、右代宮家再興を手助けしてくれたという恩人。黄金の魔女ベアトリーチェだよ」
「これが、あの手紙の……」
「へっ、ただのじいさまの妄想だぜ。なのに、こいつの亡霊が夜な夜な屋敷を歩き回っているとかっていう話があってさぁ……」
それに、すぐさま真里亞が反応した。
「うーうー!ベアトリーチェは、いるーっ!」
「あぁ、ごめんよ。真里亞ちゃん」
自分の憧れの存在を否定された真里亞は、唇を尖らせて文句を言う。それに反応して、譲治も取り繕った。
「薄気味わりー話だなぁ……こんな古風な屋敷でそんな話があったら、俺だってビビっちまうぜ」
「本当だね。……ベアトリーチェ様。俺はあなたを疑いません。ですから、あなたも私を祟ったりしないでください……」
調子を合わせて恭しく肖像画を拝む雄星に、ヱリカが言った。
「……馬鹿馬鹿しいです。所詮は怪談。妄想。御伽話。取るに足らない、くだらない戯言ですよ」
「うー!ベアトリーチェはいる!そんなこと言うと、ヱリカに魔女の呪いがあるよ!」
食ってかかる真里亞を、ヱリカは余裕の表情でいなす。
「ふん、くだらない。望むところです。魔女の呪いでもなんでも、かかってくるがいいです」
「うーうー!ヱリカ、信じてないー!本当なの、ベアトリーチェはいるの〜!」
その言葉も、ヱリカは鼻で笑った。
戦人、譲治、朱志香も、真里亞を貶めるようなヱリカの態度に眉根を顰める。
またもや真里亞の機嫌が悪くなったのを察して、雄星がしゃがみ込んで目線を合わせた。
「真里亞ちゃん、俺にそのベアトリーチェの話を聞かせてよ。俺も魔法使ってみたいんだけどさ、俺にもいつか出来るかな?」
「うーうー!いいよ!真里亞もまだ魔女見習いだけど、雄星にも魔法の素質がありそう!えっと、えっとね……」
真里亞は手に下げた鞄の中から本を取り出し、その内容をパラパラとめくる。
それは真里亞の魔法のノート。今までに自分が学んできた、魔法やオカルトのことがぎっしりと書き込まれていた。
そんな2人を見下して、吐き捨てるように言い放つヱリカ。
「あんた、それでもベルンカステル卿の僕?くだらない子供の妄想に付き合うなんて、我が主の趣味じゃないですけどっ!」
「ヱリカさん、わかってないね。梨花はこういうの、結構好みだよ」
「……ごめん、何か言った?私はこの碑文を読んでいたわ」
そこまでの話から離れていた梨花は、肖像画の下の碑文を指差して言った。
そこには、長々と彫られた、一連の文章がある。
"懐かしき、故郷を貫く鮎の川。
黄金郷を目指す者よ、これを下りて鍵を探せ。
川を下れば、やがて里あり。
その里にて二人が口にし岸を探れ。
そこに黄金郷への鍵が眠る。
鍵を手にせし者は、以下に従いて黄金郷へ旅立つべし。
第一の晩に、鍵の選びし六人を生贄に捧げよ。
第二の晩に、残されし者は寄り添う二人を引き裂け。
第三の晩に、残されし者は誉れ高き我が名を讃えよ。
第四の晩に、頭を抉りて殺せ。
第五の晩に、胸を抉りて殺せ。
第六の晩に、腹を抉りて殺せ。
第七の晩に、膝を抉りて殺せ。
第八の晩に、足を抉りて殺せ。
第九の晩に、魔女は蘇り、誰も生き残れはしない。
第十の晩に、旅は終わり、黄金の郷に至るだろう。
魔女は賢者を讃え、四つの宝を授けるだろう。
一つは、黄金郷の全ての黄金。
一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。
一つは、失った愛すらも蘇らせる。
一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。
安らかに眠れ、我が最愛の魔女ベアトリーチェ。"
それが、ベアトリーチェの手紙にも言及があった碑文の謎。
雄星もそれを途中まで読んだが、よくわからない。気持ちを切り離し、真里亞の方へ顔を向ける。
「えっとね、ベアトリーチェはね……」
嬉しそうに語る真里亞に、雄星はうんうん、と相槌を打つ。
誰にでも優しい彼の姿を見て、梨花は呆れとも諦めともつかない、ため息をついた。
ヱリカが、そんな梨花のすぐそばに体を寄せた。
「わ、我が主っ!私も!私も碑文の謎、一緒に考えたいですっ!いいですか!?」
「……好きにしてください」
「はいっ!我が主ーっ!」
ヱリカは嬉しそうにこくこくと頷いた。先ほどの推理の時の姿とは打って変わって、まるで飼い主に尻尾を振る犬のように、鼻息荒く梨花のそばに詰め寄ってくる。
めんどくさそうな顔で、梨花はもう一度ため息を吐いた。