雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
少しの時間が経った後、人数分の傘を両手いっぱいに抱えた紗音が戻ってきた。
譲治はそんな紗音を見るや否や駆け寄って行き、傘を皆に配っていく。
その頃には真里亞の話も一段落していた。雄星がじっくりと話を聞いてくれたことで、荒れ模様だった機嫌も治っている。
ご機嫌な真里亞が戦人と会話をしている間に、雄星は梨花に話しかけた。
「梨花。梨花はあの碑文の謎、何かわかった?」
「さぁ、全くわかんないわ。右代宮金蔵さんの故郷だなんて知らないしね」
「何かモチーフがあって、それぞれの文は比喩表現だろうね。鍵を手にせしものは……ってところまでが謎の核心で、そこからは難しくなさそうだけど」
「でも、その鍵ってのが何なのか分からないのよね」
「そうだね。親族の皆さんなら、心当たりがあるかもしれないけど」
そこで、碑文と睨めっこをしていたヱリカが再びそばに駆け寄ってくる。
「わ、私は大体わかりましたっ!我が主っ!」
「あら、それは凄いわね。……さ、行きましょう。早くゲストハウスでゆっくりしたいわ」
と、梨花はあっさりあしらう。
「梨花。もういいんじゃない?」
「あんたのことを貶したっていうのもあるけど……何だか、虐めたくなっちゃうのよ。何でかしらね」
梨花は、恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、そう呟いた。それは、ヱリカにはとても聞こえないような声量だったはずだが、ヱリカは飛び跳ねるように反応して、梨花の前に跪いた。
「あ、主っ!主のご命令であれば、どんなことでもご褒美ですっ!」
梨花は、恭しい態度をとるヱリカの背中を一瞥して、雄星の方へと目を向けた。
彼も困った顔をしていた。少し考えた後、梨花はヱリカに言った。
「私はあなたの主ではないけれど……それじゃ、頼み事をするわ。あの謎解きが全部わかったら、私たちに教えて。あなた、あれぐらいはすぐに解けちゃうんでしょう?」
「ええ、ええっ!探偵、古戸ヱリカに全てをお任せください!必ずや真実を暴き、一番に主の元へお伝え致しますっ!」
嬉しそうに何度も頷くヱリカ。
「ありがとう。私たちはゲストハウスにいるわね」
「はっ!では、確認をしておきますっ!」
そう言ってヱリカは碑文へと向き直った。紗音からペンとメモ帳を借りて、何かを書き込んでいく。
そんな後ろ姿を見て、梨花は雄星に耳打ちをした。
「……流石にあそこまで従順だと、少し気の毒に感じるわね」
「なんであんなに慕われてるんだろうね。他人の空似だけじゃない理由があるってことかな……でも梨花、面識はないんだよね?」
「ええ、どうして名前も顔も、こんなに似てるのかしらね」
「ドッペルゲンガーみたいだね……」
「冗談はやめなさい。それなら、どっちかが死んじゃうみたいじゃない」
「あはは、そうだね」
苦笑する雄星。梨花はヱリカの後ろ姿をずっと眺めていた。
「今日は色々あって疲れたし、ゆっくり休みたいね」
「ええ。こんなに立派な豪邸なんだから、どんなに良いベッドか楽しみね」
「梨花んちの煎餅布団だって悪くないよ」
「……」
梨花は、雄星の足を優しく蹴った。
ちょうどその時、少し離れたところでは、いとこ組が話をしていた。先ほどの手紙の話から、碑文の謎のことに話を移し、盛り上がっていた。
「戦人が碑文を読むのは初めてだろ?これを見て、何か気付かないのかよ?」
「無理無理!俺がすんなり解けるような謎なら、とっくに誰かが解いちまってんだろ?」
「ま、それもそうか。戦人に期待した私がバカだったぜ」
「あーあ、これで大人たちの話ももっと長引きそうだな。ま、俺らにはかんけーねーけど」
ため息をつく戦人。
「戦人くん。お金は大切だよ。僕らの両親にとって、今回の親族会議の1番の目的は、お祖父様の遺産の話なんだしね……」
最年長の譲治が、そう言って戦人を諌める。
「兄貴、そりゃあわかってるけどよぉ、雄星くんたちまで巻き込むのは流石にやりすぎだぜ……」
「その意見には僕も同意するよ。せっかくだから、仲良くしたいのにね」
「まさか、この島に3人も客人が来るなんてなぁ……ま、2人はいい人そうだし、よかったよ。変な手紙が来たのは驚いたけどさ、きっといつも通りの親族会議をやって、終わりだぜ」
朱志香の言葉に、譲治が小さく付け足す。
「あの、ヱリカさんという子は……ちょっと変わっているけどね」
「あの子、俺たちと同じで多分高校生だろ?ああいうのに憧れる年頃がちょっと遅く来たってだけだろ」
鼻で笑うような戦人。
朱志香としても、自分の父や、自分の立場を侮辱するような発言をしたヱリカに好感は持てない。
真里亞の幻想を真っ向から否定し、こき下ろしたこともあって、皆のヱリカに対しての感情は良いものではなかった。
「ほら、みんな!行こうぜ。雨がこれ以上強くなっちゃ困る」
戦人の声で、みんなが集まる。そんな中、ヱリカは手を挙げて言った。
「皆さん、すみません。私は調べ物をするために書斎へお邪魔しようと思います。傘は玄関の傘立てに置いておいてください」
「承知いたしました。ゲストハウスの入り口は、24時を回ると施錠されます。お気をつけください」
「大丈夫です。碑文の謎を解くのには、そんなに時間はかからないはずです」
気遣いの言葉を言う紗音に対して、勝ち誇ったような笑みを浮かべるヱリカ。皆、言葉を失った。
ヱリカはそれだけ言って満足すると、書斎の方へと向かった。
いとこ組と客人たちは、ゲストハウスに招かれた。
いとこたちが泊まる部屋の一つ隣に雄星と梨花、その隣にヱリカが泊まることになった。
外は雨。とても気軽に外出できるような天気ではない。となれば、出来ることは限られている。
もっとも、夕食を食べてからそれほど時間も経っていない。外はもう暗いとはいえ、子供たちからすると、まだ眠る時間には早すぎた。
「う、うわああああっ!また引いちまったああっ!な、なんで2人は、こんなにトランプがつええんだよおおっ!?」
戦人がカードを引き、情けない声を上げる。
彼らは梨花と雄星から「変則ジジ抜き」を教えられて、共に遊んでいるところだった。
戦人の必死な顔とは対照的に、梨花は隣の真里亞からカードを引いて、あっさりと上がる。そして、勝ち誇った顔で言う。
「ふ……年季が違うというものよ。私も雄星も、伊達に雛見沢を生き抜いてはいないわ」
「雛見沢ってのは、そんなにやべーとこなのかよ……?」
朱志香の言葉に、雄星は苦笑しながら頷く。
「自然がとっても綺麗でね、良いところなんだよ。雛見沢っていうか、俺たちの部活動が大変っていうか……」
「そうかしら?雛見沢も、訳のわかんない寄生虫がいる時点で──」
「あーあー!その話はやめやめ!ほら、次は戦人さんの番だよ」
梨花の言葉を最後まで聞かずに、雄星は大きな声を出してその場を誤魔化した。
「うーうー!やめやめーっ!」
雄星の言葉に合わせて、ご機嫌な真里亞がそう言って笑う。薔薇の一件と、ベアトリーチェの話を経て、真里亞はすっかり雄星に懐いていた。
微笑ましいような目でそれを見る戦人と、譲治。朱志香はそれよりも、梨花の言葉に引っかかっていた。
「き、寄生虫?なんのことだか、さっぱりだぜ」
「あぁ、気にしないでください。梨花の冗談みたいなもんだから。ねっ。そうだよね」
「ふん、そういうことにしといてあげるわ……」
「なんか、2人って本当に落ち着いてるよな。年下とは思えねーぜ」
2人の息のあったやりとりを見て、朱志香が言う。
「だな。朱志香、お前も梨花さんのお淑やかさ、見習ったほうがいいんじゃねぇのぉ?」
「あはは……梨花は、そんなにお淑やかでもないですよ。実はとってもお茶目で、可愛らしい女の子なんですよ?」
雄星はそう言って、梨花の頭を撫でる。梨花も目を閉じて雄星の肩に身を寄せた。
戦人の言葉に眉根を寄せていた朱志香も、毒気を抜かれたような表情に変わった。
「見せつけてくれるじゃねぇか……真里亞!譲治の兄貴!2人を負かすぞ。まずは手始めに雄星くんからだぜっ!」
「もちろんだよ。僕も、最年長者として、そして男として……君たちに負けるわけにはいかない!」
「うーうー!真里亞も、雄星と梨花に勝つーっ!」
「ははは……お手柔らかにお願いします」
盛り上がってきた3人に対して、遠慮がちな言い方をする雄星に、朱志香が言う。
「雄星くん、私たちのことは呼び捨てでいいぜ。せっかくの縁だしさ、楽しくやろうよ。みんな、いいよな?」
「もちろんだぜ。な、真里亞!」
「うーうー!もちろんっ!」
戦人と真里亞が言う。譲治も、照れたように頷く。
「ほんと?なら、みんなのことを呼び捨てにするから、俺たちのことも呼び捨てにして。雄星と梨花で!」
「ええ、好きに呼んで頂戴」
子供達もその言葉に頷いた。
いとこ部屋は、すっかり馴染んだ客人の2人を迎えて、賑やかな空気になっていく。
と、その時。控えめなノックの音が響く。
朱志香が「入っていいぜ」と声をかけると、ゆっくりとドアが開く。
そこにいたのは、紗音だった。紗音は一礼してから、部屋の中に入ってきた。
「なんだ、紗音か。ヱリカさんかと思ったぜ。ヱリカさんはまだ屋敷にいるのか?」
「は、はい。ヱリカ様は、碑文の謎について考えてらっしゃいます」
「もう遅い時間だけどね……」
譲治が小さく呟く。
紗音は、何かを心配するような表情で俯いていた。それを気遣ってか、朱志香が声をかけた。
「あ、紗音も一緒に遊ぼーぜ。今さ、2人とトランプをやってたんだよ。紗音も私たちのチームに入ってくれたら、絶対勝てるぜ!」
「ちょっと!仲間増えすぎでしょ。紗音ちゃんは俺たちのチームにしてよ」
「え、ええと……?」
「あはは……紗音、これは命令ではなくてお願いなんだけどね。僕たちと一緒に遊んでくれないかな。僕と一緒に、このカップルを打ち倒そうじゃないか」
相変わらず困惑した顔の紗音だったが、譲治に促されていとこ部屋に入る。用事は傍に置き、遊びに興じるのだった。
そして、しばらく時が経った。夕食を食べてから、もう2、3時間ほどが過ぎていた。いとこ部屋は相変わらず賑やかだが、幼い真里亞は眠そうな顔をしていた。
「真里亞、眠そうだな。もう今日の遊びはこんなもんにしとくか?」
「んー。真里亞、歯みがきして、ねる……」
「真里亞様、ご案内致しますね。こちらへどうぞ」
紗音が優しく真里亞の手を引いて、洗面所へと案内する。部屋に残された5人は、自然と後片付けに取り掛かった。
「あー、楽しかった。いつもはこの島に同年代の友達なんかいないからさ。みんなが来てくれて良かったよ。譲治兄さんは忙しいだろうけど……戦人も、たまには遊びに来いよ。もう、留弗夫叔父さんとは仲直りしたんだろ?」
「ん……まーな」
楽しい夜も一区切りついたのを察した雄星と梨花も、顔を見合わせて小さく頷いた。
「俺たちは自分の部屋に帰るね。今日はありがとう、みんな」
「私も、昔を思い出して楽しかったわ。みんな、ありがと」
照れたように言う梨花。その肩を朱志香が両手で掴み、梨花に迫った。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。ちょっとだけさ、恋バナしない?」
「え?」
「2人はどっちから告白したの?やっぱり、雄星から?気になるぜっ」
「あ、えっと……」
返答を期待してニヤニヤする朱志香に顔を背けて、困った顔で雄星の方を見る梨花。
「気がついたら隣にいたってだけだよ。梨花を虐めるのはやめてもらえる?」
動揺する梨花の頭を優しく撫でて、雄星が言う。
「じゃあ、雄星でもいいぜ。雄星は、梨花のどんなところが好きなんだよ?」
「んー、いっぱいあるよ。一見ぶっきらぼうだけど本当は誰よりも優しいところ、澄ました顔をしてるけど悪戯好きで好奇心旺盛なところ、頑張り屋さんなところ。身長が伸びなくて悩んでるところも可愛いし、意外と甘えん坊なところも……」
「は、恥ずかしいからやめなさいっ。あんた、それ以上言うと舌を引っこ抜くわよ!」
顔を赤くした梨花が、雄星の胸をポカポカと叩く。雄星はそれも微笑みと共に、優しく受け入れた。
「まあでも、梨花が梨花でいるっていうだけで、俺は嬉しいよ」
「バカ……」
「え〜。いいなぁ。私もそんな風な恋、してみたいぜ……」
ぼーっとした顔で天井を見上げる朱志香を揶揄うように、譲治が聞く。
「朱志香ちゃんは、嘉音くんとはどうなんだい?」
「あー、ダメダメっ!譲治兄さん、それは言わない約束だぜ!」
「嘉音くんって言うと、あの細い男の子か。朱志香、あの子のこと──」
そこで、紗音と真里亞が帰ってきた。真里亞は眠そうな目を擦り、静かにベッドに入る。
「紗音、真里亞ちゃん、おかえり。今は、2人の馴れ初めについて聞いてたところだったんだよ」
「お二人の、馴れ初め……ですか」
「うん。みんなには命を救われたからね。恥ずかしい話ぐらい、いくらでも」
「あんたが恥ずかしい言い方をしてるだけじゃない!もう……」
そんな会話をする2人に、朱志香が言う。
「じゃあさじゃあさ、梨花の方はどうなんだよ?雄星のどこに惹かれたわけっ?」
そう言われて、赤面したままでぼーっと言葉を探す梨花。
雄星はそんな梨花の頭を優しく撫でて、言った。
「朱志香ちゃん。戦人や譲治くんがいる前ではあれだから、俺たちは別の部屋で話してるね。梨花、話が終わったら呼びに来てくれる?」
「え、ええ。わかったわ」
「じゃ、またあとでね。戦人、譲治くん。悪いけど、下の部屋でもいい?」
「あぁ。男にしか出来ない話があるように、女にしか出来ない話もあるだろーな。じゃ、行こうぜ」
譲治も静かに立ち上がる。そして紗音に小声で何かを伝えた。そのあとは、唇を硬く結んで無言で部屋を出て行った。
それについて、雄星と戦人も部屋を後にした。