雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第12話

 俺たち一行は、神社の境内であちらを見たり、こちらを見たりした。赤坂さんは依然、死守同盟の活動が気になっているようだった。

 

 俺が祭具殿のことを「入ったらやばい、秘密の聖域なんだよ!」と言うと、父親は茶化して言うもんじゃない、と真面目に俺を叱った。それは平謝りして許してもらった。

 他にも神社にたまたまいた、村の人や村長の公由じいさんを紹介したり、前に子供たちから聞いた神社の逸話を話したりもした。

 

 そんな中で、突如梨花ちゃんがつんつん、と俺の肩に指を触れさせた。その目線は神社の高台に向けられている。そこは村を一望できる素敵な景色が見られるスポット。梨花ちゃんのお気に入りの場所だ。

 

 きっと、赤坂さんをそこに連れて行こうというのだろう。

 

「あ、梨花ちゃん。あそこに赤坂さんを連れて行くんだね?俺はギターの準備でもして待ってるからさ。行ってきなよ!」

 

 梨花ちゃんは何か赤坂さんと話があるのだろう。一体どんなことを言われるのだろうか……初めて話した時のことを思い出す。

 

 梨花ちゃんはいろんな人とこっそり会話をすることがある。初めて俺と会った時、あの集会場の控え室で俺と梨花ちゃんが2人っきりだったのは多分偶然ではない。秘密の会話をできる場所、シチュエーションを知っているのだ。

 

 赤坂さんと、年相応の笑みを浮かべた梨花ちゃんは2人で神社のさらに奥の見晴らしのいい高台に歩いて行く。きっとそこで、全てお見通しみたいな顔をした梨花ちゃんが何かを赤坂さんに告げるのだ。

 

 今日一日を赤坂さんと過ごして、彼が悪い役人だとはとても思えなかった。子供が好きで、地元に置いてきた妻を心配して、高潔な正義感を持つ赤坂さん。

 彼が普段何をしているかは知らない。もし国土庁の役人だったとしても、住民の意向を無視してダム建設を強行することに賛成するような人には見えなかった。彼も幸せになってほしい。俺はそう思った。

 

 しばらく俺は大人たちの席を回った。この村ではほとんどの人がお互いに名前を知っていて、どこの席に行っても俺が誰かは知られている。最近流行りの音楽や、学校の出来事。今日一緒に観光地を回った赤坂さんの印象などなど。年寄りは若者と話すのが好きだからか、どの席でも歓迎してくれる。

 

「さ、ユウ!なんか一曲弾いてくれるか!」

 

 しばらく席を回ったあと、父が俺に言った。ちょうどその頃、赤坂さんが集会所の中に連れて行かれるのが見えた。きっと、話が終わった後でこれからはプロパガンダの映像か、年寄りの話でも聞かされるんだろう。面倒だろうが、しばらく頷いていれば悪いようにはされないはず。

 

「何やったらいい?俺、ちょうど良い曲思いつかないよ」

 

「何でもええよ!まだ今日の集会も始まってねぇでな、盛り上がるようなのを頼むわ!」

 

 その辺にいた村の人が俺を囃し立てる。赤坂さんもいないし、俺は村の人のために一曲弾くわけだ。……取り敢えず、盛り上がる曲をやるとしよう。

 

 俺は村の大人たちが用意した即席ステージの椅子に座って準備をする間、頭の中で何を弾くか考える。こういう突発的な発表会は、完成度はあんまり関係ないのだ。堂々と弾き、ある程度歌が上手ければ大人はがっかりはしない。酒が入っている大人を盛り上げるのには、とにかくびびらないことだ。

 

 この曲は、ビートルズの超有名曲。一定のリズムでのストロークの、じゃかじゃかとかき鳴らすようなメロディに、アップテンポでわかりやすく踊れる、年寄りにも優しい曲だ。

 

『アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア』は、踊れるロックソングだ。歌詞の意味も、それほど深いメッセージはない。

 17歳の、美しく若い女の子に一目惚れして、情熱あふれる恋に落ちて一緒に踊った、という歌だ。

 

 この頃になると、雛見沢村の人の中には興宮でレコードショップに通ったり、カセットテープを使って音楽を聴く人もいた。まだウォークマンのような、端末は販売されていないが、もし販売されればきっと買う人もいるだろうくらいには、音楽の文化はあった。

 

 もちろん老人はこういうのは好まないかもしれないが、この雛見沢では、意外と3.40代の人口も多いのだ。太平洋戦争が終わった後の急激な人口増加が原因だろう、と俺は勝手に推測している。そうした人々の中には音楽に興味を持つ人もたくさんいるように思えた。

 

 まだ声変わりもしていない子供の体なら、前世では上手に歌えなかったような高音域の曲も歌えて、つい気持ちよくなってしまう。

 

 ギターの練習は昼間なら家でもできるが、歌はちょっと難しい。歌の練習を親に俺はちょっとした暇な時、村の中でもあまり人の通らないところで歌の練習をするのが日課だった。

 

 その成果でビビらずに人前で歌えるようになったのだから、俺が歌を歌っていることで老人たちに気に入られているのはある種の努力の賜物だ。

 

 時には歌っているところを人に見られて揶揄われたりもした。そうしたものを乗り越えて俺は村の音楽少年という立ち位置に鎮座しているのだ!

 

「ユウくん、やっぱり歌がうまいなあ!この曲はどんな意味の歌なんだい?」

 

 演奏が終わったあと、いかにも酔っ払った様子な村民が俺に声をかけてくる。会議も始まってないのに、昼間っから飲んで良いもんなのか?そんな疑問も感じるが、答えた。

 

「えーっと!可愛い女の子に恋をしちゃって、一緒に踊ろうって誘う歌ですよ!」

 

 小さなステージの上で返事をする。その声は俺の歌を聞いていた村民のほとんどに聞こえたらしい。

 

「……へぇ」

 

 俺に質問をした村民は意味ありげな笑みを浮かべて黙った。どこから含みのある表情で村民たちはニヤニヤとしている。何か、メッセージでもあると思ってるのか?そんなものないのに。

 

「じゃあ、次の曲!ラブ・ミー・ドゥ!」

 

 居た堪れない空気になったので、無理やりもう一曲。

 

 死守同盟の会議のために買ったという、この街に数少ないマイクに、口笛を吹く。

 1人で演奏するなら、ブルースハープというギターを弾きながら吹けるハーモニカで演奏するのもかっこいい曲なんだが。

 

 アコースティックギターのフレーズはそんなに難しくないので、口笛に集中する。口笛も、ビブラートを効かせるのがすごーく難しいんだが、それは弱々しさから勝手に震えているので良しとする。

 

 『ラブ・ミー・ドゥ』もハーモニカが陽気な雰囲気を作り出すラブソング。ビートルズのデビューシングルで、これを書いた時ポール・マッカートニーは15歳だか16歳だったはず。

 

 痛感する。世界には本物の天才がいるのだ。そして俺はそっち側ではない。俺は早熟性によってほんの少し他の人間より背伸びしているだけで、その実秘められた才能なんてない。沙都子や魅音ちゃん、梨花ちゃんみたいな子供達をみると、その無限の可能性にどこか羨ましい気持ちもある。

 

 歌い終わり、アウトロの口笛を吹く。大人たちの中にはこの曲を知っている人もいるらしく、一緒に歌ってくれる。こういう雰囲気だとやりやすくて良い。

 

 今日はこんなぐらいでいいだろう。そろそろ赤坂さんも戻ってきそうだしな。

 

「ユウくん。この曲はどんな曲なんだい?」

 

 ステージの去り際、また声をかけられる。確かに曲を知っていても、その歌詞の意味まではわからない人も多いかもしれない。俺は前世の記憶で大学生までは英語をしっかり学んでいたから、ある程度の英語はわかる。

 

 昭和の時代にはスマホで歌詞を検索すれば簡単に意味がわかったりはしない。英和辞典をもとに歌詞の英語を探すなんて、この村の人はしないだろう。

 

「『ラブ・ミー・ドゥ』は……そうだなあ。僕を愛して!みたいな意味で……大好きな人に愛を伝える曲ですよ」

 

 それがそう言うと、大人たちは囃し立てるように大きな声をあげたりした。酔っ払ってるんだろう。こういう時は、怠い絡みをされないように早く逃げるのが吉だ。

 

「ってことで!ありがとうございました!」

 

 俺はそそくさとステージを後にする。

 

 愛されてるなぁ、梨花ちゃまは!そんな揶揄の声が聞こえてくる。

 なるほど。そういうことか……。

 

 それぞれの曲の意味を聞かれたり、俺がステージを去る時、揶揄の言葉が飛んできたりしたのは、きっと……俺が梨花ちゃんのことを好きで気持ちを伝えるためにラブソングを歌ってる、みたいな邪推をしたんだろう。

 

 小学生が好きな子の気を引くためにラブソングを練習していたとしたら、俺だったら、なんて微笑ましい、プラトニックな愛なんだと感心する。それをあろうことか大勢の前で揶揄するなんて!怒るというよりは、呆れた。全く……野暮な大人たちだ。

 

 俺は一旦人目のつかないところで落ち着いた。クロスを使ってギターを手早く綺麗にして、ケースにしまう。酔っ払ってる大人たちに絡まれたり、揶揄われたりする前にどこかに置いておくとしよう。

 

 そろそろ赤坂と梨花ちゃんの話は終わっただろうか。俺も酔っ払いの村人に絡まれたらちょっと面倒だし、父が帰ってくるまで神社の下に置いてある車の前で待っておくことにした。俺は近くに見知った人間がいないか探して、1人の老人を見つけた。

 

「公由さん。悪いんですけど、父が僕のことを探していたら下で待っているって言っておいてもらっても良いですか?ちょっと疲れちゃったので」

 

 公由さんは集会所から出てすぐのところでぼーっとしていた。

 俺の言葉を聞いた公由爺さんは、気の毒そうな顔で、俺の肩をぽんぽん、と叩く。その目は同情というか、申し訳なさというか。俺を気遣ってくれるものだった。

 

「あぁ、もちろんいいよ。そうか、ユウくん……ちょっと、今日は変なヤジがあったからなあ。あんまり気にしないでくれ。酔っ払って心にもないことを言ってしまっただけで、君をいやな気持ちにさせようというわけじゃあないはずだ」

 

「あの、僕に梨花ちゃんと……その、付き合いたいとか、そういう気持ちはないんですが。それでも、梨花ちゃんとはあまり仲良くなるべきではないんでしょうか?」

 

 俺の率直な気持ちを伝えた。この村にも、権力構造がある。一番上が園崎家で、その下に公由家と古手家が並ぶ御三家がある。言ってしまえば、俺が古手家と仲良くなることにはある種政治的なメリットがあるのだ。もしかすると、牧野家と古手家が仲良くなることをよく思わない人間がいたりするのかもしれない。そうした人間が、ヤジを飛ばしてるのかも。

 

「うーん。そういうわけではないんだけどね。梨花ちゃまは言うまでもなく、御三家の中でも特別な立ち位置だ。それと、牧野家は園崎と近しい家だから……その関係で、君と梨花ちゃまが親しくなってほしくないもんがいるのも、確かだ」

 

 公由爺さんは、正直なことを俺に言ってくれた。子供に対してその場を誤魔化すだけなら、特に何も言わずなあなあに済ませることも出来たはずだが……彼はそうはしなかった。俺はこの爺さんに好感を持った。

 

「そうなんですね……ま、気にしないことにします。お酒の席ですから。思ってもないことを言う人もいるでしょうし」

 

「おお、そうかそうか。悪いねえ、ユウくん。あんまり気にせず、これからもみんなを楽しませてくれ」

 

 爺さんは俺の言葉を聞いて安心したような顔をした。爺さんの言葉に、俺も強く頷いた。

 

 もしもこのことが原因で俺がみんなの前での演奏をやめれば、この村の狭いコミュニティの中でもちょっとしたすれ違いが起こるだろう。両親は悲しむだろうし、それは他の家庭や死守同盟の人たちにも伝わっていくだろう。園崎家の力を踏まえると……ちょっとした揉め事になってもおかしくない。

 

 俺がちょっと我慢すれば良いだけの話だ。俺は大人だ。ふつーの小学生じゃないことに感謝してほしいぜ。

 

 俺は境内を後にした。口笛を吹きながら、階段を降りようとしているところで赤坂さんと遭遇する。その顔は、何か尋常ではない出来事に遭ったみたいだった。おおかた、梨花ちゃんに何か怖いことを吹き込まれたんだろう。

 

「赤坂さん、お帰りですか?」

 

「う、うん。梨花ちゃんに展望台からの景色を見せてもらった後、お菓子をご馳走になりながら、いろいろと集会場で映像を見せてもらったりしてね」

 

 俺たちは成り行きで、一緒に階段を降りながら話すことになった。赤坂さんの顔が暗い理由も、判明させておきたい。出来れば、何を言われたのかも知りたい。……それは難しそうだが。

 

「僕の演奏、聞いてくれました?ちっちゃい頃から……あ、今も小さいけど!もっとちっちゃい頃からギターをやってて、夢はメジャーデビューすることなんです!」

 

 俺の言葉に、笑って答える赤坂さん。

 

「ははは!少しだけだけど、聞いてたよ。えーっと、ビートルズの、『ラブ・ミー・ドゥ』だよね。歌も上手だし、ギターもうまいね。まだ小学生なのに凄い。夢もきっと叶うよ」

 

 赤坂さんはそう言って笑った。お世辞なのは十分理解してるが、嬉しい。

 

「聞いてくれてたんですね!ありがとう、赤坂さん。俺、頑張るね。赤坂さんが帰って雛見沢のことは忘れても、俺の名前だけは覚えててね!」

 

 俺は勤めて子供らしい雰囲気を装った。赤坂さんの印象は悪くなさそうだった。

 

「……雄星くんは、最初、大人っぽい子だと思ったんだけど……」

 

「だけど?」

 

 俺は笑いながら聞いた。

 

「意外と、可愛らしいところもあるんだね?」

 

 赤坂さんは、お茶目な顔で笑った。

 

「えへへ、そうですよ!意外と、俺より梨花ちゃんの方が大人っぽいでしょ」

 

「そう、だね……」

 

 赤坂さんは曖昧に笑った。やはり、「もう1人の梨花ちゃん」と話していたんだろう。何か傷ついているかもしれないし、さっきの話でもしてみよう。

 

「赤坂さん」

 

 俺から話題を切り出した。少し、警戒したような様子で赤坂さんは返事をした。

 

「なに?」

 

「梨花ちゃんに、何か言われました?」

 

 赤坂さんの顔はより一層厳しい表情になった。この人が普段どういう人なのかはわからないが……言いたくないという気持ちがありありと顔に出ていた。

 

「あ、あぁ……村のこととかを教えてくれたんだよ」

 

「そうなんですね……僕からも教えてあげましょう!」

 

 俺は石の階段の途中で立ち止まった。赤坂さんも俺を見て身構えた。

 

「梨花ちゃんは村の御三家の一角、古手家の一人娘なんです。この地域の守り神の生まれ変わりだと言われていて、神通力が使える、とまで言われてる」

 

 赤坂さんは俺が続ける言葉を固唾を飲んで待っていた。

 

「……未来を予知できる、とかね!」

 

 俺は面白い話のようにそれを伝えたつもりなのだが、赤坂さんはいよいよ深刻そうな顔になっていった。……一体何を言われたんだろうか。

 

「そ、そうなんだね……それはすごい」

 

 表面上は面白い話だと頷く赤坂さん。俺の言葉を信じているのか、あるいは心の中では辺鄙な村の土着信仰だと笑い飛ばしているのかはわからなかった。しかし、その様子を見ればどちらかと言うと前者に近いように見えた。

 

「俺は赤坂さんが何を言われたのかはわかんないけど……もしかしたら本当のことなのかもしれません。俺も少し前に、驚くようなことを言われました。それは予言ではないけど……なんだか不思議な話で……しかし本当のことでした」

 

 俺はそう言って階段を降り始めた。赤坂さんも俺に着いてきた。

 そこからしばらくして、赤坂さんは決心したように俺に言った。

 

「実は……梨花ちゃんには、僕はもう観光には来ない方がいいと……その、元の場所に帰れと言われたんだ」

 

「どうしてでしょうね。ダムのことで村は凄く荒れてるけど、赤坂さんに危害が及ぶことはあり得ないと思うんですけどね」

 

 梨花ちゃんが言った、赤坂さんに迫る何かについて俺も一緒に考えた。

 

「……そうだ。元住んでたところに何があるのか考えてみましたか?何か置いて来たものとか」

 

「……まさか」

 

「奥さんが入院中なんですよね。まさか奥さんに何かあるとは思わないですけど、今から電話だけでもかけてみたらどうですか?」

 

 赤坂さんは目を見開いた。まさか自分の妻に何か起きているとは思いもしなかったようだ。赤坂さんは焦った表情でこくこくと頷いた。やがて、自嘲するように言った。

 

「さっきはああ言ったけど……梨花ちゃんも雄星くんも、2人とも大人っぽいかもね」

 

 俺は声をあげて笑った。赤坂さんも笑った。

 

 しばらく待つと、急いで降りてきた父親の車で家とバス停まで送ってもらい、解散した。赤坂さんは明日の夕方も来る、と言っていた。

 

 梨花ちゃんの忠告は、一旦気にしないことにしたらしい。あるいは、奥さんに電話だけかければいいということなのか。

 

 俺の言葉は何か根拠があって言ったわけじゃないので、これで赤坂さんに何かあったら申し訳ないとは思うものの……赤坂さんもそんなのわかってるはずだ。

 俺は明日のツアーにまで参加するつもりはなかったため、また会おうね、と適当な返事をして彼と別れた。彼に何事も起こらないといいが……。少しの不安と共に眠った。

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