雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第14話

 

 展望台から見た雛見沢は暗い。月の灯りだけが、眼下に広がる村を照らしていた。合掌造りの家々が立ち並ぶ通りがぼんやりと見える。青々とした緑が茂る風景の中、星のような明かりが灯っていた。

 

「この村……結構綺麗だよね」

 

 俺の言葉を聞いた梨花ちゃんは目で、何が言いたいの?と追及しているようだった。深い意味があるわけじゃない。

 

「言葉通りの意味だよ。俺もさ、梨花ちゃんとは仲良くしたいんだ。先に言っておくけど、俺の秘密なんて大したことじゃない。だから、俺のことは話すけど、梨花ちゃんが言いたくないことは言わなくて良いよ」

 

 俺も色々と考えたが、梨花ちゃんのことは信用することにした。彼女は複雑な事情を抱えているらしい。俺にはその事情は推測すらも出来ないが、もしかすると、彼女は俺と同じ境遇の人間かもしれない。全てを打ち明ければ、案外前世の思い出話なんかで盛り上がれる可能性だってある。

 

 梨花ちゃんは、期待と不安が入り混じったような目で俺が話すのを待っていた。少し間を開けて、俺は口を開いた。

 

「俺は、この世界の人間じゃない。俺は、21世紀の日本からタイムスリップしてきたんだ」

 

 梨花ちゃんは俺がまだ言葉を続けることを期待している。……が、特にこれ以上の言葉はない。

 

 俺の中身は、21世紀に生きる人間。本来この世界にはいないはずの人間……。

 そこそこインパクトがある情報のはずだとは思うが、意外にも梨花ちゃんはそんなに驚いていないようだった。呆れたような顔で、俺に問う。

 

「はぁ?何よ。カケラを渡り歩いているわけじゃないの?」

 

「えーっと……。カケラ?ってのはわかんないね……ちょっと未来のことを知ってるだけで、それ以外はふつーの人間」

 

「そう。それで……他には?」

 

「いや。何にもないけど……ガッカリさせちゃった?」

 

 梨花ちゃんは残念そうに頷いた。そこはお世辞でも驚いたふりをしとけよ。

 

「そう、未来から来たのね……21世紀ということは……今から20年から120年ほど未来に生きていたという事ね?やっぱり、車が空を飛んでたりするわけ?」

 

 梨花ちゃんは俺に矢継ぎ早に質問を放った。期待ハズレで残念そうだったが、その表情は少しワクワクしているように見えた。

 

「いいや……そんなことはないね。電話の機能がついてる手のひらサイズの電子機器をみんなが持ってて、世界中に繋がったりとか。自動運転の車があったりはするけど……」

 

 俺がそう言うと、ふっ、と鼻で笑う梨花ちゃん。俺は親にも伝えてない秘密を暴露したというのに!なんだ、それくらいか、という反応だ。

 

「くすくす。私の買い被りすぎだったようね。私の同類かと思っていたわ。精神年齢は20代くらいってところかしら。まだまだ子供ね」

 

 梨花ちゃんはどこか勝ち誇るようにも見えた。言ってることは大層だが、ちょっと子供っぽくて可愛い。

 じゃあ梨花ちゃんは何年生きてるんだよ?とは思ったが、口にはしなかった。女の子だからな。年は聞いちゃダメだ。

 

「俺はこのこと、誰にも言ってないんだよ。もうちょっと驚いてくれないと、何だか損した気分だよ」

 

「そもそも、私からすれば牧野家に若い子供がいて、それが生きていることだけで驚きなんだけどね。少し想像とは違っただけ。あなたが悪いわけではないから気にしないで」

 

 俺を安心させるようにそう言い終わると、梨花ちゃんは俺に背を向けて歩き出した。展望台から村の風景を眺め出した。

 

「貴方の信頼に対して私も応えるわ。先ほど赤坂に言っていたことを、貴方にも話す。私はまだ、諦めたくない……!」

 

 そう言うと、梨花ちゃんはふらりと展望台の手すりにもたれかかった。一歩間違えれば展望台から落ちていなくなってしまいそうな、儚い雰囲気を漂わせていた。

 

「端的に言うと、私はあと何年かすると……」

 

 俺はその先の言葉を待った。展望台には強い風が吹いて、木の葉が舞った。

 梨花ちゃんは口を開いた。

 

「殺されてしまうの」

 

 俺の頭には疑問符が浮かんだ。構わず、梨花ちゃんはさらに言葉を続けた。

 

「誰に、どのように殺されるのかは私も分からない。ただ、昭和58年の6月の今日。あるいはその数日後に……私は殺されてしまう」

 

 その言葉は、どうして、とか疑問を投げかけられるようなものではなかった。決まってしまった悲しい予定を読み上げるかのようで、俺に言えることはなかった。

 

「貴方にこれを伝えるのも、私が赤坂と話をしていたのも。この運命を変えたいから……それだけなの。大好きな、仲間と……楽しい日常を過ごしたい。私の望みはそれだけ」

 

 諦めの混じった梨花ちゃんの横顔に、俺は心を奪われた。

 彼女がかつて俺に言った言葉や、まだ世間に知られていない音楽を知っている理由……それはやはり、何かしらの事情があるんだろう。

 

 そして、体はともかく、大人としてこの子を助けてあげないといけない……そう思った。

 

「俺に出来ることはないのかよ?」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。でも、貴方がどう動けば世界がどうなるのかは私には分からない。それに、まだ……惨劇は始まってもいない。だから、今の所頼みたいことはないわ」

 

 そう言うと、梨花ちゃんは展望台の手すりから手を離し、振り返った。俺の目を見て、言い残したように口を開いた。

 

「あなたの存在には、色々と助かっているわ。これは私の本心。あなたが無神経に構うおかげで沙都子と悟史は孤立していない。沙都子は心の傷を負わなくて済んでいるし、園崎家も寛容になりつつある。そうそう、村に音楽の文化が生まれて、ダム戦争のストレスはほんの少し和らいでる。何より、あなたがいるから私は退屈しないの。だから、感謝してるのよ」

 

「そんな、大したことはしてないつもりだけど……どういたしまして。ちなみに、赤坂さんはどんな人なの?」

 

「公安警察よ。私も知らないし、あまり話せることはないけど……赤坂の妻は、今日死んでいたかもしれなかった。どうやらそうはならなかったようだけどね。あなたは何か赤坂に伝えた?それなら、赤坂の妻の無事はあなたのおかげかもしれないわね」

 

 俺は首を振った。特に何か大事なことを話した覚えはない。だが、俺が何かしらの影響を与えたとすれば……バタフライエフェクトってやつだろう。

 

 さっき大石さんが来た時に、梨花ちゃんは何を驚いていたのかと思ったが、妻の訃報がなかったことに驚いていたのだろうか。

 

「公安警察かぁ……複雑な事情がありそうだね。聞かないことにしとくよ」

 

 梨花ちゃんは、賢明ね、と呟いた。

 またしばらく、沈黙が訪れた。俺たちは共に、夜の雛見沢を見下ろしていた。ひぐらしのなく声だけが俺たちを見守っていた。

 

 しばらくして、梨花ちゃんは息を吐いて寂しげな笑みを浮かべた。

 

「……あなたのことは正直、あまり分かってない。でも、私は死にたくない……あなたが藁だとしても、縋り付きたいの」

 

「ふふ、俺は藁じゃないよ。梨花ちゃんがしがみ付いてくれるのは嬉しいけどね」

 

 俺の軽口に梨花ちゃんはふっ、と微笑んだ。

 

「そう。じゃあ、縋り付くのはやめとく。足場代わりにさせてもらうわ」

 

 そう言い終わると、ふらりとこちらへ歩き出す梨花ちゃん。足元の小石に躓いて転びそうになり、俺は慌ててそれを支える。

 

 ゆっくりと顔を上げてこちらを見たその顔は無邪気な少女そのもので、「もう1人の梨花ちゃん」は去ったようだった。

 

「支えてくれてありがとうなのです。にぱー⭐︎」

 

 そう言ってにっこりと笑った。俺も、合わせて笑みを浮かべた。

 

 どういう経緯でこの無垢な人格?が生まれたのかは分からないが、二重人格か、ある種の心の防衛機制なのかもしれない。

 無邪気な姿を示す梨花ちゃんと、大人びた憂いを宿すもう1人の梨花ちゃん。どちらも、彼女の一側面のように思えた。

 まだこんな年齢でそんなふうに心が歪んでしまった梨花ちゃんが哀れで、思わず俺は言葉を発した。

 

「俺が君の力になりたいのは本当だ。何かあったら何でも言ってくれ」

 

 みぃ、と鳴いて頷く梨花ちゃん。

 俺たちは示し合わせたわけでもないが、一言も話さずに展望台を後にした。

 

 

 

 展望台で聞いた梨花ちゃんの事情を、疑う気持ちは起きなかった。

 

 自分が死ぬことも、そしてダムの建設が中止になることも、彼女にとっては確定した事実なのだと言った。彼女は、未来視か時間の逆行か、その仕組みはわからないがこの世界のことを詳しく知っている。

 

 はっきり言えば、荒唐無稽な話だ。でも、俺自身同じようなことを経験している。梨花ちゃんは、「地獄へ道連れ」のことだって知ってた。言ったこと全てが嘘だとは思えない。

 

 今日俺が聞いたこと以外にもきっと知っていることはたくさんあるはずだが、俺はそれを無理やり問いただそうとは思わなかった。言わないといけないことなら、俺に伝えてくれるはず。

 

 斜面で見せた、梨花ちゃんのあの縋るような目。あれを思い出せば、梨花ちゃんが何かの加害者だとはとても思えなかった。

 

「雄星。また明日学校で会いましょう、なのです」

 

 斜面を降り、神社の境内に戻る頃。梨花ちゃんは俺にそう言った。俺もそれに返事を返した。

 

「うん。また明日」

 

 梨花ちゃんはてくてくと小さな歩幅で家に帰って行った。

 そして俺はというと、梨花ちゃんと展望台から降りてきたのを神社にいた大人たちに見られていて、また野暮な追及をされた。

 

 酔っ払った大人たちを振り切るようにして神社の階段を下り、家を目指した。父は下の車で待っているらしい。俺が展望台に行ったのを見て村人に伝言を頼んでいたらしく、酔いがそれほど回ってない村人が俺にそう教えてくれた。

 

 階段を降りると、いつもの白いミニワゴンが停まっている。車に乗り込むと、ここでもやはり梨花ちゃんとの関係について父から色々と聞かれる。父親まで子供の恋愛事情について聞いてくるのかよ!

 

 こんな当然の日常はいつまでも続くと思っていた。しかしこの世界では、それが当然ではない。少なくとも、梨花ちゃんや赤坂さんにとっては。

 

 身近な人に危機が訪れる中、どうして俺はそうじゃないと確信を持って言えるのだろうか。俺は野暮な父の追及を躱しながら、これから訪れるかもしれない不幸について考えるのだった。

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