雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第16話

 

 ダム建設計画は去年の綿流しの日からしばらくして、だんだんと尻すぼみになっていった。

 

 両親を経由して聞いた噂では、突然計画が進まなくなったのも園崎の差金ではないか、とか。

 死守同盟のしてきた抗議活動が芽を出したか、あるいは本当に何かしらの取引があったのか、このどちらかだろう。あるいは、赤坂さんが来た去年の綿流しの日に、きっと何かがあったに違いない。

 

 ダムの建設予定地にはまだ建設事務所が置かれているのも事実だが、1年前のように、連日建設予定地に詰め掛けて騒音で妨害するといった行為は行われていない。村に入ってくる車両を検問することもないし、暴力的な抗議活動がなくなったことから機動隊も配備されなくなった。

 

 ダム建設計画の進行が一旦停止したことで、鬼ヶ淵死守同盟の活動もだんだん縮小化していた。少し前までは神社の境内に行けば、いつも死守同盟の人間が集会場でおしゃべりをしていた。今では古手神社を敬愛してやまない老人が暇を潰しているばかりだ。

 

 これも俺の個人的な考えだが、この村としてもこれ以上過激な抗議活動を続けるのは難しかったのではないかと思っている。

 死守同盟の資金源は村で発行している死守同盟の機関紙の購読料や、村の有力者のポケットマネーからだ。税金のように村人にのしかかる死守同盟への負担は、決して裕福とは言えないこの村では限界だっただろう。

 

 そうした背景を踏まえると、計画が頓挫したなら、昼間っから働きもせず建設現場で文句を言う生活は終わりだ。

 死守同盟の活動費が減る現状は、ほとんどの村人からは好意的に受け止められていた。きっと、誰も抗議活動なんてしたくはない。人を攻撃するのは自分の精神にも負担がかかる行為だし。

 

 ダム戦争が終わりを迎えつつあるというなら、俺の関心は一つだ。

 それは、北条家の村八分を解除してやってほしい、ということ。

 見て見ぬふりをすることは出来る。しかしこれは、俺だけでも悟史くんと沙都子とは仲良くやってるから2人は寂しくないだろう、で済む話ではない。

 彼ら自身では、きっと声は上げない。悟史くんは争いは避けるタイプだ。沙都子はどうか分からないが、あれでいて痩せ我慢をする方だ。2人とも、自分に与えられた境遇に妥協をしている節がある。

 

 俺は大人として、2人の孤独を解消させたかった。

 ではそれが気安く出来ることかと言うと、きっとそうではない。園崎家にもプライドと面子があり、俺が魅音ちゃんに言えばすんなり解決すると言うような話ではないのだ。しかし、だからといって諦める理由にはならない。

 

 

 

 俺は放課後の教室で、魅音ちゃんとそのことについて話をしていた。

 

「あのさ、聞き間違いかもしれないから、もう一度だけ聞いていい?」

 

 魅音ちゃんは呆れたような顔をして、俺に尋ねる。俺は、もう一度言ったことを繰り返した。

 

「だから……北条家の扱いについて、お魎さんと話せないかな。ダム戦争は終わったんだし、一家全員は難しくても、子供達に非はないんだし。せめて、子供達だけでも……」

 

「友達としては深く共感するよ。私も、あの2人が村八分を受ける謂れは、ないと思う。でもさ……ユウが園崎に近い牧野家の息子だってことを差し引いても、どうなるかはわかんないよ」

 

「最悪の場合は?」

 

 魅音ちゃんは一息置いてから、机の一点を見つめてゆっくりと口にした。

 

「ご両親含めて、北条家と同じ目に遭うかも……」

 

 背筋が凍る。それは確かに御免被りたい話だった。俺も一度考える。

 

 俺はまだ小学生。周りの助けなしで、生きられるような状況じゃない。両親だってそうだ。きっと、園崎家の助けを借りて生きてる。この村で商業をして生きる現状を鑑みると、村八分は死活問題だ。

 

 でも、1人で生きていけないのは沙都子たちも一緒だ。

 俺は中身が大人だ。心も、きっと同年代の子供達よりはよほど強い。だからこそ、もしも村八分を受けても……きっと苦しいだろうが、生きていけるだろうと思う。でも、彼女らは誰にも助けを求められないまま、この村で辛い思いを抱えたまま、大人になっていくのだ。

 

 それは嫌だった。この事情を放っておいて、のんびりと生きていくなんていうのは、解決を諦めているだけだ。そして、解決が出来るかどうかは、やってみなければわからない。

 

 しばらく考え込んでいた俺を、不安げな顔で見る魅音ちゃん。俺は躊躇いながらも、勇気を出して口を開いた。

 

「か……構わない。両親には悪いけど、こんなことを放置して生きていく方が、俺は嫌だ。魅音ちゃん、頼むよ。お魎さんとの話し合いをセッティングしてくれ」

 

「はぁ……なら、私も。私も行ってあげる。友達が命を賭けてるんだし、私だって放っておけないよ!」

 

 魅音ちゃんは、大きな溜息を吐いた後で、覚悟を決めた顔をした。それは多分、俺以上に事の重みがわかっているからなんだと思った。

 

「あ、あぁ。ありがとう……」

 

「ふっ、こっちこそだよ。私も、このことにはずっと違和感を覚えてたんだ。きっかけをくれたことには感謝してるよ。それにさ……悟史たちがこの村を嫌いなまま大人になっちゃったら悲しいでしょ。私は、今の友達たちとは20年後も仲良くいたいから」

 

 魅音ちゃんは決意を感じさせる表情で、強く頷いた。

 

「よし!それじゃあ、善は急げ、だね。今日なら、婆っちゃの手も空いてるよ。最近はダム戦争のことで忙殺されてないから、機嫌も悪くないはず。準備ができたら家に迎えにいくから。首を洗って待っててよね」

 

「それって、首を切られる前に言われるやつじゃないの……?」

 

「それくらいの覚悟はしておいてよね!」

 

 魅音ちゃんはそう言って、笑った。ボーイッシュで可愛かった。

 

 

 

 そして今、俺たちは園崎家の玄関にいた。

 

「もうここまで来たら、引き返せないよ。死ぬ覚悟は出来た?」

 

 魅音ちゃんは俺を怖がらせるように言った。俺だって男だ。内心に残った臆病な自分を誤魔化すように、不敵に笑って見せる。

 

「死なば諸共……はまずいか。当たって砕けろ、ってやつだよ」

 

「あははは!婆っちゃを道連れにされちゃあ困るけどね。ま、覚悟が出来てるなら良かったよ。それじゃ、行こう」

 

 魅音ちゃんは勝手口を開き、敷地の中に入っていく。俺もそれについて歩いていく。

 

 園崎家の敷地は、ちょっとした日本庭園があったり、広大な林があったりと、田舎の大地主ならではのスケールの大きい景色が見られる。その中に悠然と立つ、合掌造りの建物が園崎本家だ。

 

 いつもならお手伝いさんや魅音ちゃん本人がお魎さんへの取次をしてくれるのだろうが、今は俺たち二人だけ。待っているであろう部屋に、俺たちは静かに向かった。

 

「婆っちゃ。入るよ」

 

 魅音ちゃんはそう言って襖を開けた。部屋の中、お魎さんは縁側に座って外を眺めていた。

 

 魅音ちゃんは進みでて、正座をする。俺もそれに倣って、正座で横に並んだ。

 

「こんにちは、お魎さん。今日はお時間を頂いてありがとうございます。お願いがあって、参りました」

 

「ふん、あんたが何をやっとるか、何を伝えに来たかは知ってるんね」

 

 うんざりしたような顔で、お魎さんが振り向く。緊迫した状況で、俺の額を汗が伝っているのを感じた。

 

「婆っちゃ。早速、本題に入るよ。ユウは……」

 

「俺が伝える。俺が言い出したことだから」

 

 俺は魅音ちゃんを制して、大きな声で言った。

 

「お魎さん。ダム戦争はもう終わりました。北条を……いえ、沙都子と悟史くんを。許してあげてくれませんか」

 

 俺が両親から聞いたお魎さんの性格からすると、俺の言葉を聞いてすぐに、怒り狂うかと思った。しかし、お魎さんは意外にも静かな雰囲気を崩さぬまま、返事をした。

 

「まだダムの建設計画が完全に凍結したわけじゃあね。なぁにを先走っとるんね」

 

「……一度止まった歯車を、もう一度動き出すのにはもっと大きな力がいる。ましてそれが、国の事業ともなれば、尚更です」

 

 決まりの悪そうな顔で、お魎さんは言った。

 

「とにかく、ダム戦争はまだ終わっちゃあおらん。もしも今北条を許して、ダム賛成派が力をつけたらどうなるか……それぐらい、わからんわけがないやろう?」

 

「はい……仰る通りです。お魎さんが、まだダムの計画が進行するとお考えなら……そこに異議はありません」

 

 意外にも、お魎さんは落ち着いていた。聞き分けの悪い孫を諭すように、ゆっくりと俺に言葉を放った。

 

「雄星、あんたぁ、北条の恩知らずと話したことはあるんかい?」

 

「2人とは仲がいいですが……ご両親とは話したことはありません」

 

「あいつらは、公衆の面前で園崎のことを悪し様に罵ってくれた。何のケジメもなく、あいつらを許すことは出来ん。これはメンツの問題じゃあ。それは、雄星や魅音が何を言おうが、どうにもならんことや」

 

 お魎さんは、どこか悲しそうな声でそう言った。隣にいる魅音ちゃんも、深く頷く。

 

「……わかりました。本当にその通りだと思います。でも、子供たち二人は……」

 

「北条の子供らが罪を犯したわけではない。それはわかっとる……しかし、この村っちゅうのは、掟を守ることで保たれてきた。裏切った者は、ケジメをつけさせる。それが出来なくなれば、村の纏まりはなくなるっちゅうもんや」

 

 感情的にはならず、ただ淡々と言葉を紡ぐお魎さん。魅音ちゃんが口を開こうとして、やっぱりやめたのが俺にはわかった。

 

「……ただ、これが良いこっちゅうわけやなぃんは、誰よりも、よう、わかっとる……」

 

 お魎さんは悲しい過去を思い返すように、小さく呟いた。俺はその雰囲気に一瞬言葉を失った。少ししてから、お魎さんの目を見つめ返して言った。

 

「……では、いつか……北条家が正式に謝罪をして、ダムの建設の計画も完全に凍結されたとしたら……その時は、沙都子と悟史くんのことも、許してあげてくれませんか」

 

「……」

 

 お魎さんは、傍に置かれた湯呑みに口をつけた。どう答えるか迷っているようだった。そこで、魅音ちゃんが小さく息を呑んでから、話し始めた。

 

「婆っちゃ。婆っちゃは、悟史と沙都子とも会ったことないよね」

 

「それがどうかしたんか」

 

「両親はそうじゃないかもしれないけど、あの二人は本当に良い子たちで……わ、私の仲間なんだ。婆っちゃが、会議の中で一言言ってくれるだけで、二人は救われる。お願いだよ、婆っちゃ」

 

「はぁ……魅音、お前は園崎の人間じゃ。それが、そんなことを言う意味は……わかっとるんやろうな?」

 

 お魎さんは、睨みつけるようにして魅音ちゃんを見た。魅音ちゃんは少しも引かず、見つめ返した。鷹のような、鋭い眼光が光る。

 

 永遠にも感じるような張り詰めた空気が、お魎さんが力を抜いたことで緩む。

 

「もうええ。好きにせえ!わたしゃあしらん。そもそも、北条の子供らに辛く当たれと言うた覚えもない。ほら、子供は帰る時間や。はよぉ帰れ」

 

 お魎さんは、呆れたような顔でそっぽを向いた。

 

 これはどういう反応なんだろう、と魅音ちゃんの方を向くと、手応えがありそうな感じの顔で頷いていた。考えてみれば、今まで北条家は敵だと言って憚らなかったお魎さんにとって、俺や魅音ちゃんが2人のことを仲間だと言った発言にお咎めの言葉がなかったのは、大きな譲歩なのかもしれない。

 

「お時間を頂きありがとうございました。失礼します!」

 

「婆っちゃ。また後で」

 

 俺と魅音ちゃんは揃ってお魎さんのいる部屋を後にした。

 中でぺらぺらと話すのはあまり良くないのか、魅音ちゃんは無言ですたすたと歩いて出口へと向かった。俺もそれに着いて行った。

 

 張り詰めた空気の園崎本家を抜け出し、俺たちは大きく息を吐いた。魅音ちゃんが先に切り出した。

 

「やったね、ユウ。婆っちゃ、ユウには甘いんだよ。私1人だと突き返されてたかもしれないけど……上手く行ったんじゃないかな!」

 

「さっきので、上手く行ったのかな……?」

 

「うん。最初のころ、悟史と沙都子は村八分にされてなかったの、知ってる?」

 

「いや、知らない。そうだったの?」

 

 魅音ちゃんは頷く。

 

「両親はともかくとして、2人まで巻き添えになったのは、村人の勝手なんだよ。沙都子は挨拶を返さないからとか、悟史は暗いからとか、そんなくだらない理由で、村の大人たちが2人に悪い印象を持ったのが始まり。でも、さっきみたいなことを婆っちゃが言ってくれるなら……明言せずとも、2人も村の一員だと黙認してくれてるわけだよ」

 

「そっか。そんな意味が……」

 

 俺にはよくわからないところもあるが、それは誰よりもお魎さんの内面を知る、魅音ちゃんだからこそ分かることだろう。俺はその言葉を信じることにした。

 

「多分、すぐには解消できないよ。これから、一年か二年、もしくはそれ以上かかるかもしれない。でも、婆っちゃが何も言わない、って言ったのは、強い後ろ盾だと思っていい。みんなが2人と接することが、2人が村の一員として認められる助けになるんだよ!」

 

「それなら、お魎さんには感謝しないとな」

 

「そうだね。多分この決断も、婆っちゃからすれば身を切るような思いだよ。もしも、私たち以外の人間が……園崎の親類や、村の人間がいたら、こうはならなかった。婆っちゃは園崎の人間にも、不要な隙は見せないから」

 

 魅音ちゃんは深い感慨を思わせるような表情で、園崎家の通用口へと向かった。もう、空は赤らんでいた。夕暮れ時の春の空に、鳥の鳴き声が聞こえていた。

 

「今日はありがと。私だけじゃ、きっと掟に対する違和感を覚えているだけだった。ユウがきっかけを作ってくれたから、婆っちゃと対峙することが出来たんだよ」

 

「そんなことないと思うよ。魅音ちゃんなら……きっかけがあれば、お魎さんに掴み掛かるぐらいはしそうだよ」

 

「あははは!婆っちゃにぃ?むりむりっ!婆っちゃが何をしたって、そこまでのことは出来ないよ!」

 

 魅音ちゃんはその光景を想像してか、楽しげに笑う。多分、これから家に戻れば、今日のことで小言を言われたりはするだろう。笑えるような気分ではなかったかもしれないが、俺の冗談に合わせてくれたのだろう。良い子だ。

 

「魅音ちゃん、俺の方こそ、ありがとう。少しずつ、この村も良くなってる……そう思わない?」

 

 俺がそう言うと、どこかしんみりとした顔つきで、魅音ちゃんは言う。

 

「うん、思う。……つくづく、ユウは雛見沢で生きるのに向いてないね!」

 

「それって悪口?それとも、褒め言葉?」

 

「うーん、褒め言葉、なのかな?」

 

 首を傾げる魅音ちゃん。

 

「そこは自信を持って言えよっ!」

 

 あははは!と村に俺たちの笑い声が響いた。この村も、少しずつ良くなって行ってるはずだ。

 将来俺がロックスターになったとして、友達が村八分にされてたなんて言えないからな。両親には肩身の狭い思いをさせるかもしれないが……これも村の将来のためだ。申し訳ないが、我慢してほしい。




ひぐらし鬼を見てると、やはり雛見沢村は早い段階でダムに沈んだほうが良かったんだろうと思いますね……。
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