雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺はその日、普段は遊ばない子供たちと一緒に、雛見沢のさらに山奥、谷河内という場所に来ていた。
何十年も昔には、人が住んでいた小さな村だったらしいが、今は完全な廃村。木々に囲まれた盆地に、朽ちた空き家が取り残されている。ガラスが抜け落ちた窓や、蜘蛛の巣が張った廃屋がずらりと並ぶその風景は、不気味としか言いようがない。
とはいえ、雪が降り積もる冬でもなければ奥まで行くことは可能なのが面倒なところで、冒険好きな子供たちは入口までは来たりするらしい。
ただ、ここは曰く付きの場所だ。数年前までは、ここには立派な採石場があった。セメント会社の採石場があり、そこで働く作業員たちの宿舎や、大きな設備があった。村の人たちの新たな働き口だと期待された。
しかし経営が上手くいかず、借金をこさえた社長は自らの娘と妻を採石場のプレハブで殺めて、自分も焼身自殺。一家心中をしたという。
そんな謂れがあるので、ここはある種の心霊スポットだった。谷河内まで来ることさえも稀だが、今日は誰が言い出したのか、採石場まで行こう、なんていうややこしい話になっていた。
勇ましく山奥へと足を進める子供達の最後尾で、俺は誰かがはぐれたりしないかと目を光らせる。
ただでさえ山ってのは危ないのに、今からは曰く付きの廃墟に行こうとしてるんだから、子供達の蛮勇には閉口するばかりだ。
「おっ!見えて来たね!あれが採石場なんじゃない?」
先頭を歩く魅音ちゃんが、遠くを指差す。
木々の隙間から垣間見えるのは、セメント工場のサイロだった。俺も噂程度でしか聞いたことがなかったが、どうやら本当に廃墟の採石場とプレバブがあるようだった。
「あのさ、こういう廃墟って危ないんだよ。中には家がない人とか、不良とか、犯罪者とかがいて……俺らが見つかったら、家に帰れないかもしんないよ」
「まさかこんな山奥に誰も来ないよ。ユウ、もしかして怖がってる?」
俺を揶揄うように言う魅音ちゃん。だが、俺は本気だった。
「俺は怖いよ。ここに来てる子供達の中じゃ、俺たちが年長組でしょ?責任持って、みんなを家に返さないといけないよ」
俺が真剣な顔で言うと、魅音ちゃんはうっ、と言葉に詰まる、まさかこんなに真剣に返されるとは思ってなかった、という表情だった。
「わ、分かってるよ。全く、ユウは真面目なんだから……いい?みんな。何か危ないことがあったり、変な人を見つけたらすぐに家に帰ること。わかった!?」
子供達は口々に、はーい、と返事をする。
魅音ちゃんの号令は効果がある。村の大人たちも子供扱いはできない魅音ちゃんのカリスマ性は、子供たちの中でも一際目立つものだ。
「ありがとう。ちょっと気持ちが楽になったよ」
「べ、別にユウに言われたから、ってわけじゃないよ?元々、危ないことは分かってるし。念のためにね」
照れたような顔でそういう魅音ちゃん。
ひとまず、子供らが危険なところに行ってしまう可能性は少なくはなっただろう。
俺たちは気を取り直して、採石場へと向かう。
道沿いには、いくつもの廃屋が並んでいる。この谷河内という地に少しの愛着もないが、それはそれとして、人の営みに終止符が打たれたような光景を見るのは物悲しい。
いつか、あの雛見沢もそうなるのだろうか?それは少し嫌だ。もしも俺が、本当にロックスターになれたのなら……地元に貢献できるような何かをしよう。サザンオールスターズだって、茅ヶ崎にたくさんの聖地があってファンが訪れたりするらしいしな。
「何ぼーっとしてるの?置いてっちゃうよっ!」
魅音ちゃんが俺に声をかける。考え込んでいて、少し遅れていたらしい。みんなの元へ急ぐ。凸凹した斜面を早足で抜けていくと、古ぼけた看板がついたゲートがある。ゲートを通り抜けると、もうそこは採石場の中だった。
採石場はかつての姿をそのままに、時間が止まってしまったようだった。仮設の足場みたいなものが至る所に張り巡らされている。資材置き場には置き去りにされた建築資材らしきものが積み上がっており、埃を被った重機がいくつか並んでいる。潰れた経緯が経緯だ。機材を引き上げる余裕もなかったのだろうか。
子供達は興味津々な様子で辺りを見回していた。実際、俺も少し面白く感じていた。働いている人以外、採石場なんて入ることも出来ない。社会科見学では、とても見せてもらえないような場所だ。それを間近で見ているんだから、そりゃあ好奇心は刺激される。
とはいえ、やってることは不法侵入だ。バレたら間違いなく怒られる。俺はヒヤヒヤしながら採石場の中を歩いて行った。
「ねぇねぇ、缶蹴りやんない?」
子供達の中の誰かが、そう言い出した。その手にはコーヒーの空き缶が握られていた。何処かに落ちていたのを拾ったんだろう。
「いいね!やろうやろう!」
そんな感じで盛り上がる子供達だが、俺はやめたほうがいい、と思った。この中には、自分で危険かどうかの判断がつかないような年齢の子供もいる。
想定外の危険──例えば、ホームレスや不良が屯しているとか──がなかったとしても、缶蹴りは危険だ。だって、ここから先へ行こうと思えば何処までも1人で歩いていける。知的好奇心あふれる子供たちが、声をかけても聞こえないほど遠くまで行ってしまえば……二度と帰ってくることはないかもしれない。
「魅音ちゃんはどう思う?俺は反対!こえーから!」
「あははは!……みんな、ごめんね。ユウが怖いらしいから、缶蹴りはやめとこ。その代わり、みんなまとまって探検するってのはどう?ユウは怖くない?」
魅音ちゃんは俺の意図を汲み取ってくれたらしい。
「うん。それなら平気。もしも怖い人が出たら、謝って逃げるって約束ね」
盛り上がったところに水を差されたからか、つまんなそうな顔になる子供達。だが、探検と聞くと、それはそれで面白そうな響きだ。俺と魅音ちゃんの提案はすんなりと受け入れられて、俺たちは一塊になって採石場の中へと足を踏み入れた。
雪の重みで崩れかかったコンクリートの建物が点在する。俺らはそこを好奇心と、少しの恐怖と共に眺めていた。この中のどれかで、工場長が心中したに違いない。工場長は焼身自殺をしたというから、焼け焦げたような痕があるのがそれなんだろうか。
「ねぇ、なんか……変な匂い、しない?」
誰かが言い出した。確かに、言われてみれば変な香りがする。硫黄の香り……じゃなくて、硫化水素の香り、と言えばいいのか?腐った卵の匂いらしいが、俺は腐った卵を嗅いだことがない。多分そんな感じだ。
この辺りに温泉でも湧いてるんだろうか。そんな話は聞いたことないが、こんな山奥のことなんて誰も知りようがない。不思議なことだが、そういう匂いがするのが、普通のことなのか、おかしなことなのかも分からない。
「魅音ちゃん、この辺に温泉があったりとかするの?」
「いや。そんな話は聞いたことないね。もしそうなら、婆っちゃは大喜びだろうけど……」
その匂いと同時に、俺はあることに気づいた。入り口のところからここまではコンクリートで舗装された道が出来ていたのだが、途中から砂利道に変わっている。そしてその砂利道には、轍が残っていた。誰か、ここを車で通った人間がいるということなのか?
「ねぇ、魅音ちゃん……」
「うん。分かってる……ここ、誰かいるのかも」
他の子達には聞こえないよう、小声で魅音ちゃんに伝えようとするが、すでにそんなことは分かっているらしい。魅音ちゃんは、考え込むような表情になって、歩くスピードを遅くした。
その時、採石場の奥から何かが蠢くような、唸るような、そんな音がした。子供達もその音には気づいたらしく、互いに顔を見合わせる。その顔には、少しの恐怖も浮かんでいる。
「そろそろ帰ろう。これ以上いたら、帰る頃には真っ暗になっちゃうよ。みんなで遭難するわけにもいかないし……」
「そうだね、そうしよう。みんなもいいね?」
子供達もこの場所が楽しいものではないことに気づき始めたのか、それぞれに頷く。
さあ帰ろうとするところで、後ろから急ぐような足音が聞こえて来た。恐る恐る振り返ると、作業服の男が額から汗を流しながら駆け寄って来ていた。
この採石場の関係者だろうか?なんにせよ、怒っていることは確かだった。やはり、ここは立ち入るべき場所ではなかったらしい。俺は相手が何か言う前に、一歩前へ進み出て、頭を下げた。
「すみません!すぐに帰りますっ!失礼しました!」
「ここは遊ぶ場所じゃねぇんね!とっとと出ていきゃあ!」
作業服の男は、唾を飛ばして俺たちを怒鳴りつける。普通の警備員だとはとても思えない、容赦のない叱責だった。特に違和感を覚えるのは、魅音ちゃんがいるのがわかっていて怒鳴りつけてくるところだ。
雛見沢の人間なら、園崎家の令嬢である魅音ちゃんのことを叱るなんて出来ない。多分、彼はこの辺りの人間じゃないのだろう。
男は恐ろしい形相で俺たちを睨みつけ、一歩一歩迫ってくる。俺たちに近づいて、一体何をしようというのか……想像もしたくない。
俺たちはその場から逃げ出した。気がつくともう谷河内の入り口まで戻って来ていて、俺たちはそこで少し落ち着いた。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば大丈夫かな」
魅音ちゃんも息を整えてから、みんなをまとめ上げる。
「ふぅ……みんな、もう谷河内には行かないこと。いいね!?」
子供たちも、今日の恐ろしい体験ですっかり最初の冒険気分は抜けたらしい。こくこくと黙って頷くばかりだった。
そのあとはすっかり静かになって、俺たちは雛見沢へと帰った。
子供達が各々の家へと帰った後、俺と魅音ちゃんは2人きりになった。
「今日は大変だったね。あの採石場……何なんだろう?」
沈黙が続いた中で、俺から切り出した。魅音ちゃんは、言いづらそうな顔になって返事をした。
「分かんない。採石場の会社が潰れた後、その跡地は私たちの手から完全に離れちゃったんだよ……だから、あそこで何をやってても、私たちが知る方法はない」
「そっか。何にせよ、関わらない方が良さそうだね」
「うん。あの匂い、何だったんだろ……?」
「さぁね。少なくとも、村の近くで得体の知れない何かがあるのは、ちょっと怖いね……」
俺がそう言うと、魅音ちゃんも無言で頷く。それからは2人とも口数も少なく、話も盛り上がらないまま解散になった。
あの作業着の男……村の中で、どこかで見たことがあるような気がする。ただ、それがどこかはわからない。
梨花ちゃんの言うように、この村には何かが潜んでいる。もしかしたら、その一端に触れたのかもしれない。そう思った。