雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
第22話
それから、一年が経った。
その間、父は北条家を交渉の場に連れて行こうと四苦八苦してくれた。
父は言うまでもなく、園崎側の人間だ。最初は、北条夫妻は交渉に行こうが謝罪に行こうが、最後は園崎に殺されるだけだろう、なんて言っていたらしい。
しかしこのままでは村で暮らすことも難しいという現状と、自分たちの行動のために子供までもが辛い目に遭っていること。そして何より、もう国がダムを作ることはないだろう、ということを踏まえて、北条夫妻は交渉に応じた。
毎年、実行委員として祭りに関わっていた父の姿は、神社の境内のどこを探しても見当たらない。父が気を利かせて、北条家が肩身の狭い思いをするこの祭りの日に会食を取り付けたからだった。
最初は俺もその交渉に参加したいと思っていたが、どうやらそれほど和やかな雰囲気ではないらしかった。子供は遊んどけ、なんて言う父に押されて、俺はみんなと祭りを楽しむことにした。
今年の祭りは規模が今までよりも大きくなっており、出店の数も増えた。その分テキ屋を統括する立場を務める魅音ちゃんは大変そうだったが、俺たちとしてはありがたいことだ。出店を回る楽しさは倍増した。
今日は悟史くんはあまり元気がないとか何とかで来なかったが、俺と梨花ちゃんと魅音ちゃんと沙都子の4人で祭りを楽しんでいた。
魅音ちゃんは挨拶回りがあるということで一旦抜けており、沙都子は少し離れたところにあるベンチに座ってわたあめを食べている。
ということで俺は、梨花ちゃんと一緒に出店を周り、みんなが気に入りそうなものを探しているところだった。
「沙都子が今年の祭りに来るなんて、少し珍しいことなのですよ」
俺にだけ聞こえるくらいの声で、梨花ちゃんはそう言った。
屋台を前にして、やかましく楽しんでいる群衆の喧噪の中で、俺と梨花ちゃんの間には、奇妙な静寂があった。
「どうして?今のところ、俺らが祭りに来ている時は、毎回来てくれるけど……」
沙都子は家に帰りたくないからか、本当は都合が悪い時でも俺や梨花ちゃんの家に遊びに来たりすることを、俺は知っている。
悟史くんからも聞いているが、特に父との折り合いは悪いようだ。
俺が2人のお父さんと話した時は、乱暴だが、根っからの悪人だとは思えなかった。とはいえ、人間関係なんてちょっとしたボタンのかけ違いで破綻するものだ。沙都子もあんまり素直な方じゃないし、仕方ないところもある。
だが、それも最近は改善傾向にあるとは聞いてる。村八分がなくなり、長い時が経てば、沙都子も両親の愛を感じられるようになるだろう、なんて楽観的な考えを持っていた。
「それは沙都子が抱えているある事情に起因するのです。しかしこの世界ではそうはならなかった。……きっとこれも、雄星がいるからなのですよ」
「なんでだ?もしかしてそれは、今日起こるかも知れない何かと関係してるのか?」
本当に何かが起こると思っていたわけではないが、梨花ちゃんの昔の発言をふと思い出して、口にした。
梨花ちゃんは足を止めた。黙って俺の顔をしばらく見つめた。何かの決心がついたのか、彼女は俺の手を引いて人気のないところへと俺を誘導した。内緒話をしたいらしいと理解した。
「雄星。誰にも内緒にすると、約束できますですか?」
その目は俺を問いただすようだった。梨花ちゃんは可愛らしい表情のままだったが、口調は真剣そのものだ。
その事情とやらを話すかどうかを俺にゆだねているのだ。俺が断れば、梨花ちゃんはその事情を自分だけで抱え込むだろう。何も知らない俺は呑気に暮らせるのかもしれないが、梨花ちゃんはきっと、そうじゃない。彼女が全てを話し、頼ることが出来る人間は、数少ないのだ。
俺は決意を胸に、その言葉に対して力強く頷いた。
「誰にも言わない。俺は梨花ちゃんの力になりたい……沙都子の事情って何なんだ」
梨花ちゃんは俺の目を、もう一度見つめた。何かを決心するような目だった。
「……沙都子は、本人もそのことを深く理解してはいませんですが、ある病気に罹っているのです。それは悪化していたはずでした」
口を挟めない俺は、黙って続きを待つ。
「でも、それは今のところ、雄星のおかげで寛解状態にある。依然油断は出来ませんですが、いつもよりも良い状態にあるのは間違いありませんです」
梨花ちゃんは、言葉を選びながら俺に伝えてくれた。沙都子とはもう数年も一緒にいるが、そんなことには気がつきもしなかった。
祭りに来られない事情があるということは、梨花ちゃんが見てきた未来では沙都子は病院に篭りっきりになってしまっているんだろうか。しかし俺の影響でそれがマシな状態にあると言うなら、それはストレスから来る精神的な病なのだろうか。
俺には何のことかはわからなかった。梨花ちゃんはその病のこと、どんな事情があるのかをもっと知っているはずだが、問い詰めようとは思わなかった。梨花ちゃんこそが沙都子のことを一番に考えているはず。どこまで言えば彼女のためになるのかは梨花ちゃんが一番分かっているだろう。
「その違いは、梨花ちゃんにとって良い変化なのか?あるいは、悪い変化なのか?どっちだ?」
「良い変化のように思いますです。ボクの知っている限り、沙都子は雄星のことをとても慕っています。頼りになる人が増えたことが、その病の苦しみを和らげているはずです」
そう言って梨花ちゃんは可愛らしく頷いた。
「ただ、ボクは沙都子の病が悪化しなかった世界を見たことがないのです。これから先沙都子がどうなるかは、ボクにも全くわからないのですよ」
梨花ちゃんは不安そうに言った。
「なるほど……ひとまずは安心した。このことは、秘密にしておくね。……にしても、梨花ちゃんは偉いね」
「どうしてですか?」
「こんな複雑な事情を知ってて、それでも1人で努力して友達のため尽くしてるんだからさ。俺は本当に凄いと思うよ」
俺の言葉を聞いた梨花ちゃんは意外そうな表情だった。そして、照れるような、何かを悩むような、そんな表情に変わった。
「仲間なのですから、当然のことなのです。にぱー⭐︎」
梨花ちゃんは笑みを浮かべた。俺たちは話がひとまず落ち着いたことを理解して、2人で出店の食べ物を買って沙都子の元へと戻った。
いろいろと話を聞かせてもらったこのころとなると、梨花ちゃんの置かれている境遇はなんとなく分かってきた。まだ発売されていない音楽を知り、まるで見てきたように未来を語る。親友の抱える秘密の事情をも知り、雛見沢にいながらにして赤坂さんに東京に帰れなんて言ったりもする。
俺は、梨花ちゃんは俺と同じように未来から時を遡ってきたのだと確信した。この先に起こる惨劇とやらは、きっと何もしなければ本当に起こってしまうことなのだ。
だが、この村は人々の距離感が近く、仲間意識も固い。俺と、梨花ちゃん。そして俺たちが働きかけて協力してくれる魅音ちゃんや俺の両親、古手家や公由家の人々。これだけの協力があれば、この未来に待ち受ける悲劇なんて乗り越えられると信じていた。
「ちょっとぉ、2人とも遅いですわ〜!2人が何か買ってくるっておっしゃりますから、わたくしずっと前から待っておりますのよ?」
ベンチで座っていた沙都子が俺たちに声をかけてくる。確かに、しばらくの時間が経っていたかもしれない。わたあめはとっくの前に食べ終わっていて、棒だけが残っていた。沙都子は足をぷらぷらさせて不満を露わにしていた。
「ごめんごめん。良いものがなくってさあ。でも、とりあえずこれを買ってきたぜ。ほら、ベビーカステラ!どこの出店で食っても全くおんなじ味なの、何でだろうな!」
俺はたくさん入ったベビーカステラの紙袋を沙都子には差し出した。袋からは甘いバターの香りが広がる。何というか……おいしいんだけど、体には悪そうな食べ物の香りだ。
「まあ!とっても良い香りですわねっ。梨花も一緒に食べますわよね?」
「おいしそーなのです。全部、雄星の奢りなので好きなだけ食べると良いのです」
わーい、と喜ぶ沙都子は早速ベビーカステラを口にする。魅音ちゃんも、冷めないうちに戻ってきてくれるといいな。俺も一つ食べる。ベタベタのバターと、喉に残る甘さが祭りで消耗した体に効く。体には悪そうだが、美味い。
「甘くて美味しいですわね!」
「きっとこれをオヤシロ様にお供えしたら、大喜びなのです」
ピュアな喜び方をする沙都子と、不思議な褒め方をする梨花ちゃん。ちょっと気になって、聞いてみた。
「そうなの?甘すぎて文句言われない?」
「オヤシロ様は味音痴なので、甘すぎるくらいがちょうど良いのですよ〜」
それはどういう意味だろう、と考えてみたが、いまいちよくわからない。まあでも、想像してみたらちょっと面白くて、俺は笑った。
が、そこで会話が途切れた。そばにいる2人が黙っているので、顔を覗き見る。
2人はどちらも遠くをじっと見ていた。何か面白いものでもあるのか、と2人が見ている方向を見た。
そちらには、公由のおじいちゃんが、急いで俺の方に向かってくるのが見えた。年寄りなのだが、必死で何かを伝えようと老体に鞭を打って走ってくれていた。
そして俺たちの団欒の時間を切り裂くようなしわがれた声が聞こえた。
「雄星くん!沙都子ちゃん、はぁ、はぁ、ごほっ、……大変なことになった!ごほ、急いで、診療所へ向かってくれ!」
俺はその様子に、ただならぬものを感じて立ち上がった。
沙都子は何が起こっているのかが分からないような、ぽかーんとした顔。何でもお見通しの梨花ちゃんも愕然としていた。公由さんはそれを伝えるために息を切らして走って来てくれたらしい。苦しそうに咳をしてから、呼吸を整えた。
「一体どうしたんです?診療所で何が?」
しばらく息を整えた公由さんは、俺と沙都子を交互に見た。そして意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「雄星くん、沙都子ちゃん。落ち着いて聞いてくれ」
公由の爺さんは、ゆっくりと息を吸い込んでから話し始めた。
「先ほど、君たちのご両親が雛見沢への帰り道で交通事故に遭った。診療所で緊急治療を受けている。友達との時間にすまないが、急いで向かってあげて欲しい!」
公由のおじいさんが言うその言葉に、俺は頭が真っ白になった。
どうして?今日が終わって……北条夫妻が納得してくれれば、村八分もなくなって、みんな元通りじゃなかったのかよ。
後ろから聞こえてくる梨花ちゃんと沙都子の声も、頭に入ってこなかった。俺は急いで境内を走り抜けて、階段を下って自転車に飛び乗った。