雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
チカチカと光る、蛍光の明かりが冷たく俺たちを照らす。光のせいか、青白い表情になっている沙都子の手を優しく握る。沙都子はか弱い力でその手を握り返した。反対側には、悟史くんが力無く項垂れている。
俺たちは村の唯一の医療機関である入江診療所に急行した。そこでは俺も面識のある入江先生のほか、数名の医療従事者たちが俺たちの母親の延命に手を尽くしてくれていた。
話を聞いたところでは、俺の両親と北条家の両親は夕方くらいには街での会話を済ませて、夕方過ぎには雛見沢へと戻ってこようとしていたらしい。確かに、両親も行けそうなら綿流しに顔を見せに来ると言っていた。
予定通り、鹿骨市内のレストランで食事を終えたであろう俺たちの両親は、興宮から雛見沢への帰り道にある高所を通る細い道を走る途中に交通事故に遭った。
車はガードレールに突っ込み、そのまま崖の下の川に転落した。先日の台風の影響により、川は大幅に増水していた。俺たちの母親はそれぞれ、その場で意識不明の重体に。
俺たちの父親は、そこから行方不明に。もしかすると、川から上がる途中で力尽きて、下流に流されていったのかもしれない。
事故の音を聞きつけた近隣の住民が警察と救急を呼び、なんとか母親は車の中から救出された。
現在診療所で手を尽くして治療してもらってはいるが、生存すらも危ぶまれている。俺も口には出さないが、多分助からないだろうという想像はしている。
俺は呆然と待合室の椅子に座っていた。横には北条兄妹が座っていたが、みんな表情は絶望的だった。
沙都子は涙でびしょ濡れになったハンカチを声を上げて泣いていた。その顔は悲痛そのもの。俺まで泣きたくなってきた。
「ふわあああん!仲良くなってきたところだったのに……!どうして、どうして……!」
悟史くんからもその話は聞いていた。いろんな影響で沙都子は両親に対してほんの少し心を開き始めていたのだ。実は悟史くんが父親に接し方を変えるように言って、それで関係が改善しつつあったとも聞いた。
北条家の両親は粗暴だったが、悪人ではなかったと思う。最初こそ頑なな態度を取っていたが……義理のとはいえ自分の娘、息子までも自分たちのせいで村で虐められていることには申し訳なさを抱いていたはずだ。
だからこそ、俺の両親との交渉に応じようとしていた。
そんな矢先、この事故が起こってしまったのだ。これから先、沙都子は親というものに対する愛情を取り戻すことはあるのだろうか……?隣に座る小さな友達の心境を考えると、涙が出てくる。
「ほんの、つい数時間前まで、俺たちは祭りで楽しくやってたのにな……」
「ぐす、なんで……わたくしたち、ばっかり……。うわああああああん!」
沙都子は声をあげて泣いた。その言葉には今まで村で受けてきた扱いに対する悲しみも含まれてるように思えた。
いつもは気にしていないようなふりをしているが、心の中では悲しんでいないわけがない。側に座る悟史くんは頭を抱えたまんまで何も話そうとしないので、沙都子を慰められるのは俺しかいないようだった。
「大丈夫だよ、沙都子。お母さんは、きっと……助かる、よ」
自分で言っていて、その言葉がひどく空々しいのを感じた。尻すぼみに声も小さくなって、最後には消え行くような声の小ささになっていた。それは当然だった。交通事故で崖から転落して、それからかなりの時間が経っている……命が助かるとは、思えない。
「俺の両親も中年だし、タバコや酒もやるし、生活習慣も良くはなかった。人がいつ死ぬかなんてわかんないしな。運が悪かったって、そう、思うしか、ないよな……」
俺は自分に言い聞かせた。
気づけば涙が流れ出していた。両親は、前世よりも濃厚な、家族との愛や絆を俺に教えてくれた。俺が調子に乗れば叱り、落ち込んでいたら慰め、愛を持って接してくれた。この、得体の知れない人間に……。
俺は泣きながら、同じく泣きわめく沙都子の肩を優しく抱いた。俺は大人。子供達を安心させてあげないといけないんだ、
「もう、ユウ。男の子が泣いて、ぐす。みっともない、ですわよ」
沙都子は自分も泣きじゃくってる癖に、余裕を取り繕って俺の涙を拭った。悟史くんも同様だった。俺たちの方に近寄って、ごめんね、ごめんね、と繰り返す。
永遠にも思える時間が経った頃、職員の人が出てきて、俺の母親がもういよいよ危篤状態であることを俺に知らせた。時計はとっくに0時を回っていた。
俺の母は程なくして息を引き取った。死に目には会えたが、意識がなかったため言葉を交わしたりは出来なかった。結局、俺の正体についても話せずじまいだった。
両親は最後まで、自分の子供である牧野雄星に取り憑いた「俺」を知らないままで人生を終えた。
それが良かったのかはわからない。しかし、出来ることなら正体を明かしたかった。そして、感謝も伝えたかった。
入江所長は申し訳なさそうな顔で俺に、両親の死亡が確認されたことを告げた。怒りや悲しみの気持ちは少しも湧いてこなかった。
ただただ、なぜ俺の両親が死ななければならないんだろうという疑問だけが残った。
俺の中身は二十歳も超えてるはずだが、沙都子と同じくどうして俺の両親が死ななければならないんだ、と泣くことしかできない。
もうここでの用事は済んだ。俺たちがこれ以上ここにいる意味もないわけだが……俺と、悟史くん、沙都子は診療所の待合室で呆然としていた。
俺たちはみんな未成年だ。義務教育すら終えていない。未成年者だけで生活ができるわけもなく、俺たちは親権者を探し、その庇護のもとで暮らすことを選ばなければならない。場合によってはこの村を出る必要があるかもしれない。
悟史くんは親が死んだことについて話す時よりも、この先どうするかということについて話す時の方が絶望的な表情になった。噂では聞いたことがある。北条家の叔父と叔母もこの村に住んでいるが、非常に暴力的な人間だという。
叔父は半グレのアウトロー人間で、叔母はヒステリックな非常識女。村での評判を聞く限りでは、そんな感じだ。
悟史くんと沙都子は、そんな人間たちのもとで生活をしなければならない可能性が高かった。悟史くんはともかくとして、まさか沙都子が打ち解けて仲良くなれるはずもなかった。となれば沙都子を庇う悟史くんの負担も想像に難くない。
一方で、牧野家は代々雛見沢に住む家系だ。たまに会う祖父や祖母とも関係は今のところ良好だ。老人だけあって両親よりも頑固だったり、いまだにダム戦争のことを引き摺っているところはあるが、基本的にはいい人だった。きっと俺はそこに引き取られる。
引き取り先がどうなるかという苦労は、北条家の2人にしかないものだったと言える。2人の気苦労は計り知れない。気休めの言葉もかけてやれない。
俺は気分を変えるために、顔を洗いにトイレにでも行こうと椅子から立ち上がったところだった。
「もしかして……雄星のご両親は私たちの両親と一緒だったから殺されてしまったのかもしれませんわ」
突然閃いたように沙都子が言った。
「どういう事だ?北条家は命でも狙われてたのか?」
「もしかすると、オヤシロ様が私たちの両親を祟ったのかも、しれませんわ。もしそうなら、私たちの両親の巻き添えで、ユウのご両親は……」
沙都子は、恐る恐ると言った様子でそう呟いた。申し訳なさそうな、後悔するような表情だった。ここでオヤシロ様が出てくるのか。
俺は沙都子の肩を両手でそっと掴んだ。沙都子は驚いた顔で、何をされるのかと身構えていた。
「二度とそんなことを言うな。俺たちの親が亡くなったのと、オヤシロ様なんて関係ない。都合が悪いことの根拠にオヤシロ様を使うのはやめよう。オヤシロ様も悲しんでるぜ、きっと」
どこからか、うんうん、と肯定するような声が聞こえた気がした。幻聴が聞こえるとは、俺も相当疲れてるのかもしれない。
悟史くんも俺たちの会話に何か思うところがあったのか、こちらを見ていた。しかしやはりショックが大きいのか、依然黙っていた。
「でも、これで2年目ですわよ。去年は綿流しの日にダムの現場監督が、今年はダムの推進派の夫婦が亡くなった……それなら、次は……」
沙都子の表情からは、恐れが感じられた。
次は私たちかもしれない。口には出さずとも、そう言いたいらしかった。
「落ち着けって、沙都子。梨花ちゃんに聞いてみな。オヤシロ様は本来、人と鬼とを仲直りさせた神様だって言うだろ。北条と村を仲直りさせようとした父さんと母さんがオヤシロ様に殺されるわけない」
背後からまた気配を感じた。振り返るが、誰もいない。……気味が悪い。その声を振り切るように俺は言葉を続けた。
「そもそも、オヤシロ様がどうのこうのなんて、ダム戦争のスローガンに過ぎないんだ。偶々2年連続でこんなことが起きてるから、過剰に気になってるだけだよ」
沙都子はそれでも、悩んだ様子から立ち直りはしなかった。悟史くんもオヤシロ様がどうのこうのという点では悩みがあるのか、考え込んだ表情だった。
「単なる事故だよ。誰が悪いとか、そんな話じゃない。だから……」
2人は無言で項垂れていた。その反応を見るに、2人はあまりに大きなショックを受けていて、どうにも俺の言葉は聞こえていないらしい。
今日、これ以上俺が話してもあまり意味はないだろう。2人は何か俺に負い目があるように感じているようだし、一旦落ち着くのを待ってからお話をするしかない。
時刻は深夜を過ぎていたが、次の日は学校もあるのだ。両親が死んだんだから、1日2日程度休んでも大丈夫だろうが……俺には梨花ちゃんに聞きたいことがあった。ベッドを貸そうかと提案してくれる入江さんには悪いが、俺は先に家に帰って寝ることにした。
病院から家までの帰り道、両親の死によっておかしくなってしまったのか、自分の後ろに誰かがついてくるような音が俺には聞こえた。足音が多く聞こえるのだ。時々俺はその音が聞こえるのかどうか試すために立ち止まる。
ひた、ひた、ひた……ぴたり。俺は後ろを振り返った。そこには誰もいない。おかしい。音がしたのは確かだ。そして、その音は俺のすぐそばにあった。じゃあ、首を元に戻せば目の前にいるっていうのか?
首を前に戻した。誰もいない。
足音は聞こえなくなって、ひぐらしのなく音だけが残った。ぬるい初夏の風が頬を撫でる。 0時を回った暗い夜の中、俺は奇妙な体験に背筋を凍らせた。
「誰かいるんですか?揶揄ってるならやめてください。ショックを受けたばかりなんで、不愉快です!」
奇妙な体験を認められない俺は大きな声で周囲に向かってそう言った。……返事はない。俺はもう一度歩き出した。
そしてまた聞こえてくる。ひた、ひた、ひた……俺の頭はおかしくなったんだろうか?俺は何とか気にしないようにと念じながら足を動かした。
ほんの数時間程度しか離れていないのに、家まで辿り着くと言いようもない安堵が身を包んだ。
ガレージのシャッターを持ち上げて店内に入る。そして、店先に並ぶ品々を見て俺はもう一度泣きそうになった。
店番はこれから誰がやるんだろう。俺が学校に行かないなんていうのは無理だし。店の権利だけは俺が持ったまま、親戚に継いでもらうんだろうか?それとも、今ある商品を叩き売って残った財産を食い潰しながら暮らせば良いんだろうか?
考えるのも嫌になって俺は2階に上がり、シャワーにも入らずに目を閉じた。布団の中で、ある疑念が頭の中に生まれた。
"これから惨劇が起こる。最後には自分が殺される、私の望みは昭和58年6月を超えて、仲間と過ごしたいだけ。"
俺にそう言ったのは梨花ちゃん。古手梨花ちゃんだ。
あの子は、これから起こる出来事の多くをまるで見てきたかのようにあててみせた。それなら……俺たちの両親が死ぬことも知っていたのだろうか。
それなら、何故俺に教えてくれなかったんだろう。食事会をする日程を変えれば何も起こらなかったかもしれないのに。
これまで、そうは思わないようにしていたが……梨花ちゃんの言う「仲間」に、俺は入っていないのではないだろうか。残念なことだが、俺はあくまで利用されているだけなのかもしれない。
……じゃあ梨花ちゃんとも仲のいい北条兄妹の両親まで死んだのはなぜだ?彼らが死ぬことで梨花ちゃんに利益があるのか?そもそも、オヤシロ様の祟りを下しているのは誰なんだ?まさかオヤシロ様がいるわけもない。
あるとすれば、祟りを騙る誰かが秘密裏に実行し、オヤシロ様への信仰を取り戻そうとしているからか?それをやって得するのは誰だ?……古手家。古手梨花なのだろうか。
しかし、まさかあの家族3人だけでこうした犯行ができるわけもない。本当にこれが仕組まれた出来事だったとしたら、村の総意に反する人間を、足がつかないような方法で殺したってわけだ。
そして、この村にいて、それが可能な人間は……園崎家以外あり得ない。てことは、俺の友達だと思っていた2人は、裏ではこんなことに手を染めてる可能性があるっていうのか?
あの時、沙都子と悟史くんを助けようと共にお魎さんに立ち向かった魅音ちゃんの言葉は、全部嘘だったのか……?
頭の中で思考がぐるぐると渦巻いた。何年も共に過ごしてきた友人に疑いをかけるのは頭がおかしくなりそうで、俺はそれ以上考えるのをやめた。
1人で夜に考えているから気が滅入るんだ。明日、直接このことについて聞いてみることとしよう。俺は何も考えないようにと念じて、眠りについた。
次の日の目覚めは最悪だった。今が朝だか昼だかもわからないままに、ぬるいシャワーを浴びた。普段寒いのは苦手だが、初夏の朝にはちょうど良い。水がぽたぽたと滴る髪先を絞り、適当に乾かして制服を着た。
もしも親がいたなら、昨日の夜のようにシャワーも浴びずに寝ることなんてなかっただろう。朝ごはんも、起きて瞼を擦っているうちに用意されていた。そんなものは今はない。
トーストを一枚焼いて齧る。大して味はしなかったが、頭に糖分は行き渡ったように感じた。こういう粗末な飯を食うと、前世の、一人暮らしをしていた頃を思い出す。母親が作ってくれていたいつもの朝ごはんと比べれば天と地の差だ。
服を着替えて、学校の用意をする。どうせ荷物のほとんどは学校に置いてる。特に準備に時間はかからない。
「……行ってきます。お父さん、お母さん」
俺は少し気恥ずかしい心地を感じながら、誰もいない家に向かってそう言った。
父も母も、俺がくよくよしているのをあの世から見れば不安になるだろう。俺の中身は大人。こんなことぐらいで弱気になってたまるかってんだ。
むしろ、親がいないからこそ出来ることもある。そうだ。元々、この世界に来た当初は競馬で金を作ろうと思っていたんだった。
この時代なら、上手くやれば競馬場内にも入れるだろうし、俺はレースの結果を知ってるものもある。大儲けして、その金は自由に使える。バカみたいな話だが……俺は本気だ。
これからのことを考えるんだ。俺は大人。こんなことでへこんだりしない。
学校への行き道には、何軒も民家の近くを通る。中には俺の姿を見て、心配そうに外に飛び出してくるような人もいる。
「ユウくん!ご両親は大丈夫なんかい?きっとすぐに元気になるんね!」
あるおばさんは慌てて出てきて、俺を慰めるようにそう言った。
「お気遣いありがとうございます。母は息を引き取りました。父は……まだ見つかってません。これから、祖父や祖母と今後を相談することになってます」
「そうなんかぁ……気の毒になぁ。ユウくんが困るようなことがあったら、なんでも相談してなぁ」
「はい。頼らせてもらいます!」
なんてことのない会話だが、1人の時よりも少し気は紛れる。普段の登校中じゃ、急いでいるときに話に付き合わされて少し面倒な気すらもしていたような、近所の人からの声掛けすらもありがたく感じる。
村の人から掛けられる言葉のほとんどは、ご両親は大丈夫か、ということだった。
まだ現段階では俺の両親が亡くなったことは知れ渡っていないらしい。とはいえ、この村のネットワークなら今日中には俺の両親の状態は伝わるだろう。
そして、他に声をかけられるのは、「オヤシロ様の祟り」についてだった。……うんざりする話だ。中にはこんなことを言ってくる人もいた。
「ユウくん。ご両親が事故に遭われたのは、もしかしてオヤシロ様の祟りと違うんかいねえ……。2年連続やし、一緒にいた北条も死んどるんやろう?」
俺は毅然と反論をした。
「オヤシロ様は楯突くものを殺すような残虐な神ではないと思います。むしろ、鬼と村人の仲立ちをしたんだと聞いてます。北条と村の仲立ちをした者たちを殺すような神ではないはずです」
村の裏切り者と、それを村に迎え入れようとした者が祟りで処分された……まさかそんなはずはない。これが人の仕業ではないなら……もしもオヤシロ様がいるというのなら、むしろ俺の両親は褒められてもいいほどだろう。
この様子では、悟史くんと沙都子まで謂れのない誹謗中傷を受けているかもしれない。俺は危機感と、そして全てを知って黙っていたのかもしれない、古手梨花への疑念を抱えて学校へと向かったのだった。