雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第27話

 綿流しからは長い時がたち、同じ年の冬。

 

 俺は雪の降るある昼、最悪の目覚め方をした。不愉快な喉の痛みで目が覚める。息を吸い込もうとして、喉に引っかかる。

 

 今日が休みで幸いだった。もし平日だとしてもとても学校には行けそうにない。体が重い。関節は妙に怠くて、頭もくらくらとする。明らかに熱だった。喉はあまり痛くはないが……風邪だろうか。

 

「ごほっ!ごほ、ごほ……」

 

 咳をしても一人。小学生の一人暮らしで高熱を出してしまうというのは、それはそれは大変なことだった。もしも親がいれば、診療所まで車を出してくれただろうが……行くなら、歩いて行くしかない。

 

 診療所に行こうか、家で寝てるか……俺はしばらく悩んだが、結局診療所に行くことにした。

 

 その理由は、今の季節が冬だからだ。

 早く元気にならなければ、雪かきだって出来ない。元気な時なら、近くに住んでる年寄りの家も雪かきをしてあげるぐらいの健康少年だが、治さないとそれは無理な話だ。雪は今も降り積もっている。いつまでも寝ていては、家が潰れる……とまではいかなくても、他の人に迷惑もかかる。

 

 これが風邪なら、薬でも貰えばすぐにマシになるはず。俺は痛む体に鞭を打ち、布団から立ち上がった。

 下に降りて軽く身支度をする。スノーシューズを履き、分厚いダウンジャケットを羽織り、財布と保険証だけを持って家から出た。

 

 外は雪がしんしんと降っている。合掌造りの家々の茅葺き屋根には雪が堆く積もっている。雪が落ちてこないように俺は屋根の下を避けて歩く。所々で村人に話しかけられて話すが、誰もが雪かきに苦労をしている。俺の体調が悪そうなのを悟ると心配そうに見送ってくれた。

 

 冬の雛見沢の風景は綺麗だが、その裏側には住民たちの雪との戦いがある。まだ昼だが、多くの家で雪かきをしている村人が軒先に出てきていた。除雪車も時折道を走っていた。風邪が治ったら俺の家も雪かきをしないといけない。そのためには早く診療所で検査を受けて薬でももらわないと……俺は診療所に急いだ。

 

 凍結した路面に何度もこけそうになりながら、ふらふらと雪道を歩く。降り積る雪で道が通れないようなところや、悪路で迂回を余儀なくされるところも所々にある。

 まだしばらく冬は続く。3月末くらいまでは寒いのと、不便なのを我慢しなくてはならない。

 

 しばらく歩いて診療所に到着した俺は愕然とした。

 今は日曜日。病院は開いていない。入江診療所は門を閉めており、診察してもらえそうになかった。俺はどんだけバカなんだ……?

 

 来てしまったのは仕方ない。取り敢えず帰って寝よう。寒いし、寂しいし。これ以上ここにいたって意味はない。どれだけ待ったって俺を診てくれたりはしない。

 

 俺が踵を返して、家に帰ろうとしたその時。俺は見覚えのある人が診療所の中から出てくるのを目にした。向こうは俺に気づいていないようだったが、見てしまった以上は無視をするのも感じが悪い。挨拶をしに行くこととした。

 

「梨花ちゃんのお母さん。お久しぶりです。おはようございます」

 

 そこには、疲れた顔をした、梨花ちゃんのお母さんがいた。

 俺の挨拶に反応して、梨花ちゃんのお母さんは笑顔を作ってこちらへ向き直った。何かを待っているような様子だったが、ゆっくりとこちらへ歩み寄って来た。

 

 俺と梨花ちゃんのお母さんは、期間だけで言えば梨花ちゃんよりも長い付き合いだ。

 梨花ちゃんと会う前から、両親が死守同盟に参加していた縁もあって色々と話をしていた。何でも知っているような梨花ちゃんの態度を不審がって相談されたこともあるし、良好な関係だ。

 

「あらおはよう、雄星くん。最近は神社での集まりも少ないし、お久しぶりね。今日はどうして診療所に来たの?」

 

 お淑やかな雰囲気のお方だが、かつて両親に聞いた話では、家庭ではまあまあ苛烈な人で、神主である梨花ちゃんのお父さんを尻に敷いているとかなんとか。俺のことは気に入ってくれているのか、いつものようにこやかに対応してくれた。

 

「風邪をひいちゃって、病院に行こうと思って。でも急いで出てきたので、今日が休診日ってことを失念してまして……ついつい声をかけちゃったんですけど、風邪を移してしまうと申し訳ないのでもう行きますね」

 

「あはは、そうなのね。こんな寒い中一人で……本当に大変よね。そうだ、入江先生に診療してあげるように言ってみましょうか?私の言うことなら聞いてくれるかもしれないわ」

 

 うふふ、と笑いながら冗談?を言う梨花ちゃんのお母さん。小学生の子供が1人で診療所に来るとなると、確かに心配をかけてしまっただろう。 

 確かに、御三家の一角の意向ともなれば、無視はできないのかもしれないが……俺は流石にその申し出は謹んで辞退させて頂くことにした。失礼

 

「いえいえ、そんな。休みなのに来てしまった僕が悪いので!大丈夫です」

 

「あら、遠慮しなくてもいいのに……」

 

 心配そうな顔でそう言う梨花ちゃんのお母さん。親切なのはありがたいのだが、友人の母の権力を使って忙しいお医者さんに診察をしてもらおうとまでは思わない。俺は苦笑して、別れを告げようとした。

 

「もう失礼しますね」

 

「少し待ってくれたら、梨花も戻ってくるわよ。それまでおばさんとお話ししましょう? それに、体調が悪いんでしょう。診察を頼むのはともかく、家まで送ってあげるわよ」

 

 梨花ちゃんがいるのか?俺はその提案をよそに、疑問が頭に浮かんだ。

 

 古手家は女系の一族で、梨花ちゃんのお父さんの神主さんは婿に入った形。梨花ちゃんのお母さんの方が御三家の一角としての権力を持っているらしい。

 そのため、村の代表として大人の会話をするために休日の診療所に来たと言うならわかる。しかし、それに梨花ちゃんを連れてくるものだろうか。

 

「ありがたいですけど……でも僕は風邪をひいてるんです。移してしまったりするかもしれませんし、大丈夫です。僕は歩いて帰りますよ」

 

 俺が歩いて帰ろうとすると、梨花ちゃんのお母さんは俺の手を掴んで止めた。思いの外、強い力だった。

 

「雄星くんはしっかり者だけど、まだ子供でしょう?子供が遠慮しなくていいの!いいから、来なさい?」

 

 梨花ちゃんのお母さんは真面目な顔で俺にそう言った。

 

 俺の家まではまあまあ歩く。もしも歩いている時に転倒したり落雪に巻き込まれれば、命の危険すらある。誰も出歩かないこんな冬の日に、俺が1人で家まで帰るのが大変なのは事実だ。

 

 俺は梨花ちゃんのお母さんのご厚意に甘えることにした。言われるままに診療所の駐車場にまで着いて行った。2人は車で診療所に来ているらしかった。雪を避けるため俺は暖房の効いた車に乗せてもらった。

 

車の中は暖房のぬるい空気が充満し、窓は真っ白に結露していた。俺は先ほどまで震えていた体が少しずつ温まって落ち着いたのとともに、気になっていたことを聞いた。

 

「梨花ちゃんは何のために診療所に来てるんですか?」

 

 梨花ちゃんのお母さんはすぐに返事をしなかった。

 

 チラリとルームミラーから覗いた梨花ちゃんのお母さんの顔は、悔しいような、苦虫を噛み潰したような、変な顔をしていた。触れてはならないものに触れてしまったか、と俺が気付いた時、梨花ちゃんのお母さんは口を開いた。

 

「本当は言っちゃだめだから、秘密にしておいてね。……正確なことは私もわからないんだけど、入江先生の言うことでは、この村のために梨花は頑張っているらしいわ」

 

 この村の人は、言えないことばかりだ。この村のために頑張っている……それが、梨花ちゃんが抱えている事情なのだろうか。

 梨花ちゃんのお母さんには、まだ何か言いたいことがありそうだったが、そこまでで言葉を止めた。

 

 ふと診療所を見ると、1人の男が出てきた。あまり見たことがない人だ。

 彼は何か作業着みたいなものを着ていた。その作業着に、俺はなんだか見覚えがあるような気がした。どこでだったかな。凄く前に目にしたことがあるような気がするが、それがどこなのかは思い出せない。

 

 梨花ちゃんのお母さんは、その姿を見て何かを話すのをやめたように思えた。俺はさっきの言葉を聞かなかったことにした。

 

「私が、あの子を、守らないといけないの……」

 

 梨花ちゃんのお母さんは、決意に満ちた表情でそう呟いた。俺は何も口を挟まずに黙っていることにした。

 

 しばらくして梨花ちゃんのお母さんは何かに気づいたように「あっ!」と声を上げて、車内から出て行った。急いで病院に向かって行った。きっと梨花ちゃんの用事が終わる時間で、それを迎えに行ったのだろう。

 

 一人残された車内で考える。雪の降る休診日の診療所に梨花ちゃんが来ていること。これはどう考えても普通じゃない。すぐ戻ってくるということは、急な病気で運ばれたというわけでもなさそうだ。

 

 しかし梨花ちゃんのお母さんも梨花ちゃんの事情については知らないか、あるいは言えないみたいだった。梨花ちゃんが診療所に来ている理由とは一体……?

 

 しばらくして、梨花ちゃんの手を引く梨花ちゃんのお母さんが戻ってきた。

 梨花ちゃんは最初、俺が車に乗っているのに怪訝な顔をしていたが、途中でお母さんから説明があったのか、納得した表情で車の助手席に乗り込んできた。

 

 梨花ちゃんは助手席に座った。車の暖房の吹き出し口に手を当てて温めながら、後部座席の俺に振り向いた。見た感じでは、体調が悪そうには思えない。にぱー、と笑って俺に対して口を開いた。

 

「雄星は、ボクのいるところにいつもいるのです。人気者は困りますです」

 

「いやあ、それはこっちのセリフだよ。診療所の休診日に間違って来ちゃったら、まさか梨花ちゃんがいるなんてね……ごめんね、梨花ちゃん。移さないようにマスクはしてるから」

 

「せっかく診療所まで歩いて来たのに閉まってて、雄星はかわいそかわいそなのです」

 

 彼女は小さな手を後ろに向かって伸ばしたが、俺が風邪をひいているので、頭を撫でられるのはやめておいた。

 梨花ちゃんが診療所にいた理由は聞かなかった。それが彼女の秘密に関わるんだったら、俺は彼女が話してくれるのを待とうと思った。

 

 俺らがそんな話をしているのを微笑ましい顔で見守っていた梨花ちゃんのお母さんだったが、少ししてから思い出したように車のエンジンをかけた。

 

 車内では取り留めもない会話が続いた。雪がどうだの寒さがどうだの、最近の学校の話なんかもした。梨花ちゃんのお母さんは、最初会った時よりもずっと機嫌が良さそうだった。

 

「あ、そうだ。ごめんね雄星くん。家に向かう前にほんの少しだけ寄り道をしてもいいかしら?」

 

「はい。大丈夫です。暖かいとこにいて、少し元気になって来ましたから」

 

 俺はそう返事をした。実際、しばらくして元気が出て来た。梨花ちゃんのお母さんは、安心したような顔になった。

 

 どうやら何か買いたいものがあって、通り道の店に行くらしかった。車を路肩に停め、梨花ちゃんのお母さんは店へと入って行った。車内に2人っきりになったところで、梨花ちゃんはルームミラー越しに俺を見て、口を開いた。

 

「雄星……どうして診療所に来たのですか?」

 

「さっき言った通り、本当に間違えたんだよ。熱で頭がぼけててさ……」

 

「そうなのですか。なら、いいのです……」

 

 それっきり、梨花ちゃんは意味深な顔で押し黙った。俺はその様子に、診療所と梨花ちゃんの関係について興味が湧いた。

 

「梨花ちゃん。言いたくないならいいんだけど……診療所で何をしてたの?」

 

「雄星。悪い事は言わないのです。入江診療所が何をやっているのかは、知ろうとしない方がいいのです」

 

 梨花ちゃんは落ち着いた様子で俺にそう伝えた。どうやら何かの事情があるのは確からしいが、彼女はそれを俺に探って欲しくないみたいだった。

 

「ああ……言いたくないなら、大丈夫。今日診療所に来たのは本当にただの勘違いなんだよ。体調が悪くてぼーっとしててさ」

 

「それならいいのです。でも、診療所を探らない方がいいというのは、ボクの都合のためではなく、雄星の身のためなのです」

 

 心配した表情で梨花ちゃんはさらに続けた。その目は真剣そのもので、彼女が抱える事情の深刻さが伝わってきた。

 

 梨花ちゃんの抱える事情には、間違いなく入江診療所が深く関わっている。入江所長は変わった癖があるが凄くいい人のように思えるのだが、本当はそうでもないのかも知れない。

 

 先ほど見た作業服の男。あれは医療従事者という雰囲気ではなかった。それよりもむしろ、荒事に慣れた人間のようにも見えた。それこそ、この世界で出会った人で言えば……そうだな、園崎家にたまーにいる用心棒の人のような感じだ。

 

「わかった。ありがとう。肝に命じとくよ」

 

 梨花ちゃんはその答えに満足したのか、それ以上の会話はしなかった。俺たちがその会話をして、しばらくすると梨花ちゃんのお母さんは帰って来た。何故か分からないが、微笑ましいものを見たような笑みを浮かべていた。少し恥ずかしい気持ちになる。

 

「お待たせ。さあ、家まで送るわね」

 

 車にエンジンがかかる。ギュルギュル、ギュルギュル、とスパイクタイヤが雪道を引っ掻く音がした。

 

 梨花ちゃんのお母さんは俺を家まで送り、神社の方面へと帰っていった。2人を乗せた小さな車が、雪で白く染まる村の向こうに消えていく。俺はその後ろ姿をぼんやり眺めていた。

 

 俺は梨花ちゃんの抱えている事情を頭の中で考え……やっぱりやめて、寝た。早く風邪を治してからでいい。俺は彼女を信じてる。何か伝えないといけないことがあるのなら、言ってくれるはずだ。

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