雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
第28話
蝉の声がうるさい夏の日。俺は1人、自転車を漕いでいた。
「あちー……」
今年は異常気象なのだろうか?……毎年そんなことを言ってるような気がする。前世の夏だって毎年毎年おかしいぐらいに暑かったのだが、昭和50年代の夏も、それに負けず劣らず暑い。
何てったって、エアコンがない。前世だったら、暑ければその辺のコンビニや喫茶店にでも入れば座れるところはあった。この時代じゃ、そうはいかない。エアコンが効いてる公共施設なんか、都会の役所や病院くらいのもんだろうし、熱中症だって根性でなんとかしろって感じだ。うんざりする。
そして、そんな暑い中で、俺が何故1人で興宮の街にまで来ないといけなかったかというと、それは市役所で手続きをするためだ。
俺の母親は、あの日に診療所で亡くなった。父親は未だに見つかっていない……頭の中ではもうとっくに、死んでしまったことはわかってるが。
一応は捜索を続けてくれているらしいが、まだ見つかっていないということは……海にでも消えたんだろうか?あるいは、ずーっと川を流れて、どこかのダムの底に骨が沈んでいるんだろうか?
それはまあ、どっちでもいい。遺体がなくて墓を作ってやれないのは悲しいが、代わりに父の遺品を墓に入れた。骨がなくたって、墓は墓だ。毎月墓参りには行っている。
父の失踪届を出してから、もうすぐ一年が経とうとしている。両親が起こした事故のように、生存の可能性が極めて低そうな事故や災害に巻き込まれたあとに行方不明になった人間は、「特別失踪」なんていう扱いになるらしい。本来は7年が経たないと死亡認定にならない行方不明だが、特別失踪の場合は一年でそうなるとか。
俺はそれに関する手続きのために、興宮の市役所に来たのだった。
興宮の役場は、人もそんなに来ないんだろう、いつも通りのんびりとした空気に包まれていた。
特に案内されるわけでもない。番号札を取って、待合の椅子に座る。自分の順番を待っている間には、時計の針の音と、職員の人がペラペラと用紙をめくる音だけが聞こえた。
やっと呼ばれて窓口へ行くと、年配の女性職員が対応してくれた。少し気まずそうに眉を寄せながらも、丁寧に書類の説明をしてくれる。
「……ああ、今月末で、お父さんは法律上は死亡と見做されますので……。改めて、大変だったでしょうけどね。これでお父さんの戸籍も整理できますよ」
安心させるような笑みだったが、俺は父の戸籍を整理できることが喜ぶべきことのようには思えなかった。そりゃ、もちろん死んでいるんだろうが……わずかにあった、生きていてくれないかという気持ちに諦めはつく。
俺は職員さんに薄く笑って会釈した。
大変だったでしょうけど、か。今も大変だし、これからも大変なことが続くだろう。とにかく、受け入れて前に進んでいくしかない。
簡単な判を押され、手続きは終わった。ぬるい風が吹く役所を離れて、俺は帰り道へと向かった。
にしても、暑い。書類が飛んでいくからか、役所の窓は所々しか開いていなかったし。
ここから家まで帰るのなら、30分ぐらいは自転車を漕ぐ。まぁまぁの登り坂だって越えないといけない。
気が遠くなるような気持ちで、俺はふと思いついた。
そうだ、図書館にでも行こう。
最近は一人暮らしにも慣れて、時間もあるし。本を借りてちょっと休憩しよう。たかが1時間の書類手続きのためにここまで自転車を漕いで、すぐに帰るなんて勿体無い気がする。
せっかく興宮まで来たのだ。何かしら他のこともしないと損した気分だ。図書館ならお金を使わなくても行けるし、暑さも役所よりは凌げる。
俺は自転車を方向転換し、興宮市立図書館へと向かったのだった。
図書館の中は冷房が効いてるわけじゃないが、涼しい。窓を全開にして、扇風機が至る所で回っている。カーテンが風に揺れ、ゆらゆらと動くのが爽やかでいい。ここに行こうと思ったのは名案だった。
「おんや、久しぶりだねぇ。牧野くんかい」
受付にいた、司書のおばちゃんが俺に話しかけてくる。
確かに、ここのところ本を借りに来てなかった。俺は軽く会釈を返して、館内の奥へと進んだ。
さて、どんな本を読もうか?
俺はちょっと考えた。いつもは文庫本になった海外の名著がずらりと並ぶコーナーに足を踏み入れるところだが、毎度毎度それでは味気ない。変わったものを読んだっていい。
俺は適当にその辺りをぶらつくことにした。目的があって来たわけじゃない。ただ、ゆっくりするために来たんだから、急いで目的の本へと向かう必要なんてないわけだ。
俺は割とたくさんの本を読んでいる。世界の名著みたいな作品ばっかりじゃなくて、最近はビジネス書とか、歴史ものとかも読み始めている。
これがなかなか面白く、全然名前も聞いたことがないような本も、読んだら面白かったりする。
もちろん中には読み進めるのが難しいようなものもあるが……良い本を見つける喜びがあるのだ。
「……を調べる上でもとても役立つことなのよ?……」
歩いて回っている時、俺の耳には聞き覚えのある声が聞こえた。誰かと話をしているらしかった。
確か……鷹野三四さん。入江診療所で看護師をやっている女性だ。雛見沢の不気味な歴史を語るのが好きで、診療所に訪れた子供たちに語って聞かせては、入江先生に嗜められている姿を見る。どこかミステリアスな人だった。
そこで、かつて梨花ちゃんが赤坂さんに自分の秘密を明かしていたのを思い出した。
俺はあの時、中途半端に話を聞いてしまって、少し後悔した。今度はそうはいかない。何の話をしてるかは知らないし、もしかしたら今度こそただのデート中かもしれないが……とにかく、人の話を隠れて聞いたりするもんじゃない。
この辺にあるのは……地域の歴史か何かについて書いたものだっただろうか?大体どの地域にだってある郷土史コーナーって感じだ。読めば意外と面白いのかもしれないが、今はちょっと気分じゃない。すぐにその場を離れて、違う本を探しに行くことにした。
結局俺は、図書館の入り口にある新書のコーナーに向かった。
そこには、『ノストラダムスの大予言』なんて本が仰々しいポップと共に置かれていた。確かにそんな時代か。
俺は興味を持って、その本を手に取った。今はこれが流行る時代だということだろう。
1999年の7月、空から「恐怖の大王」が訪れる……そんな触れ込みで、日本の人々に浸透した滅亡の予言が、嘘だったということは俺は分かっている……でも、だからこそ好奇心が湧いてくる。この時代の人は、やがて訪れる21世紀をどんな気持ちで迎えたのだろうか?
パラパラとページを捲る。本気で読み込んでいるわけじゃないが、なかなかに面白い。
「ねぇ。面白い本を読んでいるわね?」
そんな俺に後ろから声がかけられた。びっくりして、肩を震わせる。
「くすくす……そんなに驚かなくてもいいじゃない?それとも、私のことは忘れちゃったかしら?」
「いいえ?こんにちは、鷹野さん、富竹さん。今日はデートですか?」
「で、デートだなんて!あ、ははは……そう見えるかい?」
照れたように笑う富竹さんだが、そのそばの鷹野さんは冷たい。
「偶々会って、少しお話をしていただけよ。それより、牧野くんはノストラダムスの大予言……信じてるの?」
富竹さんを、鼻で笑ってあしらった。富竹さんはバツの悪そうな顔で黙った。
鷹野さんは嫌らしい笑みを浮かべて、俺に尋ねる。信じているのを揶揄うつもりというよりは、興味津々な感じだった。
「こう言ってしまうとつまんないですけど……全く信じてないです。でも、その想像力は面白いですよね。空から降る恐怖の大王ってのは……核兵器?あるいは、隕石?それとも……細菌兵器、なんてのもあるかもですね」
実際、俺の前世では世界を震撼させるようなパンデミックが起こった。ああいうのが今の世界で起これば……どうなるんだろうか。少なくとも、前世で経験したよりも酷いことになるのは確かだろうな。
俺が自分の発言に、確かな信憑性を感じていると……2人の顔は、少し暗くなったような感じがした。細菌兵器なんて言ってしまうと、医療従事者である鷹野さんは良い気はしないのかも。俺はすぐに謝った。
「すみません。その、面白がるようなことではなかったですね」
「いいえ。謝らなくてもいいの……もしかして、あるかもしれないわよ?人を狂わせるような、街を滅ぼしてしまうような細菌兵器がね。くすくす……」
「た、鷹野さん。揶揄うのはやめてあげてよ。牧野くんも、邪魔して悪かったね。今日は図書館に来るために興宮に?勤勉だねぇ!」
話題を変えるように、明るい風を装って富竹さんが言う。
「あ、いいえ……両親の失踪のことで書類手続きが。その帰りなんですが、あまりにも外が暑かったんで、涼みに来てました」
俺がそう言うと、富竹さんは口をあんぐりと開けたまま、申し訳なさそうな顔をした。器用な仕草だった。
「ご、ごめん!そんなこととは知らず……嫌な気持ちにさせてしまったね」
「気にしないでください。もう慣れましたよ。大変ですけどね」
もういいと言ってるのに、富竹さんは大袈裟に謝罪を続ける。鷹野さんはそんな彼の姿を見て、口には出さずに愉快な気持ちになっているように見えた。
「ちなみに、2人は何故ここに?何のお話をしてたんですか?」
「あ、ああ……そうなんだよ。雛見沢の歴史の話をね……」
疲れたような顔になって、富竹さんが言う。
やっぱりか、と俺は思った。
鷹野さんは、いつも雛見沢の歴史を脚色たっぷりに教えてくれる。本当かどうか知らないが、鬼がどうだの、残虐な儀式がどうだの……というやつだ。話半分でしか聞いていないが、それが鷹野さんの主観が混じってるのは確かだ。それをたっぷり聞かされて、流石の富竹さんも食傷気味ということだろう。
「鷹野さんはどうして雛見沢の歴史に興味があるんですか?」
俺は何の気なしにそう聞いた。
鷹野さんの目は一瞬揺らいだような気がした。しかし気を取り直して、俺に語り始める。
「研究こそ私のライフワークなのよ。未知の神秘に踏み込み、秘密を暴く……ゾクゾクしないかしら。知的好奇心を満たすということは、我々人間だけが享受できる、最高の娯楽。そうは思わない?」
「なんていうか……意外です。その……西洋医学って、そういう民俗学的なものとは対極に位置するものだと思ってたので」
「あら。顕微鏡を覗くことだけが研究ではないのよ。大昔から続く言い伝えや先人の知恵が、医学的見地から見ても有効だということは良くあるわ。そういうの、聞いたことはない?」
「あぁ……赤鬼とは遭難した外国人だったんじゃないか、とか、雪女とは雪山で矛盾脱衣をした遺体から想像されたんじゃないか、とか。そういうやつですか?」
鷹野さんと富竹さんは、俺の言葉に笑った。
「くすくす、ちょっと違うけど……まぁ、似てるかもしれないわね?」
「牧野くんも物知りだなぁ……鷹野さんとも気が合いそうだね」
富竹さんのその言葉に、鷹野さんはほんの一瞬、ムッとした顔になった。彼はちょっと鈍感らしい。さっきは素っ気ない態度を見せていたが、鷹野さんが富竹さんのことを憎からず思っているのは、側から見てればわかることだ。
それに気付かず、デリカシーのない一言を言ったりするところが、少し神経質そうな鷹野さんにあっているのかもしれない。
「もうだいぶ涼みましたから。もう行きますね」
俺がそう言うと、2人はにこやかな顔をして手を振った。
図書館を出ると、どうしてか外はすっかり涼しくなっていた。停めておいた自転車に乗り込み、興宮の街を後にする。
家が建ち並ぶ村の大通りに至る頃には、外はもう夕暮れ時だった。思いの外、長い時間を過ごしてしまったらしい。今日の晩飯は外食にしよう。
そんなことを考えながら、俺は家へと向かったのだった。