雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第3話

 小学校の入学があと数ヶ月に迫る中、俺は村近くの繁華街の楽器店で父親に熱い思いを直訴していた。

 

「お願い!このギターが欲しい!」

 

 俺は店に並ぶミニ・アコースティックギターを指さしてそう両親にせがんだ。値段は……5桁ぐらい。前世ではこんな高い買い物を小学生にもならない時、親に頼むことはなかった。俺が親なら買っただろうか。多分買わないだろう。

 

 しかし、俺にはこれが必要だった。俺には計画があるのだ。

 

 子供の頃からギターを練習し、中学生にもなれば前世の名曲を発表しまくる。1990年代後期や2000年代の歌なら、俺が中学生になる1980年代中盤に発表すれば時代を先取りできるだろう。

 

 前世の音楽はメロディこそやや曖昧だが、生まれ変わった後に覚えていた曲の歌詞なんかは全てノートにメモをしてある。いろんな楽器を揃えてバンドを組むのは難しいにせよ、アコースティックギターで弾き語りをするだけなら自己完結している。俺1人で、名だたるロッカー達の名曲が十分再現可能だ。

 

「うーん、結構な値段がするんねぇ……。こっちのじゃあいかんのかい?」

 

 気の優しい親父が方言混じりの言葉で答える。我が父親は、ギターについては何も知らないらしかった。

 

……いや、知っているが敢えてそう言ったのかもしれない。子供がその二つの違いをわからないなら、当然安い方を選びたいに決まってる。

 

 親父は小さな子供用のギターを手に取った。数千円で買えるそれは、あくまで遊びのためのものである。新たな音楽をこの世に届ける使命を持った俺にとっては不足しているといわざるを得まい!

 

 と、自画自賛はさておき、ここは俺の培ってきた信用を使う時だろう。

 

「こっちを買ってくれるなら、もう一生おもちゃは買わなくていいから!お願い!」

 

 俺の両親は俺の精神年齢にそぐわないおもちゃを買ってくることがあるのだ。何とかいい反応をしてあげたいとは思うが、いかんせん20年は生きている精神である以上、新鮮で心からのリアクションは難しいものがある。

 

 自分の両親が「我が子はあまり楽しめてないか?」と察する顔を見ると、悲しい気持ちが込み上げてくるのだ。

 

「そうかぁ。まぁ、ユウくんも小学生やしねぇ。難しい本も読めるし、ユウくんみたいな天才の子にはええもんを使わしちゃる方がいいんやろねぇ」

 

 父親はしばらく交渉をしようとする俺に根負けしたかのように、やや高価なミニギターを手に取った。観念したかのような表情で、傍で俺たちのことを見守る店員さんにそれを買うことをと告げる。

 

 よし!俺は心の中でガッツポーズを決めた。ここから俺のスターへの道が始まる。

 

「ありがとう!お父さん。俺、東京でメジャーデビューするからね!」

 

「ははは、東京行くよりも、村に残ってくれる方が嬉しいねえ。あと、物を大切につこうてくれる気持ちを持ってくれりゃあそれでいいんね」

 

「約束する!」

 

 俺はいつも以上に子供っぽく振る舞った。レジへと向かう父の背中を見ながら、頭の中で更なるプランを考えた。

 

 ギターの練習本は図書館で借りてある。いくつかの有名な楽曲の楽譜をコピーして、部屋の本棚に貯めてあるのだ。中学校までにはとにかく楽器が上手くなることが大事。そして、問題は何のバンドをコピーするかだろう。

 

 90年代に流行ったバンドは少し危険かもしれない。それらの中にはインディーズバンドとしてもう組織されているものもあるだろう。発表されていないにせよ楽曲だけは既に出来てるケースもきっとある。俺が下手にコピーしてしまうと面倒なことにもなりかねない。綱渡りをする必要はない。

 

 コピーするなら洋楽だろう。歌詞は何とかするとして、何となく覚えているヒット曲のメロディーラインを拝借させてもらおう。完璧に覚えているわけでもない。本家が盗作扱いされたりはしないはずだ。

 

 今日から俺のロックスターへの道が始まる。これは単なる序章に過ぎない。まずは、後数ヶ月を猛練習して、小学校の同級生に披露できるようにしてやろう。

 

 そして、中学生になれば楽曲を多数発表……アコースティックギターで弾き語りするなら、オアシスとか、エド・シーランとかのキャッチーなヒットソングを拝借させてもらおう。

 

 もしもバンドメンバーが見つかるならもっと可能性は広がる。夢はでっかく、世界デビューだ。

 

 その日から、我が家の周りでは遅くまでギターをかき鳴らす音が聞こえるようになった。雛見沢は田舎なので、隣の家との距離もある。前世とは違って、騒音で怒鳴り込んでくる隣人はいない。

 

 夕方に楽器を弾いていれば、むしろ村に住む老人は興味を持つ人も多かった。いかんせん俺が練習しているのはロックなので、あんまり弾いて聞かせてもピンと来てる様子はなかったが。

 

 

 

 

 ある日のことだった。俺の父親は興宮の町へ買い出しに、母親は村の地主の家にお手伝いに行っていた。まるで桃太郎の始まりみたいだが、よくあることだ。

 

 俺は1人残されて、家で黙々とギターを弾いていた。メロディは図書館から借りてきた楽譜を基に練習を重ねている。が、いまいち、それっぽくならない……どうしてだろう。

 

「うーん、なんか違うなあ……?」

 

 俺はまずこの村で老人たちに気に入られるため、誰でも知っていそうなビートルズの名曲のメロディを練習していた。

 

 ビートルズの『ホウェン・アイム・シックスティフォー』は、愛する人に対して「自分が年寄りになってもまだ愛してくれるかい?」と聞くような、そんな曲。年寄りの多いこの村ならその歌詞も面白いかなと思って練習をしていた。ハッピーだがどこか哀愁を漂わせるサウンドで、アコースティックギターでも良い感じの雰囲気が出る。

 

 そんな時だった。俺の家のドアを力強く叩く音が聞こえた。俺の家は通りに面する雑貨屋の店先と、裏にある通用口の二つの入り口があるのだが、その通用口から音がする。

 

 それは遠慮もなく何度も繰り返される。まるで借金取りか強盗みたいな勢いだが、誰もいないとかは考えてないのだろうか。

 

 この村の人のことは割と信頼してるが……流石にこんな非常識なことをやってくる奴は珍しい。うちのお店は立地がそこそこいいのもあって、経営は上手くいってる。親が隠れてギャンブル中毒だった、とかじゃない限り、本当に借金取りなわけはないはず。

 

 俺は不審に思う気持ちがあり、恐る恐る2階の自分の部屋から玄関を見た。

 窓のカーテンの隙間から見えたのは、1人の女の子が焦った顔で俺の家を訪ねているところだった。

 

 なんかやばい連中に追われてるのかもしれない。助けてあげないと!ギターを布団の上に置いて、急いで下に向かった。

 

「誰かいませんかーっ!開けてー!」

 

 その子はまだ大きな声でそう繰り返していた。

 

 一階に降りた俺は、すぐに通用口の鍵を開けて、その子を中に入れた。その子は走ってきたのか、額に汗を浮かべて、必死な様子だった。はぁはぁと息を荒げて、急いで家の中に入ってきた。

 

「どうしたの?大丈夫?何かあった?」

 

「ちょっとでいいから、私のことを匿ってくださいっ!」

 

「それはいいけど……名前は?この辺の子?」

 

「私は園崎……み、魅音。怖い大人たちに追われてるの」

 

 その名前は聞いたことがある。村の中でも権力を誇る"御三家"の一角。今や、御三家の中でも最も権力を持つ一族が、この園崎魅音ちゃんの園崎家なのだ。

 俺の母親が家政婦として働きに行っているのも園崎家だ。

 

 これくらいの歳の子はちょっとしたことで機嫌が悪くなるからあまり機嫌を損ねないようにしよう、と決めた。

 

「それなら、警察を呼んだ方が……」

 

 俺がそう言うと、園崎魅音ちゃんは首をブンブンと振ってそれを否定する。

 

「それはだめっ!隠れさせてもらうだけで良いから!」

 

 警察はダメ、となると……もしかして、犯罪に関与してるのか?でも、こんな小さな子が?このぐらいの歳の子でも万引きとかはするかもしれない。とはいえ、万引き程度で警察に追われたりはしないよな……?

 

 厄介ごとの予感がした。しかし一度頷いてしまったし、母親の雇われ先の子供だ。逃走幇助とかになるのかもしれないが、いったん家に入れることにした。

 

「わ、わかったよ。2階にいれば大丈夫だと思うから、2階に行こっか」

 

 魅音ちゃんはこくこく頷いてそれに従う。何だか複雑な事情があるらしい。納得はしていないが、仕方ない。俺は魅音ちゃんを階段の方へと案内した。

 

 2階に隠すとして……勝手に家族の部屋に入れるのもできないし、俺の部屋だな。見られて困るようなものはないが、女の子を片付けもしてない自分の部屋に入れるのはちょっと気が引ける。

 

 とはいえ、匿って欲しいというのだから掃除をしてからなどと悠長なことは言ってられない。取り敢えず魅音ちゃんを俺の部屋に入れた。

 

「あれ、ここって牧野さんとこのおうち?じゃあ、君が雄星くんなの?」

 

 魅音ちゃんは不思議そうな顔をしてそう言った。表の、雑貨屋の部分を見て思い立ったのだろう。逆に、ここが誰の家かもわからないで保護を求めてきたのか、と少し不安にもなる。

 

 俺のことは母親経由で既に聞いているらしい。魅音ちゃんは興味津々で俺のギターを眺めていた。ギターを弾いてる村の子供と言えば、そんなに候補は多くない。俺のことをこの子が知っていても不思議ではないのだ。

 

「そうだよ。もうすぐ分校にも通うようになるから、よろしくね」

 

 彼女はきっと小学校に通っている年だ。この村から通える教育機関は大きく二つで、一つはこの村にある雛見沢分校。もう一つは隣町の興宮小学校。何故別れているかはややこしい事情があるので、割愛する。

 

「うん。よろしく。雄星くんはギターが弾けるんだよね。何か弾いてみてよ!」

 

 さっきまで追っ手を恐れていた魅音ちゃんは、打って変わって呑気な顔でそう言う。

 

「それ、一番困るやつだよ!あの曲やって欲しい、とかならいいけど、なんか弾いてって言うのが一番難しいんだからね」

 

「ふーん……それなら練習するところを見とくね」

 

 つまんなそうな顔でそう言う。そう言われると俺もやりにくい。いったんギターの練習はやめて、この子の時間つぶしに付き合うことにした。

 

「それはそれでやりづらいよ……普通にお喋りしよう。雛見沢分校ってどんなとこなの?」

 

 あくまで噂話だが、雛見沢分校にはまともな教育が施されてないという話だ。恐る恐る聞いてみたが、いまいち反応は良くなかった。

 

「んー……鬼婆に言われて通ってるだけで、多分興宮の学校の方が楽しいと思うよぉ?」

 

 魅音ちゃんは嫌いな食べ物を口に入れられたみたいな、変な顔でそう言った。話したくないことなのか、言いづらいことなのかはわからないが、あまり積極的に話そうとはしない。

 

 そう言われても、俺もそこに来年から通う予定なんだけど……取り敢えず、一旦この話はやめにしようと思った。

 

「そうなんだ……ま、楽しみにしとくよ」

 

 俺がそう言ったところで、呼び鈴が鳴った。そして、外から大きな声が聞こえた。

 

「おーい、どなたかいらっしゃいますかぁ?」

 

 大人の男の人の声。ややしわがれた、くたびれたような声だった。知らない人だ。外からの声を聞いて、魅音ちゃんは焦った表情に戻る。

 

「私のこと、黙っててね?」

 

 魅音ちゃんは俺の目をじっと見つめた。その視線は有無を言わさぬ鋭い目で、とても首を振ることなんて出来ない。……金持ちの子だしな。田舎の村だと、こういう人間に楯突くのはいいことがないに違いない。

 

「う、うん……」

 

 下手なことを言ってこの子に嫌われたら、今後小・中合わせて9年も続くかもしれない学校生活が終わる。俺は力無く頷いた。

 

 今度声がするのは店先の方だ。俺はとぼとぼと階段を降りて、店の方に向かった。そこには一人の男がいた。

 

「こんにちは!この辺りでちょっとした悪さをした子供がいて、その子を探しているんですが……ご存じありませんか?」

 

 その男は警察官だった。恰幅の良いその男は、汗だくで少し疲れた様子だった。俺に一応聞いてはいるものの、俺の返事に期待していないことは明らかな、諦めた表情だった。

 

 悪さをした子供……というと、間違いなく魅音ちゃんのことだろう。あんな子供が警察に追われるようなことをするなんて想像も出来ないが……生まれた家が家だからな。きっと何かしらの事情があったのだと思うようにする。

 機嫌を損ねたら村で生きていけないかもしれないのだ。俺はしらばっくれた。

 

「すいません。上でギターを弾いてただけなんで、なにも分かりません」

 

 俺がそういうと、ふぅ、と小さく息を吐いた。警察官の男はうんざりした顔でメモに何かを書き込んだ。少なくとも俺は協力的には見られていないらしかった。

 

 そして男は、背を曲げて俺の背丈に顔を近づけた。俺の顔を覗き込み、問い詰めるような目でこういった。

 

「本当にぃ?ついこの近辺で姿が消えたところなんです。家の奥にいたりしませんかぁ?もしこの家で見つかったら、あなた自身も困りますよ?」

 

 その目を見て、ちょっと嫌な感じの人だと俺は思った。警察の業務が大変なのはわかるが、未就学児を問い詰めるのはどうかな。俺が普通の子供だったら、泣いてビビっているに違いない。

 

「と言われましても……何もわかりません。そもそも、あなたが本当の警察官かどうかも」

 

「ま、そうですよねぇ……あれぇ?どこに行ったかなぁ。警察手帳、持ってるんですよ?えぇと……あったあった!私は興宮署の大石です。牧野さんの息子さん、お見知りおきください」

 

 男はちょっとおどけた様子でちらりと警察手帳らしきものを俺に見せた。興宮署の大石さん。覚えた。いや、覚えて意味があるわけではないんだけど。

 

「僕の名前、知ってるんですか?」

 

「そりゃあもちろん。雛見沢に住む皆さんの安全を守るために、日々努力しておりますからね」

 

 そこまでは、にこやかに話していた大石さんは、ちょっと凄むような顔になって俺に顔を近づけた。そして、一息に言った。

 

「あなたは牧野雄星さん。鬼ヶ淵死守同盟の重役を務めてらっしゃる牧野竹蔵さんと、園崎家で家政婦をやってらっしゃる牧野沁子さんの御子息ですね。最近はギターを買って、たくさん練習をしてらっしゃるとか……どうです?聞かせてくれたりしませんか?」

 

 俺は黙った。なんでこんなに俺のこと知ってるんだよ。この人に会ったことはないのに……どこから知られているんだろうか。警察だからと言って、ここまで市民の情報を知っているのはちょっとおかしい。

 

「あの……なんでそんなことまで知ってんですか?会ったことはないと思いますけど……」

 

「んっふっふ!あなたのお父さん、我々警察の中では有名なんですよぉ……それがなんでか、聞きたいですかぁ?」

 

 にやにやと悪い笑みを浮かべて俺の目線に合わせる。側から見れば優しそうかもしれないが、その目はちょっと怖い。

 

「いいえ。聞きたくないっす。要件はそれだけですか?」

 

 俺が毅然と追い返すと、大石さんはふっと力を抜くように口角を緩めた。

 

「ええ。ま、あなたを絞って園崎の人間が出てくるなんて思っちゃないですよ。お邪魔しましたね、牧野くん」

 

 彼はそう言って店を出て行った。

 

 その足跡が聞こえなくなってから、俺は大きく深呼吸をした。警察が誰かを探して家に訪ねてくるなんて、前世でも経験したことがない。汗をシャツの袖で拭った。

 

 両親がいないときにこんなことがあるなんて思っても見なかった。早く帰ってきて欲しいところだが、予定ではあと一、二時間は帰ってこない。そんなに長い間魅音ちゃんを匿うつもりもないが、困ったものだ。

 

 俺は玄関に背を向けてキッチンに行った。魅音ちゃんが何をしたかは置いておいて、お茶の一杯ぐらいは入れてあげようと思ったからだ。俺も、少し落ち着きたかったし。

 

 招かれざる客とはいえ、家に女の子がいるわけだ。本当なら美味しい紅茶とちょっとした甘いものを振る舞ってあげたいが……生憎そんなに気の利いたものはない。俺は家の麦茶をやかんからコップに注いで、2つ用意し、それを二階に持って行こうとした。

 

 そこで、店先からチリンチリン、と鈴のなるような音が聞こえた。この店の入店チャイムの音だ。もしかして、またもや警察官が来たのだろうか?

 

 俺は上にもう1人いることを気取られないように、片方のコップを見えないところに置いた。

 

 しかし、これほどまでに追っ手が来るなんて魅音ちゃんは一体何をやらかしたって言うんだ?俺は想像もしていなかった面倒ごとに巻き込まれたのを悟り、億劫ながら店先へと向かった。

 

「牧野さん、いらっしゃいますか?葛西です。お聞きしたいことがあります」

 

 向かう途中に聞こえた声は、少し前に聞いたことのある男性の声だった。

 俺は警察官が来たわけではないという少しの安心感と、同じくらいの緊張感を持って彼と対面した。

 

「お久しぶりです、葛西さん。今日は僕一人しかいませんけど……どんなご用件でしょうか?」

 

「雄星くん、こんにちは。相変わらず礼儀正しいですね。お休みのところ申し訳ありません。雄星くんと同年代くらいの背丈の女の子を探しているんです。見かけていませんか?」

 

 そこにいたのはスーツ姿の壮年の男だった。サングラスをかけており、図体はかなり大きい。ともすれば威圧的にも思えそうな人だが、物腰は柔らかく、俺のような子供にも敬語で話してくれる優しい人だ。……過去がどうだったかは置いておいて。

 

 彼は葛西さん。葛西辰由さんという方で、俺の両親と縁がある関係で一度挨拶をしたことがあった。彼は二階にいる魅音ちゃんの一族である園崎家の幹部。かつては園崎家でも武闘派だったらしいが、今では優しいおじさんという感じだ。

 

 この人が動いてるということは、物事がそこそこ大ごとなのだとわかった。俺は額に汗が浮かび上がっているのを感じた。

 

「えーっと……すみません。上でギターの練習をしていて、何のことだかわかりません」

 

 

 とは言うものの、わざわざ俺の家に訪ねてきたんだから、もう葛西さんは俺の家に魅音ちゃんが隠れているのを知っているのかもしれない。

 

 俺はそう思って恐る恐る葛西さんの顔を見上げた。葛西さんはふっ、と笑って言った。

 

「ははは。そうですよね。分かっていますよ」

 

「あの、何で魅音ちゃんを探していらっしゃるんですか……?先ほど、警察官の方もいらっしゃったんですが……」

 

 彼はニコリと笑ってから、一瞬、俺の部屋がある二階の方へと目を向けた。そして、俺に向き直った。

 

「雄星くんが気にするようなことではありません。安心してください」

 

「な、なるほど。詮索しないでおきます」

 

 葛西さんはにやり、と笑った。その笑みは先ほどの大石とかいう刑事さんのよりはもっと好意的で、ポジティブな意味のような気がした。

 

「これで私は失礼します。……もしかしたらあのお方に振り回されることもあるかもしれませんが……付き合ってあげてください」

 

「は、はい……」

 

 俺は何を言われているのかわからなかった。多分、葛西さんは俺が魅音ちゃんを匿っているのを知ってるんだろうが、深く追及はせずに帰るみたいだった。

 

 俺は戸惑いでいっぱいだったが、葛西さんはそんなに悪い気はしていないみたいなので良かった。……良かったのか?

 

「ありが

 

 葛西さんは笑いながら去って行った。俺は何とも言えない気持ちでそれを見送るのだった。

 

 気を取り直した俺は階段上に一旦戻った。いつまで匿えば良いのかはわからないが、両親が帰ってきても家にいてもらうわけにはいかない。葛西さんからは事情を聞けなかったが、流石に魅音ちゃんからは聞いておかないと。

 

 俺は2階に戻り、2階の窓から家の周りをもう一度見回した。今の所誰も見えない。俺は少し安心して部屋に戻った。

 

 魅音ちゃんは押し入れの中に隠れてこっちを伺っていた。おい、勝手に部屋を荒らすなよ……とは言わない。何があったかは知らないが、不安に思う気持ちはわからなくもない。

 

「ねぇ、誰?誰だった?2人来てたよね?」

 

 魅音ちゃんは恐る恐る俺に聞いた。

 

「1人目は警察官の人で、2人目は葛西さんって人だけど……魅音ちゃんも知ってるよね?」

 

「何だ、葛西かぁ。葛西なら……まあいっか!」

 

 魅音ちゃんはそう言って押し入れから出てきた。葛西さんを呼び捨てなんて、なんて豪胆な小学生だろうか。

 

 葛西”なら”というからには、同じ園崎家の人間でも見つかりたくない人間がいる、ということなんだろうか……俺にはわからなかったが、人んちの話だ。そこを探る気もしない。

 

 ほっとした表情の魅音ちゃんはあっけらかんとした表情で俺に頭を下げた。

 

「ありがとね。助かったよ。けーさつに見つかったら、面倒臭いなんてもんじゃなかったよ!」

 

 魅音ちゃんはそう言って立ち上がり、俺の部屋を去ろうとした。俺はそれを呼び止めた。

 

「あのさ、流石に俺にも聞く権利があると思うんだけど……一体何をやったの?警察官の方は何か悪さをしたって言ってたよ?」

 

 俺がそういうと、ちょっと言いづらそうな顔で魅音ちゃんは押し黙った。俺は引き下がらず、じっと魅音ちゃんを見つめた。仕方ない、という顔で魅音ちゃんは語り始めた。

 

「そうだね……ご両親から聞いてない?ダム戦争ってやつ。この村にダムを建設しようという政府・建設省のおーぼーに対抗し、立ち上がってるんだよ!」

 

「聞いたことはあるけど……俺はあんまり関わるなって言われてる。それがどうかしたの?」

 

「私やみんなは、ダムに対抗して戦ってるんだよ!今日はちょっとやりすぎちゃって追われてたわけ。いやー、ほんと助かったよ」

 

 そう言って胸を張る魅音ちゃんは楽しそうな顔だったが、俺は少しの間驚きで何も言えなかった。小学生で警察に追われるのが普通って感じの言い方だ。何をやってるのかはわからないが、多分それはイタズラみたいな可愛いものじゃないんだろう。

 

「まだ小学生だよね?そんなことしなくても……」

 

「年はかんけーないよ!村を守るために戦ってるんだから!」

 

 俺の非難するような目に対して魅音ちゃんは違う違う、と手でジェスチャーして否定した。しかしこの子がどう言おうが、デモ活動に子供が参加する尤もらしい理由とは思えない。

 

 俺は聞いた。

 

「それで、どんなことして追われてたわけ?」

 

「ん?機動隊に石を投げたんだけど、それが……」

 

 ニヤリと笑って、頭の方を指差す。

 

「やっぱいい!怖いからこれ以上聞かない。俺はただ、逃げてきた子供がいたから匿っただけだからね」

 

「あ、そう?ならいいけど!」

 

 にやりと笑って魅音ちゃんはそう言った。子供というものは意外と残酷だ。何をしたかは聞かないでおくことにする。あまり聞いてしまうと、分かってて逃走の幇助をしたみたいになっちゃうし。あんまり関わり合いにはなりたくない。

 

「今日みたいなことってよくあるの?」

 

「よくあるってわけじゃないけどね……ここが沁子さんの家とは知らなかったけど、きっと誰かが助けてくれると思ってたよ!」

 

 なんだそれ!俺はそう言いそうになったが、やめた。俺がおかしいのか、この子が傍若無人なだけなのかはわからないが、前世の感覚ではありえないことだ。

 

 彼女の態度を見ていて、先ほどの警察官が諦めた顔だった理由はよくわかった。多分ダムに反対する人たちはお互いにアリバイをでっちあげるので、村人に聞いても無駄なのだろう。

 

 話を聞いた俺が納得した表情でいるのを悟って、魅音ちゃんはもう一度立ち上がった。

 

「私、葛西のところに行ってくるよ。今日はいきなり助けてもらってありがと!また分校で会おうね!」

 

 そう言って魅音ちゃんは慌ただしく部屋を出て行った。

 

 昭和の小学生恐るべし。学生運動全盛の時代だと言っても、一桁ぐらいの女の子が暴力的な抗議活動に参加するとは……俺の家庭がまだ穏便な方でよかった。

 

 とはいえ、俺も両親の意向によって、設備の整った隣町の学校ではなくて雛見沢分校に入学することが決まっている。これから、魅音ちゃんの舎弟としてサボタージュ活動をさせられたりするんだろうか?……大人になってから週刊誌に取り上げられたらアーティスト生命が終わるんだけど。

 

 と、そんなわけで、俺は小学校の入学前から、この村の団結力の負の側面を目の当たりにしたのだった。

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