雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第30話

 綿流しの祭りの次の日、やはり村は騒然としていた。

 それはもちろん、梨花ちゃんのご両親が亡くなったからだ。ダムの現場監督、俺や北条の両親というある程度の祟りの理屈が付けられそうな人だけでなく、とうとうオヤシロ様を祀る一家にまで祟りの手が伸びたのだ。

 祟られるのは裏切り者や敵だけではないということを、村人たちは理解した。

 

 事が起こったのは俺たちが解散した少し後のことだという。

 祭りが終わった後、実行委員会のテントで関係者たちと酒を酌み交わしていた神主さんは急性の心不全で気を失った。

 彼はすぐに診療所に運ばれるが、30分も経たないうちに息を引き取ってしまったのだ。

 

 そして診療所で夫を看取った梨花ちゃんの母は、夫が息を引き取った数十分後に鬼ヶ淵沼に身を投げた。沼のそばには衣服と遺書があった。そこには、「オヤシロ様の怒りを鎮めるために身を投げます」みたいなことが書かれていたらしい。

 

 これらを村では「オヤシロ様の祟り」とだと呼んでいるわけだ。村人はそれほど疑問もなく、これらの悲劇を受け入れているが……村の文化に染まりきってない俺からすると、不可解なことが沢山ある。

 

 まず、神主さんの死因。何か持病を抱えているというわけでもなければ、心臓病の原因も解明されていないという。あり得ないことではないだろうが、健康な人が突然の心臓病によって十数分で死ぬことなんてあるのだろうか。

 

 入江所長は祭りの実行委員会に所属しており、応急処置も出来たはずだ。古手神社から診療所まではかなり近い。あれほど設備の整った施設で救命活動ができる状況にあったのだ。それなのに即座に死亡が確認されたのは少し不自然に感じる。

 意識不明の重体とか、後遺症が残るとかならわかるが、夜のうちに息を引き取るところまで悪化するものなんだろうか。

 

 梨花ちゃんのお母さんのことだってそうだ。夫が死んだからといってその足で鬼ヶ淵沼まで歩いて行って身を投げるなんておかしい話だ。

 心不全で急死した神主さんはまだしも、母親は自分の意思で死を選んだということなのだ。沼まで行く間、古手本宅にも帰っていない。誰とも話していないという。診療所の人も、引き止めなかったんだろうか?

 

 去年の冬に梨花ちゃんのお母さんと診療所の前で会った時の記憶も思い出せば、俺はいよいよ入江診療所が怪しく思えて来た。

 

 あの人が……梨花ちゃんを置いて、何も告げずに自殺をする?俺にはとても信じられなかった。

 自分の身よりも大切な娘を一人残し、身を投げてオヤシロ様を鎮めるという程に狂信的な信仰を持っているなんてあり得ない。

 

 俺は何度も話していたから分かる。あの人は誰よりも娘を愛していた。時には辛く当たることもあっただろうが……全て、娘がいい子に育ってほしいという一心だった。娘とオヤシロ様を天秤にかけて、オヤシロ様を取るような人では絶対にない。

 

 それに、梨花ちゃんのお母さんが沼まで行くのを見たという話も聞かない。夫が死んだ直後、夜中の村を走って沼に身を投げたなんて、あり得るのだろうか?祭りが終わった後で村が静かだといっても、昨日は祭りだった。何もない日の夜よりは往来は多いはずだ。

 

 しかしどうしてオヤシロ様を祀る神主と巫女が犠牲者になるというのだろうか。

 

 村で流れている噂では、ダム戦争でリーダーシップを取らなかった神主がオヤシロ様の逆鱗に触れたとかなんとか。それならもっと前に罰は下されているはずだろうとも思うが、この村ではこんな迷信ばかりだ。ダム戦争など数年前に終わったというのに、まだそれを引き摺っている。

 

 心配なのは梨花ちゃんだ。彼女は、祭りが終わった後はしばらく家にいたが、突然の訃報のために診療所に向かって父の遺体を見送ったという。取り敢えず梨花ちゃんの身柄は無事なので良かったが、やはり梨花ちゃんを取り巻く事情は日に日に悪化しているのは間違いない。

 

 梨花ちゃんは今日は学校も休んでいる。俺や北条兄妹の時と同じで、両親を亡くした子供は保護者が必要なのだ。

 幸いにも梨花ちゃんは村中から可愛がられている。梨花ちゃんの保護者なんて、沢山の立候補がありそうだ。

 

 

 

「ねぇ、ユウ。昨日のことだけど……」

 

 朝の学校。まだ教室に人もまばらなうちに、悟史くんが遠慮がちに俺に話しかけてきた。悟史くんはいつものメンバーのうちで唯一祭りには来ていなかった。昨日の祭りの様子とか、聞きたいこともあるだろう。

 

 それに、悟史くんとしてはこの「オヤシロ様の祟り」については気になるところだろう。だって、自分の両親が亡くなった事故も村では祟りだと言われているのだから。

 

「オヤシロ様の祟りの話?」

 

 俺は椅子から立ち上がって教室の壁にもたれかかり、無神経な感じを装ってやや大きな声で言った。騒がしい休み時間でも、その言葉が聞こえた何人かが俺の方を見ているのが分かった。

 

「オヤシロ様が神主夫妻を祟るなんて変だよ。俺はこの事件……ちょっとおかしいと思う」

 

 悟史くんは怪訝な目で俺を見ている。彼はオヤシロ様の祟りを信じているらしい。

 

「どういうところが?僕は、オヤシロ様の祟りはあるんじゃないかって思ってる……去年の僕らの両親が死んだのと同じ。綿流しの当日に1人が死に、もう1人は行方不明になる。これで3年目なんだよ?去年は、2人亡くなって、2人行方不明になったけど……」

 

 悟史くんは優男のような見た目に反して、意外と芯が強いタイプだ。「オヤシロ様の祟り」についても、去年からずっと信じ込んでいた。そして、去年の事件が起こったのは俺の両親が北条家と仲良くしたからだとまで考えているのだ。

 

「去年の話は置いておこう。俺の情報源は行き道に村の人から聞いただけだから、どれくらいその情報が正しいのかはわからないけど、不自然なところが多いように思えるね。今年の事件についてだけど、急性心不全を起こしたとして、入江さんがすぐに救助に当たったのに本当に十数分で死ぬと思う?ある程度の延命はできるんじゃないかな」

 

「うちの親類の医療関係者に聞いてみたけど……本当に即座に死に至ることも、レアなケースだけど、無くはないみたいだよ」

 

 魅音ちゃんが後ろから話に加わる。その顔は真剣そのもの。友人の両親が亡くなった原因についてもう調査をしているわけだ。恐らく今も血眼になって捜査をしているであろう大石さんあたりは、今回の事件も園崎が関係していると思っているかもしれないが、俺にはとてもそうは思えない。

 

「なるほど。大変珍しいことだとは思うけど、それは置いておこう。お母さんの方はもっと不思議だよね。自分の夫が亡くなった後、深夜の病院を抜け出して、鬼ヶ淵まで歩いて、身を投げたっていうんだから」

 

「オヤシロ様の怒りを鎮めるためでしょ?そんなに不思議なことなのかな。古手神社の巫女なんだから、それくらいはおかしくないんじゃ……」

 

 まっすぐな目で、俺にそう言う悟史くん。悟史くんは梨花ちゃんの母親のことはあまり知らないんだろう。友達の母親なんて、ほぼ他人だからな。

 

「俺は梨花ちゃんのお母さんと仲良くさせてもらってた。あの人が、自分の一人娘を置いて自殺なんてするとは俺は思わない。遺書にも梨花ちゃんのことは書かれてなかったらしいよ。おかしくない?」

 

 悟史くんは小さく頷く。おれはさらに捲し立てる。

 

「それに、いくら気が動転しても、一度も家に帰らずに自殺なんてするかな?本当にオヤシロ様に身を捧げるんなら、体を清めて、清潔な服を着て、儀式なんかをやってからなんじゃないのかな」

 

 俺が一息にそう言うと悟史くんは黙った。考え込んだ様子だが、しばらくして口を開いた。

 

「じゃあ、なんでこんなことが起こったんだい?」

 

「梨花ちゃんの両親が死んで、得をする人がいるんだと思うよ。それが誰なのか、あるいは何なのかはわからないけど……」

 

 俺がそう答えると、悟史くんは疑いの混じった目を魅音ちゃんの方に向けた。まさか、悟史くんは園崎がやったと思ってるのか?

 

「おい、悟史くん。まさか園崎家を疑ってるのか?」

 

「僕はもちろん魅音を信じてる。でも、御三家の中で唯一ダム反対派として一致しなかったのが古手家だからって……そう言う人もいるらしいよね」

 

 悟史くんは、恐る恐るといった様子でそう言った。魅音ちゃんはそれを聞いて、目を閉じて俯いた。

 

「うちは関わってない。これは秘密だけど……婆っちゃも、今回のことはひどく驚いてた。本当だよ」

 

 俺たちからすると園崎の権力を握るお魎さんは村の恐るべき権力者だが、魅音ちゃんからすると日々を共に生活する家族だ。自分の家族が疑われるのは、とても辛いだろう。

 

「もうとっくにダム戦争なんて終わってるのに俺はそんなことじゃないと思うね。仮に園崎がやるとしたら、先に処分するべき奴がいるでしょ」

 

 俺は堂々と宣言する。

 

「誰のこと?」

 

 悟史くんは心底わからないという表情で俺に問いかけた。魅音ちゃんは一層辛い顔でそっぽを向いた。ごめん。でも、悟史くんに言わないといけない、

 

「俺だよ。お魎さんは自分の面子を潰した北条を嫌ってた。北条を見せしめにすることで、村を一致させた……その村八分の形を崩そうと最初に訴えたのは誰だと思う?俺だ。園崎の面子をもう一度潰したのは、俺なんだよ」

 

 悟史くんは息を呑んだ。牧野家が北条を許そうという立場に変わったのは、俺が強く訴えたからだ。実際には、両親はともかくとしてその子供は許してあげてほしいという訴えだったが、この際どっちでもいい。

 

「ユウ、それは言い過ぎだよ。ユウの行動は……最初、婆っちゃは気持ちよく受け止めてはいなかった。踏むべき順序があるってね。でも、今はむしろ喜んでる。元々、悟史のお義父さんのことはともかく、2人のことを嫌ってたわけじゃなかったし……。とにかく!婆っちゃがそんなことを指示するなんて、ありえないよ」

 

「それは嬉しいことだね。……勘違いされがちなのかもしれないけど、お魎さんは悪い人じゃないと思う。あの人が梨花ちゃんの両親を祟りに遭わせるなんて……」

 

 俺はさらに言葉を続けた。

 

「そうだ、ダム戦争が始まってしばらく、誰も祟りで死んでないのも不思議だしね。ダム戦争が始まってから、毎年のように賛成派の家庭や政府関係者が続々と変死するならわかるんだけど。ダムの計画が頓挫したあとにここまでのことが起こってるのだって、おかしい」

 

 更に続ける。悟史くんは、少し納得したような顔になった。

 

「園崎の権力はそこまで大きいわけではないと思うし、そうするメリットもない。突然この祟りが発生したのは人為的なもので、誰かが悪意を持ってそれを綿流しの日にやっているようにしか思えない」

 

 園崎家の権力について俺が言ったことで魅音ちゃんは複雑な表情をしている。そんなことには関わっていない、と言いたいのだろう。それはもちろんわかっているのだが、一旦無視して俺は続ける。

 

「あくまでこれは、自分の利害のために人を殺めたやつがいて、それを綿流しの夜に実行することでオヤシロ様をスケープゴートにしているだけだよ。とんだ罰当たりだよ」

 

 俺は言い切った。悟史くんは少し考え込んだ後、晴れやかな表情で俺を見つめた。

 

「ユウ……確かにその通りだね。最近大変なことが続いて、思い詰めてしまってたかも、しれない」

 

 悟史くんから先程までの切迫した表情は消え、憑き物が取れたような明るい顔に変わってくれた。

 

「俺の両親が亡くなったのだって凄く悲しかったけど、1年も経てばある程度自分の中で消化は出来てるしね。梨花ちゃんはおっとりしてるように見えて凄くタフな子だから、すぐに元気になってくれる……と思いたいね」

 

 この村には両親がいない子供が多すぎる。俺、北条兄妹。新しく梨花ちゃん。魅音ちゃんだって、両親は興宮に住んでるらしいし。俺の友達全員が、親に養育されていないわけだ。全く、ひどい話だ。

 

「梨花、大丈夫でございましょうか……明日は、きっと登校しますわよね?」

 

 後ろの席で俺たちの立ち話を聞いていた沙都子がぼそっと言う。沙都子は泣き出しそうな顔だった。自らも去年味わった大きな悲しみを、自分の親友が感じているのだから当然だろう。

 

「きっと来てくれるよ。梨花ちゃんがいないと騒がしいやつばっかりで疲れちゃうからねぇ」

 

 俺がそう言って椅子を引いて座った。

 

「ユウが一番お喋りでございますわよ?」

 

 そう言いながら、沙都子はかかった、とばかりににやりと笑った。先ほどの物憂げな顔は伏線だったらしい。

 

 ということは、椅子の座面には画鋲が……と見せかけて、机の中で何かの仕掛けが作動した。中に仕込まれていた空き缶か何かから水がこぼれ、俺のズボンに溢れる。

 

 朝のホームルーム前の時間だから、着替えを取りに行ったりとかは出来ない。ロッカーにジャージとかも置いてないし。変なところが水に濡れて、凄く不快だ!

 

「おい沙都子!朝からやりやがったな!」

 

「をーほっほっほ!今日は暑いのに、朝から涼しそうで羨ましいですわね!」

 

 沙都子は大笑い。俺が追いかけようとすると、楽しそうに駆けていく。全力で追えば、多分捕まえられるけど……別にいいや。

 

「あははははは!ユウ、どこを濡らしてるのさ!おねしょしちゃったのー?」

 

 俺を見て笑う魅音ちゃん。怒る俺から逃げ回る沙都子。遠くで申し訳なさそうな顔の悟史くん。

 こんなことで沙都子の気が紛れるならいいか。俺はその日1日の授業を、びしょびしょのズボンのままで受けた。心なしか、俺に質問に来てくれる子がいつもより少ない気がした。

 

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