雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第33話

 俺と沙都子は古手家の本宅の前にいた。吹き曝しの境内には、夏の夕暮れの生暖かい風が吹いて俺たちの髪を揺らした。

 

 神社の境内の奥の方に位置する建物が古手家の本宅だ。雛見沢の中でも有数の大きさのその建物は、とても一人暮らしには持て余す広さを誇っている。雪が降る時期には雪かきが大変そうだ。きっと神社が好きな老人たちと青年団が頑張って雪を降ろしてくれるんだろう。

 

 縁側も庭もがらんどう。かつてはここで洗濯をする梨花ちゃんのお母さんをよく見たものだった。洗濯物が一つも出ていないのが俺に一抹の寂しさを感じさせる。

 

「りーかー!遊びにきましたわよー!」

 

 沙都子は7時前だというのにかなり大きい声で梨花ちゃんを呼んだ。思わず俺はそれを咎めた。

 

「ちょっと近所迷惑なんじゃないか?」

 

「どうせここの近くには誰も住んでおりませんのよ?何を気になさってるんですの?」

 

 沙都子は何を当然のことを聞くのか、という顔で言う。確かに、神社の上から下までは子供が叫んだくらいではとても声は届かないだろう。確かに、ここは田舎だし、前世の近所迷惑という概念はあまり当てはまらないかも。

 

 中からとたとた、と軽やかな足音が聞こえてくる。少し待つと、がらがらと音を立てて玄関の引き戸が開かれる。

 

「お待たせなのです。2人とも、どうしたのですか?ボクに何か用事なのです?」

 

 沙都子は、彼女の姿を見るなり、りかーっ!と叫んで梨花ちゃんに飛びついた。最近は休みがちで頻繁に会ってなかったから触れ合いたくなったんだろうか。俺は飛びついて来た沙都子を撫でる梨花ちゃんに、お土産の包みを持ち上げるように見せて言った。

 

「梨花ちゃん、今日はもうご飯食べた?今日はたまたま沙都子と晩ご飯を食べてたんだけど。梨花ちゃんが元気かなーと思って、お土産を持ってきたんだよ」

 

 梨花ちゃんは、しばらく俺の持っていた包みを見つめると、こくりと頷いた。

 

「ありがとうございますです。まだ、ご飯は食べてないのですよ。せっかくなら、少し上がっていきますですか?」

 

「こんな遅い時間なのにごめんね?俺たちも遅くなるとあれだから、すぐに出て行くから」

 

 沙都子はすぐ出て行くと言った俺に不満そうな顔をちらりと見せるが、俺はそれを気にしないことにした。梨花ちゃんはそんな俺たちを小さく笑うと、どうぞ、と中へと誘った。

 

「お邪魔します」

 

「お邪魔しますですわ!」

 

 沙都子は慣れた様子で靴を脱いで家に上がって行く。きっと、普段から梨花ちゃんの家に上がって遊ぶ機会もあるんだろう。

 

 梨花ちゃんは玄関から少し歩いた居間に俺たちを案内した。その部屋は少し広く、真ん中には少し大きめのちゃぶ台が置かれていた。ここで家族でご飯を食べていたんだろうと察せられた。それを察した沙都子の顔は少し曇った。

 

 俺たちは居間に人数分の座布団を敷いて、座らせてもらった。

 

「これは商店街の蕎麦屋さんでもらってきたんだ。どうぞ」

 

 俺は蕎麦屋でもらった蕎麦団子と、もう一つの包みをちゃぶ台に置いた。包みの中身はわからないが、おそらく蕎麦とか丼みたいな主食だろう。包みを探っている途中、蕎麦団子があるのに気づいた梨花ちゃんは、一度引っ込んで人数分のお茶を持ってきてくれた。

 

「突然押しかけて、気を遣わせてしまってごめんね」

 

「元々、お茶を飲もうと準備をしていたところだったのです。1人分だけ沸かすのも変だし、2人が来てくれてちょうど良かったのです」

 

 俺たちは、蕎麦屋でもらった蕎麦団子をつまみながら少しだけお喋りに興じることにした。蕎麦粉で作られた団子は、餅のような弾力とコシこそ無いものの、落ち着いた甘さと歯切れの良さがとても食べやすい。

 店主は流石のサービス精神で、1人につき3種類もの違う味の団子を用意してくれていた。一つ、また一つと口へ運ぶ。思わず顔が緩む。

 

 沙都子はパクパクとそれらを手早く食べ終えて、お茶で流し込んでいるようだった。ほっと一息ついて、梨花ちゃんに尋ねる。

 

「梨花、何か困っていることはないんですの?1人でこんな広い家に住むのは大変ではないですこと?」

 

「沙都子の言う通りなのです。この家はボク1人で住むには広くてたいへんなので、村長に頼んでもう少し狭いところにお引越ししようかと思っているところなのですよ」

 

 梨花ちゃんはそう言って団子を摘んだ。

 

「もし俺たちに手伝えることがあったらなんでも言ってね」

 

 梨花ちゃんは遠慮がちに口を開いた。手伝って欲しいこととは一体何なんだろうか……?俺と沙都子は梨花ちゃんの言葉をじっと待った。

 

「それならボクの代わりに、夏休みの宿題をやってもらいたいのです……」

 

 それは自分でやれよ!梨花ちゃんのボケに、みんなで一頻り笑った。梨花ちゃんは小学校の勉強はほぼ全て理解できているようで、分かりきった宿題などは面倒臭そうにやっている。この言葉は半分冗談、半分本心かもしれない。

 

 しばらく、梨花ちゃんがいなかったりもするここ数日の学校のことや、今日俺たちが裏山で作ってきたトラップのことなどを話した。

 

 梨花ちゃんも、休んでいる間にあったことなんかを話してくれた。どうやら診療所のちょっとした手伝いをしたり、村の大人たちとこれからの生活をどうやっていくかの相談をしたりしたとのことだった。

 

 それを聞く限りでは、両親が亡くなった後で立ち直るのも難しいぐらい悲しんでいるとか、ショックで学校にも通えないというわけでは無いようだ。俺もそうだが、1人で生活をするというのはやはり大変だ。梨花ちゃんは料理が上手とのことなので、1人でも上手く暮らしていけるんだろうか……?

 

 ちなみに俺はというと、男の一人暮らしなので本当に雑に家事を行っている。朝飯はトーストか白米と作り置きしてある煮卵。弁当には前日の晩飯の残り物を適当に詰め込み、余ったスペースには卵焼きとソーセージ。晩御飯は鍋やうどんをローテーションしている。

 

 それでも大変で、外食や惣菜で済ませることも多い。梨花ちゃんはあの長い階段を下らないとそもそも買い物にも行けない。年寄り連中が色々持ってくるもので凌げるんだろうか。

 

 俺がああだこうだと考えていたその時、沙都子が立ち上がって言った。

 

「梨花、ちょっとお手洗いをお借りしてもよろしいかしら?」

 

「もちろんですよ。場所はわかりますですか?」

 

 沙都子は頷くと、廊下へ歩いて行った。ちょうど2人きりになったところだ。俺は手短に気になっていたことを聞くことにした。

 

「梨花ちゃん。今年の犠牲者……分かってたのか?」

 

 梨花ちゃんはやはり来たか、と言わんばかり。少しの動揺も見せずに俺を見た。すぐに返事を返した。

 

「ええ。あなたは私のことを酷いと思うかもしれないけれど……今年の犠牲は、どうやっても止められないことだった。私や貴方が努力しても、きっと意味はなかった。それどころか、危険が及ぶ可能性すらあった。どうにも出来ないと思って……正直、諦めていたのだけれど」

 

 また続きがあるようだった。梨花ちゃんは恥ずかしそうに口を開いた。

 

「でも、貴方のおかげで、苦しまない形で逝かせてあげることは出来たわ。だから……ありがとう。い、一応感謝しておくわ」

 

 俺はその言葉を聞いて、頭は疑問符でいっぱいだった。今年の犠牲者について俺が何か言ったつもりはないが……何のことだろうか。本来であれば、梨花ちゃんの両親はもっと酷い形で亡くなることになっていたのかもしれない。

 

 梨花ちゃんはそんな俺の顔を見て、にやにやと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「くすくす、何のことかわからないという顔ね。別に大したことではないわ。私が知らず知らずに犯していた、罪を……ほんの少し理解しただけ」

 

 梨花ちゃんが難しい言い方をするのは初めてではない。こういう時は、素直に感謝を受け取ればいいだけだ。

 

 それよりも、もう一つ聞きたいことがある。

 

「これは答えなくて良いんだけど、君の両親はきっと診療所にいるんだよな。診療所の人間に殺害されたのか、あるいは生きているのかは俺にはわからないけど……明らかに祟りなんかじゃ、ないよな」

 

「……これは何度も言っているけど、貴方のためよ。診療所のことは詮索しないほうがいいわ」

 

 梨花ちゃんは冷たく突き放すようにそう言った。俺はやはり、自分の持つ診療所への疑念が間違いではなさそうなことに確信を得た。

 

 きっと、診療所について知り過ぎた者は消されるのだ。それが古手家であっても。雛見沢の権力者は御三家だけかと思っていたが、それは違う。園崎ですら計り知れない闇が診療所には隠されているはずだ。

 

 梨花ちゃんはこれ以上俺の追求がないのを悟り、今度は自分から口を開いた。

 

「次の犠牲者については、今この場で言うのは難しいけれど、いずれ貴方にも相談するつもりよ。この運命を変えるために……一緒に立ち向かってくれると嬉しいわ」

 

 気がつくと、梨花ちゃんはちゃぶ台に頬杖をついて可愛らしく首を傾げ、俺の目をじーっと見つめていた。俺も見つめ返して、微笑みかける。

 

「言われなくとも、そうするつもりだよ」

 

 俺が返事をしたところで、

 

「あーっ!何を良い雰囲気になってますの!?」

 

 沙都子が帰ってきた。梨花ちゃんはうふふ、と笑いながら、なんか色っぽい顔をしている。

 

「……雄星がなんだかろまんちっくにボクを見つめてきたのですよ」

 

「おい梨花ちゃん、やめてくれ!……沙都子、ちょっと揶揄われただけだよ。これ以上遅くなると悟史くんにも心配かけるだろうし、そろそろ帰ろうか」

 

「むー……仕方ないですわね。行きますわよ、ユウ。梨花、お邪魔しましたわ。お茶も出して頂いてありがとうございますですわ!」

 

 沙都子は納得いってないような表情だったが、時計を見るともう7時になりそうだということで、大人しく引き下がってくれた。

 

 6月末ということでまだ外は暗くはないが、小学生だけで外を彷徨くのは気が引ける時間帯だし、気をつけて帰らないとな。

 

「お邪魔してごめんね。梨花ちゃん、明日は学校に来れそう?」

 

「きっと行けると思いますです。ボクもみんなとお話し出来るのを楽しみにしてるのですよ!」

 

「私も、隣に梨花がいなくて張り合いがないですのよ?元気に帰ってくるのを待っておりますわ!」

 

 沙都子の言葉を嬉しそうな笑みで受け止める梨花ちゃん。俺たちが遊びに来たのが邪魔にはなっているわけではなさそうで良かった。俺と沙都子はその場を後にした。沙都子も数日ぶりに親友に会えて嬉しそうだった。

 

「来て良かったな、沙都子」

 

「そうですわね!思ったよりも元気そうで安心致しましたわ!」

 

 長い階段を降り、ふと空を見上げた。

 行きの時はまだ明るかった空はもう暗くなりつつあった。ちょうど、西の空には太陽が沈むところだった。俺はそれが不吉なように思えた……。

 

「もう日も沈んじゃったな。暗くなる前に帰ろうか」

 

 俺たちは沙都子の家へと向かうことにした。ふと空を見上げると、東の空には月が昇ろうとしていた。

 

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