雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第34話

 帰るのを嫌がる沙都子を家まで送り届けた後。

 俺は一人、暗い夜道を家に向かって走っていた。

 虫やカエルの鳴く声だけが聞こえた。文明の音は少しも聞こえてこない。静まり返った夜だった。

 

 街灯の光もまばらなこの時間だと、村人は滅多に出歩かない。

 自転車で走る足元にも気をつけなければ、畦道の側溝に嵌ったりしかねないほどだ。

 

 俺は自転車をゆっくり漕ぎながら、今日のことを回想していた。

 

 梨花ちゃんは元気そうだったし、沙都子の気晴らしも出来た。叔母さんはピリピリしていたが、沙都子が利口になったことを分かってくれれば、きっともう少しは落ち着くだろうし。となると、怖いのは来年以降のことだ……。

 

 そんな時、突然俺の乗る自転車のライトがちかちかと点滅し始めた。

 俺の自転車のライトは前世とは違って、車輪の回転で発電するような上等なものじゃない。ハンドルのそばについているスイッチを入れたら光るというもの。電池が切れれば、乾電池を入れ替えないといけないのだ。

 

 様子を見ながら、しばらく走ってみる。ライトはチカチカと光っては消え、を繰り返した。とても使えたものではない。

 

「困ったなぁ。まだ家までは結構あるんだけど……」

 

 思わず口から言葉が漏れた。ここから家までは自転車で10分から20分くらいなのだが、道は真っ暗だ。このまま走ったってまさか田んぼに落ちたりはしないと思うが、もしも怪我をしたら相当面倒なことになる。

 

 前世では夜間無灯火は取り締まりの対象だったけど、この昭和56年の時代ではどうなんだろうか。流石にこんな田舎の村では取り締られたりはしないだろうけど。

 

「事故に遭っても嫌だし……歩いてくか」

 

 誰にいうでもなく、俺はそう呟いた。

 

 もしも田んぼに突っ込んだり、側溝や川に嵌ったら面倒だし。怪我をしたらこんな遅くに診療所が診察してくれるとも限らない。診療所まで行くのも大変だ。

 今日はもう晩御飯も食べたし、あとは寝るだけだ。たまにはゆっくり帰ってもいいだろう。

 俺は自転車を押しながら、歩いて家に帰ることにした。

 

 俺は鼻歌を歌いながら夜の畦道を歩いた。

 つけっぱなしにしているライトが、たまに光ったり消えたりしている。もしかすると電池切れじゃなくて、単に故障なんだろうか。親父は牧野輪店という自転車屋もやっていたので、家に帰ればライトのスペアぐらいは見つかるはずだ。

 

 歩いていると、自転車に乗っている間はほとんど気にならなかった、まとわりつく虫が少し気になり出した。

 俺が歩いている畦道には、水が流れたり流れなかったりする側溝がある。そこから羽虫が湧いてきたりするんだろう……普段から野良仕事に精を出す村人たちは、こいつらと日々戦いながら農作業をしてるわけだ。

 

 気分を紛らわすための鼻歌と、ひっつこうとする虫を避けるために体を動かしたりする。側から見れば、やべー奴が歌い踊っているみたいに見えたかもしれない。

 

 そんな時だった。後ろから一台の車のヘッドライトが俺を照らした。暗闇の中に強い光で照らされた俺は、うねうねと動きながら、まるでスポットライトに当てられた劇の主人公みたいに畦道に大きな影を作った。

 

 誰か知り合いだろうか。車を持ってる知り合いなんて数少ないけど。俺は車の方を振り向いた。

 

 車は黒いセダン。田舎道の砂埃で汚れてはいるのだが、わりと最近の年式の車だ。

 俺はこの車を、何度か見たことがある気がする。どこだったか……俺の家の前?神社の階段の前?どっちだったかな……?

 

 考えていると、車は徐行で俺の目の前まで来た。ゆっくり止まると、中から恰幅の良い男が現れた。

 

「なんだ、大石さんか。どうしたんですか?こんな時間に」

 

「なっはっは!どうしたんですかはこっちのセリフですよぉ。どうしたんですか?こんな時間にこんな場所で。自転車には乗らないんですか?まだ貴方の家までまあまあ距離があるでしょう?」

 

 大石さんは笑うような、疑うような変な顔をしていた。俺はそれが何だか面白くて……笑ったつもりはないが、口元を歪めた。

 

「それが……自転車のライトが壊れてしまって。無灯火で運転して事故でもしたら大変だと思って、歩いてたんですよ」

 

「ふぅむ、そうなんですねぇ。では、私が家までお送りしましょうか?自転車もトランクに積める大きさでしょう」

 

 願ってもない申し出だった。大石さんのことだから、車内で何かしらについて俺を問い詰めようとしてるんだろうが、やましいことは無い。むしろ少し話すぐらいで家まで送ってくれるなら、ありがたいことだ。

 

「いいんですか?送ってくれるんだったら、俺が知ってるどんなことでもお話ししますよ。大石さんのことだから、梨花ちゃんの両親の事件について聞きたいんでしょう?」

 

 口元をにやりと歪めて、大石さんは笑った。

 

「んふふふ。雄星くんにはお見通しですか。さ、トランクを開けますから。私が載せますよ」

 

 大石さんは車を一旦停め、トランクを開けた。俺が乗っていた自転車を軽そうにひょいっと持ち上げて、トランクの中に載せた。

 大石さんはトランクを閉め、タクシーの運転手のように、後部座席のドアを開けてくれた。

 

「さ、どうぞ。クーラーが効いていて、涼しいですよぉ?」

 

「ありがとうございます。すごく助かりました」

 

 俺は言われるままに車内に入る。車内にはタバコの香りが充満している。昭和の時代だから、タバコを車内で吸うのなんて当たり前のことだ。

 しかし良い気分ではなかった。俺は思わず、無言で窓を少し開けた。

 

「おっと、タバコ臭いですかね」

 

「いえ、構いません。それよりも、何の話を聞きたいんですか?」

 

「単刀直入ですねぇ……まぁいいです。今回の件について、雄星くんの見解をお聞かせくださいよ。去年の話は大変参考になりました。御三家を特別視していない、村の人間から話を聞ける機会は貴重ですから」

 

 大石さんは、真剣な表情でそう言う。

 

「はぁ。そういうものですか……」

 

「それで今年の事件はどう思いますか?去年のように単なる事故だと思いますか?」

 

 そこまで言うと、大石さんは黙った。次は俺が話す番ということらしい。大石さんは車を停めたままだ。話さないなら、家には連れて行かないってか?

 

「あの、話すので車を出してもらって大丈夫ですよ。別に僕の家に大石さんが上がってもらって話しても良いんすけど……」

 

「そこまでしてもらうわけにはいきませんねぇ。まあまあ、心配しなくとも、発進させますよ」

 

 大石さんはサイドブレーキを下ろし、ゆっくりと車を発進させた。俺もそれに合わせて口を開いた。

 

「……俺の個人的な意見ですよ。今年の"祟り"は明らかに何者かが影で糸を引いていると思います。神主さんが境内で急性の心不全になったとして、診療所に運ばれたのはほんの十数分の話ですよね」

 

「そのように話を聞いてますねぇ。我々警察も車を動かすのに手間取ったとはいえ、30分もかからずに診療所には到着しましたから」

 

 俺と同じような疑問を抱いているのか、大石さんは何度か頷く。俺以上に情報を持っているはずだし、俺程度に思いつく疑問はすでに一度は考えた上で俺に聞いてみているのだろう。

 

「入江診療所はこんな田舎にしてはかなり設備が整ってますよね。どんな症状だとしても、運ばれた後に病状が急激に悪化して、すぐに死亡が確認されるってことは、あるものなんでしょうか?鑑識の方はどのように判断されてるんですか?」

 

「私も鑑識の爺さまから話は聞きましたよ。あり得ないことではないようです。しかし、珍しいケースではあるようですねぇ」

 

 俺の言葉はある程度予想の範疇だったのか、特に反論やそのまま受け入れられたようだった。

 

「ですよね。であれば、その心不全が珍しいケースだったのか、あるいは……」

 

「あるいは?」

 

 間髪をいれずに大石さんは俺に迫った。ルームミラーから、その鋭い眼光が俺に向けられていた。……外は暗いし危ないから、前を見て欲しい!俺は手でジェスチャーをした。大石さんは苦笑した。

 

「心不全ではなくて、何かしらの毒物が投与されたとか、入江診療所で治療がされていなかったか、じゃないでしょうか。……何も根拠はないので入江さんには言わないでほしいです」

 

「ふぅむ。雄星くんは入江京介さんを疑ってらっしゃるんですかぁ……?彼はこの村に来てくれる数少ない医師の方ですよぉ?あの園崎お魎さんからも信頼されていると聞きます。侍医なんですってねぇ」

 

 ここに来て初めて大石さんは、面白いことを聞いたとばかりに声色を変えた。

 

「疑ってるとかそういうわけじゃないですけど、不審な点はあるように思います。梨花ちゃんのお母さんの自殺の方も変ですしね。診療所で夫を看取った後、家にも帰らず、一人娘の梨花ちゃんに何も言うことなく、夜中に鬼ヶ淵に飛び込むのはおかしいですよね」

 

「んまぁ、そうですなぁ……」

 

「あたりは今以上に真っ暗だったはずですよ。迷わず目的地に向かうことが出来るとは思えない。そもそも夫が亡くなった後、その妻が出て行くのを診療所の方が止めたりしないものでしょうか?手続きとかないんですか?」

 

 俺は

 

「我々はあの方の性格なんてわかりませんが、一般的には不自然極まりない行動のように思えますねえ」

 

 大石さんは頷いた。

 

「梨花ちゃんのお母さんは、誰よりも梨花ちゃんのことを想っていました。鬼ヶ淵に身を投げるまでに目撃情報がないこともそうですけど、診療所で秘密裏に処理されているっていうのが一番あり得そうですよね」

 

「しかし、何のために?入江京介にそんなことをする動機があるようにはとても思えませんよ」

 

 そこが俺にとってもわからないところなのだ。それさえ説明がつけば、俺も納得ができる。しかし、俺は分からない問題の原因を診療所になすりつけているのだとも言える。

 

「それは僕にもわかりませんけど。でも、入江診療所には多くの職員がいそうですしね。何かしらの理由はあるんじゃないですか?」

 

「ふぅむ。……神主さんはダム戦争の時に日和見主義で園崎からバッシングを受けていたと聞いていますから……我々の方では、それを理由に"オヤシロ様の祟り"の対象になったのではないかと睨んでいました」

 

 やはり大石さんは園崎を疑っているらしかった。厳しい目を俺に向ける。

 

「思うんですが……園崎にそんなことをするメリットがあるんでしょうか?これで村の結束が固まるとは思えませんよ。そんなことのために国家権力に圧力をかけるなんて、影響力の無駄遣いじゃないですか?」

 

「そうですかぁ?ダム戦争の時にはそりゃあもう酷い目に遭いましたからねぇ、私は。一時期は雛見沢に行くのに防刃ベストを着ていましたしね。銃を向けられたことも数回ではありませんよ?牧野くんはお友達の家庭だからそうは思いたくないでしょうがね」

 

 その通り。大石さんが言うように、俺が園崎を疑わないのは俺自身が世話になっていることや、魅音ちゃんの家庭を黒幕だと思いたくないことも理由にある。

 とはいえ、それを含めても、祟りなんて起こす理由はないと思うが。

 

「確かに、そういう気持ちがないといえば嘘になります。……そうだ。大石さんにも一つ聞きたいんですが、この"オヤシロ様の祟り"の事件の捜査に対する圧力はどこから来てるものなんでしょうか?園崎で間違い無いんですか?」

 

「さぁて、どうでしょう……雛見沢の事件の捜査に圧力をかけられる人間なんて限られているように思えますよ。捜査終結のお達しは署長から来ますがね。本当はこの事件だって、情報の非開示を求められてるんですよぉ?私が牧野くんを信頼してるからこそ、情報を伝えてるんです」

 

「まさか!大石さん、さっきも俺が何してるかを疑ってたでしょう?」

 

「なっはっは!そりゃあ、子供が自転車を降りて踊っていたら誰でも不審に思いますよぉ!」

 

 気持ちよく笑う大石さん。

 

「ははは!見られてたのか。いやぁ、この時期は虫が多くて。俺がおかしくなった訳じゃないっすよ」

 

「んふふ、そういうことでしたか……ほら、牧野くん。ここが家で間違いないですか?着きましたよ」

 

 気がつくともう見知った建物の前だった。大石さんは路肩に車を停めると、サイドブレーキを引いて車から降りた。

 俺も車を降り、外の空気を吸う。ぬるい夏の夜の風が、やけに新鮮に感じられた。やはり、タバコの臭いはちょっとキツかった。

 

 大石さんはトランクを開けて自転車を降ろした。明滅を繰り返す自転車のライトの調子は、まだ悪そうだった。

 

「ありがとうございました。とても助かりました」

 

「いいえ、こちらこそ!なかなか面白いお話を聞けましたよぉ。……こちらからも少しは探ってみましょう。あなたの言うこと、いいセン行ってるかもしれません」

 

 大石さんはすれ違う際に、耳打ちをするような小声で診療所への疑いについて口にした。俺が診療所を疑っていることは秘密にしてくれるということだろう。助かる。国家権力に属する大石さんはまだしも、俺が診療所を探るのはとっても怖い。梨花ちゃんからも、あまり診療所のことは探るなと釘を刺されてる。

 だが、大石さんだったら上手くやってくれるだろう。

 

「それじゃあ、私はこれで。次からは警察をタクシーがわりには使えませんから。当てにしないでくださいね」

 

「国に相続税をたくさん支払ったんで、次会った時も乗せて欲しいっす。じゃ、ありがとうございました!大石さん!」

 

 大石さんは俺の言葉に豪快に笑うと、車に乗り込んで家の前を去っていった。

 

 俺は小さく深呼吸をして、鍵も閉めていない家の勝手口から家に入ったのであった。……最近は物騒だし、俺も鍵ぐらいはしておこう。

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