雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第35話

 最近、少しだけ気にかかることがある。それは、いつもの手紙のことだ。

 

 今から数年前までこの村に住んでいた竜宮礼奈ちゃん。彼女とは、かなり長いこと文通を続けていた。親父が失踪してからはさすがに少しペースは落ちたけど、それでも思い出したようにちまちまと便箋を埋めては送っていた。

 しかし……それが、ぷっつりと途切れてしまった。俺の方から一方的に送るだけになって、もうどれくらい経つだろう。

 

 父がいなくなってすぐの頃は、いろいろ慌ただしくて返事を出せずにいた。多分……その間に礼奈ちゃんは何通か送ってくれてたんだろう。なのに俺からはしばらく音沙汰がなかった。

 

 それで、礼奈ちゃんは飽きちゃったのかもしれない。少しずつ文通から気持ちが離れていって、いつの間にか書かなくなって──そして俺の手紙が届いた頃にはもう、「そんなこともあったな」くらいのものだったんだろう。

 

 俺が返事をし損ねたせいだ。そう思うと、なんとなく封筒を取りに行く手が重くなる。でも、まだ届くかもしれないって、どこかで少しだけ期待している自分が少し情けなかった。

 

 礼奈ちゃんは茨城に引っ越した後の、自分の近況を報告・相談してくれていた。遠くの親類より近くの他人とは言うが、遠くの他人の方が相談しやすいこともあるだろう。学校であった楽しいことや嫌なこと、ちょっとした人間関係の相談まで、いろいろと相談してくれていた。

 

 そんな中でも、少し前からは学校のことではなく自分の家族のことについての相談が多くなっていた。そして、雛見沢に帰りたい、雛見沢にいた頃に戻りたいという旨を書いていた。

 

 礼奈ちゃんの家庭環境はやや複雑だ。かつて雛見沢に住んでいた竜宮家は、母親の仕事の事情で小学校の入学の時期に茨城県に引っ越す。母親は新天地で仕事に励み、キャリアアップを実現した。一方で知らない土地で厳しい状況に置かれた父親は転職を繰り返していた……のだと思う。俺が手紙の文面から勝手に判断した。

 

 バリキャリの母親とうだつの上がらない父親の仲は少しずつ悪化していき、そして、ある時から母親は自分の夫に見切りをつけた。仕事先の男性と仲良くなり、礼奈ちゃんにも会わせるようになっていった。

 

 これも、礼奈ちゃんから相談されたことだ。母親が、会社の男の人と自分を引き合わせて、仲良くさせようとしてくるのだという。

 そしてその男は結局、母親の不倫相手だったのだ。今から少し前に、礼奈ちゃんの両親の関係はとうとう決裂したということが手紙に書かれていた。

 

 俺はとにかく、みんなが納得出来るように3人での会話の機会を作ってみればと提案していたが、母親は応じようとしないとのこと。

 俺は礼奈ちゃんの家庭環境について全てを知っているわけではない。それに、手紙に書かれている内容の中には礼奈ちゃんによる憶測も入っているように思えるが、礼奈ちゃんは少しも悪くないのは確か。

 

 手紙は別に意見を求めていないようなものもたくさんある。しかし、俺は俺なりの意見を返事に書いて送っていた。俺はこの気丈な少女が、自らの家庭の不和を自分のせいだと思い込んでいる現状が不憫でならなかった。

 

 そして、最後に来た手紙には不穏なことが書いていた。

 後ろから、足音が聞こえる。そして、これはオヤシロ様の祟りではないか。雛見沢を離れて茨城に住む自分を、オヤシロ様が連れ戻しにきたのではないか。

 

 手紙にはそう書かれていたのだ。オヤシロ様の祟りという便利なキーワードがここにも、だ。

 文明とは隔絶された田舎の寒村である雛見沢に住む老人ならまだしも、ある程度都会であるはずの茨城に住む小学生にまで「オヤシロ様の祟り」が信じられているのは不思議でならなかった。

 

 しかし彼女のこの考え方は明らかに精神病理的な要因があるように思えた。自分の家庭環境が複雑化する中で、礼奈ちゃんはその原因を自身に求めてしまった。そして、その罪悪感から精神に病んでしまい、それで声や足音が聞こえるに当たったのではないだろうか?「ごめんなさい」という声も、自分や両親が発した言葉が極限状態の脳裏にフラッシュバックしてしまっているとか。

 

 実際、俺も両親が死んでしばらくは、自分のせいだと思い悩んですごく苦しかった。確か病院にいる時も幻聴を聞いた気がする。ああいう類のものなんじゃないだろうか。

 

 とにかく、そうした精神状態の子どもの言うことは否定してはならないとよく言う。俺がオヤシロ様の存在についてはともかく、祟りなんて有り得ないと思っているのは隠した。手紙では礼奈ちゃんの考えを受け入れ、その上で礼奈ちゃんに罪はないということを伝えてあげたい。

 

 俺はもう長いこと返事も来ていないが、最後に、一通の手紙をしたためることにした。

 

 自分から書く気はあまりなかったのだが、村で今起こっている出来事についても書くことにした。この分では、雛見沢で起こっている事件についてもある程度知っているかもしれない。テレビのニュースとかでは取り上げられたりはしないだろうし……変なところで情報を仕入れるよりも、ちゃんと当事者である俺が話した方が変な誤解は生まないだろう。

 

 "実は村でも「オヤシロ様の祟り」といわれる怪事件が起こっているんだ。昭和54年から連続した3年間で、オヤシロ様に忠実でなかったと言われる人たちが立て続けに亡くなっている。

 

 そのことを「オヤシロ様の祟り」と言う人がいるんだ。俺は、縁結びの神様であるオヤシロ様はこんな短絡的に人は殺さないと思うんだけどね。

 

 礼奈ちゃんが経験したその声は、俺も聞いたことがある。すごく辛い時に、病院で、ちょうどオヤシロ様の話をしている時だった。俺も、家まで着いてくる足音が聞こえたよ。何にせよ、礼奈ちゃんのことが心配だよ。

もしも今年の夏休みかお盆の時期にでも、暇だったら雛見沢に帰ってきてくれないかな?直接会ってお話ししたい。"

 

 うーん、ちょっと違うか。何が言いたいのかよくわからない。俺は長い時間をかけて、文章を推敲することにした。

 

 礼奈ちゃんは確か俺の一個上だから、今は小学6年?来年が中学校の入学だというのに、こんな家庭環境だと学校でも大変だろう。何か彼女を慰めるような言葉をかけてあげたかった。

 俺はその日一日を、届くかもわからない手紙の文面を考えるのに費やしたのだった。

 

 

 ────────

 

「保典さん。竜宮保典さん」

 

 暗い雰囲気の病院の中で、看護師の無感情な声が響いた。

 

「あ、はい……」

 

 1人の男が待合室から立ち上がり、歩いて行く。向かう先は、面談室だった。

 

 面談室は、患者のプライバシー尊重のために防音がなされている。窓のブラインドは完全に閉じ切った状態で、埃が溜まっていた。壁にかけられたカレンダーと、机の上に置かれた造花だけが、真っ白な部屋の中に色をつけていた。

 

「竜宮保典様ですね。どうぞ、こちらへお掛けください」

 

 そう言われて、男は黙って座った。深刻そうな顔をしていた。

 

「竜宮礼奈さんの状態は……徐々に、落ち着きつつはあります。ただ、今でも現実と夢の境目がわからず、錯乱することがあります。今後ご自宅に戻られた際には、毎日薬を飲んでいるかをしっかり確認するようにお願いします」

 

 医師はカルテを捲って、資料に目を通しながら言う。礼奈の父には、目も合わせなかった。

 

「ええ、ええ……」

 

「昨日も少し取り乱すことがありましてね。その、病室で、見えないものを怖がり……雛見沢がどうこう、と仰っていたとか」

 

「そんな……も、申し訳ありません」

 

「いえいえ、それが仕事ですから。それで、雛見沢とは礼奈さんの故郷でしょう。離れてからだいぶ経つのに、今でもそことの繋がりを保っているものは……手紙、ではありませんか」

 

 礼奈の父は気まずそうな顔で黙った。確かに、彼にも心当たりがあった。

 

 礼奈は、雛見沢にいる友達と長い間文通を続けていた。最初こそ微笑ましい繋がりに、とてもありがたい気持ちになったが……今では、たびたび家に届く手紙は、礼奈には見せていない。礼奈と雛見沢の繋がりは……今となっては、嬉しいものばかりではない。

 

「それが良い刺激になるとは限りません。むしろ、過去のことを思い出すきっかけになって、心を乱してしまうことにつながります」

 

 医師はそう言って、カルテをデスクの上に置いた。

 

「は、はい」

 

「こちらでは、お嬢さんが書かれた手紙は全て確認しています。そして、精神衛生上の問題から……」

 

 医師は気まずそうにして、少し間を置いた。

 

「全て破棄しています。礼奈さんには『全て送っていますよ』と伝えていますがね。実際には外へは出しておりません」

 

「そんな。あの子はあれを楽しみに……!もしも礼奈が元気になれば、溜まっていたものを全て見せようと思っていたんですが……」

 

「お父様の懸念は理解しております。ですが、今は外部との接触は断つべきです。それが、礼奈さんのためなのです」

 

 医師はきっぱりと、そう言い切った。礼奈の父は、それに返す言葉がなく、項垂れるばかりだった。

 そんな姿を見て、医師は無表情にカルテに何かを書き込む。

 それからも医師からの話はあったが、特に変化はないらしかった。薬物療法を続けて、しばらく経過観察になるとのことで、礼奈の父の心には不安が募るばかりだった。

 

「あの、礼奈はいつ退院出来るんでしょうか……?」

 

「安心してください。しばらく経てば元気になりますよ。そうですね、中学校に入学するまでには」

 

 礼奈の父は項垂れた。医師はそれに構わず、カルテを無造作にデスクの上に置いた。

 

「今日の面談は以上になります。お気をつけてお帰りください」

 

 そう言って、医師はオフィスチェアのキャスターを転がし、デスクに戻った。礼奈の父はゆっくりと立ち上がって、部屋を出ていった。

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