雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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昭和57年
第39話


 時は経ち、雛見沢分校でもとうとう新学期が始まっていた。俺は今年から小学6年。

 

 雛見沢分校が新しい年度を迎えるころ、クラスは新入生の話題で持ちきりだった。俺はその話題にいつも以上に食いついた。何故かって、その転校生の子は俺も良く知っている子だったからだ。

 

「今日は皆さんにサプライズです。なんと、今日から皆さんのお友達が、1人増えるんですっ」

 

 春風が窓から吹き抜ける、穏やかなある日のホームルームだった。外では梅の花が散り、桜が咲き始めるその頃、とうとうその転校生が来た。

 

 知恵先生は勿体ぶった紹介をした。年長者が少ない雛見沢分校のことだ、子供達一人一人に教えるのに苦労をしている先生からしても、中学生が入ってくるのは単に教え子が増えるというだけでない、嬉しいものがあるのだろう。

 

「さあ、竜宮さん。入ってきてください」

 

 先生の声に従って、教室の扉が開かれた。礼奈ちゃんは緊張した面持ちで教室の敷居を跨いだ。かつて父の営む店にお買い物に来たあの子は、可憐な女の子に成長して現れたのだ。

 

 礼奈ちゃんが身に付ける涼しげなセーラー服の両肩には、黒板消しの白い粉が薄く付着しているように見えた。

 俺はその格好を見てすぐに勘付いた。礼奈ちゃんはきっと、紹介の前に一度教室に入ってきた時、不幸にも俺たちを標的とした沙都子のトラップにひっかかったんだろう。

 みんなの面前で自己紹介する前にこんなことになるとは、ついてない。

 俺は後ろに座る沙都子の方をチラッと見た。少し申し訳なさそうな顔で俯いていた。……これは確かに反省しないとな。

 

 その子はゆっくり教室の真ん中まで歩いていく。

 みんな、その肩に付着した白粉には気付いている。でも、それが沙都子のトラップが原因だということも分かっている。みんなは始業前から思わぬ洗礼を受けたその女の子のことを、微笑ましい目で見守った。

 女の子は、ちょっと照れたような表情で教壇の前に立ち、自己紹介を始める。

 

「初めまして!竜宮礼奈です。私のことは、レナって呼んでください。小学校に入るまでは雛見沢に住んでいましたが、ちょっとしたきっかけがあって戻ってきました。今日から皆さんのクラスメイトになります。これから、よろしくお願いします!」

 

 彼女はぺこりと小さく頭を下げる。俺が文通を何年間も続けていたあの竜宮礼奈ちゃんがそこにはいた。

 

 

 村の噂話程度で、昔ここいらに住んでた子が戻ってくるかもという話は耳にしていたが、雛見沢分校に入学するのは知らなかった。

 村に住む多くの子供達は興宮まで数十分かけて、頑張って通学する。特に、ちゃんと勉強しないといけない中学生はその割合が高い。俺たちの雛見沢分校に中学生が少ないのは、恐らくそんな理由もある。

 礼奈ちゃんの家はわりと興宮の方に近いので、特に通学のハードルは高くはないし、興宮の学校に通うことになるかもと思っていた。

 

 今年からは、魅音ちゃんと悟史くんは中学2年生。その一つ下に、新しく礼奈ちゃんが入った形になる。俺が小学6年で沙都子と梨花ちゃんが5年。年齢が違う俺たちの学年の空白を埋めるような形で、礼奈ちゃんがこの分校に入ることになったわけだ。

 

 下級生のみんなから、矢継ぎ早に質問を投げかけられてあたふたとしている礼奈ちゃんを見て、俺はぼーっと考える。

 

 彼女と俺の繋がりとして最も大きいのは、文通だ。ただ、半年前くらいに送った文通から、返事が返ってこなくなった。少し寂しい気もしていたが、引っ越しの準備が忙しかったというわけだろう。

 それに、手紙に書かれていた複雑な家庭環境もあるし……手紙が返ってこなかったのはいちいち追及することでもない。

 

「では、竜宮さん。あちらの席に座ってくださいね」

 

 礼奈ちゃんは俺の左後ろくらいの席になるらしい。

 俺の席は相変わらず教室の右前で、後ろの沙都子と梨花ちゃんには悪戯され放題。最近は昔より危険なイタズラやトラップは減ったのでマシではあるのだが、恐るべきトラッパーに背後を取られているという心配は尽きない。

 

 礼奈ちゃんが席に歩いていくその時、俺の方をチラリと見た。目があったので、にこりと微笑みながら小さく手を振る。礼奈ちゃんもそれに目線で会釈を返してくれる。

 

 別にどうということもないが、新入生と自分だけが知り合いというのは悪い気分ではない。俺はみんなの知らない礼奈ちゃんの良いところを知ってるんだぞ、という優越感を感じられるからだ。俺はちょっと嬉しくなって口元を緩める。

 

 そんな時、自分の背中に何かがぶつけられた。床に転がるそれを見てみれば、もうだいぶ小さくなったチョークだった。

 一体誰が投げたのだろうか?振り返ってみれば、沙都子がじっとこっちを見つめていた。

 

「レディーに不躾な目線を送るのは、失礼に当たりましてよっ」

 

「そうかな……?」

 

 沙都子は拗ねたようにそう言って、ぷい、とそっぽを向いた。そのそばに座る梨花ちゃんは、可愛らしいものを見る目で沙都子のことをじっと見つめていた。

 

「沙都子はレナに雄星が取られてしまいそうで、嫉妬しているみたいなのです。かわいそかわいそなのですよ」

 

 恥ずかしそうに他所を向く沙都子の頭を、梨花ちゃんが撫でる。取るとか取られるとか、そんなことはないと思うけど……まだ子供だし、可愛らしい嫉妬心の表れなのかもしれない。

 

 

 

 いつも通り、新入生の自己紹介と先生の話が終わった後にはちょっとした話す時間が与えられた。俺はみんなが礼奈ちゃんに質問をする前に、礼奈ちゃんの席に近づいて、話しかけることにした。

 

「久しぶり、れい……レナちゃん。雛見沢に戻ってきたんだね。あっと、俺の顔覚えてないよね。俺は牧野雄星。文通、楽しみにしてたよ」

 

「雄星くん!久しぶり。ふふ、気を遣ってくれてありがとね。あの手紙のおかげで、気持ちが楽になったこと、沢山あったんだよ。……だよ?」

 

 礼奈ちゃんはどこかぎこちない笑みで俺にそう答えた。どういう気持ちでレナと名乗っているのかはわからないが、今日からは礼奈ちゃんではなくて、レナちゃんらしい。……茨城の学校でのニックネームだったのかもな。あだ名とかは一度つけられるとそれで統一して呼んでほしかったりするものだし。

 

 俺は「オヤシロ様の祟り」について礼奈ちゃんが書いた手紙も知っているわけで、家庭で色々あって気持ちが不安定な状態で引っ越してきたのかと思っていた。話している分には全くそんな感じはない。あの時の優しそうな少女がどこか芯の強さを持って成長したような感じだ。

 

 とはいえ、心に何かしらの闇を抱えているのは事実だろう。俺は注意を払い、あまりショックを与えるような話をしないようにしようと心に決めた。

 とはいえ、レナちゃんが返信を書かなくなってからもしばらく、俺は手紙を出していた。まずは、それを読んでくれていたを聞いてみることにした。

 

「レナちゃん、俺が半年前くらいに送った手紙は読んでくれた?」

 

「あ……ごめんなさい。実は、しばらく手紙を読んだりできないところにいたの。だから、返事が遅れちゃって……それで、雄星くんも飽きちゃったんだよね。ごめんね……」

 

 俺とレナちゃんの間に、ちょっとした認識のズレがあるのを感じた。俺は手紙をずっと送っていた。レナちゃんも、遅れはしたが返事を送っていると言う。

 何のことかはわからないが、今追及するべきことではないだろう。俺はレナちゃんの雰囲気が少し暗くなったのを感じて、引き下がる事にした。

 

「そっか。その話はまた今度にしよう。それで……雛見沢に帰ってきてくれてありがとね。茨城での生活に慣れてたら、ここは不便だったりしない?買い物とか遊びとか……」

 

「ううん。新学期前から雛見沢には戻って来ていたんだけど、みんな優しいし、とっても過ごしやすいよ。うん。茨城の家なんかよりも、ずっと……」

 

 レナちゃんはまた、嫌なことを思い出したように暗い顔になった。しまった、また地雷を踏んでしまった。きっとここに戻ってくることになった理由はポジティブなものじゃないだろう。

 わざわざそれを思い出させるようなことをしなくてよかったのに!俺は自分の短慮を恥じた。

 話を誤魔化すようにして、俺は慌てて口を開いた。

 

「そうだ!俺の友達も紹介するよ。ええと……」

 

 レナちゃんが俺の背後を眺めているのに気がついて振り向くと、いつの間にか、俺の友達たちが背後にずらりと並んでいた。みんなは、俺とレナちゃんのどこかぎこちない会話を黙って聞いていたらしかった。

 みんな、口々にレナちゃんに自己紹介をする。

 

「私は園崎魅音っ!レナ、これからよろしく!同年代の女の子が転校生だなんて、すっごく嬉しいよ!」

 

「ボクは古手梨花なのです。よろしくお願いしますのです」

 

「私は北条沙都子ですわ。あそこに座っているのが、私の兄の北条悟史ですわ。よろしくお願い致しますわ!」

 

「うん。みんな、よろしくね!」

 

 レナちゃんはみんなに矢継ぎ早に自己紹介をされて、少し戸惑いながらも、にっこりと笑ってそれを受け入れてくれた。

 

「さっきの話を聞いてる限りだと、ユウはレナと既に知り合いなの?」

 

 魅音ちゃんが聞いてくる。

 

「うん。実は茨城に引っ越してからも文通をしてて……会うのはめちゃくちゃ久しぶりだけど、みんなよりはレナちゃんのことを知ってるかも」

 

「レナも緊張してたんだけど、雄星くんがいてくれたから馴染みやすいよ」

 

 俺たちは顔を見合わせる。やっと、悪くないコミュニケーションが出来た気がした。

 

「ふぅん。何だか、ロマンチックな話だねぇ〜」

 

 魅音ちゃんが俺たちのことを茶化すようにそう言ったところで、先生がもう一度入ってきた。俺たち以外にレナちゃんと会話をしようとしていた子達も、残念そうに自分の席に戻っていった。

 

「ごめんね、続きは後にしようか。とにかく、これからよろしくね!」

 

「うんっ!」

 

 レナちゃんはほっとしたような表情でそう言って、自分の席に座った。俺たちも、各々の席に戻ることとした。

 

 手紙の文面を読んだ限りでは、礼奈ちゃんは家族のことで気持ちを病んでしまっているのかと思っていた。しかし会話をした感じは普通。むしろ、外面だけで言えば以前よりも明るくなっているように見えた。

 

 どうして自分を「レナ」と呼ばせるのか、そもそもどうしてこんな田舎にわざわざ転校してきたのかなど、色々と疑問はある。

 しかしそれは大したことではない。何もなければ、高校受験までの3年間くらいは雛見沢にいるはずなのだ。新しい仲間として、仲良くなればいいだけの話だ。

 

 俺はふと思い出して、後ろの席を興味深そうな顔の梨花ちゃんがこちらを見ていた。

 

 梨花ちゃんは以前、"まだここにいない仲間もいる。きっと仲良くなれる"と言っていた。やはりレナちゃんが雛見沢に戻ってくるのは分かっていたことだったんだろうか……?

 

 俺は先生の説明中、隙を見て梨花ちゃんに振り返る。

 

「もしかして、新入生が来たのも想定の内?」

 

 梨花ちゃんは、ぼそっと俺にだけ聞こえる声の大きさで俺に耳打ちする。

 

「何の話をしているのか、ボクには分かんないのですよ」

 

 惚けた顔をする梨花ちゃん。ただ、こういう顔をするときは大体物事が予想通りに運んでいる時だ。彼女は想定外のことが起きると顔に出るタイプだし。

 

「レナちゃんのことも詳しく知ってるの?」

 

 すると梨花ちゃんは、意地悪そうな顔になった。

 

「……ボクや沙都子、魅ぃに飽き足らず、すでにレナにも目をつけているとは、雄星は手が早い男なのです」

 

「人聞きの悪いこと言うなっ!」

 

 やはり礼奈ちゃんのことを梨花ちゃんは知っているんだろう。彼女はこの雛見沢のことをどこまで把握しているのか……つくづく、底知れない子だ。

 

「そこ、何かありましたか?わからないことですか?転校生が来てはしゃぐ気持ちはわかりますが、授業中の私語は慎んでくださいね」

 

 ついつい大きな声を出してしまったことで、知恵先生が俺を叱る。俺はぺこぺこと頭を下げてその場を誤魔化した。

 振り返ると、梨花ちゃんはにんまり笑っていた。沙都子は、滅多に先生に怒られない俺が怒られているのを見て、何だか嬉しそうな顔をしていた。

 

 そんなわけで、俺たちの雛見沢分校には、新しく竜宮レナちゃんが加わった。

 

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