雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
俺は居間の机に頬杖をついて、本を読んでいた。
我が牧野家は雑貨屋を営んでいる。この狭い村の中で、欠かせない生活用品などを売っているわけだ。
普段店番をする父が商品の仕入れで出て行かないといけない日には、普段家政婦としても働いている母が店頭に立つ。それでも、小さな俺の昼飯時には只今不在中、と書き置きを残して俺の面倒を見てくれる。
来るお客さんも、いつなら都合が良くて、いつなら両親が忙しいかをなんとなく理解している。仲のいい隣人ならば、俺の面倒を見てくれようとする人さえもいる。それがこの村のコミュニケーション。グッドだ。
田舎の雑貨屋なんて、常に店員がレジの前に立っているわけではない。品揃えもそれほど良くはないし、前世のコンビニエンスストアのようなものとは大違いだ。母親は、父の仕入れた商品を売るだけで、それぞれの商品がどういうものかを正しく理解しているわけでもない。
そんな我が家の雑貨屋だが、最近は俺も店頭に立ち始めた。俺は今…確か5歳?のはずだが、母親よりも商品のことを分かっていると自負している。
お客さんがいない時は、住居の部分につながるところに置いてある小さな椅子に座って、ゆっくり本を読んでいる。母がご飯を作っている時、洗濯物を干している時。そういう時には、俺が店員の真似事をしているのだ。
ぱっと見では店員がいないように見えるが、呼び鈴を鳴らしたり、声をかけてたりしてくれれば、その時に手が空いている俺か母親が出る。もしも俺が対応できないようなことがあれば、母を呼ぶ。そんなシステムで成り立っていた。
今日読んでいるのは、スコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』。前世で読んだことはあるのだが、なんとなく内容を思い出したくて図書館で借りてきた。
「牧野さん、おるかーい?」
そんな時、店の方からしわがれた声が聞こえた。母は今向こうで作業をしている。俺が出てやるべきだろう。
「ちょっと待ってくださいね〜!」
俺はそう返事を返し、本を脇に抱えたまま店頭へと出て行った。
そこにいたのは老婆と、俺と同い年くらいの少女だった。婆さんの方は見たことがあるが、女の子とはおそらく初対面のはず。
向こうも俺を見ていて、目が合う。恥ずかしそうに目を逸らされる。無垢で可愛い。
「牧野さんとこの息子さんかいねぇ。雄星くんいうんやったかいなあ?」
「そうです。牧野雄星です。おはようございます……竜宮さん、ですよね?」
お婆さんは嬉しそうに頷く。名前を知ってたのが好印象だったのかもしれない。
この狭い村では、情報はすぐに広まる。年寄りは大体村の子供の名前を知ってるし、家族構成や何の仕事をしてるかもある程度把握されてる。
この婆さんは少し離れたところに住んでいる竜宮家のおばあさん。ええと確か、両親は服飾デザイナーをしていてあまり雛見沢では見かけない。特に母親はいつも忙しく、自治会の行事にも参加しないのだと両親が愚痴っていたのを聞いたことがある。
俺はその情報から、この女の子の名前を思い出す。親が話していたか何かで、聞いたことがあったはず。確か……
「ってことは、君は……竜宮礼奈ちゃんだよね。はじめまして、よろしくね!俺、牧野雄星って言うんだ。再来年くらいには雛見沢分校に入るから、その時には礼奈ちゃんの後輩だね!」
「え、あ、うん。わ、私は竜宮礼奈。よろしく、ね?」
竜宮さんちの1人娘は恥ずかしがり屋らしい。俺から気安く喋りすぎたかもしれない。ちょっと怯えた顔でおばあさんの後ろに隠れている。
「今は母は忙しくしてますんで、僕がお伺いします何か御用ですか?」
「電球を買いに来たんやけどなぁ、すったらんと、色々種類があってわからんからどれをこうたらええんか相談したいんやぁ。雄星くんにはわかるかい?」
「そうですね……普通の蛍光灯だったら、こちらに置いてある二つのどちらかの種類を持っていけば、どちらかは使用できると思います。もしお急ぎでしたら、二つとも持って行って、使わなかった方を戻して頂いても構いませんよ?」
「ほぉー、ちょっと急ぎの用やから、そうさせてもらおうかいね。最近の子はお利口さんやなぁ。礼奈も雄星くんを見習わんといかんねぇ」
婆さんは感心した表情で俺の頭を撫でる。田舎ならではの距離感だ。少しの驚きはあっても、それほど不快ではない。
横にちょこんと立ちっぱなしの礼奈ちゃんは、俺のことをじーっと眺めていた。
変なのと比較対象にされて悪いな。そう思って小さく会釈した。恥ずかしそうに、顔をぷい、と背けられた。可愛い。
「それほどでもありません。ちょっと、本を読んでるだけです」
「すったらんと……ちょっと家まで行ってくるから、礼奈や、このお店でこの子と話して待っといてくれるかい?」
婆さんは礼奈ちゃんの返事も待たずに店を出て、家の方向へ戻って行った。年寄りなのに元気なことだ。すぐに帰って蛍光灯を試して、要らない方を持ってくるということだろう。
礼奈ちゃんは有無を言わさずこの店に残らされることになった。俺と置いて行かれた礼奈ちゃんの間には、しばし沈黙が訪れた。
俺は黙って店の奥から椅子を持ってきて、礼奈ちゃんに差し出した。
「座って座って。何か、お話でもしよっか」
「う、うん」
俺は脇に抱えた本をカウンターに置いて、礼奈ちゃんとのお話を始めた。
「礼奈ちゃんの家って、どのあたりにあるの?」
「うーんとね、えーっと……向こうだよ!向こうの川を超えて、ちょっと歩いたところ!」
礼奈ちゃんは指でなんとなくの方向を示して俺に伝えてくれる。
もちろん全然詳しい場所はわからないが、おそらく、神社や診療所がある方の反対側で、ダムの建設現場にほど近い。あそこは毎日のようにやかましく抗議をしてる。もしかしたら、抗議運動に迷惑してる住人かもしれない。
学校からもまあまあ離れている。歩いて2.30分くらいはかかる距離だし、この小さい子供が毎日学校に通うのは少し大変だろう。
「そうなんだね。じゃあ、街に出る時とかは俺の家の前を通ったりする?」
「うーん、多分?」
「それならさ、またお話ししようよ。俺、大人の知り合いとかはいるんだけど、同年代の友達があんまりいないんだよね。礼奈ちゃんがお友達になってくれたらとっても嬉しいな」
「う、うん。礼奈も、嬉しいな」
礼奈ちゃんは顔を赤くし、照れた表情になる。
前世でも、学校に通い始める前から、既に友達がめちゃくちゃいる奴がいた。
そうした奴らはこういうちょっとした機会でお友達を作っていたのだろう。#春から雛見沢分校、みたいな感じだ。俺も、この狭い村のコミュニティで孤立したくはない。
「礼奈ちゃんの年は……俺の一個上だよね。来年から雛見沢分校に通うの?それとも、興宮の小学校に?」
俺がそう切り出すと、礼奈ちゃんは思い出したように暗い顔に変わり、俯いた。何か、小学校の入学に嫌な気持ちでもあるのだろうか。
「ほんとは、礼奈もそれがいいんだけど……お母さんのお仕事があるから、もうすぐ、いばらき?ってところに引っ越さないといけないかもしれないの……」
落ち込んだ様子の礼奈ちゃん。この年で、全く知らない土地へ引っ越すのは大変だろう。どこの小学校も、幼稚園や保育所からの友達のつながりがあったりするはず。
慣れない暮らしに友達のいない場所となると、この子にかかる負担も大きそうだ。
「そうなんだ。それはとっても寂しいね。……そうだ!礼奈ちゃん、引っ越し先の住所とかって分かる?」
「ごめんね。わかんない……」
礼奈ちゃんは申し訳なさそうに俯く。そりゃそうだ、未就学児に引っ越し予定地の住所を聞いても、わかるわけない。婆さんが帰ってきたら、聞かせてもらおう。
「そっか、じゃあお婆ちゃんに聞くね。礼奈ちゃんがもし良かったらさ、時々手紙を送ってもいいかな?ここの写真も付けてさ。そしたら、雛見沢のこと忘れたりしないでしょ?」
ちょっと難しいことを聞いてしまったので、安心させるために笑みを浮かべながら礼奈ちゃんに提案する。いきなり未知の場所に放り込まれる時、1人でも友達がいれば気持ちは全然違う。
手紙で、学校であった嫌なことを書いて送ってくれたらいい。仮に、彼女が引っ越し先からここに戻ってきて雛見沢分校に入学することがあるなら、1人ぐらい知り合いがいないとそれはそれで不安だろうしな。
何でこんなことをするかって……小さな頃に離れ離れになった幼馴染が戻ってきて……ってのは、悪くないシチュエーションだろう。
この子を気遣う気持ち半分、遠いところに友達が出来る楽しさ半分。お互いウィンウィンのはず。
「うん!礼奈、とってもうれしい!」
「向こうはきっと都会だからねぇ、雛見沢分校じゃ出来ないことも、きっと茨城なら沢山できるよ。俺も学校のことを書いて送るから、礼奈ちゃんもその時あったことを書いてね」
「うん。絶対そうする。約束だよ」
礼奈ちゃんはそう言って微笑んだ。手紙を書く日は決めておいて、興宮に行く親父に出しておいてもらうようにしようかな。
「礼奈ちゃん、もしも雛見沢に帰ってくることがあったら、今度は一緒に遊ぼうね。そうだ、おすすめの本もたくさんあるよ。手紙に書いて伝えるから、そのうち探して読んでみてよ」
俺が知ってるおすすめの本は礼奈ちゃんにはちょっと……いや、かなり読み辛いかもしれないが。読みやすいものを見繕って伝えるとしよう。
「う、うん。私も、雄星くんと遊びたい。また、会おうね。約束だよ。……だよ?」
「礼奈ちゃんこそ、返事を書くのを忘れないでよね。俺は月に一回は絶対に手紙を出すからね。もしも届かなかったら……」
俺の言葉に小首を傾げる礼奈ちゃん。
「届かなかったら?」
「きっと、お父さんが出し忘れてるだけだから。俺のお父さんに怒ってね?」
俺の言葉にうふふ、と慎ましく笑う礼奈ちゃん。少しは仲良くなれたみたいでよかった。
ちょうどその時、誰かの足音がそこから聞こえてきた。きっと、礼奈ちゃんの婆さんが帰ってきたんだろう。
それにしても、歩いて10分くらいはありそうだが、よく老人が歩いて雑貨屋まで来れるものだ。
前世の年寄りはみんな足腰がもう少し弱かったが、この村は便利なバスやシニアカーなんてない。歩かないとどこにも行けないから、みんなタフなのかもしれない。
足音はだんだん近づき、やがて1人の男が電球の箱を持って店に入ってきた。お婆さんの代わりにきたのだろう。
「お父さん!」
礼奈ちゃんは自分のお父さんであろうその男に微笑んだ。男もにっこりと笑った。
礼奈さんのお父さんは、いかにも真面目そうな、純朴な男だった。未就学児の俺に対してぺこぺこと会釈をする。そんな優しそうな人だ。 多分、婆さんの代わりに来たんだろう。
「はじめまして!礼奈ちゃんのお父さんですか?僕は牧野雄星です。礼奈ちゃんと楽しくお話しさせて頂きました!ありがとうございます」
俺から挨拶をする。挨拶は相手よりも先にした方が印象が良い。
「いやいや、こちらこそ。雄星くんはお利口さんだね。代わりに、使わなかった方の電球を持ってきたんだけど、大丈夫かい?」
遠慮がちに蛍光灯の箱を俺に差し出す。綺麗な状態で、気を遣ってくれたのが伺えた。
「はい。こちらで預かっておきます。先ほどご購入して頂いた方の電球の代金が……xxx円ですね」
「はい、どうぞ」
礼奈ちゃんのお父さんからお金を預かり、キャッシャーに入れる。いちいち便利なレジなんかこの村にはない。電卓が置いてあり、両親はどんな小さい計算でも電卓を使う。
電球のお釣りは明確だった。俺はカウンター下のコインケースから40円だけ抜き取り、礼奈ちゃんのお父さんに渡す。
「お釣りのxx円になります。どうも、ありがとうございました!」
俺は礼奈ちゃんのお父さんにお釣りを渡し、にっこりと微笑む。
じゃあ帰ろうか、と、礼奈ちゃんに声をかけて、こちらに背中を向けるお父さんに声をかける。
「あ、礼奈ちゃんのお父さん。礼奈ちゃんからもうすぐ引越すって聞いたんですけど……本当ですか?」
「あー、うん……」
お父さんは項垂れるようにして頷いた。大層、残念そうだ。
礼奈ちゃんは「お母さんの仕事の都合」と言っていたが、お父さんからしても引っ越しはしたいわけではないのかもしれない。大人ってのは大変だ。
礼奈ちゃんのお父さんは、俺が気の毒そうな表情を浮かべているのに気づいて、慌てて続ける。
「うちの礼奈とせっかく仲良くなってくれたのに、ごめんね」
「良かったら、住所をお聞きしてもいいですか?さっき、礼奈ちゃんと手紙のやり取りをしよう、と話していて。どこに行っても雛見沢のことを忘れないように、写真でも送りたいんです」
「おお、礼奈。そんなに仲良くなったのかい?ありがとう。何か書くものをもらってもいいかな」
お父さんは嬉しそうに俺の差し出したメモ帳とペンを手に取ってさらさらと住所を書き出した。お父さんからしても自分の娘が新天地でうまくやっているかは不安に違いない。故郷の友達から娘に手紙が来るのは嬉しいはず。
「よし、書いておいたよ。もし読んでもわからなかったらご両親に聞いてみてね」
住所を書き終えた礼奈ちゃんの父は、俺にペンを返すとそう言って笑った。
「はい。ありがとうございます!礼奈ちゃんが書く時は、ここに届けてね!」
俺もメモ帳に住所を書いてお父さんに手渡しする。お父さんは大事そうにそれを財布に入れた。
「もしなくなっちゃっても、雛見沢にさえ届けばきっと俺の手に届くからさ!俺の住所がわかんなくても俺の名前だけ書いてよ」
俺が言うと、礼奈ちゃんは優しく笑った。お父さんもその娘の姿を見て嬉しそうに笑った。
礼奈ちゃんとお父さんは裏から出てきた俺の母親に軽く挨拶を返して、店を出て行った。竜宮礼奈ちゃん。引っ越し先でも、元気にしてくれたらいいな。二度と雛見沢に帰ってこなかったとしても、十何年後くらいになれば、飲みに行くぐらいはできるだろう。……そこまで文通が続くかはわからないけど、おばあちゃんちに帰ってくることぐらいはあるだろ。
「あら、ユウくん。また新しい友達が出来たの?」
しばらくして用事が終わったのか、店先に出てきた母が嬉しそうに俺に聞いた。
「うん。竜宮礼奈ちゃん。可愛い子だったよ。引っ越すみたいだから、毎月手紙を出そうと思って、住所も聞いたんだよ」
「ふーん……そうなの。ユウくん、この年から女の子の文通友達が出来るなんて、やるじゃない!」
母は茶化すようにして笑った。茶化すな茶化すな。
さて、何の本をおすすめしようか?児童書はあまり読んだことがない。読んだことのない知らない本をお勧めするよりも、少し読みづらくても本当に面白いと思える本を薦めたい。わからなかったら、親に説明でもしてもらえばいい。
芥川龍之介の前期の小説とか、星新一のショートショートとかは、ちょっと馬鹿馬鹿しくて笑えるようなところもあるシンプルなものも多い。そういうところから攻めていくとしよう。
そんなふうに、俺の生活にはちょっとした楽しみができたのだった。