雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第42話

 そんなことがあって、少ししてからのことだ。

 

 部活終わりの教室だった。悟史くんは俺をじっと見つめた後、意を決して口を開いた。躊躇いがちな顔で、俺に尋ねた。

 

「ユウ、今週の雛見沢ファイターズの練習、来れる?」

 

 後ろで沙都子が梨花ちゃんに着せ替え人形にされて遊ばれているのを眺めながら、俺たちはお喋りに興じていた。

 しばらくは今日の部活に関してのことを喋っていたが、悟史くんは思い立ったように悩ましげな表情になって、切り出してきたのだった。

 

「あー、行けるよ。でもどうして急に?」

 

 俺は少し前までは、雛見沢ファイターズのアナリストと自称してよくベンチに入っていた。

 入江診療所の院長を務めている入江京介さんが監督をしていることもあって、最初は入江さんと話すきっかけを作るためだったが……話している中では、入江さんは単に子供想いの良い人だという印象しかなかった。

 

 メイドに異常なほどの愛を注ぐという変なところはあるものの、入江さんが裏で悪どいことに手を染めているとはとても思えず、疑うのにも疲れて最近は少し忘れるようにしていて、あまり練習にも参加していなかった。

 

「魅音が最近、マネージャーをやってくれてるんだけどさ。情報交換とか、して欲しいなって思って……」

 

 悟史くんは言いづらそうな顔でそう言った。

 

 魅音ちゃんは今日、部活の途中で親戚のおじさんに呼ばれてバイトに向かって部活動からいなくなった。情報交換するなら、魅音ちゃんがいる時にすればいい。俺はその顔と言い方から、悟史くんには何か他の目的があるように思えた。

 

「今日は魅音ちゃんはバイトで先に帰っちゃったけど、別に学校でやればいいんじゃないの?」

 

 そう言うと悟史くんはちょっと困ったような表情になった。観念したように口を開く。

 

「むぅ……ユウに隠し事はできないね」

 

 自嘲するような顔で小さく笑って、悟史くんはさらに続けた。

 

「実は、最近魅音の様子がちょっと変で。特に、興宮で会う時はなんだかしおらしく見えるんだよね。何か、悩み事でもあるんじゃないかなって思ってさ。だから、ユウにも意見を聞きたくて」

 

 俺はその言葉を聞いて、少し考えた。

 

 それって……魅音ちゃんが悟史くんに恋愛感情を抱いてて、2人っきりになれる状況では魅音ちゃんなりにアプローチをしてるってことなんじゃないのか?

 俺が行くとなるとちょっと邪魔になる気もする。

 

 そういう空気は悟史くんよりは読めるつもりだ。取り敢えず行って、魅音ちゃんにそれとなく確認をしてみよう。あとはうまいこと二人きりになれる瞬間を作ってあげればいいか。2人とも良い子だし、俺は2人のことを応援してあげたい。

 

「ふぅん。そういうこともあるんだね……俺が行って邪魔にならないかが、ちょっと心配だけど。行くだけ行ってみようか」

 

 俺の言葉に、難しい顔で頷く悟史くん。

 ということで、俺は久しぶりに雛見沢ファイターズの練習試合を観戦することになったのだった。

 

 

 

 

「監督、お久しぶりです!」

 

「あぁ、雄星くん!最近はあんまり練習に来てくれていなかったですからね。悟史くんの活躍を見に来てくれたんですか?大歓迎ですよ!」

 

 俺は暫くぶりに興宮に来て、雛見沢ファイターズの練習を見に来ていた。入江さんはいつものようにフェンス裏のベンチに座っていて、俺に小さく手を振っていた。悟史くんも連絡なんかはしていないみたいで、俺が来たのを珍しそうにこっちを見ていた。

 

 久しぶりに会う入江さんはどこかやつれた感じがした。医者としてのお仕事が大変なのだろう、と俺は思った。

 

 普段の業務に加えて、入江さんは村の名士として様々なことを任されてる。診療所で勤務していない時でも、もうすぐ行われる綿流しの祭りの実行委員や、それこそ雛見沢ファイターズの監督もやっているのだから、それはもう激務のはずだ。彼は俺に挨拶をした後も、ぼーっと練習を眺めていた。

 

「そんな感じです!よろしくお願いします!」

 

 俺はあんまり入江さんの邪魔をしないようにしようと、挨拶もそこそこに少し離れたベンチに腰かけた。そして、目的の人物が現れるのを待った。

 

 多くの子供達は、久しぶりに現れた俺の姿に気づいて、一言声をかけてくれる。

 

 みんな俺があんまり野球が上手くないのを知っているので、練習に参加してほしいとはほとんど言われない。友達が久しぶりに来たので、ちょっと声をかけようというぐらいだ。

 声をかけてくれるのは嬉しいが、練習に誘われないのは少し気になる……ま、運動神経が良くないから仕方ないことだけど。

 

 と、俺が不貞腐れてぼーっと練習を眺めていると、華奢な男の子が目に止まる。その子は、俺のことを見つけると、手を振りながら近寄ってくる。

 

「ユウ、来てくれたんだね!」

 

 悟史くんが子犬のような人懐っこい笑みで走ってくる。……この笑顔なら、そりゃあ魅音ちゃんもイチコロだ。

 バッティング練習か何かが一段落したらしく、バットを片手にニコニコ笑っていた。こうして見てると、やはりすごく絵になる男だ。

 俺もそれに応えて、ベンチから立ち上がって悟史くんの方へ向かった。

 

「もちろん。魅音ちゃんはまだ来てないのかな?」

 

「そうみたいだね。きっとすぐ来てくれると思うよ。ちょっと待っててよ」

 

 悟史くんはそう言って、水筒からお茶を飲んだ。暫しの休憩が終わると、すぐに練習の輪の中に戻った。

 

 俺は取り敢えず目的の人物がまだ来ていないことを確認すると、しばらくは子供達の練習を眺めることにした。

 

 野球に対して詳しくない俺でも、子供達の練習を眺めているのはそこそこ楽しい。前世でも公園にいた、子供に野球を教えてくるおじさんもこんな気持ちだったんだろうか。

 

 もしも俺が野球を上手に出来たら、教えてあげたくなったりもするんだろうが、この世界で俺が教えられるのは勉強とギターぐらいだから、出しゃばらずに眺めているだけだ。

 

 と言っても、しばらく眺めていると少し飽きてくる。

 

 疲れてそうな入江さんには悪いが、俺の話し相手になってもらおう。俺は、やっぱり入江さんの座るベンチの方へ向かった。俺が何食わぬ顔で入江さんのそばに座ると、意外そうな顔で入江さんがこちらを見ていた。

 

「監督、すいません。疲れてそうだからそっとしとこうかなと思ったんですけど。やっぱり暇なので話し相手になってください!」

 

「あははは、そういうことでしたか。確かに、最近は色々と忙しくて大変なんです。でも、こうして皆さんの練習を見ているのが私の癒しになっていますから、私のことは気にしないでください」

 

 入江さんはそう言って笑った。

 

「ならよかった!最近、魅音ちゃんも練習に来てくれてるんですよね?」

 

「ええ。園崎さんは近頃悟史くんの練習を見に来てくれます。我が雛見沢ファイターズのマネージャーになってもらおうと思いましてね……そうすれば、このマネージャー専用ユニフォームを着ていただけるかと!」

 

 そう言って入江さんはどこからかメイド服を取り出した。入江さんはメイドという概念そのものが大好きで、事あるごとにメイド服を着せようとしてくるのだ。しかも、男女問わず!

 ……少し前の部活動の罰ゲームで悟史くんがメイド服を着てるところも、写真に収めてあげればすごく喜んだかもしれない。

 

「へぇ……お、噂をすればなんとやら、ですかね?」

 

 俺が入江さんの趣味に苦笑していたちょうどその時、魅音ちゃんが自転車に乗って現れた。

 髪を後ろで纏め、いつもと同じような格好で現れる……外見的には別に変化はない。こっちまで歩いてきて、そして俺の姿を認めて怪訝な顔になった魅音ちゃんに声をかけた。

 

「お疲れ、魅音ちゃん。今日は、俺も悟史くんの練習見に来たんだよね」

 

「え、あ、ああ。そうなの?悟史くん、人気者だね〜!」

 

 表面的にはそんなに変化はないように見えるが……魅音ちゃんは悟史くんのことを"悟史"って、呼び捨てにしてたんじゃなかったっけ?

 

 それに、俺が、俺"も"と言ったことには特に引っかかる様子はなかった。魅音ちゃんが練習を見に来てる理由もやはり悟史くんがいるからなのだろう。

 

 確かに悟史くんが言う通り、どこかぎこちない感じがする。これは時折魅音ちゃんと接している時に覚える、ちょっとした違和感にも似ている……。

 

 魅音ちゃんは監督を挟んで俺の反対側に座った。俺たちはそのまま3人で、練習を見守ることにした。

 

 俺がいるからか、どこか気恥ずかしそうな表情を見せながら、チーム──主に悟史くん──を応援する魅音ちゃん。持って来たカバンを覗き見すると、差し入れのレモンの砂糖漬けが入っていたり、チームを応援するための手作りの旗みたいなのも入っているように見えた。家庭的で可愛い。

 

 俺はやはり、魅音ちゃんが悟史くんのことを好きで、アプローチするために野球を見に来て、応援しているのだと確信した。そこで、そのことについて話をしようと決めた。2人とも本当に良い子だから、俺は彼らの恋路を応援したい。

 俺は頃合いを見て魅音ちゃんに切り出した。

 

「あ、そうだ!魅音ちゃん。今はマネージャーをやってくれてるんだよね?俺は少し前までは雛見沢ファイターズのアナリストをやってたんだ。よかったら、俺が作った練習試合の資料が向こうに置いてあるからさ。ちょっと情報交換をしない?」

 

「え?あ、うん。分かった!」

 

 魅音ちゃんは俺の声かけによくわかってなさそうな表情で頷いた。アナリストという名前のお仕事がどんな事なのか分かってないだけな気がする。……魅音ちゃん、安心してほしい。俺もあんまり分かってないからな。

 

 少し歩いて、倉庫かトイレみたいな建物の裏手に来た。流石に魅音ちゃんも俺が何か用事があるのは分かったみたいで、疑う顔を隠そうともせずに俺に聞いた。

 

「ねぇ、ほんとにこんなところに資料を置いてるの?」

 

「いや。資料の話は、ここに連れてきて内緒の話をするための口実だよ」

 

 俺がそう言うと、魅音ちゃんはいきなり表情を硬くした。そんなに警戒しなくたっていいと思うが……。

 魅音ちゃんはやや刺々しい顔で俺に詰め寄った。

 

「どういうこと?内緒の話?私に何の用?」

 

「うん。まあ、そのまんま言葉にするのはアレだけど……いつから、"そう"なの?」

 

 俺から言葉にして「いつから悟史くんのことが好きなの?」と聞くと恥ずかしくなってしまうだろうから、ちょっと濁した。魅音ちゃんは目を見開いて反応した。まさか、気付かれているとは!とでも言いたげだ。……

 

 数十分見れば、彼女が悟史くんしか目で追っていないことは丸わかりだったらと思うが……。

 

「い、いつからって?どういうこと?」

 

「恥ずかしがることでもないと思うけど……今日会ってからずっと、様子がいつもと違ったからねぇ。魅音ちゃんとは長い付き合いだし、俺にはわかるよ?」

 

「な、何のことだか……私、何のことか分かんないよ。何かの勘違いじゃないかなぁ?」

 

 魅音ちゃんは照れたような、慌てたような顔でそう言って笑った。いつもの彼女なら、何の心当たりもなかったらこんなことは言わない気がした。もっと訳のわからない感じで、茶化して答えるだろう。俺は図星であることを確信した。

 

 ちょっと伝え方にデリカシーがなかったかもしれないと後悔しつつも、言ってしまった以上は、と言葉を続ける。

 

「はぐらかさなくたっていいんだよ。俺は2人を応援してる。そのことについて相談しようと思って呼んだんだからさ」

 

 俺がそう言っている途中で、魅音ちゃんは観念したかのように肩を落として項垂れた。

 

「え、まさか。……家族にも気付かれたことないのに……!?」

 

 ちょっと可笑しくなって笑いそうになった。家族にはそりゃ気付かれないだろう。悟史くんと一緒にいるところを見られたりしないだろうし。

 でも、もしお魎さんが今のこの光景を見たら、彼女が明らかに悟史くんを意識しているのは分かりそうなものだ。

 

「いつからなの?もしかして、結構前からなんじゃないかな」

 

「え……そ、そうだね。結構前からたまに……」

 

 恥ずかしそうに呟く魅音ちゃん。たまに、とは……結構前から、たまに悟史くんにときめいてたってことか?……青春だな。

 いつも友達のように接していた悟史くんが、その優男みたいな風貌とは裏腹に、時折見せる男らしい姿にキュンキュンしてたわけだ。

 

「だよね!俺もわかるよ。勿論誰かに話したりはしない。色々複雑な事情があるんだろうしね。でも、俺は応援したいからさ……何かあったら言ってよ。今日の練習中とかでも、俺にしてほしいこととかあったら、手伝うよ」

 

 魅音ちゃんは怪訝な顔をした後、俯いて考え込む様子を見せたが……首を縦には振らなかった。顔を上げたその時、魅音ちゃんの顔はいつになく冷徹だった。俺の方を見つめて静かに言った。

 

「別に、ユウに助けを借りるほどのことはないよ。今だって、ユウ以外には気づかれてないし」

 

「悟史くんは、ちょっと気付いてる気もするけどなぁ……」

 

「え?えーっ!?さ、悟史くんが私のことぉ!?そんなぁ!?」

 

 俺がそう言うと、魅音ちゃんは先ほどまで冷たい表情をしていた、その顔を愉快に歪めて驚きの表情を見せた。

 

 しかし、どこか嬉しそうでもあった。アプローチしてるのにそれをなんとも思われてなかったら悲しいもんな。悟史くんが少なからず自分が魅音ちゃんから好意を持たれてることに気づいているというのは、アプローチ成功といっても過言ではない。

 

「確信は持ってないかもしれないけど、きっといつもと違うのはわかってると思う。でも多分、悪い気はしてないんじゃないかな」

 

 俺がそう言うと、会話は終わってしまった。切り出し方があんまり良くなかっただろうか。さっぱりしてる魅音ちゃんなら、円滑に話が進むかと思っていたんだが……そうもいかなかった。やはり魅音ちゃんも恥じらいある女の子なのだ。俺の認識を改めるべきだろう。

 

「ちょっと無神経だったね。魅音ちゃんも恥ずかしい思いをしたよね。ごめんね。今日のところは、帰るね」

 

「え、ちょ、ちょっと!」

 

 魅音ちゃんは慌てて俺を引き止めようとするが、俺はその言葉を聞かなかった。時間も時間だし、俺は入江さんに一言声をかけてから、一足早く興宮のグラウンドを後にするのだった。

 あまり実りのある会話じゃなかった。学校で会うのが少し気まずいな、と思った。

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