雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第44話

 

 今年は昭和57年。素晴らしいことに、今年の綿流しは何事もなく終わりそうだった。

 沙都子も悟史も健在だ。あるイレギュラーがいることによって、日々の暮らしに退屈することもなくなったし、今年、惨劇は起きないはずだ。

 

 私にとっても皆にとっても、ここは最も素晴らしい雛見沢なのだ。

 この世界で、私はこの運命の迷路のゴールを、きっと見つけてみせる。そんな、大きな希望を抱いていた。

 

 母は去年亡くなったため、今年からは私が奉納演舞をすることになっている。

 

 奉納演舞の練習なんて、もう嫌になるほどやったことだ。はっきり言って、今更練習なんてやらなくても手順は覚えているから、あとは祭具を持ち上げられるくらいの力をつけるぐらいで十分なのだけれど……町内会の老人たちにアピールするためにも、人目のつくところで何度か練習をしないといけないのがいつも億劫だった。

 

「梨花ちゃま!練習では、初めてなのにえらい堂に入った演舞やったんね。本番も緊張せんでやってくれたら大丈夫やんね!」

 

 祭りの舞台裏での休憩中、公由が私に語りかける。公由村長は綿流しの祭りの開催に責任を負っている立場だ。口では私を信頼しているとは言っているものの、内心、失敗したらどうなるかとひやひやしているだろう。中身はともかく、私の外見は小さな子供に過ぎないのだから。

 

「勿論なのですよ。にぱー⭐︎」

 

 私は胸を張って公由に返事をした。周りにいる老人たちは数珠を握って私を拝んだ。いつものことだから、特に何も思わない。

 

 今年の綿流しは去年よりもさらに豪華になっていた。今年限りの、お魎による豪華景品の抽選もあるようなので、村の人はほとんどみんな一度は顔を出しに来るに違いない。

 

 駄弁る町内会の老人たちを尻目に、この世界のことについて考える。

 

 この世界で私が振るサイコロは毎回良い出目というわけではない。しかし、それを補ってあまりあるほど強い影響力を持つ駒がいた。

 いや、盤上の駒という呼び方はあまり正確ではない。まるで、私の他にももう1人プレイヤーがいるように、彼はこの世界の様々な要素に変化を加えた。

 

 今は亡き牧野家の夫妻は中年の夫と、やや歳が離れた妻という構成だった。自転車屋と雑貨店を経営し、鬼ヶ淵死守同盟の幹部も務める彼らは、私が見てきたほぼ全ての世界で子供を持たないし、北条家にも厳しい目を向けている。

 それなのに、この世界には私たちと同年代の息子がいる。沙都子のことを心配している牧野を見たのは、この世界が初めてだ。

 

 私は今まで、彼らに何故子供がいないのかを疑問に思ったことすらなかった。それは100年以上経験した、この世界の中での決まりきった設定であり、サイコロを振って結果が変わる余地があるとすら思っていなかったのだから。

 

 牧野雄星と出会った最初は、色々な憶測もしたが……牧野雄星は、私に非常に協力的だ、

 取り敢えず今の所、赤坂と同じく限りなく低い出現率だが、強力な力を持つ登場人物なのだと解釈することにした。彼には、私の境遇の一部についても語った。

 

 私の言うことを少なくとも外面ではほとんど信じてくれており、仲間たちの仲を取り持ってくれている。彼がいない世界では、2年前の沙都子やちょうど今頃の悟史は末期発症を経験していたに違いない。

 

 そんな彼の両親が亡くなってしまったことは本当に悲しい出来事だった。彼の両親が亡くなった時は、本当に焦燥した。沙都子が大丈夫だから、今年は誰も死なないと高をくくっていたら……あんな悲劇が起きた。彼と沙都子の両親は亡くなった。

入江や鷹野に聞いても、事故の原因はわからないと言う。残念ながら、彼らの言うことがどこまでが本当なのかは想像もつかない。

 

 さらに、沙都子が発症していないことで、未だに末期症状の人間に有効な治療薬はこの世界では開発されていない。

 

 この世界の沙都子は私よりも雄星に懐いている。雄星が発症したなら、間違いなく影響を受ける。悟史もそうだ。今でも両親が死んだ事故に関して、雄星に対して負い目を感じている。

 

 あの時、私を疑う牧野雄星が高いレベルの雛見沢症候群を発症していたならーーこの世界は瞬く間に「やり直し」になってしまっていたに違いない。

 今までで最も平穏に昭和57年を迎えられたこの世界に、圭一も来ていないあの段階で見切りをつけるとしたら、大きな後悔が残っていただろう。

 

「梨花ちゃま。きっと雄星くんも来てくれるからねぇ」

 

 老人の1人が、ぽつりとつぶやいたのが、聞こえた。

 

 私と牧野雄星の関係は多くの村人から邪推されるところで、私たちはそれを揶揄いあったりもしていた。恋愛感情はさておき、彼が好感の持てる人間であるのは確かだ。

 

 彼は私も知らないことを知っており、気も効く。陽気なふりをしているが、その実意外と静かなやつで、圭一とも似ているようで少し違う。人に頼られるのが嬉しい……というよりは、他人のために何かをするのが楽しいというような人間だ。

 実際、沙都子が面倒見のいい「にーにー」として、彼を気に入る気持ちは理解できた。

 

「いんや、まんだ姿は見とらんね。どこかで友だちと遊んどるんかいねぇ」

 

 今日はまだ姿を見ていないのか……私にとってそれは少し驚きだった。

 

 彼には今年の祟りのことについて、誤解がないように軽く話しておいた。悟史を連れて祭りに来てくれれば、きっと誰も死なないと、そう伝えた。ほんの少し、嫌な予感がして、私はその村人に一つ尋ねた。

 

「雄星は、今日は来ていないのですか?それなら、魅ぃや悟史に沙都子、レナは来ていますですか?」

 

 今日は綿流しの日には珍しく、私はみんなと合流して遊ぶ約束はしていなかった。

 

 私が初めての奉納演舞だということで、公由からは、祭りが始まってから演舞が終わるまでは実行委員の目の届くところにいるように、と言われたのだ。

 

 毎回こうなるわけではないが、こういうケースもあるのは理解している。……奉納演舞はもう何回だってやっているのだが、仕方ないことだ。

 

 あまり気を遣わせるのも悪いので、仲間たちには気にせずに遊んで欲しいと伝えた。いつもならテントに顔を見せてくれる雄星や沙都子は、今日はテントに一度も来なかった。確かに、不思議だとは思っていた。

 

 私の言葉にしばらく老人は考え込んだ。私が述べた名前と、今日見た顔を頭の中で照らし合わせているようだった。整理を終えたのか、老人は重い口をゆっくり開いた。

 

「うーん、魅音ちゃんは見たし、最近戻ってきた竜宮さんのとこの子も見たけど……北条の子供達と、雄星くんはみとらんねぇ。あの子ら、祟りが怖くないんかいねぇ?」

 

 老人は何の気なしにそう答えた。……私は、自分の嫌な予感に血の気が

引いていくのを感じた。

 

「誰も、悟史や沙都子、雄星を見てないのですか?」

 

 私の問いに答える人間は誰もいなかった。

 

「まぁまぁ。きっと雄星くんも奉納演舞は見に来てくれるよ。ほら、もうすぐ出番だ。準備してくれるかな」

 

公由は呑気な顔でそんなことを言う。気が気ではないが、まさか奉納演舞から逃げ出すわけにもいかない。自分の心臓の鼓動が、早くなっていくのを感じた。少しの間、返事が出来ず、固まってしまう。

 

「わかりましたのです。じゅ、準備、しますです……」

 

 巫女装束を着た私に対して、まるで人形の着せ替えをするように、無遠慮な町内会のおばさんたちの手が伸びる。しばらく、私はされるがままだった。

 

 その間にも、思考はぐるぐると巡る。

 ただ単に、町内会の老人やおばさんたちが彼らの姿を見つけられなかっただけならいい。でも、もしも彼らに何かが起きて、そのせいでここに来れなかったとしたら……?

 そんな最悪の想像が浮かぶ。

 

「梨花ちゃま、どうしたんね。扇風機が寒いんかい?」

 

 言われて初めて、自分が震えている事に気がついた。首を振り、否定の意を示す。みんな、変な顔をして私の顔をじろじろと眺めていた。

 

 平静を取り繕って、にっこりと微笑む。単純な彼らは、安心したような顔になった。

 

「おーい!もう準備は出来てるかい?」

 

 そこで外から声がかけられる。どうやら、もう演舞が始まるらしかった。

 私はゆっくりと頷き、設営された舞台に登る。

 舞台から見たその景色には、沙都子も悟史も、雄星も、いなかった。

 

 

「ご苦労様!梨花ちゃま、中々いい演舞だったよ!」

 

 演舞が終わり、すぐに公由が声を掛けてくる。が、そんな事に構っている暇はなかった。

 

「ちょっと、みんなと遊んでくるのです!」

 

 私はすぐさまテントを飛び出した。

 後ろから大人たちの引き止める声が聞こえてきたが、無視した。私は先ほど奉納演舞を行った巫女服の姿のままで、出店が立ち並ぶ神社の境内を走った。

 

「羽入!早くみんなを探して!」

 

 荒っぽく言うと、あぅあぅ、わかりましたのです〜、と頼りにならない声が聞こえた。頼りにはならないが、見つかったら声はかけてくれるだろう。

 

 神社に溢れる人は、急ぐ私の姿を見て驚いたような顔をしている。なりふり構わず私は走った。

 

 まずは、本当に祭りにみんなが来ていないのかを確認しないといけない。もしかしたら、何が用事があって、遅れてしまったのかも……もしも、みんなが来たらどこに行くだろう?沙都子が来ているなら、綿菓子屋にはきっと行くに違いない。

 目についた綿菓子の屋台の場所に走ろうとした。しかし、テントを出てすぐに声をかけられた。

 

「お疲れ様、梨花ちゃん!そんなに急いで……どうしたの?」

 

 レナだった。どうやら奉納演舞が終わったので、ねぎらいに来てくれたらしかったが……今日は魅音や他のみんなとは一緒ではないみたいだ。

 

「レナ、ちょうど良いところに来てくれましたのです。レナは、沙都子や雄星、悟史たちと出会ったりしてませんですか?」

 

「うーん、沙都子ちゃんたちはわかんないけど……実は、来る前に雄星くんのおうちの前を通るから、呼び鈴鳴らして呼んでみたんだ。でも返事が返って来なくて。もう祭りに来てるのかと思ったんだけど……来てないみたいだね。何してるのかな。……かな?」

 

 レナのその言葉に、私は頭が真っ白になった。どう考えても、おかしい。牧野家から北条家を経由しても、そこから神社に向かえばそんなに時間がかかるわけがない。

 

 ということは、来る途中で……何かがあったのだ。間違いなく、何かが。

 

 すぐに、助けを求められそうな人間がいないか考える。すぐに思いつくのは、警察と入江機関だった。

 

 とは言っても、普通の警官に何を言ったところで、一日姿を見ていないだけの友人を探してはくれないだろう。フットワークが軽く、すぐに動いてくれそうな大石はこの場にはいない。今すぐには頼れない。

 

 であれば、頼れそうなのは入江機関だが……実行委員のテントの救護班に、きっと入江はいる。しかし、公共の場で山狗のことは口にはできない。山狗を友人の捜索に使うというのも少し難しそうだ。

 

 レナが私を気遣って色々と話してくれるが、頭には入ってこない。私が彼らを探すとして、何が出来るんだろう?……それは、分からなかった。

 しかし、何度も繰り返して巡り会った、不思議な世界。ここで、事が終わるのを待っているだけではダメだ!

 

 私は気が動転したままだったが、綿あめの出店なんかに寄って話を聞いている場合ではないことは分かった。神社の境内を駆け降りて、北条家と牧野家のうち、まずは神社から近い北条家へと向かうことにした。

 

 ここまで、すべて順調に来ていたというのに。たった一度、サイコロの目が悪かったから、この世界はもうダメだとでも言うのか……走っている最中、私の頭は最悪の想像でいっぱいだった。

 

 実は末期症状を発症していた悟史、あるいは沙都子が雄星を殺したのか。あるいは、その逆か。普段の様子からはとてもそんな風には思えないし、思いたくもない。心当たりがあるとすれば……叔母。北条の叔母が、何かしたのかもしれない……。

 

 私は神社の長い階段を駆け降りた。

 刻々と時間は過ぎる。歩幅の小さい、この体が疎ましい。もっと足が速ければ、もっと体が大きければ。不満は尽きないが、己の境遇を呪って足を止めるわけにはいかなかった。

 

 階段の下に停めてある自転車に乗り、急いで北条家へと向かう。

 普段から運動はしているが、息も絶え絶えだ。しかし、懸命に自転車を漕ぐ。この数秒で、何かが変わるかもしれない。みんなが待ってるかもしれない。

 学校からの帰り、みんなとおしゃべりをしてる時ならば一瞬で過ぎ去るようなこの砂利道が、この時に限っては永遠に続いているようにも感じた。

 

 そして北条家に近づくにつれ、あたりには血の香りが漂うのを感じた、とうとう辿り着いた時。北条宅では、悲惨な光景が広がっていた。

 

「梨花っ!こっちには来ない方が良いのです……」

 

 そんな、頼りない羽入の声を無視して、私はそちらへ向かった。

 

 玄関の戸は開け放たれていた。道路へと続く道路は何者かの血でどす黒く汚れており、ここで惨劇があったことが伺える。そしてその血痕のあたりに、ちょうど2、3人の警察官が立ち入り禁止のテープを貼っているところだった。

 

 そしてその現場からは、一台の車が走り出そうとしていた。

 それに気づいた私は急いで自転車を漕ぎ、こちらに走り出してくる車の前に立ちはだかった。ブレーキをかけて止まるその車はスモークの効いた黒い車両。村ではあまり見かけないものだ。少し考えて、思い出す。大石の車だ。

 

「おっと、これはこれはぁ、古手さんじゃないですか……」

 

 彼はスモークの効いた車のウィンドウを下げ、品定めするように私を見つめた。

 

「大石、ここで何が起きたのですか?この血痕は?沙都子や雄星たちが祭りに来ていなかったことと関係がありますですか?」

 

 矢継ぎ早に質問を飛ばす私に、大石は少し考える様子を見せた。

 どこまで話すべきか?そもそもこいつは信頼できるのか?そんなことを考えているように見えた。

 

 大石は「オヤシロ様の祟り」を解き明かすことに執心している。今年の祟りは誰が仕組んだものなのか……来年で定年の大石は、是が非でもその謎を解き明かしたいと思っているのだ。

 

「んふふふ……今日はあなたはお祭りで色々なお仕事があるんじゃあないですか?どうしてここへ?」

 

「奉納演舞が終わったあと、沙都子や雄星とお祭りで遊ぶ約束をしていたのに、みんなが来なくて寂しかったので見に来たのです。みんながどうしているか、知っていますですか?」

 

「古手さん。悪いことは言いませんから、聞かない方がいいです。あなたはまだ幼いですから……強いショックを与えてしまうかもしれません。今日のところは、帰ってゆっくりしてください」

 

 はぐらかすようにそう言う大石に、私はさらに迫った。

 

「良いから、早く。何があったか教えて欲しいのです」

 

「ふぅむ……あなたに説明をするための時間はあまりありませんが……しかし、この場に居合わせたということはあなたにも何かしらの関係があるということも考えられますねぇ」

 

 そう言うと、大石は無線に向かって何か一言二言喋った。

 そのあと、観念したように私に向き直って、早口で、しかしはっきりとした口調で話し始めた。

 

「古手さん。……隠していてもすぐに知られることなので、ここで伝えましょう。北条悟史くん、北条沙都子さんの叔母である北条玉枝が……」

 

 が、何?早く言って!

 私は言い淀む大石を睨みつけて、先を言うように急かした。大石は、私から目線を逸らして、低い声で言う。

 

「あなたの友人の牧野雄星くんを、刃物で刺しました。そして、まだ姿が見つかっていません」

 

 混乱する私をよそに、大石は説明を続ける。

 

「雄星くんは、一命は取り留めましたが、まだ油断のできる状況ではありません。牧野くんは入江診療所で治療を受けているところです。……私はこれから参考人の事情聴取に向かうところです」

 

大石の言葉を聞いて、私は茫然自失の状態だった。背を向けて警察車両へと乗り込む大石を、ただ見送ることしかできなかった。

 

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