雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
誰かに呼ばれたような気がした。小さな女の子の、哀憫を誘う声に、俺の眠りは妨げられた。
啜り泣くように俺に縋り付く誰かが、確かにそこにいた。その子はごめんなさい、ごめんなさい……と、俺に謝り、許しを乞う。
謝っているなら許してあげればいいのだ。もちろん許せないこともある。だが、許すことは強さであり、美徳だ。
たとえどんな罪を犯したとしても、贖罪の気持ちがあれば、罪を償うのが不可能なんてことはない。少なくとも、そう思いたい。
ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
しかし、それにしても長い。もういいんだよ、と言ってやりたい。
口を動かそうとしたが、なんだか上手く動かない。手も動かない。取り敢えず、目を開けるところからだ……。
重い瞼をなんとか持ち上げて、目を開けた。天井の電灯が眩しい。ここは、どこなんだろう?なんで俺は、自分の家以外のところで寝てるんだろう……。
「わぁ、目を覚ましましたわ!ユウ、ユウ!良かった……生きていてくれてよかった……!」
そんな声が聞こえて、顔を天井に向けたまま、目だけを側に動かす。俺のベッドの側では、いつも騒がしい沙都子がさめざめと泣いていた。
俺のベッドのそばで啜り泣いていたのは沙都子だったんだろうか。色々と管が突き刺さっているらしい俺の胸元に、頭を擦り付けるようにして縋り付く。
わんわんと泣いて、俺の病院服にシミを作った。そして、沙都子が触れた場所が痛い……が、可愛いので許そう。
きっと、お見舞いに来てくれてたんだろう……でも、どうして俺は病院にいるんだろうか。
「うん……沙都子、ちょっと聞いてもいいかな。俺はなんで病院にいるんだ?」
俺の声ではっと我に返った様子の沙都子は、俺の言葉も聞かずにどこかへ駆け出していった。にーにー!かんとくー!と、叫んでいる。きっと、悟史くんや入江所長を呼んできてくれるんだろう。
少しすると、複数人の足音が向かってくるのが聞こえた。未だに自由には動けない俺だが、首だけをなんとか動かして、病室の入り口に目をやった。
入江さんを先頭に、沙都子、悟史くん、そして梨花ちゃんが現れた。
「雄星くん!目を覚ましたんですね。本当に良かった!あなたは痛みと、出血性のショックで気を失っていたのです。……昨日の夕方ごろ、何があったかは、覚えて、いますか……?」
入江さんは聞きづらそうに、しかし確認もしなければならないという顔で俺に質問をした。
何かあったのが昨日の夕方なら、今日は何日なんだ?綿流しの祭りに行けなかったことは覚えてる。てことは、今は綿流しの次の日。月曜日で、みんながいるってことは放課後なんだろうな。
言われた通り俺は覚えていることを思い出そうとした。俺は確か、2人を誘うために北条家に行って……?そうだ。梨花ちゃんから、悟史くんを祭りに誘ってみてほしいと言われて誘いに行ったんだった。それで……
「確か、悟史くんと沙都子を祭りに誘うために家を出て……」
そこまでしか思い出せない。入江さんは俺がそれ以上言葉を発せないのを悟ると、少し考え込む様子を見せた。メガネに光が反射して、その目線は窺い知れない。俺は入江さんの顔がどことなく暗いように感じた。
「あなたは……ある人に……刃物で襲われました。数時間ほど気を失っている状態でしたが、命に別状はありません。しばらく入院をしていただくことにはなりますが、すぐに元通りになります。安心してください」
入江さんは言葉を選びながら俺にそう伝えた。刃物で襲われた、か。言われてみれば、今年のオヤシロ様の祟りというやつがそれだとすれば、俺は死んでいない。今年の犠牲者はいないっていうことなのだろうか?
入江さんは「安静にしておいてください」と言い残して、病室を出ていった。きっと、友達同士で話したいことがあるだろうからと気を遣ってくれたのだろう。足音は病室から離れ、遠くへ消えて行った。
「ユウ、本当にごめん、僕が、僕が……」
入江さんが出ていくやいなや、悟史くんは俺のベッドの端に両手をついて、泣き出しそうな顔で俺に謝罪を繰り返した。沙都子も、俺が目を覚ました時の嬉しそうな顔はどこへやら。深刻そうな顔で俯いていた。
彼らが責任を感じているということは……俺を刺した人間っていうのは、北条を恨む老人とかなんだろうか?
警察が捜査すればそのうち分かるだろうから、俺は今は気にしないことにした。それより、彼らが悲しんでいる方が俺にとっては問題だ。
「何があったかはわかんないけど……気にしなくていいって、悟史くん。沙都子も!俺は2人が悲しんでる方が辛いからさ」
俺は能天気を装ってそう言った。聞こえているのが聞こえていないのか、俺の言葉には少しも反応せずに、悟史くんは悲しい声で言った。
「僕らの、叔母が……ユウを、刺したんだ」
深い悲しみと共に放たれたその言葉には、さすがに俺も驚いた。何度か挨拶をしたことがあるぐらいで、恨まれてそうだとは思ったが……まさか刺されるとは。そこまで憎まれてるとは考えてなかった。
「そ、そうなんだね。まぁでも、別に2人が悪いわけじゃないしさ……」
俺は驚きを誤魔化しつつ、2人にそう言った。2人は何も言えずに黙っていた。そこで、今まで黙っていた梨花ちゃんが口を開いた。
「ボクが、沙都子たちを祭りに誘ってほしいと雄星に言ったから……危ない目にあったのです。雄星が大怪我をしたのは、ボクのせいなのです……」
申し訳なさそうな目で、上目遣いに俺を見上げる。
「梨花ちゃんまで……そんなことないよ。こんなことが起こるなんて、誰にもわからないことだし……」
みんな静かになった。みんながそれぞれ、罪悪感を感じているらしかった……本当に、負い目を感じるようなことではないと思うのだが。
俺はふと気になったことを聞いてみることにした。
「それで、叔母さんは逮捕されたんでしょ?」
「それが……」
俺の言葉に、言い淀む悟史くん。それを差し置いて、梨花ちゃんが躊躇なく口を開く。
「行方不明になってしまったのですよ」
「行方不明だって?」
俺は思わず聞き返した。それじゃ、まるで……
「今年の……オヤシロ様の祟り……みたいですわね」
神妙な面持ちの沙都子が俺の思っていたことを代弁してくれた。
「毎年、死者と行方不明者が出る……死者は今のところ出てないんだけど……僕たちが家の外に出た頃には、もう叔母はいなくなってたんだ」
「その時私たちは家の中にいて、外で叔母の叫び声を聞いてすぐに向かいましたわ。そして、血を流してるユウを見つけて……そこで、近くにいた警官が駆けつけてくれましたの。応急処置と、診療所への連絡をした後にはもう叔母はいなくなっておりましたわ」
沙都子が補足する。
「それじゃあ、毎年出る行方不明者が北条玉枝さんで……もう1人の死亡者が、俺になりそうだったってことか?」
「入江がちゃんと治療をしてくれていますのです。今から死ぬことなんてあり得ないのです」
俺の言葉を聞いた梨花ちゃんは、安心させるようにそう言う。俺だって、死ぬ気は毛頭ない。
「当たり前だよ。ってことは、なんだ。俺はオヤシロ様の祟りを生き残った唯一の人間ってわけ?」
病室の雰囲気は少し冷たい。それを変えたくて、冗談めかして言う。
「流石ユウですわねっ!をーほっほっほ……」
何で沙都子が誇らしげなんだよ、と俺らは笑った。しかし笑うと傷口が痛くて、思わず顔がこわばる。それを察して、みんな悲しい顔に変わってしまう。
「でも……本当に生きていて良かったのです。普通、包丁で刺されたら人は死ぬと思いますです……」
そんな中で、梨花ちゃんが言い出した。言い方が少し面白くて笑いそうになったが、梨花ちゃんはあまりに深刻そうな顔をしていて、とても茶化せる雰囲気ではない。
「2箇所しか刺されてないみたいだし……俺にトドメを刺す前に警察官が助けてくれたとか、警察官の姿を見て逃げ出したっていう話じゃないのか?」
先ほどの話を聞いた中では、それが一番しっくりくる。俺がそう言うと、沙都子がそれに反応して口を開いた。
「それが……おまわりさんは、叔母の姿すらも見ていないとおっしゃるんですわ……」
「つまり……叔母に刺されたってのは状況証拠でしかなくて、その上なんで行方不明になってるのかもわからないわけか」
俺が言うと、悟史くんが頷く。
「そうなんだよ。だから、第一発見者の僕らも、警察からは重要参考人として取り調べを受けてたんだ。病院の表には警察官が何人かいるみたいだし……きっと、ユウが目を覚ましたのを知ったら押しかけてくると思う」
ふと時計を見ると、もう時刻は9時だ。こんな遅くまで、ご苦労なことだ。……警察の方々も、俺の親友たちも。
「多分、入江が気を遣って押し留めてくれているのです。ボクたちが病室を出ていった瞬間に、大石が来て、この病室も今よりもにぎやかになるのですよ?」
やはり大石さんがいるのか……ちょっと面倒だ。大石さんは悪い人じゃないが、少しでも俺が変なことを言おうものなら、どこまでも追及してくるだろう。
「それは入江さんに感謝だなぁ……大石さんはちょっとしつこいからなぁ」
「全くですわ。私とにーにーにも、何時間も取り調べをしていましたのよ?私たちがユウを傷つけるなんてあり得ませんわ!ね、にーにー!」
「本当だよ。でも、ユウ……ほんとにごめんね。謝って許されるようなことじゃないけど、それでも……」
「本当に、気にしないで。2人に発見されなかったら、その場で死んでたかもしれないんだからさ。2人は命の恩人みたいなもんだよ」
「それなら、気を遣う必要はありませんわね。ユウには早く戻ってきてもらいませんと、トラップを仕掛ける相手が減ってしまって困りますわ!」
沙都子は、その言葉とは裏腹にすごく辛そうな顔で俺の頭を撫でた。
それはこの子なりの俺への気遣いだと思った。
きっとこの子も俺に対して大きな罪悪感を抱いている。だけど、俺がそれを望まないことを知って、いつものように振る舞ってくれているのだ。
俺も、沙都子の頭を撫で返そうとした。脇腹を損傷していない方の、なんとかぷるぷると震える手を沙都子の頭に載せた。沙都子は目を閉じて、薄く笑った。
「では、ボクたちはもう行くのです。早く元気になって、部活に戻ってくるのを期待してますですよ?それと……大石たちの相手、ふぉいと、おーなのです」
梨花ちゃんはそう言って、俺の頭を撫でた。
俺も、もう一度手を梨花ちゃんの頭に載せた。今度はちゃんと頭の上で手を動かせた。
頭を撫でられた梨花ちゃんは恥ずかしそうな顔で乱れた髪の毛を直して、みんなを連れて病室を出て行こうとした。
俺はそれに別れを告げようと、手を挙げようとしてーー激痛が走る。
「いて、いててて……!」
悟史くんと沙都子が、急に痛みを訴え出したのを心配して俺の顔を覗き込む。
そこで、その声を聞いてかもう一度入江さんが戻ってきた。
「安静にしておいてくださいと言ったでしょう。悟史くん、沙都子ちゃん!すみませんが、今日はもう帰ってください。雄星くん!私の声は聞こえますか!?」
兄妹はその入江さんの声を聞いて慌てて病室の外へ出ていった。
「お、大袈裟ですよ。入江さん」
「大袈裟なことなんてありませんよ。警察官の方々が事情聴取のためにいらっしゃっていますが……痛みが落ち着くまでは待っていてもらいましょう」
「僕は大丈夫なので、警察の方々を部屋に連れてきてくれても構いません。入江さんにも、ご迷惑をおかけしてすみません」
「私は医者ですから。あなたを治療することがお仕事なんです。迷惑なんかじゃありませんよ!」
入江さんはそう言って、俺の体に関する何かしらの数値を測り出した。俺の感覚では取り調べくらいは受けられそうだったが、お医者さんに楯突けるほど、自分の体調に自信はない。大人しく、されるがままになることにした。
俺が取り調べを受け始めたのは、それから日付が回った後のことだった。
病室の中には、みんながいた頃よりも張り詰めた空気が流れていた。
隠し事ややましい事はない。しかし、大人たちが作り出す緊張感に、俺まで気まずい気持ちで来訪者に顔を向けた。
「いやぁ、長いこと待ちましたよぉ。お久しぶりです、雄星くん」
「こんな形で会うことになるとは、思ってませんでしたけどね」
そこにいたのは刑事の大石さんだった。
大石さんは日が変わった頃に、1人の若い警察官を連れて病室に入ってきた。
何でも、この事件には不可解なことが多いとか。犯人も逮捕されていないので、直ちに俺の話を聞いて犯人の尻尾を捕まえたいということらしい。
いつもはにこやかで親しみやすい入江さんは、俺のベッドのそばで椅子に座ってむっつりした顔で黙っている。大石さんが怪我人の俺に無体なことをしないか心配とのことだ。
俺は大丈夫だとは言ったが、彼に押し切られる形で入江さんも同席することになった。
「大石さん。彼は大きな怪我をしていますから、取り調べは手短によろしくお願いしますよ」
入江さんはメガネをクイっと上げて、大石さんに言った。大石さんは、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて頷き、俺に尋問を始めた。
「わかってますよぉ。怪我人の病室に長居するわけにもいきませんからなあ……では、早速。雄星くん、あなたはどこまで覚えてますか?あなたが分かっている限りの、事の顛末を説明してみてください」
「今日……もう昨日か。綿流しの日、俺は昼過ぎぐらいに北条宅に向かいました。もう聞いたと思いますが、北条悟史くんと北条沙都子ちゃんを綿流しに誘うためです。他の友達たちとも合流するつもりでしたが、今年は梨花ちゃんが奉納演舞をやらないといけない。それが終わってからしか遊びに来れないと聞いていたので、みんなで現地で集まって、奉納演舞を見るということになっていました」
「ほうほう。それで?」
大石さんはメモを取りながら、相槌を打つ。
「俺は、外から呼び鈴を鳴らしました。すると、中から……多分、北条玉枝さん。2人の叔母が出て来ました。きっとそこで、俺に襲いかかって来たんだと思います」
「多分というのは?正確な記憶がないという事ですかぁ?」
「そうです。その人と揉み合ったことは覚えてます。確か、一度脇腹を刺されたあと。俺は何とかナイフを奪おうとして……」
「……相手は大人ですからねぇ。それで、あなたはどうなったんです?」
ここまでの話では、特にひっかかるようなところはないようだった。しかし、次の言葉が重要なんだろう。
先ほど悟史くんたちと話している時も、最大の違和感があるのはそこだった。悟史くんたちが叔母の凶行を止めたというわけでもなく、警察官が来て逃げたというわけでもない。では、何故俺は死んでいないんだろうか?
「すみません……そこからの記憶はありません」
「ふぅむ、そうですか……少し失礼なことを聞きますがね。どうして牧野さん、あなたは死んでいないんでしょうねぇ。包丁を持った大人に子供が襲われて……殺されなかったとは。それに、そこで意識を失ったというのも妙な話です」
「大石さん!そんなことを被害者本人に聞いてどうなるというんですか!?」
大石さんの言葉を聞いた入江さんが怒りをあらわにする。俺が普通の子供なら……実際、大きなショックを受けるだろう。
大石さんは、「辛い思いをさせてしまっていたら、すみません」なんて、思ってもいなさそうなことを言っていた。ちょっと雰囲気が悪くなったので、俺も口を開いた。
「まぁ大石さんがこんな感じなのは、今に始まったことでもないですし……大石さんの言うことは、俺も不思議に思います。北条玉枝さんが俺を狙ったのには、強い恨みが背景にあったみたいです。何か恨み言を言われましたからね。それなのに、俺がトドメを刺されてないのは……なんでなんでしょうね?俺は意識を失っていました。犯人が俺を殺すチャンスは十二分にありました」
「なるほど……牧野さん、貴方の言うとおりですよ。怨恨による殺人は多くの場合、トドメを刺さないどころか、必要以上に外傷があることが多いのです。素人は、どこまでやれば相手が死ぬのかなんて分かりませんからねぇ。死んでるのが明らかに見て分かるまで……遺体を損傷させるのですよ。貴方は2回、ちょん、ちょんと刺されただけですから。意識がなくなったのにも、少し疑問があります。……何者かの介入があったのではないかと思うのですがねぇ……」
大石さんのその言葉は、俺に聞いてるというよりも、自分の中の疑問をぼやくようだった。入江さんはそれに目も合わせず、俯いたままだった。
この場には沈黙が訪れた。しばらく黙った後、最初に口を開いたのは大石さんだった。
「雄星さん、あなたが叔母を目にしたというのは……間違いないんでしょうか?それこそ、北条悟史さんや、北条沙都子さんに襲われたとかは?」
「それはあり得ません」
俺は即答した。大石さんも、別に本気で言った訳じゃないみたいで、んふふと鼻で笑う。
「愚問でしたね。今日のところはこれぐらいでお暇させて頂きましょう。お疲れのところ無理矢理話を聞いてすみませんねぇ。人を刺した人間が逃げ回っているというのは、とても看過できるものではありません……私も捜査に加わります。ご安心ください、きっとすぐに北条玉枝も見つかるでしょう。また、改めて話を聞かせて頂きます。では、お大事に」
大石さんはそう言って、色々と書き込んでいた手帳を閉じた。ついて来ていた少し若い警官に目配せをすると、何かを少しだけ話し合ったあと2人とも病室を出ていった。
大石さんの足音がどこかへ行ってから、俺は大きく息を吐いた。緊張していたのは入江さんも同じようで、入江さんも安心したようにほっと一息ついた。
「雄星くん、お疲れ様でした。大石さんは子供にも容赦なく圧力をかけて捜査をすることを知っていましたから……少し心配でした。今日はこれ以上の眠りを妨げることはありませんから、ゆっくり寝てください。もう遅いですからね。私も、これで失礼します」
入江さんはそう言って、俺を安心させるように微笑んだ。
俺は入江さんが良い人だと思う一方で、完全に信頼し切れる人間だとは思えていなかった。しかし、昨日今日の経験からも、彼は信頼できるのだと思い直した。
梨花ちゃんが仄めかすように診療所の裏に何かがあるのは確かだが、入江さんはいい人だ。
「入江さん。夜遅くまでありがとうございます。これが入江さんのお仕事なのは分かっていますけど、それでも。本当に、いろいろな意味で……助かりました」
「ははは。別に気にしなくていいんですよ。では、おやすみなさい」
入江さんはそう言って部屋を出ていった。病室の電気も暗くされたし、俺も寝ることにした。
俺は暗闇の中で考える。……北条玉枝。悟史くんと沙都子の叔母。まさか、俺を殺そうとするとは思いもしなかった。
梨花ちゃんはむしろ、悟史くんが叔母を殺すのではないかと言っていた。それがどうしてか、叔母に俺が殺されそうになったわけだ。
しかし、俺は生きてる。今年の祟りは不発になった。
その「オヤシロ様の祟り」は、裏で誰かが糸を引いているのか?あるいは、それぞれの事件で、別の犯人が祟りに見せかけるためにあえて綿流しの日に犯行を実行しているのか?
俺は、どちらもあり得そうな気がしていた。一年目は……わからない。二年目はきっと偶然。しかし、3年目は?これまで続いた2年間の出来事を隠れ蓑にして行われた古手家を疎む何者かの犯行だろう。
では……今年は?北条玉枝は俺を殺そうとしたが、祟りに見せかけるために綿流しの日に実行を決意しただけに違いない。
そして……最も気になるのは……来年のことだ。来年は何が起こるんだろう。梨花ちゃんは来年、自分は死ぬと言っていた。……誰が、いったい何のためにそんなことを?
今年の祟りは俺の大怪我で済んだ。来年は誰も傷付かずに済むんだろうか。結局、毎年起こる祟りを、俺たちは一つも止められていない。来年、梨花ちゃんに迫る祟りの魔の手を、本当に止めることが出来るんだろうか?
「オヤシロ様の、祟り、か……」
誰もいない病室で、小さく呟く。
するとその時、ベッドのそばで何かが動いた気がした。俺は虫か何かと思ってびっくりして、そっちを見る。しかし、そこにはなにもない。
2年前のことを思い出す。2年前もあった、不思議な幻聴のことだ。どうしてかは分からないが、強いショックを受けると、いつも変な幻聴が起こる。
梨花ちゃんが言っていた、本来の沙都子と悟史くんが罹っていた病。もしかすると、それは今の俺にも罹っているのかもしれない……。