雛見沢とかいう田舎に転生した 作:that's the plan
「叔母さんがいなくなって、2人はどうしてるの?」
その日の部活動終わりの、みんなが帰る準備と片付けをする教室で俺はこっそり悟史くんに聞いた。
「僕らは今までと変わんないよ。沙都子は最近、梨花ちゃんの家にお泊まりしたりすることがあるんだけどね。僕はいつもの家に住んでるよ?」
「そうなんだ。親権者がどうこうみたいな問題とかはないんだね」
「一応、叔母は行方不明になってるだけだからね。もしかしたら、今にもひょっこり帰ってくるかもしれないしね……」
そこで、俺たちが話しているのを、沙都子がロッカーの方からこっちをじっと見ているのに気付いた。話に入りたいんだろうなと思い、チラリと目を向けて、笑いかける。沙都子はこっちに歩いてきた。
「意地悪叔母なんて、いつまでも帰ってきて欲しくありませんわ!それに、ユウを傷つけたんですから、帰ってきてもお巡りさんに連れて行かれるに決まってましてよ」
沙都子は口を尖らせてそう言った。
まだ叔母が俺を刺したというのは俺の記憶でしかない。凶器の包丁も見つかっていないらしいし、俺に事件のことの記憶がないのもある。それに、この事件も秘匿捜査になっていると大石さんは言っていた。
そうしたことが関係しているのか、警察はあくまで重要参考人として捜査をしているとかなんとか。
「俺のことはいいけど、叔母が帰ってきて、2人が怪我をしないかが心配なんだけどね。まさか戻ってくることもないとは思うけど、いつまでも保護者が叔母のままなのも何だか変な話だね」
「役所の人が教えてくれたんだけど、行方不明でも僕らが家庭裁判所に訴えなければ親権者は変わらないらしくて。それに、行方不明者が死亡扱いになるのも何年か経ってかららしいから、しばらくはこのまま暮らしていけるんじゃないかな……」
ちょっと言いづらそうに悟史くんはそう言った。俺と似ていて、悟史くんたちは両親が共に亡くなった交通事故の保険金で食い繋いでいる。きっと、2人が高校を卒業するくらいまでは贅沢しなければ暮らしていけるお金があるはずだ。であれば、彼らの安穏な暮らしを脅かすものは数少ない。
「そうなんだ。あとは叔父が帰ってこないことを祈るのみだねぇ」
「叔母がいた頃は、叔母が……おかしくなってしまっていたから、それでほとんど帰ってこなかったんだけどね。今は叔父は祟りのことを恐れて帰ってこないみたいだね。その、乱暴な人だったから……正直、僕もあの人に帰ってきてほしくはないね」
俺もそれはよくわかっている。北条兄妹が叔父夫妻に引き取られた当初は、沙都子はそれに凄く反抗していた。叔父の方は特に乱暴なやつで、沙都子の体の目に見えるところに痣が出来たりもしていて、その度に俺は凄く心配したものだった。
これから先、2人の平穏な生活を乱す存在がいるとしたら、叔父の鉄平だけだった。今の所、大丈夫そうだ。
「よし、片付け終わり〜!みんな。帰るよー!」
と、そこで片付けを終えたらしい魅音ちゃんがそう言った。今日の勝者は魅音ちゃんで最下位はレナちゃん。魅音ちゃんが宣言した罰ゲームは、俺の荷物を持つことだ。
女の子に自分の荷物を持ってもらうとは、少し情けない気持ちもあるが……凄くありがたかった。というのも、沙都子とレナちゃんたちが俺の家は綺麗な状態にしてくれていたが、学校の荷物は置きっぱなしだからだ。夏休みに入る前の日には、色々と持ち帰らないといけないものがあるのだ。
結局、最下位だったレナちゃんだけでなく、みんなで俺の荷物を分担して持ってくれて、俺の家までついてきてくれるらしい。何十分もかかるわけじゃないが、梨花ちゃんや北条兄妹は方向が逆だ。
結構大変だとは思うのだが、魅音ちゃんがしたその提案は、みんなに快く受け入れられた。
「みんな、本当にありがとうね。みんながいなかったら、もう一回学校に行って荷物を運ばないといけないところだったよ」
「ユウにこれ以上怪我されちゃあ困るからね〜。ユウは我が部活メンバーの参謀なんだから」
魅音ちゃんはそう言って爽やかに笑った。いつもはおどけてみせるが、とっても思い遣りがあるいい子だ。
俺たちは分校からの帰り道、いつもにない大人数で俺の家へと向かった。普段は北条兄妹と梨花ちゃんが帰る方向は俺の家とは逆なので、こっち方面に帰るのは俺と魅音ちゃんとレナちゃんだけ。毎日一緒に帰るわけではないし、こんな人数で帰るのは少し新鮮な心地がした。
「明日から夏休みだね……僕は雛見沢ファイターズの活動が入るんだけど、それでもやっぱり暇になっちゃうね」
ぼーっとした顔の悟史くんを見て、俺はあることを思いついた。
「そうだ、悟史くん、魅音ちゃんのとこでアルバイトとかしてみるのはどうかな?近ごろは中学生がバイトしてるのはあんまり見ないけど、魅音ちゃんの親戚の人がやってる店なら働けるんじゃないかな?」
魅音ちゃんは少し驚いたような顔をしてから、隠れて俺にニヤリと笑った。俺は魅音ちゃんが詩音ちゃんと入れ替わってることを知ってる。
興宮でバイトということだったら、雛見沢ファイターズの活動に関係なくても、詩音ちゃんと悟史くんが一緒にいれる時間を作れるのではなかろうかと思ったのだ。
「悟史、興味ある?おじさん、いろーんなお店のお仕事紹介できるよ?」
俺の意図に気づいてか、魅音ちゃんも乗り気だ。
彼女は人手が足りない時にバイトに呼ばれてるんだから、悟史くんがバイトに来てくれれば自分が呼ばれる機会は減るという打算もあるだろう。しかしそれよりも、自分の妹の恋を応援する気持ちの方が大きそうだ。
「魅音さん、にーにーを怪しいお店で働かせたりしないで欲しいですわ!」
「魅ぃが悪いことを考えてる顔をしているのです……」
2人はそう言うが、魅音ちゃんはやらしい笑みを浮かべていた。
「だーいじょうぶだってぇ!悟史がどんなお仕事が合うかなって考えてただけ!可愛らしいお洋服も似合いそうだしね、飲食店とかどうかな?」
「み、魅ぃちゃん、もしかして前に連れて行ってくれたあのお店を紹介するのかな。かな!」
何だかテンションの上がった様子の魅音ちゃんとレナちゃんを見て、恥ずかしそうな様子の悟史くんが口を開いた。
「むぅ……僕で遊ぶのはやめて欲しいけど、アルバイトはしてみたいな。これから2人で暮らしていくなら、お金はいくらあっても困らないしね。大学に進学するなら、今からでもお金を貯めておかないといけないし……」
悟史くんは沙都子の方をちらっとみた。妹の大学の進学費用まで考えてるんだろうか?流石にそこまで働かなくたっていいと思うけど。まあでも、アルバイトの件は好感触だ。
「じゃあ、心当たりのある親戚に声をかけてみるね?たまに私も一緒にアルバイトするかもしれないから、よろしく!」
魅音ちゃんがそう言うと、悟史くんは少し安心したような顔をした。悟史くんと一緒に働く魅音ちゃんは、果たして本当に魅音ちゃんなんだろうか……?多分違うだろうな。
「それにしても、みんな中学生でアルバイトなんて大変だね。俺は一人暮らしで、そこまでのお金の心配はしてないからやるつもりないけど……」
今は昭和57年。困窮している家庭ならいざ知らず、小中学生がアルバイトをしている光景は頻繁に見かけるものではない。やっている子がいるにしても遊ぶ金目的の子が多いであろう中で、悟史くんの志は何とも立派だ。
「そうかなあ?一昔前じゃあ、小学生が働くのなんて普通だったみたいだけどねぇ。今の若者は恵まれてるんだ、ってみんな言うじゃない?」
昭和後期ですら、今の若者は……というレッテルを貼られてるらしい。俺はそのレッテルが50年近く後になっても残り続けてることを知ってるので、少し複雑だ。
「トラップを作るアルバイトはございませんの?もしあるなら、絶対に雇っていただけると思いますわ!」
沙都子がそう言う。梨花ちゃんは思わず吹き出した。
「日本でそんなバイトが募集されてたら世も末だよ。……ま、ベトナム戦争が終わる前ならあったかもなあ」
「あの裏山でなら、沙都子は特殊部隊だって追い返してしまうのですよ」
梨花ちゃんは自信ありげだ。
確かに、向こうが銃を使ってこないというならあの裏山を踏破するのにはかなり時間がかかるだろう。梨花ちゃんも沙都子のトラップ作りをよく手伝っているから、どこに何があるのかはある程度把握してるらしい。
沙都子がトラップを作り始めたのは小学生になってから。ざっと5年間として、俺と一緒にトラップを作った日は3時間くらいで大小合わせて2.30個ほどは仕掛けた気がする。そして、彼女は週に2.3回は裏山に行って遊んでるから……適当な試算でも数千個のトラップが仕掛けられてるというのか?
いやはや、可愛らしい友達のやったことだとはいえ、末恐ろしい。特に強いストレスがかかっていた小学校低学年時なんかの罠は殺傷能力すらあるものだってあるのだ。
「裏山が沙都子ちゃんと梨花ちゃんの遊び場なんだよね!レナも行ってみたいなぁ〜!」
レナちゃんが気楽な表情でそう言う。俺、魅音ちゃん、悟史くんの3人の顔は暗くなる。梨花ちゃんと沙都子以外は、みんなあそこで痛い目に遭ったことがある。
「レナ、悪いことは言わないから、やめておいた方がいいよ……少なくとも、沙都子か梨花ちゃんがいる時にした方がいい」
悟史くんが苦々しい表情でそう語った。確か以前、悟史くんはあの裏山で遊ぶ沙都子を呼びに行って危ない目に遭っていた。経験者は語る、というやつだ。
「最近は俺もちょっとだけトラップの位置を覚えてるんだけど……覚えれば覚えるほど、あそこは素人が行かない方がいいって思うなぁ」
しばらく前、俺は足を踏み外してトラップに引っかかり、誰も手の届かない木の上に吊るされてしまったことがある。あの時は確か、下にいる沙都子からカッターをパスしてもらって、根性で足に絡まったロープを切ったんだ。あんな思いをレナちゃんにしてほしくはない……。
「や、やっぱりやめておこうかな……かな?」
レナちゃんは苦笑しながらそう言った。俺たちはそれが賢明だと小さく頷いた。沙都子は勝ち誇ったように、をっほっほ!と笑う。梨花ちゃんは沙都子の頭をなでなでして満足げだ。
しばらくおしゃべりをしながら歩いていると、とうとう俺の家に辿り着いた。俺が家にいる頃は閉めっぱなしだったシャッターは、何者かが開け閉めした形跡があって、綺麗になっている。みんなのおかげだろう。
「みんな、本当にありがとう。お礼に、何かご馳走でも……と思ったけど、冷蔵庫には何にも入ってないんだったね」
「気にしなくていいよ。傷が完治したら、部活でド派手な罰ゲームをやってもらうんだから!」
魅音ちゃんが俺の感謝に対して照れくさそうに答える。みんなで分担して持ってくれた俺の教科書類を玄関口に置いて、みんなは俺の家の外へと出た。
「悟史、早速おじさんちに寄って来なよ。アルバイトする場所、自分で選びたいでしょ?」
「え、あー……うん。でも、そんなにすぐにお仕事に入れるものなの?」
「まあまあ、おじさんに任せなさいって!あ、レナもこっちだったね。じゃあ、みんなとはここでお別れかな?またね。遊びの連絡は電話でするからさ。ちゃーんと、電話には出るよーに!」
魅音ちゃんは悟史くんとレナちゃんを引き連れて自分の家へと去っていった。俺たちもそれに別れを告げて手を振った。
悟史くんは、お魎さんもいる園崎家の本宅に行くことに緊張してるのか、心ここに在らずという様子で俺たちに手を振っていた。レナちゃんはそんな悟史くんと魅音ちゃんをみて、不思議そうにニヤニヤしていた。
「さ、ユウ!梨花のおうちへ参りますわよ」
「そうだね。何か買っていくものとかある?いきなりお邪魔していいのかな」
梨花ちゃんの話では沙都子が俺のために料理をしてくれるとのことだったが……手土産もなく小さな女の子の一人暮らしにお邪魔して、食べ物をご馳走してもらうのは少し気が引ける。
「何も買わなくてだいじょーぶなのです」
きっぱりと梨花ちゃんが答えた。もしかすると、このことを予見して食材を用意してくれてたんだろうか。
沙都子はどこかそわそわとしていた。俺たちは妙な雰囲気のまま、梨花ちゃんの家のある神社まで向かったのだった。