雛見沢とかいう田舎に転生した   作:that's the plan

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第49話

 

 俺は沙都子を家まで送り届けた後、再び古手神社に向かっていた。結局時刻は6時を過ぎて、太陽はもうじきに沈もうとしている。

 

 夕焼けの空には大きな入道雲が浮かぶ。そこから見え隠れする夕陽がとっても綺麗だ。しかし、後1時間もすれば暗い夜になる。帰りは一体、何時ぐらいになるんだろうか……いつ帰れるかは、梨花ちゃんのお話次第だ。

 ひぐらしが鳴き始めた。カナカナカナ、と夏の風物詩の音が村中にこだましていた。

 

 北条家から神社へは、診療所の前を通り過ぎたあとに坂を登らないといけない。今日はまだ涼しいが、暑い日にはその坂がなかなかに堪える。

 

 診療所の前を通ろうとする時、俺は、そこで珍しい人物を見かけた。

 

「あら。牧野くん。あれから怪我の調子はどうかしら?」

 

 美しい金髪をたなびかせて診療所から出てきたのは看護師の鷹野さんだった。駐車場に停めてある車に乗り込もうとするところらしかった。たまたま目があって軽く会釈をすると、こちらに挨拶をしてくれた。

 

 鷹野さんは入江診療所で看護師をやっている方で、俺も何度も世話になっている。キツイジョークを飛ばしたり、この村の民俗学のことについて子供達に怖い話を聞かせたりするのが好きな、ちょっと趣味のよろしくない人だ。

 ミステリアスで自分のことを話さないし、この村の文化を面白がって研究しているし、村の人からはそんなに好かれてはいないようだった。

 

 俺としては俺たちのことを良くも悪くも子供扱いしないその姿勢は、割と嫌いじゃなかった。怖がらせて遊ぶというのも、相手を見てやればもうちょっと好かれるとは思うが……結構面白い人だと思っていた。

 

「こんにちは、鷹野さん。今の所は特に変わりありません。今日は歩いたりもしたんですが、むしろこれくらい体を動かした方が元気になれそうな気がします」

 

「そうね。ずっと病室で寝ているよりも、少しくらい歩いた方がリハビリになっているかもしれないわね。ところで、こんな遅くにこんなところでどうしたのかしら。もしかして、愛しのあの子の元へ?」

 

 鷹野さんは冗談めかして言った。俺が神社の方に向かっていたのを悟って、梨花ちゃんとの関係を揶揄っているらしかった。

 

 俺は梨花ちゃんが毎週の日曜に診療所で何かの検査を受けているのを俺は知っている。鷹野さんと梨花ちゃんが特別に仲が良いわけじゃないだろうが、長い付き合いではあるだろうし、その中で俺と仲がいいことを知っていてもおかしくはない。

 鷹野さんはニヤニヤと笑いながら俺の返事を待つ。俺はつまんない顔をしてそれに返事をした。

 

「愛しの、かは分かりませんが……さっきまで遊んでて、帰ったところだったんですが、忘れ物をして、梨花ちゃんの家へ向かってるところです。鷹野さんは?診療所はもう閉まってる時間ですよね」

 

 俺がそう言うと、鷹野さんの顔は嫌なことを思い出したようだった。一瞬、ムッとした顔になるが、すぐに元通りの微笑に戻った。

 

「……そうよ。ちょっと困ったことがあってね。その対処に私や入江所長は追われていて、やっと今残業が終わったところなのよ」

 

 鷹野さんの表情はにこやかなままだったが、あまり触れたくない話題なのか、いつものようにウィットに富んだ返事は帰ってこない。

 

「そうなんですね。お疲れ様です。長い間お世話になりましたし……何かあれば言ってください」

 

「ふふ、確かに、かなり長いことお世話したわね。ありがたいけれど、牧野くんに手伝えることは、今はあまりないわ」

 

 鷹野さんは薄く笑った。

 俺はそこで、これ以上話すのはやめようと思った。診療所の正面入り口から、いつか見たことのある作業服の男が出てきたからだ。

 

 俺は思い出す。確か……梨花ちゃんのお母さんと日曜日の診療所で出会った時。剣呑な雰囲気の作業服の男がいて、梨花ちゃんのお母さんはそれを見て話を慌てて変えていたのだ。

 

 疑いの心がなければ人はほとんどのことを何とも思わない。しかし、一度疑いのフィルターをかければどんなことでも怪しく見えてしまうものだ。

 

 俺は昨日まで入院していた診療所も、お世話になった鷹野さんも、どちらも心のそこから信頼することは出来ていなかった。

 ……野球のことで長い間接している入江さんだけは信じたいという気持ちもあるが、俺が疑っている診療所の責任者という立場上、やはり無条件に信頼は出来ない。

 

「仕事終わりにあんまりお時間を取らせるのも申し訳ないので、僕はもう失礼します。さようなら!」

 

「そうね。さよなら、牧野くん」

 

 鷹野さんはそう言って踵を返し、車へ乗り込んだ。俺も、その場を後にした。何となく、作業服の男がこっちをじーっと見ている気がした。

 

 

 

「沙都子を送っていくだけにしては遅かったわね。何かあったの?」

 

 俺は梨花ちゃんの家に戻ってきたところだった。梨花ちゃんは先ほどとは違って気だるげな雰囲気を纏っていて、今の梨花ちゃんは大人っぽい方の話し方で話すらしいと判断した。

 

 俺も梨花ちゃんがその状態の時は、子供っぽい発言をしようとするのをやめて、大人のように振る舞っている。それが今の俺たちのルールだった。

 

「あぁ、鷹野さんに会ったよ。診療所で何か事情があって、入江さんも残業してるらしい。知ってる?」

 

「いいえ。一体何を企んでるのかしらね……」

 

 梨花ちゃんはそう言って湯呑みを一口。湯呑みの水面は赤紫色で、芳醇な葡萄の香りがした。多分、お酒だ。

 

「梨花ちゃん、またワイン飲んでるの?子供の体にはアルコールは……」

 

「うるさい。あんたが私から沙都子を取るのが悪いんでしょう。沙都子は私の癒しだったのに!」

 

 そう言ってまた一口、ワインを飲む。唇の端から溢れたワインが、首元を伝って滴る。既に少し酔いが回っているのか、頬は少し赤くなっていた。

 

 梨花ちゃんは自分がいつも観測している出来事として、悟史くんが今年の祟りを実行することについて俺に教えてくれた。

 その場合、悟史くんは行方不明になり、沙都子は梨花ちゃんのこの小さな一人暮らしに共に住むことになったらしいのだ。だから、今日沙都子の作ってくれた料理を食べた時も、"ここはボクと沙都子の家"なんて言っていたのだろう。

 

 しかし、今年はそれが起こらなかった。悟史くんが健在なので沙都子も梨花ちゃんの家には移り住まない。梨花ちゃんは寂しい一人暮らしを継続中というわけだ。

 

 とは言っても本当に俺のやったことを疎んでいるわけではなく、これはあくまでただの愚痴ぐらいのことだろう。彼女がお見舞いに来た時には、俺が北条兄妹を救ったのだと感謝された。俺としては、そんな大それたことをしたつもりはないのだが。

 

「梨花ちゃん、もう既にちょっと酔ってる?あまりたくさんは飲まない方がいいよ」

 

「あんたもうるさいわね……たくさん入ってるけど、これは水割りよ。アルコール自体は大した量じゃないわ」

 

 吐き捨てるようにそう言った。ワインの水割り……まずそうだ。彼女のお酒の趣味は、ちょっと変わってる。

 

「前はオレンジジュースで割ってワインクーラーみたいにしてたけど、今日は水割りかぁ……昔はそんな感じで飲んだらしいけど、あんまり美味しくなさそうだね。まだ炭酸水の方がいいんじゃないかな」

 

「はいはい、趣味が悪くて悪かったわね!」

 

 不満げな梨花ちゃんはそう言ってまた一口。ちょっとではなく、結構酔ってるかもしれない。

 

 梨花ちゃんはワインが好きらしく、1人の時はよく飲んでいる。

 昭和の時代は子供でもアルコールくらい購入できる。村人から信頼されている梨花ちゃんなら、酒屋で赤ワインを買おうが、料理に使うんだろうと何の疑いもなく売ってくれそうだ。

 

「で、今日は……来年の祟りのことかな」

 

 俺がそう言うと、梨花ちゃんはワインを飲む手をぴたりと止めた。嫌なことを思い出させやがって、とでも言いたげな表情だった。

 

「えぇ、そうね。そのことについて話すためにここに呼んだわ」

 

「前に聞いた話だと、来年梨花ちゃんは……殺されちゃうんだよな。それが祟りってことでいいのかな」

 

 ふう、と息を吐いてワインが入った湯呑みをちゃぶ台に置いた。少しアルコールの香りがした。

 梨花ちゃんは俺の目を見て、キッパリと答えた。

 

「いいえ。来年の祟りで殺されるのは、富竹と鷹野よ。今までの祟りは発生してからも私が生きているから、誰が、何故、起こしたことなのか私にもわかる。けれど、来年の祟りはわからない。誰が、何故。この村とそれほど関わりがない富竹と鷹野を?」

 

 富竹と鷹野……2人とも、確かにこの村と密接に関わってるわけではない。

 

 富竹さんは祭りの前後の時期に雛見沢を訪れるフリーのカメラマン。何か展示会などをする予定があるなら魅音ちゃんの耳には入るだろうけど、俺は聞いたことがない。カメラマンは余暇の趣味で、何か本業が別にあるか、実家が太いかのどっちかだろうな。

 

 鷹野さんは先ほども出会った入江診療所の看護師。こっちは雛見沢の伝統や民俗学にとても興味があるらしく、何をやるのかわからないところがある。もしかしたらとんでもない悪さをして、祟りの対象になってもおかしくはないかも。しかしその家は興宮にあるみたいだし、梨花ちゃんの言う通り、別にこの村と深い関わりがあるわけじゃない。

 

「……そういえばこの家、盗聴器とか置かれてないよな?」

 

「何を!そんなわけないでしょ。……私のことを監視している何かがいるっていいたいわけ?」

 

「いや、そうじゃないけどさ。ここで秘密の話をするのは初めてだろ?もしこの話が聞かれてたら、ちょっと怖いなって……。村から好かれてるからって、まさかストーカーとかいないよね?」

 

「す、すとーかぁ?何のことかわからないけど……私の知らないところで黙って話を聞いてる奴は、いないと思うわ」

 

 確かに、ストーカーとかいう概念が生まれるのはもっと先のことか。梨花ちゃんの変な言い回しには引っかかったものの一旦盗聴の心配はせず、本題に戻ることにした。

 

「そもそも、梨花ちゃんはどんな形で殺されるんだ?つっても、わかんないのかな」

 

「……そうね。不本意ながら、私は毎回何らかの方法で殺される。それを行う人間はきっと1人じゃないし、毎回同じわけじゃない。……詩音が私を殺すことだってあるのよ?」

 

「え、えぇ!?なんで?良い子なのに……」

 

「くすくす、それはあの子の一側面しか見ていないからよ。確かに良い子なんだけど……直情的なところもあるのよ」

 

 梨花ちゃんはそう言って笑った。といっても、その笑みは強がっている感じで、口元は笑っていても悲しそうな顔をしていた。

 

「……そうなのかもね。人間なんて少し話しただけでその全部がわかるわけじゃないよな。梨花ちゃんだってそうだし!」

 

 梨花ちゃんこそ、一見可愛らしい女の子に見えても家ではこうして酒を飲んだりもする。詩音ちゃんだって、ヤクザの跡取りの妹だ。何かきっかけがあれば人を殺したりもするのかも……やっぱり違和感はあるけど、悟史くんが叔母を殺すってのと同じで、何かの病気が影響しているんだろう。

 

「ふん、私のことはほっときなさい。で、私は多くの場合、後ろからハンカチか何かで口を塞がれて、意識が遠くなって、そのまま……って感じね」

 

 梨花ちゃんは遠くを見つめるような目で、自らの死について語る。それは、どうしようもなく寂しい顔をしていた。

 

 意識が遠くなって……その続きの言葉は言わなくてもわかる。つまり、殺されるってことだろう。梨花ちゃんは後ろから麻酔か何かで眠らされて、そしてもう2度と目覚めることはないのだ。そんな強力な麻酔を用意出来るということは、少なくとも一般人ではないだろう。

 

「私の記憶は……そうね、一枚の紙のように繋がっているの。優しく、眠るように死ねたなら、ハサミで切り取ったように綺麗に記憶が残ることもある。乱暴に、痛めつけるように殺されたら、紙を破り取ったかのようにして死より前の記憶までもが消えてしまうの。何にせよ、誰に殺されるのかは私自身も分かっていない」

 

 梨花ちゃんは、苦々しい顔でそう語った。きっと彼女は幾度となく生と死を繰り返している。そしてその中では痛めつけられて殺されるような経験もしているのだ。辛そうな顔で、消え入るような声で言う梨花ちゃんの顔が、何だかとても悲しかった。

 

 俺は思わず、所在なさげにちゃぶ台に置かれていた梨花ちゃんの、その手に俺の手を重ねた。

 

「そんなことにはさせない」

 

「え、えぇ。そ、そうしてくれると助かるわ」

 

 梨花ちゃんは酒が回ってぼーっとした顔から驚いたような表情になって、俺の言葉を受け止めた。俺は手を戻し、話に入った。

 

「何回か呼吸するだけで気を失うような麻酔を使えるってことは、少なくとも一般人じゃないよな。そして、梨花ちゃんの行動パターンを把握した上で綿密に計画を立ててるはずだ。きっと、どこかに隠れたり、村から外に逃げるみたいなことは試したんだろ?」

 

「そ、そうね。どこに逃げても殺される。なりふり構わず山へ逃げ込んで、長く生き残れたことはあったけれど……思い出したくもないわ」

 

 吐き捨てるようにそう言う。少女1人で生き延びることができるほど、夏の山は甘くないだろう。ここいらの山には猪や鹿、熊みたいな野生動物だっている。

 というかそもそも、リュックに水をどれだけ積んでも、山を経由して街に行くのは時間がかかりすぎる。歩いて山を越えて街に向かうのはほぼ不可能に近い。

 そして街に逃げこめれば安全かというと、そうでもないはず。村の中ならどこにいても見つけ出し、なんなら山に逃げてもそのうち追いつけるような人間が梨花ちゃんを追っているのだ。街に逃げた方が危ない可能性すらある。

 

 しかし、山狩りまでするとは……犯人が相当の執念を持ってることはわかった。

 

「なるほど、山に隠れる少女を探し出すことくらいは出来るってわけだな。なら尚更、個人の短絡的な行動ではないように見えるね」

 

「そして、そんなことが可能なのは……」

 

「園崎か……入江診療所、だよね?」

 

 俺は梨花ちゃんの言葉を遮ってそう言った。梨花ちゃんは呆れたような表情で笑った。

 

「あのね。一つ言っておくけど、入江診療所と私の関係は良好よ。もしも私がいなくなれば……とんでもないことが起こる。彼らが私を殺すことはあり得ないはずなの。鷹野も富竹も殺された後。診療所の犯行はあり得ない……」

 

「富竹さんと診療所には何か関係があるのか?」

 

「……一旦、聞かなかったことにして。いいわね?」

 

 そこでまたワインを一口飲む。

 

「とんでもないことか……梨花ちゃんが言うなら、そりゃあもうとんでもないことなんだろうな」

 

「そうよ。だからそれはあり得ないはず」

 

「困った。それを信じるなら、犯人の見当もつかないよ」

 

 俺も用意されたお茶を一口。場には沈黙が残った。何せ、何にもわからないからだ。梨花ちゃんもぼーっとした表情で、窓から外を眺めている。

 

「なぁ。そろそろ診療所のこと、教えてくれないか?多分、それを知らないと来年の祟りには備えられない気がする」

 

「聴いたら、きっと後悔することになるわよ。気持ちが良い話ではないし……何より、あんたの身に危険が迫るかもしれない」

 

「それももう今更だよ。覚悟は出来てる」

 

 梨花ちゃんは俺のその言葉を聞くと、それもそうね、と呟いて席を立った。戻ってきた梨花ちゃんは新しい湯呑みを持ってきた。

 

 そして、ちゃぶ台に置いていたボトルから湯呑みにワインを注いだ。とぷとぷとぷ……と気味の良い音を立てて、真紅の液体が湯呑みに溜まっていく。小さな少女によって、和風の湯呑みに赤ワインが注がれるその光景は何だか不自然で笑えた。

 

「飲めないなら、オレンジジュースで割ってあげましょうか?」

 

 俺が変な顔をしているのに気づいた梨花ちゃんが言う。確かに、この体でたくさんの酒を飲める気はしない。

 

「ワインクーラーかぁ……可愛らしい感じだね」

 

 前世でお酒にハマってた頃には、色々なカクテルを飲んだりカクテル言葉を覚えたりもした。ワインクーラーのカクテル言葉は……何だったかな。

 

 梨花ちゃんは湯呑みにワインを注ぐと、それを飲むようにと俺の前に差し出した。約束の杯というか、何というか……雰囲気は出るかもな。

 

「……先に言っておくけど、私がこのことを伝えていなかったのはあんたが信頼できないからじゃなくて、あんたのため。これからもここで暮らしていくというなら……きっと知らない方が幸せなことだから。それでもいいのね?」

 

 俺は頷いた。俺はワインの注がれた湯呑みを持ち上げた。梨花ちゃんはふぅ、と息を吐いて残り少なくなった湯呑みを手にして、俺の湯呑みにぶつけた。こつん、と音が鳴った。まるで杯を交わすように、俺と梨花ちゃんは顔を見合わせて湯呑みに口をつけた。……見た目と香りに反して、意外と甘口だ。

 

 俺が不満も言わずにワインを口にしたのを意外そうに見ながら、梨花ちゃんはゆっくりと語りだした。

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